第24話 初めての依頼

「へー、シオンさんはギルドの医師さんなんですね! 医務室って、内装はこうなってるんですねー!」


 目を輝かせ、コノハは医務室をあちらこちらへと見て回る。薬草棚やポーションのレシピなど、好奇心の赴くままに行動する姿は子供のようだ。


「コノハさん、元気になったみたいでよかったね」

「ん。はーぁ、さっさと戦いてーなー」


 昨日の落ち込みが嘘のように明るい笑顔を振りまくコノハ。それに対し、リアは退屈そうに椅子を前後左右に揺らしていた。その様子に、シオンは少し不安を覚える。


「……やっぱり、不安?」


 数日前までは手負いの獣を思わせる様相で構うもの全て敵、とばかりに気を尖らせていたリアだ。

 シオンに手を掴まれ、手当を受け、孤独だった少女はようやく心を許せた。そこからは持ち前の正直さと愛嬌でギルド職員からも気に入られているリアだが、未だコミュニケーションは苦手で、知り合いが誰もいなければ威嚇するように周囲を睨んでいる。実際は不安なだけなのだが。

 現在、龍人族と明かす事に抵抗はなくなっているものの、やはり深く知らない人物と探索を共にするのは不安なのでは、とシオンは考えた。リアは肯定とも否定とも取れない、小さな返事をする。


「オレはよくわかんねー……でも、シオンがいいならそれでいい。ん。オレはそう決めた! オレは龍だから、決めたらそれでいいんだ」


 その言葉に偽りはない。リアはシオンが是とするなら自分も同じように応じようと決めている。

 なら、せめてこの出会いがリアにとっていいものとなるようにがんばろう。

 シオンはその祈りを込め、ポーションの蓋を閉めた。


「……シオン、喉渇いたからポーションくれよ」

「ダメだよ、これは持っていくんだから。出店でごはん買うから、我慢して」

「肉! それと甘いの!」

「はいはい」


 子供っぽいなあ、と微笑んでいると、不意にパシャッ、とシャッターが切られる。コノハがにっこりと笑った。


「いい表情カオいただきですっ」

「なーコノハ。そのパシャパシャいってるヤツはなんだ?」

「ふっふっふー、コレはですね――」

「カメラだよ、リア」


 カメラ――ボタンを押す事でレンズが捉える景色を切り取り、写真という絵に変えて保存する魔道具。


「近年は小型化と機能向上が進んで安価になり、庶民の手にも渡りやすくなった――ですよね、コノハさん」

「お、お詳しいですね……」

「幼い頃はよく人都を訪れていましたし、最近の一ツ橋日報で読んだので少しは」

「へー、スゲーんだなコレって! な、シャシンっての見せてくれよ」

「いいですよー……」


 自前カメラの機能自慢ができず、コノハは少し消沈した様子でカメラの内側から一枚の写真を取り出す。しかし、机に置かれた写真は漂白したように真っ白なままだ。


なんも写ってねーぞ?」

「ここからですよ。これに魔力をちょちょいっと……」


 コノハが指先で枠線をなぞると、じわじわと白面に彩色さいしきが浮かび始める。それらが己の居場所を知っているように動き、写真はシオンとリアのツーショットを鮮明に描き出したのだ。

 文明の利器を知らないリアにとってそれは『時間を切り取った』と錯覚するほどの衝撃を与えた。


「お、おおお!? スッゲーな!!」

「でしょ!? そういう反応大好きです!」

「シオン! オレがいる! シオンもいる!」


 大興奮のリアは写真を両手で掲げ「ユラに見せてくる!」と部屋を駆け出していく。コノハは想定外の反応に驚きつつもよかった、と頬を緩める。


「いやー、元気ですねー」

「リアのいいところですよ」

「猪突猛進って感じがしますね! ところでシオンさん、気になっていた事があるんですけど、よろしいですか?」


 シオンが特に考えず「どうぞ」と返すや否や、コノハはシオンの胸部を指差す。


そこ、鎧でも付けてるんですか?」

「え――!?」


 稲妻を落とされたかのような戦慄せんりつが走る。

 まだ水晶の事は話していないのに、どうして――


「ど、どうして……?」

「しきりに胸元に手を置いたり、視線を落としたりしていたので。最初はペンダントかなって思ったんですけど、チェーンが見当たらないので防具のたぐいか……もしくは何かしらの秘密だなーと」


 シオンは言葉を失った。

 過去の体験トラウマと回復魔法の希少性からひた隠しにしてきた水晶が、顔を合わせて一日――長さだけで言えば一時間にも満たないというのに看破かんぱされたのだ。

 恐ろしいまでの観察力に体の芯が、水晶が震える。シオンは激しく混乱していた。


(どうしよう。こうなった以上、一時的とはいえ同行する方に隠し事は……いやでもこれを軽率に話すのは……!)


