第20話 烈火の龍

 黒いローブをはためかせ、彼は足元を見下ろした。ひしゃげたやじりとその破片が散らばっている。


「巻き上げた木の葉で視界をさえぎり、僕に反撃される事を見越して爆破のやじりを起動。自ら爆発に巻き込まれ、その勢いすら利用して逃れた……」


 一級冒険者、コルドとの戦闘。

 最初は出方をうかがい、不要な接近を避ける様子――それが、あるタイミングからガラリと変わるのを彼は見た。

 何が何でも行かなければならない、と。

 次の一手でコルドは傷を負ってまでも逃げおおせた。を越え、特異点の――守るべきモノの場所へと向かったのだ。


「……すごいな。彼は」


 物寂しげに呟き、納刀する。そよ風にローブが揺れると、彼はもう消えていた。



 ◆



 コルドは眼球の狙撃から間髪入れず爆破の鏃で魔獣を追撃し、爆風と土埃つちぼこりで視界と嗅覚を奪う。四人は一旦、木陰に身を潜めた。


「コルドさん!」

「コルド! おっせーぞ!」

「ああ、悪い……しっかしこんなド級のバケモノ、ここにいていい種類じゃねぇぞ!」


 辟易へきえきに眉をひそめ、コルドは自分の装備を確認する。


「魔力はまだ良好……爆破が三つと……よし、ちょっとキツいが俺がどうにかする! お前らは――」

「倒せる!」

「そう言うと思ったが、ダメだ! そんなズタボロなんだから、今すぐ撤退しろ。生き延びる事を考えろって教えただろ!?」

「……あいつにゃ矢なんざ効かねぇよ。俺の斧がダメだった」


 ルドマンが酸によって不細工に歪んだ戦斧を見せ「いくら死に体でも、爆破三発でどうにかできると思うな」と警告した。


「ッ、おいおい、アンタのバカ力が通らねぇってのか? どんな硬さだよ……」

「テメェの加護なら大方わかってるだろうが、俺らがあそこまで追い込めたのは坊主の魔法ありきだ。その坊主が機能しねぇ今、倒し切るのは無理だ」

「……たしかに、アンタの言う通りだ。モンスターの自己再生は速いから見逃したくねぇが、しょうがねぇ。せめて俺の装備が整ってれば――」

「で、きます……!」


 ぜ、ぜ、と息を切らすシオンがよろよろと立ち上がる。

 倒さなければ、また振り出しに戻る。そうなれば、誰かが傷つく。

 流血の未来を拒む心だけが、シオンを支えていた。


「あと、いっか、い……撃ち、ます……!」

「そんな状態でバカ言ってんじゃねぇ! あの消費が昨日今日で治るワケ――」

「……できるんだな、坊主」


 コルドをさえぎり、ルドマンがドスを効かせた声で確認する。リアに支えられたシオンはしっかりと一度、頷いた。


「よくわからねぇが、もう一発撃てると坊主自身が言ってんだ。俺は女子供は嫌いだが、こいつの魔法は信用する」


 ルドマンがぼすっ、とシオンの頭に手を置く。


「俺だって、できるモンならあのバケモンを野放しにしたくはねぇからな。勝算があるなら、やれる限りはやってやるよ」

「あのルドマンが他人に助け船を……!?」


 コルドは唖然としたが、すぐに切り替えてリアに訊く。


「リア、まだ動けるか?」

「ん! あったりまえだ!」

「倒せるッつってたが……お前、ホントに動けるのか?」

「ん! ……ちょっと疲れてるけどな!」

「素直でよろしい。アイツが復帰する前に戦法を固めるぞ!」


 少年と新人ルーキー熟練ベテラン二人が団結する。リアが口火を切った。


「アイツ、攻撃は通らねーけどシオンの魔法はスゲー効くんだ! もっぱつシオンが撃てるなら、さっきと同じ方法で――」

「待て、そこまでアイツは馬鹿じゃねぇ。そう簡単に口を開けるたぁ思えねぇぞ」

「いや、口を開かせなくていい」


 コルドが観察をもとにそう言い切る。


「見た所、かなり深手だ。もう一回、デカいダメージがあれば外部からでも決め切れる」

「だがどうする? 体内にブチ込むなんて荒業決めてもダメだったんだぞ。ただ撃っても勝算は薄いだろ」

「特異点の横腹に内側から裂けてる箇所があるだろ。モンスターは外傷の完治よりも内部の再生を優先するから、デカい裂傷でもある程度まで治ったら再生が止まる――あそこは今、出血させないための薄皮しか治せてねぇんだ。あそこをこじ開けて魔法をブチ込めば体内まで届く」

