第21話 始まりの日に


 二人がほぼ同時に目覚めた瞬間である。


「シオンくんリアちゃぁあああああ!!」


 ユラがボロボロと泣きながら抱き付き、すぐさま「特異点に挑む事がどんだけ無謀で危険だと思ってんのでも無事でよかったぁぁぁ」と号泣の説教が始まった。

 開始数秒で脱線したそれをコルドが中止させ、「次に無茶したら矢のまとにする。わかったか?」と恐ろしく、短く、的確に叱る。

 あまりの冷淡さにブンブンと首を縦に振る二人を見て、コルドは言う。


「じゃあさっそく祝いだ。行くぞ!」


 との事で、気が付けば二人はノーラインで座らされていた。

 ベリーが店の中心に立ち、両腕を広げる。


「じゃあ、シオンちゃんリアちゃん、そしてコルドちゃんとハゲのルドマンが特異点撃破! 兼! シオンちゃんとリアちゃんの快気祝いで宴よォー!!」

「「「ヒャッホォォォイ!!!」」」


 無数のジョッキがかち合う。すぐさまバカ騒ぎが始まった。主催であるはずのベリーはすぐさまシオンたちのテーブルへ小走りし、心配そうに話しかける。


「騒がしくてゴメンなさいねェ。ここのバカたちは何かにかこつけてすぐに宴しちゃうから……アタシもこういうの大好きだから思わず乗っかっちゃったけど、もしかして体にさわったりしてなァい?」

「あ、はい。僕は魔力切れで倒れただけなので……」

「ん。オレも平気だぞ!」


 快気祝いとは銘打つものの、実際は数時間眠っていただけなので、二人は少し残る疲れを除けば健常に近い。

 不便もなくベリーの料理に舌鼓したづつみを打ち、リアに至っては「うめー!」と次々に平らげていく。ベリーは心底嬉しそうに「好きなだけ食べちゃいなさァい」と微笑んだ。

 さて、まずこういう状況で声を掛けに来るのはコルドかユラになる。だが、ユラは既に酒を舐めて酩酊めいていし、仕事のストレスと今日のコルドへの不満と二人が無事でよかったという三種を無限ループさせており、その聞き手がコルドのため二人は動けない。

 その結果。


「腹の底からありがとうっすシオンさんリアさんそしてすみませんでしたぁぁぁ」

「うぅ……謝って済む事じゃねぇのに……」


 ナギが教えたヒノモトの最上級謝罪、土下座をするアレスとローベル。そして激闘でくたびれた様子のルドマンが同じテーブルに座った。


「……許してやれとは言わねぇ。坊主とルーキー、お前らの自由だ」

「そっか。なら許す! シオンは?」

「ぼ、僕はリアがいいなら……」

「そ、そんなにアッサリでいいのか!? 俺はあの化物を作った原因だし……お前をブン殴ろうとしたんだぞ……?」


 ローベルがわなわなと震え、頭を抱える。罵られ、殴り飛ばされる事を望んでいる訳じゃない。だが、一言のとがめすらないとあっては立つがなかった。

 しかし、シオンとリアは決して彼の望む未来を選ばない。


「特異点についての裁きは神さまが決める事ですから。それに……」

「ん。たしかに怖かったし痛かった。でも、一回助け合ったからな。もういいぞ!」

「俺は助けられただけで何も助けちゃいねぇぞ……」

「そうだっけ? なら、いつか助けてくれ!」

「お前……あぁ、わかった。すげぇ奴だよ、本当……」

「ありがとっすぅぅぅぁぁ!」


 当の本人よりも感情が激しいアレスが涙を大量に出しながらなんども頭を下げる。それをシオンとローベルがなだめる中、ルドマンがベリーに目を向けてフンと鼻を鳴らす。


「……俺ァ昔、ここの店は出禁だったか」

「そんなコト言った覚えはないわァ。というかこの前来たじゃないのォ」

「嫌がらせみてぇなモンだ」

「あらあら。まァいいわァ、来るもの拒まずだもの。迷惑な客は追い出すケドねェ」

「おっさんとベリー、知り合いなのか?」


 同時に「そうだ」「そうねェ」と言い、ベリーが続ける。


「昔、人都に居た頃から知り合いではあったわねェ。まァ、アタシはだァい嫌いだったケド」

「そうなのか?」

「だァって、いくら小さい子が冒険者やるのが危ないからって、バカにしたり嫌味言ったりして辞めさせるって回りクドくてイヤらしいんだもの」

「誤解を生む言い方はやめろ。俺はただ女子供が鬱陶しいだけだ」

「ほォら、すーぐそうやってねじれた言い方するじゃないのォ。……まァ、この一件は感謝してアゲル。若い子いびるのやめるなら常連になっていいわよォ?」

「フン、どうかな。……割引しろ。それなら通ってやる」

「素直じゃないわねェ」

「素直じゃねーな!」

「黙れ殺すぞ」


 クスクスと笑い合う二人の後ろからひょこっとアレスが顔を出した。


「えっ、ノーラインに通えるんすか? やりぃ! ここ、メシが美味ぇのに親分がバツが悪いから行きたくないって言うからコッソリ来てたんすよね! これで大手を振って行けるっす!」