 誘拐の経験から、むやみやたらに広まれば悪影響があるのは明白。かといって、ごまかす文言もんごんも思いつかない。

 シオンが口ごもっていると、


「そこまで困るという事は、よっぽどの事情があると見えますね……でも、そういうの余計に気になります!」


 ごうを煮やしたせっかちなコノハが瞬時に距離を詰めてくる。シオンは意表を突かれて動けず、椅子に座ったまま逃げ場を失った。


あふれ出るジャーナリスト精神は疑問と興味をほったらかしにはできないのですよ。さぁさぁさぁ、観念して見せるのです!」

「そ、その……どうすれば……!?」


 ジャーナリスト精神という性質タチの悪い好奇心が、尋常じゃない目付きのコノハを突き動かす。水晶を明かすか否かで未だに逡巡しゅんじゅんしているシオンの胸元に、あやしく動くコノハの手が迫り――


「オレ、このシャシンは宝物にする!」

「へー、いいねいいね! あたしも後で撮ってもら――――」


 入室した瞬間、ユラがピタッと停止する。


 その一、異常に近い距離。

 その二、ギラギラした目の女の子と椅子に追い詰められて困り顔のシオン。

 その三、その胸元に迫るどこかいやらしい手つき。


 何してんだ? とハテナを浮かべるリアの隣でユラが膝を落とす。


「シオンくんがただれた――ッ」

「爛れてないですっ!?」

「はッ! よ、よかった。てっきり遂にシオンくんが無意識誘い受けで襲われたのかと……」

「遂にって何ですか遂にって……!」


 苦虫を噛み潰したような顔でひたいを押さえるシオンの一方、我に返ったのはユラだけではなかった。コノハはすぐさま飛び退き、そのまま土下座。


「か、重ね重ね申し訳ありませんでしたぁぁぁ」

「おお! やっぱり本場の土下座はキレが……って違う違う。どういうアレよさっきのは!」

「問題即解決を大切にしておりまして、気になっちゃうと解決しないと気が済まないんです。過去にも後先考えず飛びついて痛い目に遭ったのがしばしば……もうしないって保証はできませんけど、気を付けます!」


 保証はないんですね……とシオンが光の消えた目で呟く。ユラは尻尾をピンと立てて叱りつけた。


「コノハちゃんだっけ? 二人から事情は聞いたけど、ああいう行為はぜぇーったいダメ! 何が気になったか知らないけど、シオンくんにはリアちゃんがいるんだからね! 罰として二人の幸せそうなシーンを五枚以上あたしに提出する事! 返事!」

「いまいちわかりませんけど了解ですっ!」

「よろしいっ!」


 何もよろしくはないがユラは満足そうな顔で笑い、思い出したように手を叩く。


「っとそうだ、忘れるとこだった。はい、問題なさそうな討伐系のクエストだよ」


 バサッ、と十枚ほどの紙が机に広げられる。普段はボードに貼られている依頼用紙だ。ユラが「リアちゃんでも危なくないヤーツ……!」と慎重に慎重を期して選りすぐったモノが集められている。


「二人に実績がないとは言わないけど、初依頼って現状でギルドから出せるとしたらやっぱり簡単なヤツになっちゃうかなー……とはいえ、二人の映える写真でしょ? だったらウルフとかワームより大物がいいよね」

「はい。シオンさんは魔法でリアさんは短刀の接近戦。それなら、お二人が連携しているような一枚がいいですが……私の見立て通りなら、あまりそういうのお得意じゃないですよね?」


