第17話 立ち止まる想い


『カシスさんが朝をお知らせ☆ 今日も晴れだケド、森はちょっとザワザワしてるから注意してネ。じゃあ、今日も楽しく行こっか! 神さま放送でしたー☆』



 神さまの声が聞こえる早朝のギルド。

 シオンが向かっていたのは薬草や調合器具ではなく、修練用の丸太だった。


「フレア……スフィア!」


 赤を内包した水晶玉が丸太に描かれた二重丸を目がけて飛ぶ。しかし、すぐに失速して半ばで落ち、割れてしまった。内から出る火も三度ほど揺れるとふっと消えてしまう。


「まただ……もう、十回目……」


 シオンはもう一度魔力を出そうとして、そのまま地べたに座って寝転んだ。魔力切れではなく、何度やっても目標まで飛ばない事に嫌気が差したのである。

 いままではいくら練習しても空っぽの水晶が形成されるだけだったが、ここ数日、炎が内包されるという進歩に加えて飛距離もスピードも威力も十全なモノとなっていた――はずだった。

 思い返すとそれらは『リアが危機に陥った時』にしか発動していないと気付いたのだ。もしかして、とギルドの中庭で試してみれば、このザマである。炎は蝋燭ろうそくのように弱々しく、速さも威力も使い物にならない。


「不利を強みに、か……」


 それは、魔法の師の言葉。理知的で冷静という魔導士のイメージを反転したような性格の彼がいつも笑いながら言うセリフのひとつだ。

 不利に思える場所は、実はユニークな点。普通に扱えば面倒なのは当然だから、美点として行使できる状況、用法を思案すべし。というのがコルドの翻訳である。

 肉体の弱さ、精神の脆さ、いつも水晶に包まれる魔法、燃費が悪すぎる回復魔法……シオン自身の不利も多いが、その中でも【フレアスフィア】の不利な点。それはやはり、水晶と合一である点と感情に全てが左右される点と言える。

 魔法というのは主に三種に分類できる。

 燃費がよく、素早く連発できるが威力は弱い魔法。

 膨大な魔力オドを必要とするが、一撃必殺となる魔法。

 そして、魔力オドではなく大気のマナを頼りに行使する特殊な魔法。

【フレアスフィア】は燃費がいい魔法にあたるのだが、早撃ちできても弾そのものが遅くて当たらなければ意味がない。そもそも、危機的状況限定なんて致命的もいいところだ。

 どうすれば解決できるのか、不利を美点に変換できるのかが、シオンにはさっぱりわからなかった。


「こんなんじゃ、やっぱり――」

「おーい、大丈夫かシオン?」


 ひょこっ、と顔を覗き込んだリアに驚き、シオンはその先を飲み込み、軽く咳き込んだ。リアに「ホントに大丈夫か!?」と心配されるが、平気だとジェスチャーするので精一杯だった。


――やっぱりリアの役には立てない。


 リアの前では弱音を言いたくなかったのだ。返事を濁しておきながら、未練たらしく少しの努力をしてみるなど、格好が悪い事この上ない。


「けほっ、ど、どうかしたんですか、リア」

「ん。森に行く前に、会いにきた!」


 にこやかな陽だまりの声は、悩み続けるシオンとは対照的だった。『仲間』の一件はお流れのままだというのにリアは答えを求める様子もなく、ただシオンの顔を見にきたのだ。

 リアは両手でぺたぺたとシオンの頬や額を触り、満足そうに頷く。


「ん。元気そうだな。じゃ、オレ行ってくる!」

「あっ……その、医務室へ戻るので……エントランスまでは……」

「ん! 一緒に行こうぜ」


 呼び止めたのは、返答するためだった。

 魔法があの有様だったという理由で「仲間になれない」と断る。そのつもりだったのに……言えなかった。

 仮に言っても「そのうちできるかもしれねーだろ!」となしのつぶてに終わるんじゃないか、と思った。もしくは「ん。わかった……嫌なら、しょーがねーよな」と肩を落とす姿も。

 どちらに転んでも――むしろ、どうなるとしても、怖かった。

 まごついていると、すぐにエントランスに着く。


(い、言わ、ないと……!)


