第12話 不穏、出現

「おらァ!」

「ぎァ!?」


 リアが小人の形をした植物モンスター、カラントシードに跳び蹴りを喰らわせる。現状はリアが無傷で優勢だ。

 その戦いを眺める者が二名。コルドとシオンである。


「シオン、お前は少しリアの戦いを見たんだろ? 今日の動き、どう感じた?」

「素人目に見ても違います……速さも、筋力も」

「やっぱりな……怪我がやたら多いのに合点が行った」


 加護の恩恵として挙げられるのは、経験の加速。

 戦闘ならば身体能力や技術、知識ならば理解力や記憶力、魔法ならば魔力量や威力というように、魂に刻まれた経験の質や思いの丈が良質で、強烈であればあるほど成果が如実に現れる。

 例として、シオンの作るポーションはいままで作成してきた経験に負傷者を助けたいという想いが幾重にも重なった賜物なのだ。

 リアも然り。高い生命力に頼った無茶な戦闘と燃え滾る強さへの専心が、爆発的な成長を促している。それ故、成長にリア自身が追い付けていない。飛躍した己を制御できていないのだ。


「加護を貰う前から戦闘経験があるリアだからこそ起こる、レアケースだな」


 それもウェアウルフとやり合うとなれば、かなりの備蓄経験があった筈だ。と、コルドが推察する。


「加護ってのは普通、生まれた時にどっかしらの神さまへ貰いに行く場合が多い。あの歳まで持ってないとなれば、戦争孤児か悪党の子かとなるだろうな」


――リアは龍人族レイアだから、なんだろうな。

 コルドはあえてそこは口に出さず、大味な動きの多いリアを見やった。


「元々の基盤が強い種族だ。加護が加速させ過ぎてるんだろ。俺には無い経験だが、ウチのリーダーがだいぶ前に言ってたのを覚えてる」

「ジルさんが……その時は、何と?」

「俺は強いんだーって慢心して無茶苦茶して、大怪我したとさ。若気の至りだって笑ってたが、これが原因で命を落とす奴もいるだろうな」


――命を落とす。

 その言葉を心に深く刻んだシオンは、リアに心配の眼差しを送る。すると、偶然にもリアと視線が交わった。

 そのリアの視界が、紫色に染まる。


「ぶぁっ!?」

「あぁっ!?」

「やべっ」


 一瞬の隙にカラントシードから悪あがきの毒液を浴び、リアが倒れた。すかさずコルドがクロスボウでモンスターにトドメを刺し、シオンはいの一番にリアへ駆け寄る。


「リア、これを!」


 鞄から青紫のポーションを取り出してリアに飲ませると、「苦ッ?!」と飛び上がった。


「ご、ごめんなさい! 解毒薬は蜂蜜を入れても限界があって……」

「謝んな。毒を喰らったのはリアの責任だし、良薬は口に苦しってな」

「そ、そうだぜ、シオン……でも苦ぇな。あーあ、回復の魔法がありゃいいのにな」

「っ……」


 シオンは息が詰まったように肩を震わせ、胸元をキュッと握る。


「それは…………」

「……回復魔法なんざ英雄譚の話だ。現実にあれば苦労しねぇよ」

「ん。そうだよな。よっし、次行こうぜ――っとと」


 苦味のダメージが大きいのか、リアはふらつきつつも立ち上がる。


「大丈夫ですか?」

「平気だろ。毒の顔色じゃねぇし、シオンのポーションの効能は俺らの折り紙付きだ」

「ん! スゲーよな!」


 そうだろ、とコルドが我が事のように誇らしげだ。


「なんでコルドが嬉しそうなんだ?」

「シオンがチビの頃から知ってるからな。なんだかんだ、感慨深ぇし嬉しいもんさ」

「そうなのか」

「そうなのだ。さて、リアの大体の強さもわかったし、今からはテキトーに探索してその場その場で教えていくか」

「ん!」


 リアは頷き、次のモンスターを探して歩き出す。

 その隙にコルドはシオンの肩を叩き、


「大丈夫そうか?」

「はい。採集と治療なら僕でもお役に立てそうです」

