邂逅

「ナイフを持たしたらメディはブラックドラゴンさえ貫く力を持っているからね」


「えっ、マジかよ! スゲーな」


 ヘルト、メディさんと並んで街に向かって歩く。その間での会話で衝撃の事実が知らされる。

 なんとブラックドラゴンにとどめを刺したのはメディさんらしいのだ。

 本音を言えばヘルトのおまけ程度しか考えていなかったが彼女も十分化け物のようだ。そんな人のゲンコツを受けて痛がるだけで済んでいるヘルトの防御力にも驚愕する。


「なんだい、アタイが馬鹿力って言いたいのかい」


 話を聞いていたメディさんが握り拳を顔の横まで掲げる。ちょっとお怒りの様で、二の腕に血管が浮き出ている。


「いやいや、僕はメディを褒めているんだよ」


「そうですよ。同じミスリルランクとしてその強さを尊敬していますよ」


 あの鉄拳制裁は受けたくないので二人そろって首を振る。その様子に鼻白み腕を下げる。


「あんたらにそんなことを言われたって嫌味にしか聞こえないね」


 半目で睨まれる。これは人を羨んでいる目だ。他人の才能をずっと妬んできた俺にはわかる。


「なんなんだいあの戦いぶりは、物語の中に入っちまったかと思ったぞ」


 地形が変化するまでやりあうとは俺も思ってみなかったさ。

 決着はつかなかったが前回よりはヘルトの本気が引き出せたはずだ。ちょっとは想像を使いこなせたのだろう。でもここで調子に乗るとすぐにダメな俺に戻りそうなので気を引き締めないとな。


「ヘルトとの差がまた広がった気がするよ」


 寂しそうな囁きがきこえたのかヘルトはメディさんの頭に手をのせる。


「そんな暴走を止められるのはメディだけだよ」


「あうぅ」


 顔を真っ赤に染めてうつむき押し黙る。

 こんな簡単に誤魔化される彼女はちょろいのか、それともイケメンだからこそなせる業なのだろうか。きっと両方なんだろうな。普通の男が女性にそんなことをしても気持ち悪がられるだけだろう。

 そもそもヘルトはメディさんの気持ちに気が付いていないのだろうか。だとしたら相当な鈍さだな。鈍感でチート持ち、こいつこそ主人公に相応しかもしれないな。

 唐突にラブコメを作り上げた二人を横で見ながら、とりとめのないことを考察して歩いた。




 ギルドに到着し、中に入ると予想外の光景が目に飛び込んできた。


「あれ? 」

「うん? 」

「なんだいこれは? 」


 三人そろって首をかしげる。いったん外に出て確認するが、ドアの上の壁には剣と槍が交わった紋章がありギルドであることを証明していた。しかし室内に目を移すと……


「はい、あーんして」


 露出の多い女性がとある男性に甲斐甲斐しく料理を食べさせていた。さらに煽情的な恰好をしているのは一人だけではなく


「ずるいー。あたしだってご主人様にあーんしたい」


 十人以上がその男を三百六十度囲うようにしなだれかかっていた。


「おいおい、俺様の体は一つなんだから。順番だぜ」


 満更でもない笑みを浮かべている。

 ぶん殴りたいなあいつ。そんなものを見せつけるなよ。


 いつからギルドはキャバクラになってしまったのか。いつもの男たちの汗と魔物の素材から出てくる獣臭、強い酒気、それらが混ざった殺伐とした匂いは消え去っており、香水の甘ったるさが鼻につく。望まずとも視界に入ってくる肌色に眩暈がしてくる。


