転換点

「こ、子供たちが、ゆ、ゆう、誘拐されちゃった」


 切羽詰まった顔からそれが嘘ではないことがわかる。


「どういうことだ!? 詳しく教えてくれ」


 ロイーヌに背中をさすられて、呼吸が正常なリズムに戻ったアンセンに尋ねる。

 孤児院の子供を誘拐することに意味があるのか。金目当てならもっと身分の高い家の子供をさらうはずだ。この院は金には困ってないらしいが、そんなこと内部の人間しか知らない。おっさんや、ヘルトは他人に恨まれるような人ではない。犯人の意図がつかめず、様々な疑問が頭の中でめぐる。


「庭で遊んでいたはずの子供の何人かがいつの間にかいなくなってて、玄関にこれが」


 そう言って一枚の紙が差し出される。受け取り、見てみるとどうやらこれは手紙のようだ。乱雑に書かれた字に苦労しながら読んでいく。

 そこには疑問に対する答えが書かれていた。


 誘拐犯の目的、それは金でも、おっさんやヘルトへの恨みでもなく、俺だった。


「あの野郎! 」


 子供を誘拐した奴の顔を思い浮かべながら、手の中にある紙を握りつぶす。犯人の名前は書かれてはいなかったが、誰かわかってしまった。


 手紙は俺を呼び出すために物だった。書かれていたことは二つ。所定の場所に来ること。そして日没までに来なければ子供たちの命はないという脅しだった。

 太陽はすでにその姿の半分を地平線の下に沈め、日の入りまでは幾ばくもない。可能な限り迅速に動かなければならない。


「アンセンはこのことを衛兵に知らせてくれ。他のメンバーは街中を走り回ってブーゼのおっさんを探してほしい」


 いま救援要請をすれば、俺が呼び出された場所について、間もなく助けが駆けつけてくれるはずだ。衛兵はともかく、おっさんが来てくれれば確実に戦力なってくれる。


「あ、あの! 」


「どうした? 」


 指示に対して戸惑いを見せるアンセン。何か問題があったのだろうか。


「それがミゲルのやつ、一人で手紙にかいてある場所にむかったんです」


「なっ! 」


 絶句してしまう。きっとあいつのことだから責任を感じで子供たちを助けに向かったのだろうが、相手が悪い。犯人は銅(ブロンズ) ランクが勝てる相手じゃない。それに犯人の目的が俺である以上、ミゲルの命を奪うことに躊躇いがないかもしれない。


「お願いします。ミゲルを助けて」


 縋るような目つきで懇願する。純粋にミゲルのことを案じているのが分かる。

 あいつメンバーには好かれているんだな。


「任せろ。あいつも連れて戻ってきてやるよ」


 ミゲルには大きな借りがある。俺の根性が腐っていることに気が付かせてくれた。意思と望みのために無様に足掻くカッコよさを教えてくれた。

 あいつは俺なんかに憧れているみたいだが、俺はあいつの在り方を尊敬している。だからミゲルのこれからの行く末を見てみたい。こんな所で死んでいい奴じゃないんだ。


「じゃあ、俺は行ってくるから」


 指定された場所はここから北に行った場所にある廃墟だ。ご丁寧に地図まで添えている。全力で走れば日没までに間に合う距離だ。


「アンセンちゃん、私も行ってくるから。後のことは頼んだよ」


「ロイーヌ! 」


 さも当然について来ようとする彼女を見つめると、負けじと見つめ返してくる。

 おっさんは留守にしている。ヘルトは意味不明な魔物の情報のため街から離れている。ここにはミゲルたち新米パーティしかいない。この状況が計画的に準備されたものならば、罠の一つや二つあるだろう。警戒していかなければならない。