「あー、そうじゃなくて……無理してねぇよな? 誘ったのは俺だが、断れなかっただけなら……」

「コルドさん」


 シオンは前を歩くリアを見つめる。歩調は楽しげで、全てを警戒していた時期の反動からか、周囲の全てを楽しんでいるようだ。


「誘われた時、誰かと一緒に冒険するのは少し怖いけど、リアとならいいかなって思ったんです。……いま、とても楽しいんです」


――僕なんかがこんな気持ちでいいのかって思うぐらい。


「でも、僕なんかが一緒に行ける機会なんて今回だけだから、いいですよね」

「……それはお前次第だ。魔法でも武器でも、強くなりたいなら俺らが相手になれる。それでも不安なら呼べ。俺でいいなら、いつだって手ぇ貸してやるよ」


 そら行くぞ、リアが待ちくたびれてる、とコルドは軽快にシオンの肩を叩いた。


「薬草についてはお前の腕の見せ所だぜ」

「は、はい!」

「よっしゃ、行くか」

「おっせーぞ二人とも!」

「ごめんなさい、リア」

「ん。いいぞ!」


 三人は森の中を進む。本日は快晴。絶好の探索日和である。





「むー、やっべー」


 ユラはギルドの食堂の一角で鼻と唇の間にペンを挟み、紙が乱雑に広がる机に突っ伏していた。


「なぁーんのやる気もおきなーい」


 すぐ眼下に広がるのは総じてギルドに寄せられた依頼だ。

 ユラの仕事は受付嬢の他にも数種類に渡る。今日は無数の依頼に目を通し、冒険者におこなってしかるべきものか否かを判断し、そこからエントランスのボードに貼りつける依頼を選別するという内容。

 ボードにある依頼は全てではなく、緊急性の高いもの、比較的報酬がいいもの、受注条件が厳しいもの等から選りすぐられたものである。絞り込むと言えば楽に思えるが、量は無数だ。気の遠くなる数から選び、更に選び、と繰り返す作業は気力を大いに削られる。

 尻尾で椅子の背もたれやテーブルの角をべしべし叩き、深い場所から這い出たような声を延々と漏らしながら惰性だせいで作業を続けていると、視界の端にくすんだ金色がよぎった。


「おん?」


 反射的に見やると、そこには昨日リアを追い回したという金髪の冒険者がいた。誰かを待っているようで、その顔は上機嫌だ。


(んー? リアちゃんを傷付けてまで取引もみ消そうとしてたのに、妙だな。普通なら心中大荒れだろうに……ってか犯罪バレてるかもしれないのにギルドに来る度胸よ)


 手を止めてバレない程度に観察していると、やがて金髪に大男ルドマンとバンダナの取り巻きが話しかけた。


(聞き耳ッ!)


 猫の耳をそばだてる。猫人族は生来から聴覚に優れるため、その行為に意味はない。


「おーいローベル……ってどうしたんスかその傷。前髪焦げてるし、鼻が痛そうッス」

「ちょっとモンスターに、な」

「…………まぁいい。ローベル。テメェここ何日か見なかったが」

「ああ、すみません。ちょっといい仕事を見つけたんですが、単独限定だったので……」

「へぇ。んで、どうだったんスか?」

「この通り」


 金髪のローベルは腰に提げていた剣をこれ見よがしに掲げた。豪奢な鞘が美しい片手剣だ。


「おお!? コレ、見るからに高い奴じゃないッスか!」

「……一体、何の仕事を受けた?」

「ただの討伐ですよ。さ、早く森に行きましょう。試し切りしたい」


 三人はユラの反対側、出入り口へと歩いて行った。


「……怪しい。多額のお金、変な液体、黒いローブ…………むむぅ、裏側が怪し過ぎてヤバイけど、あたしゃ戦いはザコだし、捕まえる権限なんて一切ないもんなー」

「ユゥーラァー?」

「はひぃん!!」


 背後に、今朝仕事を押し付けようとした同僚オニが仁王立ちしている。ユラに滝のような汗が流れた。


「書類まだー?」

「ハイタダイマー!」

(ちっくしょー、依頼の山も謎も終わんないー! というかこの後ルビ振りという作業ががががが)