「……アレス。テメェ表出ろ。ついでにローベルも」

「なんで俺までッ!?」

「勘弁っすぅぅぅ」


 この直後、ナギが「おや海坊主殿」とルドマンを無自覚にあおったがためにモノが飛びヒトが飛びの大騒乱になる。

 ベリーが「前来た時のカウンター席に避難しときなさァい。アタシはあいつらとっちめるから」と魔人の形相で歩いて行った。

 言われた通りに移動し、ベリーが暴れる全員に拳骨を入れる姿を見て、リアが大笑いする。それから少しあって、シオンが口を開いた。


「……リアはどうして、僕を仲間に誘ってくれたんですか?」

「ん? オレはシオンがいいからだぞ」


 あっけらかんとリアは言う。


「シオンと一緒なら楽しいだろうなーって思ってさ」

「僕と一緒が、楽しい?」

「ん。出会ってたった四日だけどさ。オレ、生きていた中で一番楽しかったんだ」


 いままでなかったぐらい、たくさんの感情が動いた。リアの心は、この数日で各段に豊かに育ったのだ。


「でも、ホントにシオンがオレと同じ気持ちかどうかはわからねーから不安だった」


 あの時は勢い任せで言っちまったけどな。と、頬を掻く。


「……シオンが俺に水晶からだを見せてくれた時、シオンが苦しんでるように見えたんだ。きっと、前のオレがこうだったんだろうな、って」


 最初は何もかもを突っぱねていた。自分以外のほとんどは敵で、みんなが心の中では半端な龍人族レイアあざけっているに違いないと怯えていた、何もかもに苦しむ少女。

 しかし、彼女は自分以外にようやく触れた。優しい少年に触れ、彼が自分と同じく『異常』な体の持ち主と知り、自分だけが奇異と忌避の目に苦しんでいたわけじゃないと知った。


