第23話 共犯者

「えーっと……つまり、コノハさんは独り立ちしたいとお父さんに話したら条件を出されて……」


 シオンがコノハ自身やベリーから聞いた話を整頓せいとんしていく。


「一人前と認めてもらうためにレノワールに来たものの、色々と上手くいかずに約束した期限が迫り、八方塞がりな所に僕らが来て『自分一人の力じゃなくなるけど構うものか!』と飛びついた……という事でいいですか?」

「その通りです……」

「でも、言うに事欠いて共犯者って……ねェ?」

面目めんぼく次第しだいもございません……」


 取り乱していた恥ずかしさを隠そうと土下座のまま、コノハは返答する。ベリーは呆れた、と嘆息ひとつ。


「誤解を招く発言は記者のタブーでしょォ?」

「以後気ヲツケマス……」

「キシャ?」


 知らぬ言葉にリアが首を傾げる。


「えぇ、この子は――」

「わわ私は新聞記者志望のしがない小娘でして! 父ちゃ、いえ父さんには反対され、今に至っているワケです! ベリーさんはその……ど、読者? そう読者の方なんです! 知り合いの娘とはいえ稚拙ちせつな文章を読んでくださって本当すっごくありがたいんですよーハイ!」


 てんてこ舞いな身振り手振りでリアにまくしたてると、コノハはベリーにサッと耳打ちした。


「ベリーさん、言っちゃダメなんですってば!」

「ついウッカリしてたわァ。ゴメンなさいねェ」


 リアが「コソコソ何してんだ?」と訊くが、コノハは「ナンデモナイデスヨー」と微妙な笑顔で誤魔化ごまかす。

 はて、とアレスは疑問を口にした。


「嬢ちゃんはここが地元じゃないんすよね? 他にも目立つ都市は多いのに、なんだってレノワールに?」

「そ、それはですねー!」


 助かった! という顔でコノハは偶然の助け船に乗っかる。


「条件を満たすにはここが一番って教えてもらったんです。……まあ、ほぼ無理難題なんですけどね!」

「無理難題……一体、どんな条件ですか?」

「それはですね……新聞、または写真、文章、合間の挿絵でも、とにかくなんでもいいから神さまに認められる事、です」


 シオンたちが驚愕に染まる。アレスが叫ぶように聞き返す。


「かか神さまにっすか!?」

「これを一ヶ月以内にですよ。いままでは住んでいた人都でどうにかーって思ってたんですけど……いくら作って送っても鳴かず飛ばずなので意を決してレノワールまで飛んできたんです」

「まァ、普通は神さま宛ての手紙やら何やらって警備でほとんど弾かれるわよねェ」

「でも、レノワールは神さまとの距離も近いのでなんとかなるかもしれません。それで、残りの日数は?」


 シオンに訊かれると、コノハは顔を逸らして人差し指を突き合わせた。青ざめた声色こわいろで、まるで宿題をやり忘れたのがバレた子供のように。


「…………ぃつかです」

「……五日いつかですか?」

「~~っ……ふぁい」


 己の情けなさで泣きそうなカラスに無邪気な龍がトドメを刺す。


みじけーな!」

「だってしょうがないじゃないですかー!!」


 今度はくわっと目を見開き、コノハは大仰おおぎょうなげき始めた。


「最初は熱意さえあればどうにかーって甘々な考えでいたのは認めますよ! でも人都地元の取材なんてやってもやっても小さな事件ばかり! 大きなモノはぜーんぶ大手の日報が持っていくからどんだけ急ごうと二番煎じです! そして待てど暮らせどどーにもならなかったから残り一週間となり、焦り散らして火中に飛び込むような気持ちで全く何一つ知らない未知の街レノワールに来たんです! そしたら! 新聞の一面を飾れるような大事件が! が終わった後だったんですよォォォ……!」


 あっ、とシオンとリアが顔を見合わせる。自分たちとコルド、ルドマンの四人で撃破した特異点。平穏無事が取り柄であるレノワールの一大事は、新聞形式でギルド掲示板のど真ん中に貼られている。

 コノハが叫ぶ理由とは、もっと早くレノワールに来ていれば誰よりも先にシオンたちの記事が作成できたのに、という後悔なのだ。


「ウチの神さま、目立つモノと冒険者大好きでしょォ? 一番にシオンちゃんたちを取材できてれば……ねェ?」

「特異点撃破の新人冒険者を世界最速取材……そんなの、絶対目立つ記事になったのに……一週間前のうだうだ悩んでた自分を殴りたいです……!」


 レノワールでは、冒険譚を愛するカシスによる特別恩賞がある。偉業を成した者や神さまのお眼鏡にかなった者にさまざまな『賞』を与えられるのだ。

 与えられるのは読んで字の如く『賞』のみで品は付属せず、これに特別な権威はない。だが、神さまに認められたという実績は評価としては最上位にも近く、レノワールに集まる他所よそ者にはこの特別恩賞ではくを付けようと目論もくろむ者も多くいる。言わずもがなコノハもそれだ。

 しかし、特異点の一件もギルドの新聞で知れ渡ってしまった今ではインパクトが薄い。いわば、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスをすんでの所で取り逃がしたのだ。このショックは大きく、根深い。