 数十分後、ボードに貼られる三十以上の依頼にルビを振るという激務を終えた直後に燃え尽きたユラが目撃されるのは別の話。





「……またか」


 コルドは一人、険しい顔を作る。

 しゃがみ込んで触れるのは、木の根元。奇妙な痕跡があった。

 剣を突き刺した傷痕と、それを囲うように侵食する白く壊死した樹皮。これが森の中に点在していた。


「毒液が塗られた剣か……そんなのを使うメリットがあるか? こんなモンスターも強くねぇ場所で……」


 毒というのはモンスターへの有効なからめ手と言える。しかし、市場に流通しない毒草を自力で集める労力に見合う上等なモンスターなど、カラント森林には多くない。現在コルドたちがいる浅い場所なら、尚更。

 そもそも、毒ならモンスターから採取する方が手軽だが、木を溶かすように壊死させるほど強力な毒を持つモンスターは凶悪そのものだ。それを倒せるのならこの辺りのモンスターに苦戦する事などあり得ない。


「――特異点を警戒した方がいい、か……」

 

 コルドは背後に意識を向けた。


「これがシラツユで、こっちはユフダチ。解毒に使われる薬草です」

「おー。美味いのか?」

「さっきのポーションよりも苦いですよ」

「食わなくてよかった!」


 シオンが薬草をいつくしむように摘み、リアに説明しながら瓶に仕舞っていく。ひとつひとつにリアは興味を示し、匂いを嗅いだり、あるいは齧ったりして痛い目を見ている。

 とはいえ、横並びの和やかな雰囲気は見ていて微笑ましい。


――万が一の時は俺がこいつらを守る。


 静かに決意し、木の幹に体を預けて二人の様子を見守った。


「色も匂いも効果も、たくさんあるんだな」

「あっ、コレは珍しいですね」


 シオンが手に取ったのは、くれないの花弁を広げる花だ。少し歪なシルエットは、色もあって揺らめく炎を想起させる。


「エンカというんです」

「んー? なんかヘンな匂いだな」

「これは特殊な花で、花びらが燃えるんですよ」

「花びらって普通に燃えるんじゃねーのか?」

「貸してみな」


 コルドがポケットから小さい石を出して火をつけると、てのひらに満たなかったエンカがその数十倍になろうかというサイズの火球を形取り、すぐにしぼんで消えた。


「す……スゲー!」

「エンカは環境武器ネイチャーウェポンに数えられてるし、火薬の材料にもなる。水分飛ばして粉末にしたらこれの百倍は火力が出るぜ? どいつもこいつも見つけ次第回収しちまうから、野草で見つけれたらツイてる」