「おい、どうなってんだこりゃ? 」


 近くにいた冒険者にメディさんが話しかける。

 いつもはテーブルで酒を煽っている彼らが今は壁にもたれて遠巻きに見ている。あのピンク空間の近くにいたくないみたいだ。


「新しくこの街に来たパーティらしいぞ」


 顎でハーレムを指しながら、答える彼の顔は忌々しげだ。自分たちの空間に異物が入ってきたことを受け入れないようだ。それほどアレは浮いている。


「はぁ、パーティだぁ。あんな薄着でどう戦うってんだい? 金持ちの女遊びしにしか見えないぞ」


 誰しもが思っている突っ込みをしてくれる。だけど声が大きいです。気づかれちゃったじゃないですか。こっち見ていますよ。

 男が立ち上がり近寄ってくる。もちろん女たちは後ろからついてくる。


「よおレディ。しばらくここを拠点に活動する予定のルシアン・アンダーだ。階級はアダマンタイト」


 長髪をかき上げ、泣きぼくろを覗かせながら手を差し出す。顔をやや横に向けて、流し目でメディさんを見ている。

 お前それ絶対狙ってやってるだろ。


「僕はヘルト・ウァー、階級は君と同じだよ」


 ヘルトが横から間に入ってきて握手する。というより握りつぶした。ルシアン名乗った奴の手が不自然な形に歪む。


「人のパーティにその眼を向けるのは、行儀がなってないんじゃないかな。教育してあげようか」


 聞いたことのない冷たい声を発する。音量は小さく、近くにいるルシアンと聴力を強化している俺以外は聞こえてないだろう。


「悪いな。この眼は自分で制御できるものじゃないんだよ。それで落ちるならそれまでの女ってことだ」


 同じ音量で返答する。視線がぶつかり合い火花が見えそうだ。

 二人の会話から察しがついたので確認のために鑑定でステータスを見てみよう。



【名前】ルシアン・アンダー

【種族】人族

【スキル】魅了の魔眼……


 やっぱりあったよ。魅了の魔眼か、つまり後ろにいる女たちもそういうことか。


「それで、お前がマサトシか? 」


 ステータスを見ていると、ヘルトの手を振り払って顔を俺に向けてきた。

 面と向かってみると分かるが女受けしそうな顔をしているのがわかる。男性アイドルのような雰囲気だ。


「なぜ俺のことを? 」


 思わずに身構える。経験的に見ず知らず人間に知られていることに恐怖心を抱いてしまう。


「登録直後にミスリルになったと噂を聞きつけてな。ここに来たのもお前がどんなやつか見に来たんだ」


 潰されたのとは逆の手を出してくる。

 こいつは信用できないからよろしくするつもりはない。この種の自信に満ち溢れた人間は生理的に好きじゃない。自然に自分の方が上だと位置づけ、他人を見下すタイプだ。

 軽く握ってすぐに離した。


「それでこいつらは俺様の仲間だ」


 見せつけるように女を両腕に抱き寄せる。両手が胸にあるのは故意なんだろうな。触られている方は瞳を潤ませた、内股になる。どう見ても発情している。


「どうも、ご主人様の仲間兼奴隷です」


 一人が満面の笑みで宣言するとギルドがざわついた。見れば彼女たちの首にはお揃いの首輪がつけられている。


「この犯罪者め! この国じゃ奴隷は禁止されているぞ! 」


 誰かがそう叫び、それに続いて糾弾の声があちこちから上がる。しかしルシアンは慌てた様子もない。


「おいおい、勘違いしてんじゃねーよ。こいつらが勝手に言ってるだけで、魔術的な契約をしてるわけじゃない。そうだろ?」


「はい、私はご主人様の奴隷でいたいから、そうしているんです。私の発言のせいでご主人様が非難されることになってしまい申し訳ありません」


 ギルドが静まりかえる。皆一様に唖然として言葉が見つからないでいる。しかし俺とヘルトはこいつが魔眼で女を惹きつけていることを知っている。


「魔法で女を落とすことは犯罪じゃないのか」


 小声でヘルトに尋ねる。もし違法ならば協力して捕まえるのもやぶさかではない。というかボコボコにして衛兵につきだしたい。


「証拠がないからね、シラを切られたらそれまでだ。軽蔑すべき人間だよ」


 俺が気付いていることに驚くこともなく、答えてくれる。普段の優しい笑みが消え、侮蔑の眼差しを送っている。


「ったく、お前のせいで余計な注目を浴びちまったじゃねーか。後でお仕置きだ」


「はいぃ、お願いしますぅ」


 お仕置きというワードに恍惚な表情を浮かべる。魅了の力はここまで強力なのか。


「そういうことだ。わかったかぶ男ども。奴隷の女がこんな幸せそうな顔ができると思ってんのか。あぁ?」


 これが普通の相手なら、ムカつくという理屈で殴りかかることもあるだろう。しかし相手はアダマンタイトだ。襲い掛かったところで返り討ちに合うのが分かっているのか、誰も何もしない。

 挑発するように全体を見渡し、誰も反論がないことに満足する。


「これ以上のやっかみを受けるのは面倒だ、もう帰るぞ」


 そう吐き捨ててハーレム集団は出ていった。嵐が去ったギルドは皆、釈然としていない顔をしている。

 ハーレム系小説のモブキャラはこんな気分を味わっているのかな。



「放置していいのか? 街中の女があいつのものになっちまうぞ」


 そんなことを許していいのだろうか。良心がそう訴えている。決してやっかみではない、決してだ。

 ほんの少し前まではハーレムに憧れていたが、外から見るとどこか滑稽に思えてしまうことがわかった。

 それはあの集団に心の繋がりが見えないからだろう。女は魅了の魔法で理由なく好きになる。男の方も女に恋心があるわけでなく、自分を飾る装飾品のように扱っている。そんな関係性は羨ましくない。そう思えるのは俺の心持が変わったからだろう。


「魅了は意思が弱い人間にしか効かないからね。それに相手の意思に反することは強制できないはずなんだよ」


 つまりあの女たち意志薄弱ってことなのか。あいつがイケメンだからハーレム要員になるのもやぶさかではないってか。なんだか釈然としないな。


「それで本音は? 」


「またメディにちょっかいをかけるようなら教育かな」


 ニヒルな笑みを浮かべる。皆が知らないヘルトを見られて距離感が縮まったような気がした。




 俺たちは当初の目的だった報告をした。戦闘により地形を変えてしまったことに、受付嬢のメリアンさんに夕方までお小言をいただいた。叱られただけで済んだのはヘルトの人望故だろう。