「他に方法はねぇんすか?」

「時間もないなら、手っ取り早いのは武勲ぶくんよねェ。リアちゃんみたく、冒険者なりたての子が強敵相手に番狂わせっていうのは神さま大好物だけどォ……」


 水を向けられたコノハは必死に首を横に振る。


「わ、私、そういうのは専門外ですのでっ!」

「……まァ、コノハちゃんは仕方ないわよねェ。じゃ、お得意の写真じゃないかしらァ? モンスターと冒険者が映える写真なら、可能性はあるかもねェ」


 コノハは「そうです!」と自分の鞄から手乗りサイズの四角い箱を取り出した。鉱物を研磨して形成されたそれは、広い面の部分に丸いガラス――レンズがついている。


「このカメラに! 記者らしく写真に賭けるしかないんですよ私は! で、でも私一人じゃモンスターの写真なんてどうにもならなくて……冒険者の方に同行させてくださいって頼んでも、みなさん『お荷物は願い下げ』と許してくれず……」

「あー……たしかに嬢ちゃんみたいな子を連れて行くのは森でも勘弁っすね」


 三人組での活動が長かったアレスがうんうんと頷いてそう答える。

 しかして、カシスが『賞』を与える対象は冒険者、ないしはそれに準ずるモノの率が非常に高い。更にやはり神さまの『賞』とあって生半可なモノではかすりもしないだろう。

 コノハが神さまに認められるためには、冒険者へ同行し、劇的な瞬間を写真に収めるしかないのだ。


「確認ですけど、あのウワサ話はあながち嘘でもないんですよね?」

「えっと……僕はポーション作成が趣味で、魔法は……特殊なものですが、少しだけ。後はコルドさん――【ウィーザー】のみなさんにお世話になっています」

「【ウィーザー】!? 本当の一級品チームじゃないですか!」

「特異点は単独じゃなくてコルドさんとルドマンさん、それにリアと僕の四人で倒したんです。決め手になったのはリアでしたけど……」

「ん! シオンのおかげで炎のブレスを出せた! オレらがブッ倒したんだ!」


 リアが得意満面に腕を出し、鱗を現す。真紅の鱗は彼女が龍人族レイアであると強く主張していた。


「れ、龍人族レイア……本当に……!」


 へたり込んでいたコノハは、再びシオンとリアに向けて深々とこうべを垂れる。きびきびとした動作の節々に、もうここしかないという必死さが滲んでいた。


「ホントは全部私一人の力でどうにかしないといけないってわかってます! でも、このままじゃ時間が……っ、お願いします! 荷物持ちでもなんでもやります! お二人の写真に賭けさせてくださいっ!!」


 戦闘のできない少女を連れてモンスターのはびこる場所へ。卵を抱えたまま崖を登るようなモノで、無理難題であるとコノハ自身が承知している。だからこそ、この出会いに。シオンとリアの温情に縋りつくしか方法がないと誰よりも理解していた。


「……どうする、シオン?」


 リアがそう訊いたのは、彼女自身の成長と言える。以前のリア一人に頼まれたのなら、即座に怒鳴って追い返していただろう。今のリアなら、快諾していたかもしれない。

 だが、今は仲間がいる。


――オレはシオンが選んだ方についていく。


 それは責任放棄ではなく、シオンへの配慮と信頼が成す心遣いだ。


「…………」


 シオンはコノハに対して思うところがあった。

 期限まで五日。行動が遅すぎるコノハの自業自得と切って捨てて当然かもしれない。だが、いかなる理由であっても親元を離れようとする決意を、それを実行できた勇気を汲み取らずにはいられなかった。

 もちろん、特異点の解決がもっと遅れていれば、などという後腐れは欠片もない。シオンたちが掴み取った勝利が最善で最高の結果だったと断言できる。


 それとこれとは別に、コノハを――困っている人を放ってはおけないのだ。


「その……僕でも力になれるなら協力します」


 手を差し出し、目線を合わせる。


「いいかな、リア」

「ん。いいぞ! 一緒に行こうぜコノハ!」


 シオンが言うなら文句なし、とリアが手を差し出す。

 コノハは数秒間、呆気にとられた。そして「ありがとうございますッ!」と感無量に叫び、二人の手を取る。


「改めまして、コノハです! 歳は十五で種族は鳥人族ハーピーですっ!」

「シオン・ウォーカー、人間族ヒューマンです。弱いですけど……よろしくお願いしますね」

「オレはリア! 半端だけど龍人族レイアだ! よろしくな!」

「というか本当に龍人族レイアなんですよね!? 初めて見ました! ちょっといろいろ詳しく教えてください!」


 手を取りあった同年代三名へ、ベリーは安堵と心配が入り混じった視線を向けた。


「一安心、なんだけど……焦って無理だけはしないでねェ、ホント……」


 ようやく前を向けたシオン。

 心に余裕ができ始めたリア。

 そして、秘め事があるコノハ。

 三人の背景を知っているベリーだからこそ感じ得る不安があった。


――立ち直りかけた心が一番脆い。


 そして、砕かれれば二度と再生できない。

 その不安が現実となってすぐそこまで這い寄っていると、まだ誰も知らない。


 コノハの期日まで、あと五日。

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