 コルドが指示するまでもなく、シオンは群生していたエンカを手折り、収穫している。


「つーか今の火ってどっから出たんだ!?」

「ん? あァ、魔水晶だよ。雑貨屋で買ったのはコイツだ」


 カチャ、と音を鳴らしたのは、コルドが指先でもてあそぶ赤い石ころ。


「魔力ってのは普段は空気に混ざってるが、特段濃くなると形を成し、更に進めば結晶になる。コイツは火の結晶の欠片かけらで、ちょいと魔力を流せば火花が出るんだ」

「へー! すげーな!」

「大きい水晶なら超火力の武器としても運用できるが、ほぼ使い捨てで資金がバカにならねぇからな。こうやって何かと便利な火の欠片だけ持ち歩く冒険者が多い」


 帰ったら分けてやるよ、とコルドは石を袋に放り込んだ。


「他には簡易的なポーションとか逃走用の爆薬の作り方を覚えとくといい。シオン、エンカはいくつだ?」

「五本採れましたよ」

「よし、爆薬は俺が教えるから、ポーションはシオンに教えてもらえ」

「ん、わかった。でも、オレはそういうの慣れてねーからシオンみてーにできねーぞ?」

「上手い下手に関係なく、心得といて損はねぇぞ。森に限らず、自然じゃ何が起こるかわからねぇからな――っと」


 反転。その言葉が似合う。コルドの瞳が矢の切っ先のように鋭く遠方を見据える。


「モンスターだ。行くぜ」


 コルドはよどみなく歩き始めた。二人もそれに続くが、リアは鼻を鳴らして首を傾げる。


「匂い……しねぇぞ?」

「コルドさんの加護ですよ」


 加護の最大の恩恵。それが特殊能力の開花である。

 無窮の鍛錬、神すら認める偉業、決して折れぬ意志――――成長の限界という壁を打ち破るほどの感情が灯った時、加護は燃え上がる。人の身に在りて、人智を超える力を手に入れるのだ。加護が普遍的である現在では、この特殊能力を以て『加護』と呼ぶ。

 魔法を使わずとも炎や氷を操れる、鳥人族ハーピーでなくても空が飛べる、言語などないはずのモンスターと会話できる……等々、加護の能力は多岐に渡るが、その中でもコルドの能力は特殊と言えた。


 神さま曰く――――木々の『声』が聞こえる加護。


「声……精霊せーれーか?」

「そんな大層なモンじゃねぇよ。俺の加護は森に限って地形を把握できて、耳を澄ませば木々を通じて森中の音が聞こえるってだけだ。それなのに神さまが『森の声』とか吹聴ふいちょうするわ二つ名で『森林の狩人』って名付けるわでたまったモンじゃねぇよ」


 呆れ混じりにコルドは木陰に身を隠した。

 二人も同じようにしてみると、隠れた木のすぐ先は急斜面となっており、背の高い植物が生い茂る坂のふもとにウェアウルフの群れがいた。二匹は徒手だが、一匹は冒険者から奪ったであろう手斧を持っている。


「そら、見つけた。二人は待ってろ」

「待ってろって……あっちは三匹も――」


 言葉をさえぎるようにコルドは跳躍し、音もなく木の枝へ乗った。先達せんだつの見せた実力の片鱗に、二人は息を飲む。


「モンスターは種族にもよるが、大抵は耳鼻眼のどれかが利く。俺たちが発見される方が必然的に多くなる。長くやってりゃ、鉢合わせやら強襲は避けられねぇ」


――なら、こっちからも襲ってやりゃいい。


 その笑みは間違いなく狩人のものだった。

 狙いを定め、撃つ。風を切った矢はウェアウルフの頭部に命中。

 すかさず、高低差を飛び下りて一瞬で埋める。その最中に撃ち出された一矢が、別個体の胸を撃ち抜く。


「ヴぉッ?!」

「敵はこっちだぜ」


 着地から間髪入れず、胸を射られたウェアウルフの顎を蹴り飛ばす。昏倒と同時にその頭部を踏みつけ、至近距離で地面に固定するように射出。すぐさま飛びずさる。

 二人はすっかり、鮮やかな手際に目を奪われていた。


「やっぱり、すごい……!」

「ん……つえー……!」


 無傷の斧を持った一体が吠えた。


「ヴォォァァアア!!」

威勢いせいがいいじゃねぇか。矢じゃ死なねぇってか?」


 言う通り、いくら頭部とはいえ細い矢が刺さっただけで即死に至るほどモンスターはヤワじゃない。

 しかして、笑みは氷の温度を孕んでいた。

 キィン、と細く高い音が鳴る。すると、ウェアウルフ二匹の頭蓋が内側から爆散。破片から灰へ還り始めた。手斧の個体が眼前の出来事を理解できず、驚愕にいろどられる。


「ヴぁぁ!?」

「余所見は禁物だ」


 肉薄したコルドが前蹴りを胸に叩き込む。たたらを踏むモンスターに対し、照準が冷徹に合わせられた。


「――いっちょ上がりっと」


 クロスボウを畳んで戦利品ドロップとボロボロの手斧を回収し、コルドは二人を坂の下に呼んだ。斧を回収するのは、別のモンスターが拾うのを防ぎ、金属を資源として再利用する二つの目的がある。


