第22話 黒い羽

『げーんきー? 昨日は雨だったケド今日は晴れ☆ 森は植物がイイ感じに育ってそうだネ。でもでもいつもはいないモンスターが元気かもだから、気を付けてネ☆』



 青天の今日も今日とて、龍の少女は森で戦う。


「ッらァ!」

「ギッ!?」


 眼下がんかに潜り込んだリアの蹴り上げが大蛇、カラントスネークのあごを打ち、身体を浮かせた。そのまま胴部へ短刀を突き刺し、真上に引き裂いて頭を真っ二つに。

 灰にかえるモンスターを前に、リアは真紅のうろこに包まれた腕を突き上げた。


「ッしゃ、倒した!」


 堂々たる戦いぶりだが、敵は眼前の一体のみではない。いつもなら、死角からの攻撃で負傷していただろう。


「リア、右っ!」

「ん!」

「ゲゴッ!?」


 即座に右方へ蹴りを見舞う。革ブーツの裏が捉えたのは飛びかからんとしていたカラントフロッグの腹部。

 今日は普段と違う。シオンというサポートがいるのだ。魔法の支援はまだタイミングが合わないが、リアにとっては危機を教えてくれるだけで充分にありがたかった。


「テメェも倒し――ん? なんかきたぞシオン!」


 吹き飛んだモンスターにトドメを刺す前に、リアの鼻が新たな匂いをぎ取る。

 目を向けた先には、地面をのそのそうごめく丸い影が三つ並んでいた。現れたのはでっぷりとした草色の体をわせる巨大な芋虫だ。


「フロックワーム――――リア、気を付けて! 微弱だけど、毒液を吐くから!」

「ん!」


 シオンが腕に魔力を回すと、てのひらの先にパキパキと水晶のからが形成され、内側に炎が灯った。シオンにとって唯一の攻撃手段である【フレアスフィア】が準備され、左側の一匹に照準しょうじゅんが合わされる。


(あとはリアが後退すると同時に放って……)


「どらぁッ!」

「えっ!?」


 シオンと想定とは裏腹に、リアは勇猛ゆうもうに斬り掛かっていく。

 一匹目が不意打ち気味に頭部をカチ割られ、続けざまに隣が前蹴りで横腹をへこまされた上での刺突しとつでトドメ。

 フロックワームの体は特筆すべき硬さや弾力もなく、本物の幼虫と同じようにもろい。その気になれば非力なシオンでもこん棒ひとつあれば倒せてしまう。

 だが、それをモンスターたらしめる要因が毒液だ。


「キィイ!」


 最後の一匹はなんとかリアへ顔を向け、口と思しき器官から薄黄色の毒液をべしゃりと吐き出す。

 フロックワームの毒液は皮膚に触れただけで即効性の麻痺を引き起こす。時間経過で和らぐが、痺れを伴っての戦闘など危険が過ぎる。いつモンスターと出会うかわからない森においては確実に回避すべき存在だ――というのに、リアは腕を顔の前で交差させ、脚に力を込める。


「効くかァッ!」


 なんと、リアは避けようともせず、己の鱗を盾に真正面から毒を突破した。フロックワームは驚く間もなく真っ二つに斬り割られ、三匹揃って灰に還っていく。

 シオンはリアの無茶苦茶加減に頭を痛めたが、そこでリアに蹴り飛ばされたカラントフロッグが起き上がっていた事に気付いた。


「あっちは僕が……!」


 リアの負担を減らそうと腕を向け直し、再度湧き起こる炎を想像。水晶の殻とその内で燃える火焔を創造する。


「フレアスフィアッ!」

「あとはテメーだけだァ!」

「!?」


 魔法を撃つと同時に、リアが痺れなど無視でひるがえってカラントフロッグへ向かう。この手を離れた炎の水晶は吸い込まれるようにリアへ――


「ぶっ!?」

「ご、ごめんリア!」





「――で、戻ってきたと」

「は、はい……」


 医務室にて、尻尾を揺らすユラに申し訳なさそうなシオンが答える。

 強固な水晶玉が脇腹にクリーンヒットし、リアは倒れた。噴き出した炎に生命の危機を感じたカラントフロッグは逃げ出したため、幸いにも戦闘は終了。

 腹部とあって多少のダメージはある。だが、龍人族レイアの耐久力で骨が折れた様子などはない。リアの体質で炎はまったく効いておらず、思いっ切り浴びた毒液も鱗が防ぎ切った。