 その中でロイーヌを守れるのか。自分の強さに対する疑いが出てきて戸惑う。


「えいっ」


 額を指ではじかれる。なんとも力のないデコピンだ。


「マサトシ、また変な事考えたでしょ。私たちはパーティ、嬉しいことも、辛いことも一緒に分かち合って支えあうのが正しいあり方でしょ」


 顔は笑っているが、目は真剣そのものだ。説得するのは骨が折れそうだ。今は言い争っている時間も惜しい。

 それに言い分として正しいのはロイーヌの方だし、彼女の意思は可能な限り尊重したい。


「わかった。力を貸してくれ」


 一緒にあるべきあり方を探そうと誓った仲間を頼らせてもらおう。俺たちはまだ二人で一人前でしかないのだから。


「任せてよ。いくらでも助けてあげるんだから」


 今日一の眩い顔を見せてくれる。

 言葉通り彼女はどこまでも助けてくれるだろう。その事実が一番恐ろしい。俺が窮地に陥ったら身を挺して守ってくれるに違いない。


「俺もいつでも助けてやるからな」


 守ってくれる人を守れるために決意を固める。それが正しいあり方と信じて、想いの根拠にする。


「よし、行くぞ! 」


 互いに目を合わせ、頷き合い駆けだす。子供たちとミゲルと助けるために。


「ふっ」


「どうしたの? 」


 走っている最中に、自分が考えている内容に思わず吹き出す。


「なんでもないよ」


 余りにも自然に他人を助けようとしていることが意外過ぎただけだ。今までも俺ならばビビッて何もしようとしなかっただろうな。命の危険があるとか、俺には関係ないとか、他の誰かが助けてくれるとか、わけのわからない理屈を並べて我が身かわいさに見捨てていただろう。

 それが今はそんなことを考えることもなく、助けることを前提に行動をしている。そんな変化がおかしかった。


 ――俺は少しずつなりたい自分に近づくことができているのかな。


 チートのような表面だけを覆い隠す変質ではなく、もっと内面的で本質的な部分が成長しているといいな。

 違う。いいな、なんかではなく。今俺が憧れているあり方に近づくんだ。そのためにも……


「ロイーヌ! 」


「うん、わかっている」


 気配感知が何人もの人間を察知する。そいつらは道に沿ってある建物の屋根から飛び降りてきた。各々に手にした得物を落下する速度に乗せて振り下ろしてくる。

 本来なら奇襲となる攻撃もあらかじめ動きが読めていればまっすぐ落ちてくる相手など簡単に避けられる。

 俺とロイーヌは互いに飛び退き、すぐさま戦闘態勢をとる。

 地面に落ちた襲撃者の数は五人、さらに狭い路地から十人が出てきて俺たちを囲む。


「この人たち、冒険者の人だよ! 」


 ロイーヌの言葉通り、何人かはギルドで見かけたり、あるいは言葉を交わしたこともある奴らだった。


「どうして襲ってきたりしたの? 」


 当たり前の質問だが、彼らはそれに答えることなくじりじりと包囲を狭めていく。その目には一様に光がなく、正気を感じさせない。


「無駄だ。こいつら操られていやがる」


 罠ぐらいあると思っていたが、悪辣な手段をとってきたな。善悪の区別が分かってない相手、しかも顔見知りとなると傷つけることを躊躇してしまう。そう見越したうえでの作戦だな。

 どうする。逃げたとしても目的地がある以上そこで追い付かれることになる。そうしたらあいつと冒険者たちをまとめて相手にしないいけない。それはあまり得策といえない。


 歯噛みしているとロイーヌが耳打ちしてきた。


「マサトシ、ここは私に任せて先に行って」


 いや、そんな典型的な死亡フラグを言われるとむしろ心配になる。


「でも……」


 不安を抱える俺とは対照的にロイーヌは喜んでいるようにも見える。


「時間もないでしょ」


 その通り、太陽は天頂のみを地平線の上に残し、大部分を沈めている。日差しもなくなりかけ、夜の帳が下りようとしている。


「ブラックドラゴンの時もそうだったんだけど、仲間の、マサトシのために戦うって思うと力が出てくるの。不思議だよね。だから大丈夫。」


 言葉通り、可視化できるほどにロイーヌの魔力が高まっている。薄い白色のオーラに包まれ神秘的な雰囲気を出しながらも、可愛らしさが損なわれない顔で続ける。


「それに……、マサトシの相棒をなめないでよね」


「あっ」


 ロイーヌに自覚があるかわわからないが、彼女の強さの根底にあるものが、俺に対する情や信頼であることに気が付けてしまった。だったらその信用に応えるためには迷ってはいけない。


「わかった、ここは任せるよ。それと反対のことを言うようで悪いけど……」


「うん、この人たちはできるだけ傷つけないようにするよ」


 俺が言いたいことは言わずとも察してくれて、しかもそれぐらい余裕だと言わんばかりだ。

 ロイーヌが目を閉じて手を前に出す。魔力のオーラがさらに強くなり、風が吹き出す。


「走って! 」


 瞬間、走り出す。目の前には冒険者が行く手を阻んでいるがそんなことは関係ない。ロイーヌの言葉を信じるだけだ。

 彼らが武器を向けているが速度を落とさず疾走する。突き出そうとした瞬間


「ええい! 」


 かわいらしい掛け声とは裏腹に、起こった事象は凄まじい。二本の線が走り、地面から二枚の壁がせり出してくる。それが左右に動き出し、冒険者を押しのけ道が出来上がる。


 道は長く続き、そこを振り返らずに駆け抜ける。両側の壁がなくなり、広がった視界に入ってきたのは窓が割れ、苔が壁を覆っている屋敷だった。

 ポケットにしまっていた手紙を見直し、ここが目的地であることを確認する。錆まみれの門をこじ開け、庭に入ると複数の足跡があることに気が付く。その多くが小さく、子供のものだとわかった。

