提案

 突然の提案に不意を突かれる。傲岸不遜を絵に描いたような人間が何のつもりだ。


「手を組むだと!? 犯罪に手を染めるつもりはないぞ」


 どうせこいつのことだ。悪事の片棒を担がせて、責任だけを全部押し付けるとか平気でやりかねない。話し合うまでもなく却下だ。


「バーカそんなんじゃねーよ。お互いに利益がある相互協力関係だ」


 地面に腰を下ろしながら、友好的には見えない視線をよこす。

 こいつの言っていることが全く理解できない。同じ目的? そんなもの俺とこいつの間にはあるはずがない。今日会ったばかりなのに何を共有しているというんだ。

 疑問が顔に出ていたのか、ルシアンは自分が言ったことに対する俺の反応を見ている。口から白い歯を覗かせ嘲笑う。そして俺に乗って最悪な名前を口にした。


「レべリオンズ」


 それ口から放たれた瞬間、地面を蹴り一足で間合いを詰める。その勢いと全体重を乗せた切り下しを放つ。

 しかし行動が読まれていた。俺が動いた瞬間に向こうも回避行動に移り、紙一重で躱される。空を切った剣が大地を打ち付け、地を裂き、庭の端まで地割れを起こした。

 最悪だ。嫌な予想が当たってしまった。こいつもレべリオンズのメンバーだったのか。どうする、爆発でも発生させてヘルトとおっさんを起こすか。あいつらと協力すれば強敵でも撃退することはできるはずだ。いや、理想は捕縛して情報を洗いざらい吐いてもらうことか。


「名前を出しただけでこれか。でも安心しな。俺様はあいつらを知っている。でも仲間じゃない」


 爆発の魔法を創ろうとしているのが停止する。鵜呑みにするわけではないが、未だに戦う意思を出さない相手に違和感を覚える。その気があるなら俺が攻撃した瞬間に戦闘が始まっているはずだ。


「あいつらとお前らの関係はなんだ!? 何が目的で俺と手を組もうとする」


 正眼に構えを取ったまま問い詰める。

 ルシアンの行動が何に基づいて行われているのか。それを知らないことには判断が付かない。もちろん、言われたこと全てを無条件に信じるわけではない。嘘だと判断した場合、また切りかかる。そのための体勢を崩さない。


「俺様は奴らの使いぱっしりってところだな」


 頭の後ろを掻きながら、意外過ぎる言葉を放つ。不遜な態度が鳴りを潜め、どこか恥じるような声色になる。

 ぱしりだと、つまり手下ってことだよな。こいつが人の下につくとは考えづらい。


「最初は従順な振りして利用するつもりだったが、あいつらはダメだ。お前もわかるだろ」


 目が合う。細かく語らずともわかるだろ、とでも言いたげだ。

 同意したくはないが、こいつが言いたいことがわかってしまう。俺が出会った三人は異常な力を持っていた。ロイーヌの魔法に無傷で耐えたフレイヤ、魔法そのものを無力化する空間を生み出したムラナカ、ネーションの能力はわからないが何か能力をもっているのだろう。あんな奴らを利用するなんて狂気の沙汰だ。


「それで俺にどうしろと? 」


 自分がしていることにビビったことはわかった。それで次は俺を利用しようとしているのか。そんなことに乗ってやる義理はない。

 そのつもりだったが、余裕の笑み取り戻したルシアンが口を動かす。


「お前はあいつらから逃げたいんだろ。それに手を貸してやる」


 最も悩んでいることを的確についてきた。俺はレべリオンズに負けないための力を得るために足掻いているが、戦わないで済むならそれでいいと心の片隅で思っていることは確かだ。

 なぜならそれがロイーヌにとって安全だからだ。フレイヤがしたように、あいつらは俺以外の人間なら平然と命を奪うだろう。個人的な意思では、あいつらに一矢報いてやりたい。でもそれでロイーヌに危険がおよぶならそんな感情は捨ててやる。欲しいのは倒すための力でなく、守るための力なのだから。


「俺様の裏切りはばれてない。だからレべリオンズにはウソの情報を流して、お前の逃亡を手助けしてやる」


 ダメだとはわかっているが会話の主導権が相手に移っている。ルシアンの提案が実現可能かどうかを考えてしまっている。


「それでお前の要望はなんだ? 」


 こんなことを言ってしまう程に乗り気になっている。こいつが信用できない人種だと分かっているのに。


「お前の力を俺様のために使ってくれるだけでいい。詳しくは知らねーが、欲望を叶えるものなんだろ。俺様に相応しい」


 ただその発言に傾きかけた心に歯止めがかかる。こんな奴が想像の力を悪用したらどうなるか、考えるまでない。今でさえ魅了で女をものにしているんだ。それが女以外にあらゆるものを手に入れようとするだろう。