「また無茶苦茶か! さっきのは死に物狂いで起こした幸運だ。そんなのが続くと思うなよ!?」

「上手くいくさ。そのために俺――サポーターがいる」


 コルドの役割。それは索敵、斥候せっこう、罠の設置、援護射撃など支援が主となる。今回はおとりという矢面に立つ事になるが、攻撃役の補助と時間稼ぎはお手の物だ。


「シオン、お前はフレアスフィア。いつものサイズに限界まで魔力を詰めて、そいつをリアに渡せ」

「はい……!」

「リア、お前に実行を任せる。スフィアを受け取ったらアイツの傷口にコイツごとブチ込んでやれ」


 コルドはリアに小さい袋を手渡す。中身はオレンジの紋様が描かれた鉄片と小さく砕かれた薄赤い水晶だった。


「爆破のやじりと火の魔水晶……これだけありゃ、殺し切れる爆発力にはなる。炎が効かねぇお前だけができる特攻だ……道筋は俺らが作る。頼めるか?」

「ん! やってやる!」

「よし。俺とアンタは言わずもがな、囮役デコイ兼足止めだ。何が何でも特異点の動きを止めるぞ。やれんだろ【剛腕】のルドマン?」


 コルドは挑発的に笑う。ルドマンはあえて似たような顔で乗った。


「なめんじゃねぇ。俺を誰だと思ってやがる」

「よっしゃ、手は揃った。やるぞ!」


 それぞれが頷き、動き出す。

 まず、コルドとルドマンは魔獣の前に悠然と姿を現した。


「にしてもアンタと共闘か。何が起こるかわからねぇモンだ」

「気に入らねぇが、生き残るためにな」

「あァ。同感、だッ!」


 コルドが矢を射ると、魔獣は当然のようにそれを見切り、即座に攻勢に転ずる。


「足元注意だぜ?」


 その一歩目の足元が稲妻スパークを起こす。一射と同時に次に踏むであろうおおまかな位置を予測して雷のやじりだけを投げておいたのだ。

 当然、着弾もしていない電撃ではダメージにならない。だが――


「ふンッ!!」


 攻撃のチャンスを作るには十分である。戦斧のカチ上げがひるんだ顔面に入り、魔獣は大きく後退した。


「ヒュー、流石の威力だな」

「フン。こんな刃の潰れた得物じゃあちらさんは痛くもかゆくもねーだろうがな……テメェも出し惜しみすんじゃねぇぞ」

「わーってるよ。なけなしの雷撃でもビビらす程度はできるしな。一応は切り札も……――来るぞ!」


 冷静を保つために軽口を叩き合いながら、二人による持久戦が始まる。

 その二つの頼もしさに溢れた後ろ姿を目に焼き付け、シオンが胸の水晶を掴む。


「僕、の……全部、を……!」


 破音が響く。

 薄くだが満ちた魔力の全てを、炎に。


――今、心にある全部を熱に!


 構築されていくのは、真紅の宝玉だった。リアの鱗と似た、炎熱の紅。

 中心から深い色に染まりゆく水晶がシオンの掌に生まれた。が、シオンの体力も限界を迎える。今にも気を失いそうな息苦しさの中、シオンはリアに魔法を差し出す。


「リア……こ、れ……!」

「ん。受け取ったぞ! シオンはポーション飲んで休んどけ!」

「ま……って……これ、も……」


 シオンが鞄からひとつの瓶を取り出した。リアは意を汲み取り、それを大切に握りしめる。


「こん、な……ふがいなくて、ごめ…………」

「休んどけっての……ありがとな、シオン」


 シオンに蓋を開けたポーションを渡し、リアもまた、戦いに向かう。

 小さくとも勇気に満ちた、冒険者の立ち姿だった。


「オレに任せとけ!」

「うん……!」


 左手に紅蓮の水晶球、右手に短刀。ベルトには爆弾じみた中身の小袋とシオンの瓶を提げ、リアは陰から飛び出した。


「コルド! おっさん!」

「準備できたか! ならッ――」


 コルドが軽く跳び、ルドマンの戦斧に乗る。打ち合わせも合図もない。だが、やる事はわかった。


「フンッ!」


 ルドマンは思い切り得物を振り上げる。コルドの姿が消えた。


「喰らいなッ!」

「ッ、ヴォアア!!」


 大跳躍による、頭上からの狙撃。

 これにすら魔獣は超速で反応し、コルドへ追い縋る。撃ち出された細矢ごとコルドを噛み砕かんと牙を光らせ――――


閃光バン!」


 鼻先で鏃が輝き、白光が視界の全てを奪い去る。

 コルドの最後の隠し玉、閃光のやじり。過去の依頼報酬で手に入れた貴重な鉱物から精製した、虎の子だ。


「テメェなら反応するって信じてたぜ……――ルドマンッ!」

「どォらァァ!!」


 空中でバランスを崩した巨躯を、すかさずルドマンが戦斧で叩き落す。毛皮は切れずとも、地面が椀状にひしゃげるほどの衝撃は再生途中の内臓を攪拌かくはんし、自由を奪い去った。

 タイミングを逃さず、リアは駆ける。ふところに躊躇なく入り込み、内側から肉が破れていた場所に得物を突き刺す――しかし、


かてぇ……!)