 誘拐された子供たちはここにいるのは間違いないようだ。大きく息を吸い、気を引き締める。ここからが正念場だ。俺が対応を誤れば子供とミゲルの命が危ういことを意識する。


「よしっ」


 決心を固め、玄関に手をかけ押し開く。


 ただでさえ弱々しい微弱なその明かりは屋敷の中には入りこまず、その代わりに壁に掛けられたロウソクの明かりが不気味に照らしていた。

 玄関から入った正面にある階段があり、そこに目的の人物が腰を掛けていた。


「よお、元気そうじゃないか」


「てめぇ、ルシアン!! 」


 ロウソクの橙色の光に顔のみが照らされた男、ルシアン・アンダーが気軽な調子で声をかけてくる。その様子がなおさら俺をイラつかせる。


「冒険者のやつらを相手にして消耗してると思ったが、使えない奴らだ」


 こいつの様子からは全くと言っていいほど、罪の意識が感じられない。他人は自分のための道具とでも言いたげだ。


「あの人たちをどうやって操ったんだ」


 魅了は相手の意思に反することは強制できないとヘルトが言っていた。俺は冒険者たちに恨まれる覚えはないし、そもそも関わりがない。よく知りもしない相手を殺そうなんて思えないはずだが。


「そんなことか。最初に口で命令する。断ったら骨の一本を折ってやる。そして命令する。また拒否したら骨を折る。そうやって五、六回繰り返せば大抵の人間は意のままだ。ほらな簡単だろ」


 肩をすくめ、事も無げに言う。どうやらこいつは精神を支配するためにまずは暴力的な手段を用いて服従させているようだ。


「ちなみに女の場合は犯し続けてりゃあ、心が折れて魅了にはまるんだぜ。最初は泣いてたくせに、気が付きゃ自分から腰を振るようになる姿は傑作もんだぞ」


「この、下種野郎」


 まともな人間なら顔をしかめるであろう下卑た言葉の数々を嬉々として語るこいつに頭の血が沸騰しそうになる。

 しかしこいつはその俺の反応すら楽しむように続ける。


「まっ、中には屈しないマゾ野郎もいるんだがな。こいつみたいな」


 暗闇で見えない足元でルシアンが何かを蹴る動作をした。


「ぐっ」


 くぐもった声と共に、薄明りで照らされた床に転がって来たのは、ここに子供たちを助けに来たであろうミゲルだった。

 顔は痣だらけ、左腕は曲がるはずのない方へ折れ、指もそれぞれ別方向に向いている。苛烈な暴力に曝されたことが一目でわかる。


「ミゲル! 」


「マサトシさん……」


 駆け寄ると紫に腫れ上がった目を薄く開き、血をたらしながら口を開く。


「すみません…。俺がちゃんと見てないせいで子供たちさらわれちゃって……。自分で責任もって何とかしようとしたんですけど、俺弱くて……」


 目尻から悔し涙を流すミゲルに手をかざし、回復させようとするが。


「おっと、それはなしだぜ」


 ナイフが飛来し、当てた手を引っ込める。投げつてきた相手をにらみつけると薄ら笑いを浮かべる。


「そんな奴でもいると何されるかわからないんでな。ことが終わるまでそのままでいてもらうぜ」


 軽薄なくせにこういった所は用心深い、厄介な性格だ。


「無視して回復させた場合はこいつらの命を一つ奪わせてもらおうか」


 指を鳴らすとこれまでついていなかったロウソクに明かりがともり、屋敷全体を照らし出した。

 ルシアンの背後、階段の踊り場にはさらわれた子供たちが眠らされていた。


「人を疑うことを知らねえガキを操るのは楽だったぜ」


 上りながら腰に着けていたナイフを手に取る。そして一人の男の子を持ち上げ、首元にナイフを突きつける。


「やめろ! 手を出すな」


 ミゲルを床に静かに横たえ、前に出る。人質を取られている以上、今はあいつの言うことに従った方がいい。ミゲルも一刻を争うような状態でもないようだししばらく我慢していてもらおう。


「どうしたらその子たちを開放してもらえるんだ」


 まずは第一目的、子供たちの安全確保を優先する。


「前にも言っただろ。俺様が欲しいのはお前のその力だ。その力を俺様のために使ってくれたらそれでいい」


 ナイフを持っている手とは反対の手でポケットの中を探り、取り出したものを投げてくる。


「隷属の首輪だ。それを付ければ主人の言うことに逆らえなくなる。それを付けな」

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