「なんなら礼に女を何人かやろうか。俺様がいえば他の男に抱かれることだってするぜ。どれも仕込んであるから極上の快楽が味わえるぞ」


 俺の頭が冷えていることに気が付いていないのか、ルシアンが下卑た表情で最低の交渉材料を持ち出してきた。


「だから手を組め」


 断られるはずがないと確信した顔で高らかに宣言する。これまで同じ方法で交渉をしてきたのかもしれない。そんな反吐が出る推測が思い浮かぶ。

 ルシアンに歩み寄る。それを肯定と取ったのか手を差し出してくる。握手なんてするわけないだろ。手の代わりに木剣を喉元に突き付ける。


「なんのつもりだ? 」


「見てわかるだろ。お前は信用できない」


 もし申し出をしてきたのが別の人間だったのなら、受けていた。でも相手がこいつなら話は別だ。想像の力を使いたいだけ使った後に裏切られる可能性が十分にある。さらに女好きのこいつのことだ、ロイーヌに手を出そうとするかもしれない。

 それになりたい自分になる。そう決めた以上、嫌悪する相手と同じ道を歩きたくない。


「馬鹿か、おまえ。一人であいつらから逃げ切れると思っているのか」


 喉元に突き付けられたことにより、顎が上がる。そんな状態でもスタンスを崩さず、見下す目つきは消えない。


「守って見せるさ。何もかも」


 互いに黙り、無言の状態で視線のみを交差させる。何人もの女性を惹きつけた瞳だと思うと抉りたくなる。


「まあいいさ、今は引いてやる」


 木剣を手の甲で弾き、身をひるがえす。そして塀を飛び越えて去っていった。


「これでいいんだよな」


 誰もいなくなった庭で呟き、室内に戻った。




 翌朝、朝日が昇る同時にベッドから起き上がる。あてがわれた寝室から出ると、身支度をしているおっさんに出くわした。


「おぉ、ずいぶんと早いんじゃな」


 そりゃ、昨晩は結局一睡もできなかったからな。威勢よく断ってみたものの、その判断が本当に正しかったのか考え続けてしまった。

 何事も即断即決、どんな時も迷わず、揺るがず意思を貫く。そんなかっこいい人間に俺はまだなれないみたいだ。


「そういうおっさんこそ、こんな朝っぱらからどこか行くのか? 」


 ブーツを履いている姿からそう判断した。こんな時間じゃ店も市もやってないだろう。


「ちと野暮用ができてな。ガキどもの世話はあの新米坊主どもに任せて行ってくるわ」


 縮こまるように体を丸めて玄関から出ていく。

 金があるなら自分の大きさに合うように改修すればいいのに。いや、そうすれば子供の手が届かなくなるのか。


「それはそうと」


 一度出て行った扉から顔だけを覗かせる。


「大事なもんのために頑張るのはええことだが、頑張ってそれをないがしろにしたら本末転倒じゃないんか」


 それだけ言って、顔を引っ込めた。扉がしまり朝の静寂が訪れる。鳥の囀りだけが耳に届く。


「どこまでわかってるんだよ。子供を何人も育ててきたのは伊達じゃないってことか」


 おっさんはロイーヌのことを言っているのだろう。昨日も心配してくれるのを押しのけて、一人で出かけたもんな。おっさんが言う通り、守ろうとしているのに、不安にさせていてはダメだな。

 それにロイーヌは笑っている顔が一番かわいい。その笑顔をしばらく見てない気がする。ここ二日間が濃密過ぎて、最後に笑ってくれた記憶が遠くに感じる。


「よしっ、ロイーヌをデートに誘おう」


 力を付けないとしけないし、考えなきゃいけないこともたくさんあるが、今日だけは横に置いといてロイーヌと一緒に過ごそう。

 そのためには身だしなみを整えないといけないし、計画を立てないとな。起きてくるまでには時間はまだある。それまでに準備しよう。

 浮かれているのが自分でもわかるくらい心が躍る。

 しかし、女の子と二人っきりで遊びに行ったことがないから、どうやって誘えばいいのかわからないことに気が付いたのはすぐのことだった……



「ロイーヌ姉ちゃんのごはんおいしー」

「もうずっとここにいてよ」


 どうやってデートの話を切り出そうか考えているうちに朝食の時間になってしまった。食堂には子供たちに加え、ミゲルのパーティが一堂に会して、ロイーヌの料理を食べている。もうすでにここでの調理が板につき、ベテラン主婦顔負けの手早さで作り上げた。