 汗の滲む手を握り、きつく締まった唇を開き、


「っ……」


――――また、閉じた。


「あれ、ユラと……あ!」


 隣のリアが何かを見つけて走り出す。


「……本当に、弱いな……僕は」


 聞こえないよう、その背を三歩ほど遅れて追った。

 依頼板の前で、ボードに紙を貼りつけていたユラが冒険者と話している。その冒険者というのが、ルドマンとアレスなのだ。ルドマンは落ち着いた様子だが、アレスはしつこくユラに詰め寄っていく。


「それは本当だな?」

「ウソを言う理由なんてありませんから。私は存じ上げません」

「ホンットに知らないっすか?!」

「お前ら、ユラに何してんだ!」


 リアが割って入り、ガルルと威嚇いかく。因縁の相手が信頼を置くユラに近付いたとあって、かなり気が立っていた。たじろぐアレスに代わって、ルドマンが口を開く。


「何もしてねぇよ。俺たちはローベルの姿を見ていないか聞いて回ってるだけだ」

「アンタらも見てねぇっすか!? 昨日、酒場で別れてからどこにもいねぇんす! 集合にこねぇし、家にもいねぇし、自衛団に訊いても知らねぇらしいっすし!」

「飲酒をされていたなら、集合場所や時間を忘れても当然では?」


 皮肉っぽくユラが返すも、ルドマンは否定する。


「時間も場所もココのエントランスで固定だ。加えて俺たちは同じボロ宿に住んでる。戻ってこないだの遅れただのならまだしも、同業者連中から自衛団にまで聞き回って姿が無けりゃ異常だと思うだろ」

「……それは、確かに。ボードで目撃情報を募ります。そちらで発見されたなら、すぐギルドに報告を」

「ああ。任せた」


 迅速かつ丁寧なユラの対応により事が荒立たず終わろうとしているので、リアも大人しく身を引いた。


「あ、あの」


 そんな時、シオンがルドマンを呼び止めたのだ。リアとユラ含め、周囲が一驚いっきょうする。


「ちょっと待ってください」

「……何だ」

「これをどうぞ」


 明らかに威圧的なルドマンに、シオンはポーションを差し出した。それも、ギルドの支給品ではなく謹製の逸品を。おずおずと口を開く。


「ルドマンさん、腕を痛めていますよね。そちらの方も右脚に……おそらく切り傷が」

「え、親分にも言ってないのになんでわかったんスか!?」

「庇っていましたから、見ればわかります」


 フツーわかんないよ、とユラのツッコミが入る。リアは「見ただけでわかるなんてスゲーな!」といつも通り。アレスもリアと同じような反応をしている。

 少し弛緩しかんした空気の中、ルドマンは重々しくシオンを突き放した。


「冒険者は命を捨てるような連中だ。テメェみたいなガキが易々やすやすと関わってんじゃねぇ」


 テメェもな、とルドマンはリアに水を向ける。悪漢であっても、冒険者を長年続けてきたのは事実。壮年の眼には、ユラが思わず口を閉ざすほどに有無を言わせぬ迫力があった。

 しかし、傷病に関わったシオンと平時のリアにとっては関係ない。


「オレだって軽い気持ちでやってねーよ。勝手にガキ扱いしてんじゃねーぞハゲ頭!」

「冒険者だから尚更です。傷を治し、いつでも万全の状態でいてください。無事に帰ってくる事を、祈っています」

「…………フン。行くぞ」

「へ、へいッス!」


 ルドマンはシオンの手からポーションをひったくるように取ると「受け取っておく」とぶっきらぼうに言い、歩き去る。

 ややあって、ユラがほっと一息ついた。


「すごいね二人とも……あたし思わずブルっときちゃった」

「僕も、今になって怖さが……でも、渡せてよかった……」

「ん。やっぱスゲーなシオンは!」


 脈絡を感じられなかったその言葉を推し量る前に、


「じゃ、オレも行ってくる!」

「あっ……り、リアっ!」


 思わず、呼び止めていた。それができたのは、数秒前の勇気が後押ししたから。

 このまま静かにしていれば、何も言わずに済んで楽だろう。でも、仲間の一件を放っておくのが――リアの優しさに甘えたままになってしまうのが、嫌だったのだ。振り返ったリアに向き合い、何度も言い淀みながらようやく声を出す。