 さもありなんとコノハが二人の現状を言い当て、リアは大いに驚いた。


「なんでわかるんだ!?」

「……その前に、僕らの役割ってまだ詳しくは話していなかった気が」

「シオンさんは徒手としゅ、リアさんは腰に得物と思しき短剣。体の様子から見るにしなやかに筋肉質なリアさんはスピード重視ですが短刀をメインに使う一撃必殺狙いな接近戦で、華奢なシオンさんは武芸に長けているように見えないので魔法での支援専門。そして、リアさんの生傷多めな体と言動から好戦的で戦闘慣れがうかがえますけど、シオンさんの立ち姿は人都で見る魔導士の方っぽくないですし、魔法の補助でよく使われる魔導書グリモワール魔杖スタッフを持たず、魔力の操作練習で傷つきやすい指先にすらあとがないので、ブランクがある、または最近冒険者になったばかりなのかなと」


 情報量でフリーズしたリアに代わってユラが「スゲー……」と心の声を漏らす。シオンもコノハの観察眼に改めて驚嘆を隠せない。

 だが、当人は「いえいえ」と苦笑気味に顔の前で手を横に振る。


「こんなの記者として当然です。おと……父は一目見たら出身から趣味まで全部見抜きますから」

「さてはコノハちゃんのお父さん名探偵か? というかコノハちゃん自体もだいぶすごいよコレ」


 本心から感嘆するユラだが、手放しにコノハを信用してはいない。

 聞けば、この前の特異点騒ぎには『特異点を作る薬』を流していた黒幕がいるらしいではないか。それが彼女、などと根拠のない決めつけをするつもりはないが、特異点討伐の立役者である二人に都合よく近付いてくる相手を警戒せずにはいられなかった。

 きびきびとしつつも柔軟な受け答えに、絶やさぬ笑顔。まるで取材する記者のように、演技している気がするのだ。

 コノハはその視線を知ってか知らずか、変わらぬ調子で謙遜して続ける。


「私なんてまだまだですよ! ほら、それよりユラさんはどのような依頼がいいと思います?」

「ああ、えっとね……あたしはこの『ウィンドイーグル討伐』とかどうかなって」


 ウィンドイーグル。

 鷹のモンスターで、翼のはばたきで突風を起こし、砂や木の葉で目眩ましをしつつ攻撃する。これだけ聞けばさほど強敵には思えないが、やはり空中の敵となればそれだけで難度は跳ね上がるものだ。対策がなければかなり厄介なモンスターと言えるだろう。


「こいつ、羽が綺麗で装飾品にいいんだけど倒すのが面倒らしくてね。最近の履歴見たけどコルドぐらいしか受けてないや。強すぎるって事もないと思うけど……」

「鳥か……前に一人で戦った時は逃げられちまったけど、今はシオンがいるからな! オレ、そいつがいい!」

「リアがいいなら、僕も異存なしです」

「決まりです! 空なら撮影も構図が広がりますからね!」


 意見がまとまり、ユラはよしと受諾じゅだくのサインを書く。職員のサインがある依頼書と討伐の証拠である羽や爪といった戦利品ドロップをギルドへ持って帰って、初めて依頼成功となるのだ。


「大丈夫だとは思うけど、深追いしちゃダメだよ。奥に行くとモンスターもだいぶヤバイのいるからね。あと、油断しない事」

「ん! だいじょーぶだ!」

「リアさん、お願いしますね! ベストショット逃しませんから!」

「いってきますね、ユラさん」


 依頼紙を持って意気 揚々ようようと出発した三人を見送り、ユラは医務室でひとり留守番を始めた。本来の業務は同期を上手く言いくるめて交代している。

 ポーションの作り方でも覚えるかー、と伸びをした時、ドアではなく窓が勢いよく開かれた。


「ほわぁっ!?」

「間抜けな声だなオイ。シオンは留守か……景気づけにポーションもらおうと思ったのに」

「コルドー! あんた窓から入るなって何回言えばわかんの!?」

「しょーがねぇだろ。表から入ると依頼押し付けられて面倒なんだよ……」


 窓枠に体を預け、コルドは泥沼に沈んでいく石のようなため息を吐く。かなり疲労がにじんだ顔をしている。


「どったの? 支部長ナカトさんみたいな顔してるけど」

「死にそうな顔の代名詞をナカトにすんのやめてやれよ…………はぁ……あのバカどもだよ」


 コルドの言うバカとは、大抵が特定の二名を指す。そしてその両方が彼と同じ冒険者チーム【ウィーザー】に籍を置く仲間の事だ。


「あいつら……本当なら昨日の夜にはここに到着してんだよ」

「え、そうなの? ギルドじゃなんの話も聞かなかったけど」

「あぁそうだ。な……朝になっても音沙汰おとさたねぇからノーラインで潰れてるかとも思ったが、ベリーもナギも知らねぇと来た。街で迷ったかと思って神さまに訊きに行ったんだが……」