 まるで、岩を刺しているような感触。力押しで短剣を刺し込めても、そこから傷口を開けない。おそらく、ルドマンであっても不可能だろう。

 理想は傷を開かせて体内まで水晶を押し込み、という形だ。このままでは表面にぶつけるのと同じ――――リアは咄嗟に閃いた。


「だったらッ」


 短刀のつかに袋を引っ掛けて握り直し、全力で押す。侵入を拒む筋肉を貫き、断裂させ、深く深く、可能な限り奥に。臓腑を掘削くっさくされた獣の絶叫とリアの裂帛れっぱくが重なった。


「燃えろぉッ!」


 殴るように短刀を袋ごと押し込み、その細い道筋が埋まってしまうより速く、リアは炎の水晶を叩きつける。

 透明の檻から解放された灼熱が踊り、魔水晶が発火。連鎖して鏃が爆破を引き起こし、魔水晶を砕いて更に炎熱を拡大させた。横腹が膨らみ、爆炎と共に破裂する。


「完璧に決まった! あんだけやれば特異点だって――」


 コルドが言うように、リアの攻撃はこれ以上無い出来映えで遂行された。特異点は耳をろうする爆破音と共に腹部の半分を失う――それでも。


「ヴオォォアアアアアア!!」

「――灰化してねぇぞ!?」

「これで死なねぇってのか……!」


 モンスターの死。それは致死の瞬間から灰化が始まる事――裏を返せば、灰化が始まらなければそれは致命傷ではないという事。咆哮する巨体に消滅の気配など微塵もない。

 コルドとルドマンの顔が絶望に曇る――だが、シオンは前を向いていた。


「リア――――ッ」


 リアを見ていたシオンは知っているのだ。まだ終わっていないと。龍の少女はまだ進んでいると。


 水晶の炎が消えても、リアの焔は消えていないと。


「もっかい――――」


 炎のカーテンから、紅の鱗が現れる。前へ、前へとリアが駆けていた。

 何故か、その頬を大きく膨らませて。

 シオンには確かに見えたのだ。

 フレアスフィアを叩きつけた瞬間、リアが大口を開けて、噴き上がる炎の一部をのが。

 リアが力いっぱい右腕を振り抜き、瓶を叩きつける。ガラスの破片が火花と踊る中、シオンから渡されたくれないの花――――燃ゆる花、エンカだけをリアは見つめる。

 少女は頬いっぱいの焔を飲み下す。腹の底がたぎった。火焔が喉を通り、胸のどこかで膨れ上がる。思い付きのはずなのに、どうすればいいのかはもう知っていた。


 火焔の息吹は、火龍の必殺技なのだから。


「くらえぇぇッッッ!!」


 それは龍の咆哮。業火の暴嵐。

 目いっぱい開かれた口から吹き荒れる焔はエンカに接触した瞬間に爆発的な熱量を獲得し、本物の火竜のブレスと遜色そんしょくない破壊力に昇華する。

 水晶から誕生した火竜が狼を飲み込む。毛皮も、肉も、毒も、絶叫も、存在も――――灰すらも残さず灼き尽す。

 一陣の風と共に掻き消えた魔力の焔の後には、炭のように黒くなった短刀と魔獣の残滓である毛皮や牙が残るのみ。

 リアはその中心にしっかりと両脚で立ち、大空へ腕を突き挙げた。


「――――勝ったぞーッ!!」


 文句なしの勝鬨かちどきだ。


「リアッ!」


 シオンは己の疲弊も忘れてリアに駆け寄り、怪我や異変がないか診察を始めた。頬や腕を触られる度に「いてーよ」と言いつつも、リアはくすぐったそうにしている。


「勝ったぜ、シオン」

「はい、リアが倒したんですよ」

「ちげーよバーカ」


 シオンの手と指を絡め、晴れ渡るように笑った。


「オレらの勝利、だ」


 その眩しさにシオンはまた泣きそうになりながら、笑って「はいっ」と返すのだ。

 微笑ましい二人に背を向け、冒険者二人は疲れ果てて座り込む。


「あーあー、鏃が尽きちまった。また作り直しだよチクショー」

「俺の斧も使い物にならねぇ。料金を神やらギルドやらにせびって鍛冶場行きだな」

「がめついねぇまったく……にしても、とんでもねぇ新人だな。

「あぁ……本当にな」


 最初はただ強がっているだけの、弱々しいトカゲだった。

 それがどうだ。たった一人の少年との出会いから四日足らずで小さくも龍に化けた。

 大きく成長したリアもそうだが、その起因となり、本人も成長したであろうシオンの事もルドマンは笑う。


「末恐ろしい。ああいう奴らが英雄の卵なのかもしれねぇな」

「お? 珍しいじゃねぇかアンタが褒めるなんて」

「黙れ。……俺も、鍛え直す。すぐに卵なんざ追い抜き返してやる」

「ヘッ、置いてかれねぇように気を付けな。

「テメェも足元掬われんぞの【狩人】さんよ」


 早速険悪ムードな二人だが、ケンカはレノワールに帰ってからだな、と落ち着いた。

 緊張の糸が切れ、シオンとリアが眠ってしまったのだ。


「くぅ……くぅ……」

「ん……へへ、オレらがたおしぁんぁ……」

「ったく。やっぱ子供じゃねぇかコイツら」

「許してやれよ。ほら、【特異点を倒した小さな英雄たち】ってな」

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