「えっと、その……リアが帰ってくるまでには答えを出しますからっ!」

「――ん!」


 リアは心底嬉しそうに破顔し、シオンの手を取った。包み込む――『誓い』の形。


「じゃあオレは怪我なしで帰ってくる!」

「は、はいっ」

「楽しみにしとくな!」


 約束が交わされると、リアは振り向かずに駆けて行く。

 この優柔不断をとがめるべきか、期限だけでも決められた進歩を認めるべきか。早くもぐしゃぐしゃとに絡み合う心を抱え、シオンはまばゆい背中を見送った。





「平穏なまま……ならよかったんだけどな」


 兎のように木々を跳び移りながら、コルドは独り言を吐き捨てる。

 昨日の夕方からほぼ寝ずの番で森に潜んでいたコルドは、何度か背筋が凍るような咆哮を耳にした。しかし、現場に行っても暴風が起きて消えたような形跡が残っているだけで姿を視認できない。聴いて追ってのいたちごっこは一晩中続いていた。

 そして一分前、声が聞こえたのだ。あの嫌な獣の声と、逃げ惑う男の声。一瞬だけ聞こえたソレに追随したが、声の主は死に物狂いで逃げているのか位置が次から次へと変わる。

 日も登って冒険者が増えたため、なだれ込む無数の声からそれを選別して追うのは至難の業。コルドも全神経を注いで追跡しているが、距離は徐々にしか縮まらない。


「チッ。つくづくこの不便な加護が嫌になる。だが、今度は絶対逃がさね――――ッ!?」


 視線の先、木陰が揺らぐ。いつの間にか、そこには黒いローブが立っていた。

 右手には切っ先が丸い、独特な形状の剣をたずさえている。短いつかと対照に刃渡りだけで子供の背丈ほどある銀の長刀が、機械的な動作でコルドへ向けられた。


「……アレを観察したい、という命令だ。貴方はまだ通せない」

「ふざけんじゃねぇ。誰だか知らねぇが、そっちの都合なんざ知るかッ!」


 ローブごと飛び越えてやろうと脚に力を込め――


「……そうか」


 風が頬に触れ――コルドは全力で跳んだ。

 自身でも解せないこの行動の意味が、すぐに知れた。

 のだ。いままで自分がいた空中、乗っていた枝の眼前にその男が。

 振り抜かれた長刀が太い枝を斬り落とし、黒ローブは「っ」と小さな驚嘆を露わに着地する。コルドは別の木に乗り移り、命拾いした現状をようやく理解した。


「……初見で避けられたのは、久方ひさかた振りだ。『狩人』コルド・サッチャー。加護は『森林での地形把握・音声の傍受』――――そして『知覚能力の強化』」

「ご丁寧にどーも……!」


 フィールドが森林でなかったのなら――判断力が通常時であったなら、コルドは何もわからず肩口から両断され、死んでいただろう。加護によって常人を遥かに凌駕りょうがした第六感であっても尚、その現象を理解できないのだから。


 風が吹いた。その時にはそこに居た。


 これ以上に適切な言い様がない。


(瞬間移動ってか!? ズル臭ぇ……何よりコイツの目を見てると生きた心地がしねぇ……!)


 フードの奥に一瞬見えた、真っ赤な眼。リアの髪色が炎だとすれば、あれは血だ。無数の死を心身に刻んだ、返り血でずぶ濡れの瞳。

 通せない、と彼は言った。進もうとすれば襲い掛かるが、撤退すれば追うつもりはないのだろう。


「それでも、戻れるかよ……!」


 クロスボウにやじりがセット、ボルトが生成された。


「もう被害は出させねぇ。特異点は俺が仕留める」

退しりぞく気はない……ならばせめて、安らかに」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る