「ざっとこんなモンだな」

「ば、爆発したぞ!?」

「やっぱそこに喰いつくか。タネはコイツだ」


 コルドは指先に三角形のナイフのようなモノを数枚、挟み込んでいた。


「なんだコレ」

やじり……ですか?」

「正解」


 コルドがソレを何も装填されていないクロスボウのくぼみに滑り込ませた。すると、鏃から生えるように矢の棒部分が生成されていく。


「す――――スッゲー!!」

「おっ、リアはこれの良さがわかるか。魔法付加エンチャントした鏃に、ボルトは俺の魔力から自動生成する機構だ。コイツはただの鉄だが、さっきのは爆発を付与してある。そういうのを使った上で森に限定して、ようやく俺は一人前だ」

「でも、瞬時に有効な矢を判断して正確に打ち込むなんて、やっぱりコルドさんはすごい……さっきもいつ装填したかわかりませんでした」

「よせっての、恥ずかしい」


 コルドは言い訳のように続ける。


「俺は曲芸じみたマネもできねぇし薙ぎ払える力もねぇ。こいつらと正面切ってやりあったら負けるだろうさ。だから俺は強襲と小細工を十八番オハコに強くなった。そんで加護やら二つ名までついちまったモンだから、どこかしこで臆病者呼ばわりだ」

「でも、ウェアウルフ三体を無傷で撃破できるのはコルドさんの実力だからですよ」

「あー違う違う。言いたいのは、これも戦い方だって話だ」


 リアもそうであるように、冒険者になる理由として『英雄になりたいから』と挙げる者も多い。そういう者に限って『武器は無骨なまま』『正面の斬った張ったが美徳』『仕掛けや待ち伏せ、奇襲は嫌だ』などとのたまう。


「未開の地なら、特に索敵は重要になる。プライドなんざ命の危機じゃかなぐり捨てるんだ。第一は戦闘を避ける事だが……それが不可能なら、無駄に傷つくより卑怯でも背後から殴り掛かる方がマシだろ」


 二人はコルドの話を真剣に聞いていた。


「たしかに、正面突破は華だ。美学や矜持きょうじってのは精神性として大切だ。だが、ンな事を語れるほどリア、お前はまだ戦いを理解してない。何事も死んだら終わりだ。強くなりたいなら、どうやればより少ない傷で倒せるか、何よりもどうやって生き延びるか考えろ」


 死に物狂いやら覚悟やら、そういうものだけに頼っていれば遅かれ早かれ身体に限界が訪れる。死地で飛躍する一瞬も大切だが、そこばかり求めては破滅する。どんな場所でも常に進み続けて、稀に訪れる機会で確実に花を咲かせればいい。