『いいよ☆ ボクの加護を持つ子たちなら居場所なんてちょちょいのちょい、んー……あっ、みっけ! カラント森林のそこそこ深いトコにいるネ☆』


「なんで!?」

「わかるわけねぇだろあのバカどもの思考が……! どうせ『本拠地ホームの帰り道わからないからコルドを探そう。あいつは森にいるはずだ!』みてぇな話だろうけどな……」

「いやーそれは流石に……あの人たちならありえるか」

「ああそうだ……めんどくせぇ、今から森で探し回らなくちゃなんねぇ」


 ゆるかぶりを振って、コルドは心底面倒くさそうに立ち上がる。そんな様子をおもんぱかりつつも遠慮せず、ユラは追加注文を課す。


「森に行くなら、ついでにシオンくんたちの様子を見たげてくれないかな?」

「あぁ、あいつらも森にいるのか……というかお前、やたらと二人を気に掛けるよな。相手しなきゃならねぇ冒険者なんざ山ほどいるだろうに」

「うーん……関わりが深くなったからっていうのもあるけど、なんというか似てるんだよねー」


 誰にだよ、と聞いた事をコルドはすぐ後悔した。ユラが待ってましたとばかりに目を輝かせたからだ。


「あたしの大好きな恋愛小説ラブコメ、おてんば姫と振り回されるけどしっかり姫を飼い慣らしてる宮廷薬師の二人カプにだよ! あたしあーいうの大ッッ好きなの! なんていうか? 恋愛を一段飛ばしして純白の糸で結ばれちゃってる感じ? 二人は一緒にいるだけで幸せなんだけどやがて意識し合っちゃうのが未来視できちゃうっていうか!? 手と手を繋いで照れ照れしちゃうのとかもう劇薬レベルでごちそうさまですなんですけど!? もーもどかしくってムズムズだけどこっちは見てるだけで幸せぶっちぎっちゃうっていうかもー萌えッッッ」

「お、おう」

「あーでも安心して。あくまであたしの妄想だから。決して現実と混同はしないし、二人の仲に手出しなんて以ての外。あたしは頼られた時にお姉さんムーブ決めてたいだけだから。二人が幸せで平和に暮らしていけるのが一番だから。まあ二人の和を乱すモノには徹底的鉄拳制裁だけどね!!」

「安心できそうで全くできない返答をドーモ」


 熱いいを語り尽くしたユラは、さっきまでの気迫が幻覚であったかと思えるほど物憂ものうげな表情を浮かべる。


「なんか今、事情があるとかでカメラ持った鳥人族ハーピーの子が一緒にいてさ。心配……もあるけど、とにかく気になってしょーがないの」

「……和を乱す?」

「んー、たぶん悪い子じゃないんだよねきっと…………悪気はないけど欲に負けて暴走の挙句トラブルを大きくしちゃうポジ?」

「安心できる要素が何一つねぇ……!」


 シオンも大変だな、とまだ見ぬ鳥人族ハーピーへの恐怖を募らせた。自分をトラブルメーカーと自覚していない輩が一番恐ろしいのは身に染みている。


「まあ、シオンとリアが幸せで平穏にってのは同意だ。もののついでだし、邪魔しねぇ程度に見てくるか」

「頼んだっ!」

「にしても、カメラ持った鳥人族ハーピーか……一ツ橋日報の見習いかもな」

「あーそっか。そうかもね! んじゃ、いってらっさーい」


 窓から跳んだコルドを気の抜けた声で送り出し、ユラは「ふぃー」と机に体を寝かせる。


「コルドが行くなら安心だわぁ。ふあーぁ、ちょっと眠いしきゅーけー…………」


 日差しの射す陽気の中、ユラは人都の学生時代にそうしていたように机で気を抜く。

 職務中の昼寝がバレたユラがこってり絞られるのはこの一時間後の事である。

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