 なんと、無茶を通したというのに今回は目立つ外傷がなかったのだ。


「大体の傷は処置したけど……他の痛みはない?」

「ん。ちょっとピリピリしたけど、もう大丈夫だぞ」

「よかった……フロックワームの毒は劇毒じゃないけど、次は絶対にやめて。……わかった?」

「ん、ん。わかった……」


 怪我人、もとい無茶をする者に対してのシオンは厳しく正しい。いつもの表情からは想像もつかない凄味に思わずリアもたじろぐ。

 ユラは「ふーむ」と顎に手をえてうなった。


「まあ、今日はチームとしての試験運転みたいな感じだったからね。撤退てったいは戦略だから判断は大正解……なんだけど、スネークとかとやり合っちゃうあたりはお説教」

「ゆ、ユラも怒ってる……」

「あったりまえじゃんもう!」


 ユラは立腹りっぷくだった。

 カラントスネークとは、人を丸呑みで捕食する事もある大蛇のモンスター。木の幹ほどある胴部、その尻尾から繰り出される殴打は上等な防具すら軽々と破壊する。新人の冒険者には要注意モンスターの一体として対策の講習が行われるほどの危険度を誇るが……当然、リアは講習など知りもしない。

 遭遇したら決して近寄らず、ゆっくりと離れるのが対処――なのだが、シオンが口を開く前にリアが突撃して瞬時に戦闘へと至った。つまりはリアが元凶。


「前もって説明しておくべきでした……ごめんなさい……」

「シオンは悪くねーだろ。つーか、オレがブッ倒したぞ!」

「倒したとしてもなの! 連携も上手くできないのにヤベーのと戦わない!」


 ぐうの音も出ない正論である。

 二人組になった事でリアの負傷は見てわかるほど大幅に減った。

 近接攻撃インファイト主体のリアと魔法支援のシオンは相性もいい。だが、長期に渡って一人で戦ってきたリアとそもそも戦闘慣れしていないシオンでは、最大の長所である連携が上手く運ばないのだ。

 現状、好き放題戦うリアにシオンがなんとか合わせている。リアが半端に気を散らすぐらいなら、というシオンの判断だが、それにも限界があった。


「というかまずは依頼を受けなよ。リアちゃんもシオンくんも冒険者としては最低ランクだし、まずは採取のついでにウルフみたいな弱めのモンスターと戦ってチームワークに慣れてけばいいと思うの」

「はい。明日はそうします」

「うんうん。というかリアちゃんは無茶しない事を覚えてくんないかな?」

「んー?」


 ギルドが注意を促すモンスターに斬り掛かり、毒液を強行突破。冒険者が聞けば震え上がるような所業の実行者は、ユラの尻尾を指で追いかけて遊んでいる。

 まったく、とシオンがため息を吐くと、何故かユラは小さく喉を鳴らした。


「んふふ、でもなんというか……シオンくんも変わったね」

「そう……ですか?」

「気付いてない? リアちゃんとの距離が近くなって、いろいろ表情増えたもん。ここはリアちゃんのおかげだね!」

「へへっ、オレのおかげだな!」


 調子がいいなぁ、と思った時、シオンは自分が微笑ほほえんでいると気付く。そもそも、以前ならこんなに親しげな感想も抱かなかっただろう。


(負の感情一辺倒だった頃よりは良い方向に変われたのかな)


 特異点の一件、トラウマと共に蓋をしていた回復魔法リリーフ・エリクシルの使用、そしてリアとの出会い。少なくとも、得難えがたい経験がシオンの心に影響を及ぼしたのは確かだ。


「し、しつれいするっすぅぁぁ……」


 カランカランとベルを鳴らして入室と同時に倒れ込んだのは、バンダナがトレードマークの冒険者、アレス。

 先日の一件以降「シオンさんのポーションもらえるならなんでも手伝うっす!」と、よく医務室にも顔を出すようになったのだ。ちなみにシオンの医務室勤務は継続しており、今ではアレスの喧伝けんでんもあってすっかり『配布ポーションの品質を底上げした有能少年』として冒険者たちに認識されている。