 その後、一緒に食事に誘われたがロイーヌが待っているので固辞し、孤児院に帰った。


「ただいまー」


 こうやって帰宅の挨拶をしてしまう程、馴染んでしまっている。ここには帰りたくなってしまう温もりがある。それはおっさんの人柄が建物全体を包んでいるようだ。


「マサトシ兄ちゃんお帰りー」

「お帰りー」


 玄関をくぐると、料理の匂いと子供たちが出迎えてくれた。そして一拍遅れて意外な人物も現れた。


「マサトシさん、お帰りなさい。ロイーヌさんが今料理を作ってるところですよ」


 ミゲルのパーティ五人が子供たちを背負いながら出迎えてくれた。一人当たり三人にのしかかられている。


「あれっ、お前らこんな所でなにしてるんだ? 」


 こいつらは村から出てくたらしいから、この孤児院出身じゃないはずだ。ヘルトみたいに恩返しをしているわけではないだろう。


「言ったじゃないですか。ランクを上げるために依頼を受けてるって」


 そういえば朝あった時にそんなことを言っていたな。この孤児院はまだ人手不足が解消されてなく、ギルドに手伝いの依頼を出している。


「こういう仕事からコツコツやっていくつもりです」


 屈託のない顔をするミゲルたちが輝いて見える。こいつらには早く一端の冒険者になってほしい。応援したくなる。


「ごはんで来たよー、あっ! 」


 台所から顔をのぞかせたロイーヌと目が合う。慈愛の微笑みを向けながら駆け足寄ってくる。


「ケガはしてないよね」


 顔を何度も上下させて、全身をくまなくチェックされる。ヘルトにやられた傷は魔法で回復済みだし、燃えた服は想像で同一の新しいものを作ったのでばれなかった。


「帰ってきてくれてありがと、それとお帰り」


 両手を包んでくれる。互いの距離がほぼゼロのためロイーヌが胸元から見上げる体制になっている。


「ああ、ただいま」


 帰ってくると好きな女の子が出迎えてくれる。そんな幸せをかみしめるあまり周りがニヤついているのに気が付かなかった。


「二人がイチャイチャしてるぞー」

「チューするの、するの」

「いいな、マサトシさん。ロイーヌさんみたいな美人な相手がいて」

「ガキども教育上に悪いから、乳繰り合うならよそでやらんか」


 周囲の言葉に見つめあった状態で固まる。完全に周りが視界から消え去っていたな。ラブコメでよく見る空間をまさか俺がつくってしまうとは。


「ご、ごはん机に並べてくるね」


 逃げるように小走りで走り去ってしまう。その小動物チックな姿が愛くるしい。



 その後の食事も風呂も、ミゲルたちが子供の世話をしてくれるのでゆっくりとできた。その分あいつらは疲労困憊のようでガキたちと一緒にすぐに眠りについてしまった。


「明日はどうしようかな」


 皆が眠りについた夜の庭に転がり、星を眺める。

 ヘルトがまた相手してくれると助かるが、あいつだって毎日暇なわけじゃないだろう。かといって気長に待つわけにはいかない。レべリオンズのやつらがいつやってくるかわからないからな。それまでに早く力を付けないと。


「へー、ここが英雄様の生家か。しけた場所だな」


 突然の声に起き上がると、男が塀の上から髪をたなびかせて降りてくるのが見えた。そいつは足音を立てないまま着地すると、自然な足取りで真横に来た。

 男にしては長すぎる髪、そこから覗く泣きぼくろ、その姿を星明りを背景に現した。


「不法侵入だぞ。何をしに来たルシアン! 」


 飛ぶように距離を取り、木剣を手に取る。

 こんな時間になぜここに来たのか、目的は何なのか、ルシアンを警戒しながら高速で頭を回転させる。そして出てきた結論は


「俺にようがあるのか」


 見計らったようなタイミングで現れたことを考えるとそうなのだろう。まさかこいつもレべリオンズのメンバーなのか。


「でもそう身構えんなよ。話し合いに来たんだよ」


 そういって地面に腰を下ろす。俺にも座るように顎をしゃくるが、無視して気配感知で仲間がいないか確認する。


「安心しろ、女どもは全員ベッドの上で果てているからよ。今は俺様だけだ」


 こいつの言う通り、怪しい気配は感じない。一人でも余裕ってことか、でもこいつからは殺気も感じない。相手の意図が分からない。


「何のようだ? 」


「だから話し合いに来たって言ってんだろ。女じゃねーんだから面倒くさい会話させんなよ」


 両手を地面に着き、リラックスした体制をとる。

 本当に戦う気はないみたいだ。それでも気を抜くわけにはいかない。構えを解かず、先を促す。


「まあいいや、単刀直入に言うぞ。俺様と手を組まねーか」


 軽薄な笑みを浮かべそう告げた。

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