「最初の時も、路地裏の時も……シオンは自分を傷付けてでもオレに歩み寄って、救ってくれたろ。だから、オレもそうしたいんだよ」


 自分以外を知るキッカケ。最初は、迫害された幼少期を救ってくれた流浪の冒険者。そして二度目は、また閉ざされかけていた心を救ってくれた少年。

 少女は与えられた幸せを、めぐらせようとしたのだ。


「英雄になりてーってのはさ。龍でも認めてもらえるって信じたかったから言ってたんだ。でも、その夢はもう叶った……だから、次の夢ができた」

「次の夢、ですか?」

「ん。オレは不器用だし、頭もよくねーし、人と関わるのが怖いのは変わらねーけど……苦しんでるお前を助けたかった。そういう奴になりてーって思ったんだ」


 少女は少し、成長した。


「俺をみんなと出会わせてくれた、シオンみたいになるのがオレの夢だ」


 リアの言葉を聞き、シオンは視線を伏せる。下向きな声色はかげりを含んでいた。


「…………僕はそんなにすごい人じゃありません」


 最初から――あの日から、ずっとそうだ。


「心も体も弱いのに誰かを助けようとする、ただの身の程知らずなんです」


 誰もかれも助けようとして、手が届かないと気付き、逃げることすらできず、自責してどこまでも落ちていく。

 恨まれるのはもちろん、感謝される事すらも重荷になるような繊細せんさいで脆い心。


「きっと、みんなにいっぱい苦労や心配を掛けてきました。それに大切な時に動けない、役立たずで…………これからも、そうだと思います」


 少年は変わらない。自分の弱さを恥じ、過去の罪を悔い、多くを助けようと必死になる。その在り方はまだ、変われない。

 それでも。


「で、でも……僕も、リアみたいに前に進んでいきたいんです」


 少年は少しだけ、歩き方を思い出した。


「――――こ、こんな僕でもよければ、仲間にしてくれますかっ?」


 精いっぱいの、答え。

 呼吸が詰まるほどの心拍で、恥ずかしさで真っ赤な顔で、しっかりとリアに向き合う。

 差し出した手は小刻みに震えていて、初めて出会った時とは大違いだ。

 リアはしばし、シオンの顔と手を交互に見つめ、


「――――ん!」

「へっ?」


 大きく頷いて、手を掴んで引き寄せ、シオンを抱きしめた。


「当ったり前だろ! よろしくな!」

「っ……ありがとうございま――――」

「ちげーよ。仲間だろ?」

「――――うん。ありがとう、リア」


 破顔一笑。


「ありがとな、シオンっ!」


 いままでのどれよりも嬉しさを押し出して笑った。


「わーお。情熱的ぃ」

「ゆ、ユラさん!?」

「あらァ、チラッと見に来たら……あらあらァ!」

「交際ですと宴は別口で御座いましょうか? 何人前で御座いましょう?」

「シオンに春が来たァァァ!」「また宴じゃァァァ!」「ひゃっほォォォァアア!」

「えっ、あの、えぇ!?」

「特異点撃破とコンビ結成の祝杯だな。観念しろ」

「へへっ、カンネンしろー!」


 その日、レノワールの夜更けは格別に騒がしく、賑やかだった。陽気な声が南一帯に響き渡る。


『今夜は宴。新たな冒険者へ美味い飯と祝杯を。門出は此処だが英雄は彼方の果てにあり。踏破せしは遠き道なり。森を荒野を火山を海原を進めや進め。我ら冒険者。全ての宝は我らの為に。全ての夢はお前の為に』


 朗々と英雄譚の一節を読み上げ、神は楽しげに街を見下ろした。

 酒場でたくさんの魂が踊っている。

 その中心には、真っ赤な龍のような魂と、まっさらな水晶のような魂。

 二つは強く繋がり、まるで真紅の宝玉のように見えた。


「よかったよかった。キミたちの物語冒険も、始まったね」


 いつもの変わらぬ笑顔ではなく、成長した子を見る親のような微笑みで神さまが両腕を広げる。


「二人に――――水晶シオンくんと火龍リアちゃんに祝福を」


 星が門出を祝うように煌めき、月が天高く笑い、いつもより遅い歩幅で降りて行く。宴はまだまだ序の口。留まる事を知らぬ喧噪はいつまでも。





「…………ああ」


 街灯りから離れた仄暗い草原で、黒いローブが揺れる。


「ウルフは特異点に変化した後、更に変生へんじょうした」


 彼が手に持つ水晶へ義務的に話しかければ『キヒヒ』と、子供がトンボの羽をむしり取るような、無邪気と狂気が同居している声色は笑う。


『やっぱりそうだ! 感情は進化の起爆剤となるんだ!』

「……感情、か。モンスターにも感情があるのか」

『さぁね。しかし、考察しないと何も始まらないさ。直感や思い付きを否定していてはいつまでも薄っぺらな扉絵に騙されたままだよ』


 好奇心を失った生命は雑音をまき散らす土塊つちくれだ、と語り、声は続ける。


『そういえば、頼んだモノは見つかったのかい?』

「おおまかには。しかし、詳細はまだだ。すまない」

『いいのさ。あんなだだっ広い森から特定のモノを見つけ出せなんて無理無茶無謀もいいとこだし。高度な隠蔽いんぺいは……まあ、あの神には不可能だからされてないとは思うけど』

「……指示は?」

『そのままレノワールに残っていてくれたまえ。追加で実験材料を送るから、それはきみが手ずから行ってくれ。何、いまさら証拠が残ろうと構わないさ』


 彼は重苦しく息を吐き「承知した」と呟いた。

 自分の知識欲を満たすためだけに行動し、そのためなら破綻した行動すら辞さない。

 苦手意識を抱く学者と会話を切ろうとした時、『ああ、それと』と声が付け足される。


『特異点を倒したのはどんなやからだったんだい?』

「……四人。ベテランの冒険者二人と新人らしき二人だが――――常に決定打を与えていたのは新人二人だった」

『ふぅん。どんな加護だい?』

「おそらく加護ではないが……一人は龍の鱗を持つ少女。もう一人は――――」


 再確認として、彼は宙を揺蕩たゆたう少女とアイコンタクトを取り、話した。


「水晶の魔法を使う少年だったらしい」

『――ほう?』


 いいね。興味が湧いた。と、声は邪悪な掠れ笑いを残し、水晶の通信を切った。

 そこを見計らって、少女がため息。


「あいつ、嫌いだわ。私」

「気持ちはわかるが、言わない方がいい……それにしても――――水晶の少年、か」

「ええ」


 珍しく、少女が微笑みを崩して目元を曇らせる。


「あの子、何者なのかしらね」


 少女は首元に手を添え、服の肩口をするりと降ろす。露わになった華奢きゃしゃな肉体の胸元には――――


「私と同類なら、笑い草なのだけれど」


 月光を吸収して淡く灯る、水晶が埋められていた。

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