「どうかな、マサトシ。おいしい? 」


 隣に座ったロイーヌが味を訪ねてくるが


「お、おう。おいしいよ」


 今から誘おうと意識しているせいか、しどろもどろな返答な返答になってしまう。


「どうしたの。ひょっとしてまた何か隠してるの? 」


 俺の様子を勘違いしたのか、顔を寄せて顔を覗き込む。吸い込まれそうな瞳が俺を捉え、さらに緊張が高まる。


「あっ、なんで目を逸らすのー」


「なんでって、そりゃ――」


 その目で見つめられたら、落ち着いて話ができないからだよ。今まで女性とこんなにも近くで会話したことがないから免疫がないのだ。髪の匂いがわかる程の距離に来られ、俺の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思ってしまう。


「とりあえず、いったん離れよう」


 冷静になって話し合うために、ロイーヌの華奢な両肩を優しく突き放す。だけどロイーヌは俺よりも強い力で体を押し付けてきて、さらに両腕をつかまれる。


「正直に言ってくれるまで離さないんだから」


 頬を膨らまして怒っているのだろうけど、可愛くしか見えない。というか、待ってくれ。この状態はさっきよりも密着度が上がっている。

 そんなにくっつかれたらどうにかなってしまいそうだ。離れなきゃ入れない、でも離れたくない。理性と欲望が相反し、脳内で全面戦争が始まった。



 ――ロイーヌはお前のことを心配しているんだぞ。そんな純粋な気持ちに対して邪な下心を持つんじゃない。真の男なら誠実であるべきだ。


 理性軍が正論の砲撃を叩き込み、欲望を砕こうとする。一方、欲望軍は


 ――いいじゃないか。ほら、わかるだろ。相手の息遣いが、体温が、体の柔らかさが。好きな女を感じたいって気持ちが間違っているわけがない。古来より人はそれを愛と呼ぶのだ。


 誘惑の毒ガスを振りまき、じわじわと理性を削る。

 両軍の戦力は拮抗し、戦いは泥沼化すると思われたその時


「ねえ、黙ってないで何か言ってよ! 」


 すでにゼロとなっている間をさらに詰めてくる。この胸付近に当たる二つの感触は、ま、まさか――

 それはさながら戦場に落とされた核爆弾。理性と欲望、二つの軍を区別なく蒸発させる。爆発の後には影だけしか残っていない。もはや俺の脳内は焦土、すなわちオーバーヒートして思考の全てが放棄されていた。


「また二人がイチャイチャしてるぞー」

「きーす、きーす」

「君たちは見ちゃダメだよ」

「手で目隠さないでー」


 瞬間、俺とロイーヌの時が止まった。


「……」

「……」


 二人で見つめあったまま、石のように固まり動けなくなる。顔から火が出てきそうなほど血が上ってきているのが分かる。昨日の今日で同じことをやっているのだから、自分の学習能力を疑いたくなる。


「ごはんたべようか」


「うん……」


 気ままずい空気の中、何とか言葉を絞り出す。その後は互いに無言で朝食を食べた。



 皆が食事を終えると、俺は進んで皿洗いを買って出た。樽に溜めてある水を無駄に使わないように意識しながら汚れを落としていく。


「それで何を隠してるの? 」


 横で仕事を手伝ってくれているロイーヌが先ほどと同じ質問をしてくる。


「だから何も隠してないよ」


 顔を見るとまた照れてしまうので、皿洗いに集中しながら答える。


「誤魔化されたりしないんだからね。パーティに隠し事なんていけないんだよ」


 表情は見てないが、声色だけでご立腹なのがわかる。俺のはっきりとしない態度のせいなので早く要件を伝えないとな。

 洗うものがなくなったので、大きく息を吐き呼吸を整える。横を向くとロイーヌがじっとこちらを見ていた。そのせいでせっかく落ち着いた心臓が暴れ出す。


「一緒に遊びに出掛けてくれないか」


 できるだけ感情を込めないように平坦な心持で言ったはずだが、語尾が不自然に上がってしまった。


「えっ、いいの? 」


 ロイーヌにとっては意外な提案だったみたいで、一呼吸遅れて戸惑いが返ってくる。


「いいも何も、俺が誘っているんだよ。嫌なら無理し――」


「いく、出かけるから」


 言葉にかぶせてくる程食い気味で返事をもらえた。その事実に人心地つくと共にガッツポーズを腰の下でさりげなくする。


「すぐに準備してくるから、待っててね」


 濡れた手を急いで拭き、台所から出て行った。その足取りは軽く、スキップをしだしそうだ。


「よーし、」


 一日中ロイーヌには笑っていてもらえるように頑張ろう。

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