 コルドは「それこそ」と繋ぐ。


「森に限らず、自然ってのは宝庫だ。地形、日時、植物にそこいらの石ころまで、利用できるモノは全て利用してやれ」


 環境武器ネイチャーウェポンという言葉が存在するように、自分だけの力ではなく全てを利用し、生きるために万事を尽す。

 それを実行してきたコルドが話すからこそ胸に響く教えだった。


「そうやって戦い続ければ、いつかお前なりの美学が見つかる。それはお前だけのモノだ。焦らず探せばいい」

「ん! わかった!」

「いい返事だ……――――ッ!?」


 コルドが背後に振り向き、瞬時に臨戦態勢を取る。


「!」


 リアも、違和感に気付いて短剣に手を掛けた。シオンだけは何もわからずに戸惑うが、緊急事態とだけ理解する。


「な、何かあったんですか?」

「ん――――嫌な匂いだ」

「チッ、この感じはやべぇな……!」


 茂みから紐のようなものが飛び出し、コルドが仕留めたモンスターの死骸を絡め取って引き摺り込む。くすんだ桃色のそれが蛙の舌であると、コルドは気付いた。


「なっ、なんだ!?」

「下がっとけ」


 コルドが矢を草むらに射る。それを避けるように、影が飛び出した。


「ぐ……ぇ、げぅご…………」


 容貌はカラントフロッグ――――しかし、その身体は死骸のようにズタズタに引き裂かれており、森色の表皮は毒々しく青黒いものに変質している。だらりと垂れた長い舌はびちびちと意志を持つようにうごめいており、声に至っては声帯どころか喉も肺すらも機能を果たしていないようだ。


「モンスターがモンスターを食う、か。見た目でも間違いねぇ。特異点だ」


 シオンは恐怖を覚えた。

 あたかも死骸が動いているような、異様な現実。アンデッドというモンスターの話を聞いたことはあるが、それとは違うと明言できる。あれは異常だ。


「こんなモンスターが……!」

「げ……ごぅッ」


 蛙はもたついた動きで顔を持ち上げ――舌をシオンに向けて弾き出した。反応を許さないほど凄まじい初速の舌先がもりのように伸びてシオンに迫るが、


「シオンッ!」


 リアが割り込んで龍鱗の腕で叩き落す。ほぼ同時に、コルドがモンスターの舌を射抜いて軌道を歪ませる。


「無事か!」

「オレは平気だ! シオンも――」


――その時、リアの背中が『影』と重なっていた。


 迫る絶望と怯える少年の間に割り込んだ、ひとりの冒険者。

 何もできず、守られただけの自分。

 それは、過去の憧憬。


「――――――――また、ぼくは」


 それは、過去の罪。

 シオンは傷一つない。しかし、彼はうつろだった。碧の目は光を見失い、どこか遠く、違う場所を幻視しているようだ。


「お、おい、シオン?」


 肩を揺すられても、シオンは反応を返さない。

 コルドはすぐさま事態を把握し、心の中で舌打ちした。


「クソッ、!」

「ぼく、が――――ッ、ぅあ…………!」

「シオン……? シオン、大丈夫か!?」

「すぅ……シオンッ!」


 コルドが一喝し、シオンは我に返る。

 次々と射出される矢が正確にカラントフロッグへ突き刺さり、鞭のように打ち付けられる舌は巧みに防具の表面でいなしていく。そこには強さを裏付ける技術が垣間見えた。


「リア、配慮を欠いた俺のミスだ。シオンを連れて街へ戻れ! コイツは俺が引き受ける!」


 コルドは冷静沈着に判断を下す。

 自身の実力なら、眼前の特異点は倒せるだろう。しかし、それは単独ならの話。普段の二人ならともかく、行動不能に陥ったシオンを庇いながら戦えば、二人を無傷で帰す事はできない。レノワールへの道が安全とも言えないが、何を隠し持つかわからない特異点の前に晒すよりは数倍マシだ。


「でもっ――――ん。わかった!」


 リアは戦いたくて腕が疼いたが、すぐにシオンの手を取って駆け出す。己の欲とシオンを天秤に掛けると後者に傾いたのだ。

 モンスターは背を見せた二人に目を向けた――瞬間、蛙の右眼が破裂する。


「げご?」

「余所見してんな……って、痛覚ねぇのかコイツ?」


 彼の指先には、鏃がいくつか挟まれていた。橙色の紋様が描かれた鏃をクロスボウに装填し、撃ち出す。特異点の前脚に着弾した矢がキィンと鳴いて爆発を起こし、片脚を吹き飛ばした。


「あの毒がお前のモノかは知らねぇが、何かされると面倒だ」


 再度、爆発オレンジの鏃を装填し、コルドは不敵に笑う。


「爆発は造るのが面倒なんだ。さっさとくたばんな」

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