 そんなアレスなのだが、見れば全身が土や砂にまみれており、酷くくたびれた様子だ。


「大丈夫ですかアレスさん!」

「だ、だいじょばないっす……自衛団の鍛錬たんれん、パネェっす……」

「あー、そういえば自衛団行きだったねあの人……」


 あの人というのは、特異点騒ぎの一因である冒険者、ローベル。アレス共々、ルドマンの取り巻きをやっていた小悪党もどきの小心者である。

 事件が収束した後、彼は神さまから罰を与えられた。それというのが……


『一ヶ月、自衛団で修行ネ☆』


 金に目がくらんだとはいえ、カラント森林及びレノワールに危機を招いた事。そしてリアへの暴行。従来ならばもっと重たい刑罰となるのだが、


『オレは別にいい。怖かったけど……あいつもいっぱいいっぱいだったんだろ。なら、しょーがねー』


 リアの擁護ようごと当人の反省度合をかんがみて、ローベルは現在、レノワールの平和を守る自衛団の雑用兼下っ端として心身ともに鍛え直されている最中なのだ。

 アレスは時折様子を見に行くのだが、今日は運悪く実戦練習に付き合わされたらしい。


「団長さんが一番ヤベェっす。木刀振った風だけで壁までブッ飛ばされたっす」

「ジーナさん、レノワールでも指折りの実力者だもんねー」

「しかもローベルの仲間って事で目ェ付けられて……『お前も相手してやろう。どこからでも来るがいい』って、かかっていく前にやられたっす……背中痛ぇんで、シオンさん、湿布しっぷくださいっす……」

「は、はい。……あの、さん付けはやめてもらえませんか……?」

「いえ! いろいろ迷惑かけたんで呼ばせてくださいっす! パシリとかも大丈夫っすよ。俺、脚だけは速いんで!」


 逃げる時なら馬車より速いと豪語ごうごするアレスだが、それも背筋を痛めては機能しないだろう。

 シオンが彼の背に薬草を染み込ませた布を張り付けていると、どこからともなく軽やかに跳ねるような鐘の音が響いた。神さまが慣行している、午後六時を告げる音だ。


「あら、時間。シオンくんお疲れ!」

「は、はい。でも、いいんでしょうか。みなさん、まだまだお仕事なのに……」

「いーのいーの、決まってる時間働いたんだからさ。医務室の代理はあたしに任せて! 擦り傷ならどうにかできるよ!」


 もし怪我人が来ても大丈夫、という心遣いにシオンは安心し、感謝した。もっとも、続けて「擦り傷以外は無理だけどね!」と自信満々に言い切られた事でしっかり相殺そうさいされたのだが。


「湿布ありがとうっすシオンさん! ところで、お二人はどうするんすか?」

「そうですね……少し早いけど、夕飯にしようか」

「ん! ノーラインがいい! アレスも一緒に行こうぜ!」

「い、いいんすか!?」

「いいぞ!」

「あああありがとうっすリアさん!」


 自分より先輩な筈のアレスを従え、リアは堂々と大通りを進んでいく。なんとも言いがたい気持ちのシオンだが、二人が楽しそうなので何も言わずに同行した。

 ノーラインは年中無休で営業中である。戸を開けると、いつもは「客人の気配を察知しました故」と黒髪に和装エプロンのナギが出迎えるのだが――


「あァら、シオンちゃんリアちゃんにアレスちゃん! 珍しい取り合わせね。とにかくいらっしゃーい!」


 今日は珍しく、普段は厨房ちゅうぼうにいる店長ベリーが歓迎してくれた。アレスはルドマンの手下という事で警戒されていたのだが「この子、思った事をそのまま口に出してるだけのアホね!」と今では普通の客として扱われている。


「ベリー! ハラ減ったー!」

「はァい、何でも作れちゃうわよォ。今日も武勇伝、聞かせてねェ」

「ん!」


 すっかり常連のリアは、戦いの成果や嬉しかった事をベリーに報告するのが日課となった。聞き上手のベリーとの会話は、リアにとって美味しい食事と比肩ひけんするほど楽しいらしい。


「ベリーさんがフロアにいて、厨房は大丈夫なんですか?」

「大丈夫よォ。ウチの子たちは優秀だから、ぶっちゃけアタシ働かなくていいぐらいなのよォ? まァ、好きで働いちゃうんだけどね!」


 ベリーはニコニコと明朗に笑う。のじょ)は賑やかな店内と満足して帰宅する客の顔が何よりも好きなのだ。

 空いているテーブルに通されると、シオンはさっと辺りを見渡す。やはり、ナギがいない。いついかなる時も波のように店内を移動し、流麗りゅうれいにウェイトレスをこなすナギの姿が。


「もしかして、ナギさんはお休みですか?」

「そんなワケないでしょ、冬場に氷魔法浴びても涼しい顔してる子よォ? 今日はちょっと、ねェ」


 ベリーがカウンター席を指差す。フロアとキッチンをへだてるように伸びるカウンター席の端にナギがいた。向かいの席には一人の少女が座っている。ナギと同じ黒髪に、それよりもうるわしいつやめきの黒翼を持つ少女が。


鳥人種ハーピー……っすかね? あんな真っ黒い羽、見た事ねぇっす!」


 レノワールに在住する鳥人種の多くは茶色や白を基調にしたグラデーションのある羽を持つ。単色というのも珍しいのに、漆黒ともなればなおさら目を惹く。


「たしか、黒い翼って……」

「ヒノモトの子よォ」


 ヒノモト。大陸から離れた島国であり、はるか昔から独自の文明を築いてきた小国だ。

 ナギが好んで着用する『着物キモノ』もそうだが、彼らを彼らたらしめるのは美しい黒髪である。その色は種族の特徴にも遺伝しており、中でもヒノモトの鳥人種はカラスのように黒い羽を持つと有名なのだ。


「知り合いの娘ちゃんで、昨日レノワールに来たばっかりなんだけど……ちょーっとナイーヴになっちゃってるのよねェ。だから、同郷のナギと話して落ち着かせてるの」

「ないーぶ?」

「弱気になってるって事だよ。でも、一体何が……」

「うーん、どこまで言うべきかしら……」


 遠目に見る中で、べたっ、と少女がカウンターに突っ伏す。


「もーダメなんですよ私はぁー……」

「まあまあ、そう落ち込まれずとも。猶予ゆうよはまだ御座います故」

「でも、あんなビッグチャンスと入れ違いってツイてなさすぎて……うぅー……」


 ぐずぐずとくだを巻く少女の背には強い落胆がにじんでいた。自慢の黒翼を小さくたたんだ様子がいたたまれず、ベリーは申し訳なさそうにシオンたちへ言う。


「実は、アナタたちにも関係があるにはあるのよォ。お話だけでも聞いて――いや、話してあげてくれないかしら」

「は、はい。僕にできる事なら……」


 リアとアレスも同意し、ベリーが「ありがとう」と一礼し、少女に何かを話す。声は店内の雑音に紛れて聞こえなかったが――彼女の目の色が変わったのはしっかりと見えた。

 ビュン! と疾風しっぷうの速さで少女はシオンとリアに詰め寄る。翼がはばたいた風圧でテーブルがぐらりと揺れ、倒れた。


「ポーション作りの天才で龍人族レイアで全属性魔法使えて激ヤバ特異点を単独撃破して一級冒険者の愛弟子まなでしで神さまと懇意こんいでギルド医務室の責任者でもある新人冒険者ってホントですかッ!?」

「色々と脚色きゃくしょく混ざってますっ!?」

「でも冷静に考えるとそんな間違ってないっすよねソレ」


 アレスの言葉に加え「トクイテンはオレが倒したからな」と胸を張るリアを見て、少女はわなわなと震える。


「こ、こんな三面記事の端っこのオカルトより創作じみた人が実在するなんて……も、もう、ここに賭けるしか……ッ!」

「あ、あの……?」

「私はコノハといいます!お願いしますどうかッ!」


 切羽詰まった顔を上げると、少女、コノハは勢いよく地面に膝と両手と額を付けてひれ伏した。


「どうかッ! 私の共犯者になってください!!」

「はっ、え? えッ!?」


 少女の叫びが注目を集め、少女の土下座奇行とその前にいるシオンという謎の構図が店内に波乱を呼ぶ。

 事態が落ち着いたのは、そこから数分が立ってからだった。

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