再戦、天才は天災
「どうしてついてっちゃダメなのよ! 」
心折られ、ロイーヌのために生き方を定めた翌日、孤児院の玄関で手を放してくれない相棒に困惑していた。
「ちょっと野暮用が」
とある目的のために出かけようとしたところを引き留められたのだ。黙って出かけるとまた心配をかけるだろうからひと声かけたのが間違えだったのかもしれない。こんなことならおっさんに伝言を頼むべきだったか。
「野暮用って何よ」
当然の質問だとは思うが答えることはできない。言ったらもっと不安にさせてしまうだろうし。
「別に変なことをしに行くわけじゃないよ。でもちょっとロイーヌには見られたくないことなんだ」
「何よそれ、どう聞いても妙なことする気じゃない」
失踪未遂をしたので信用ゼロだ。悪いのは俺だってわかっているから反論もできない。
「おい、お前さんたち早朝からうるさいぞ。ガキどもが起きちまうだろうが」
どうやって説得しようか思案しているとおっさんが現れ、呆れたような顔をする。台所で子供たちの朝食を作っていたようで手には包丁を持っているが、手が大きすぎて小型ナイフに見える。
「だってマサトシがひどいんです。ブーゼさんも言ってください」
おっさんを味方につけようとするが、おっさんは首を横に振る。
「行かせてやりな。男にゃ女には言えない踏ん張りどころってもんがあるんじゃ」
おっさんが見透かしたように俺を見る。言うように今からしようとしていることは男の意地だし、それを見せたくないのは男の見栄だ。
「で、でも……」
それでも納得できないロイーヌが手を握る力を強める。女の子がそれを理解するのは難しいだろう。
「なーに、大丈夫じゃよ」
不敵な笑みを口髭の奥からのぞかせる。
「嬢ちゃんを悲しませるようなことがあったら、ワシが男としての落とし前を付けてやるから」
包丁を持っていないほうの手で握りこぶしを作り、丸太のような腕をさらに膨らませる。
ヤバい、本気だ。この人にはチートがあっても力負けする気がする。というか昨日泣かせたことを知られたら殺される気がする。
「なっ、おっさんもこう言ってるし」
でもおっさんが味方してくれたのは助かった。ロイーヌだって納得してくれるはずだ。
「ちゃんと帰ってきてくれる」
上目遣いで凝視してくる。つい抱きしめたくなるのを堪える。
「夕方までには、ロイーヌの料理食べたいし」
それまでには終わっているはずだ。食べてあげておいしいって言ってあげよう。
「ケガとかしてたら怒るよ」
「お、おう。任せろ」
ぶっちゃけそれは保証できないがケガをしても回復魔法で治してから戻ってこよう。
「それじゃあ、気を付けてね」
「うん、行ってきます」
離された手を名残惜しく思いながら目的を果たしに出かけた。
孤児院を後にしてすでに見慣れた道を歩く。
当初はレべリオンズからロイーヌを守るために一人で出ていくことを決心したが、彼女と一緒にいると誓った以上は違った方法が必要になってくる。またあいつらが狙いに来た時に今のままでは同じ結末になってしまうのは明らかだ。
「だったら俺が変わるしかないだろ」
新たな決意を宣言する。本当の意味で変わりたいんだ。それこそがなりたい俺ってやつだと気が付いたから。
想像に、与えられた力に縋って振り回されるのはもうやめたい。別に使わないって訳じゃない。悔しいがこれがなければ何も守れないってことよく分かっている。それが今の俺の現状だから。
でもさ、スキルはあくまで道具に過ぎない。それを自分の力だって勘違いしたり、それで得た物の価値を間違えないようにしたい。正しい理解の元、正しい目的のために運用するのが道具のあるべき姿だろう。
だから俺はこれを自分の欲のために利用するのはもうやめる。大事な何かを守るために、失わないために使っていこう。
今から向かう先はそのためのものだ。想像を使いこなしてレべリオンズに負けないようになるために。
そうしてたどり着いたのはギルドだ。スイングドアを開け入ると、多くの人が朝食をとっていたり、依頼の掲示板を吟味している。その中で目的の人物を探していると、元気な声がかけられる。
「マサトシさん、おはようございます。昨日はありがとうございました」
向かなくても誰の物かはすぐにわかった。
「おはよう、ミゲル」
追い詰められた俺の心を砕いた少年が嬉しそうに挨拶をしてくれた。ちょうどいい、ミゲルにも用事があったんだ。
「突然いなくなってすまなかった」
頭を下げた。自分よりもずっと年下の男の子に外聞もなく。俺の行為に他の冒険者が騒めくがそれでもやめない。けじめはつけるべきだろう。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。あれはこっちが悪かったんですから」
そんな訳ないだろ。ガキ相手にムキになって、それでも思い通りにならないことに癇癪を起して逃げ出したんだから。
「あまりにも俺たちが不甲斐ないから怒ったんですよね。新米の癖に調子乗って挑むなんて身の程を知れって話ですよね」
俺にとって都合のいい勘違いをしてくれる。否定しようと頭を上げる。
「違うんだ」
「いや、いいんです。力不足なのはよくわかっていますから」
どこか大人びた顔つきで否定を否定してくれる。
「でもマサトシさんが目標ってのは変わってませんよ。いつか追い付いて見せます。だから早くランクを上げて相手してくれる身までなってみせます」
無意識にまた重しを押し付けてくる。でもそれから逃げるわけには行けない。これから向けられる期待にふさわしい人間になろう。
「というわけでこれから依頼なんです。まだ銅(ブロンズ) ランクなんで対した仕事じゃないですけど行ってきますね」
「ああ、頑張れよ」
ギルドから出ていくのを見送りる。ミゲルが抱いている俺の幻想に追い付けるように努力しないと。そのためにあの人を探すとしよう。
その人物はすぐに見つかった。食事をしていたようで料理が置かれたテーブルからこちらを見ていた。目が合ったのでそちらへ歩き出す。
「おはよう、ヘルト」
「おはようマサトシ。朝から興味深いことをしているね」
ミゲルとやり取りの見ていたようで不思議そうに顔をしている。
「今日はメディさんと一緒じゃないんだな」
ヘルトの相棒のメディさんは見当たらない。なので話を逸らすために使わせてもらおう。
「自主練だよ。ついてこうとしたらお前は来るなって言われちゃってね」
詳細を話すつもりはないことを悟ってくれて話に乗ってくれる。こういう大人の対応ができる男は格好いいな。
「これ以上強くなったら追い付けなくなるだろだって、僕は弱くても一緒にいて欲しんだけどな」
寂しそうに呟く。
今の俺にはメディさんの気持ちがわかるな。傑出した人間がすぐ横にいると、どうしても自分が小さく見えてしまう。そんな自分が嫌だから、足掻きたいから必死になる。ついでに目標がさらに上に行ってほしくなってのも本音だ。
「じゃあ今日は俺と本気で相手をしてくれないか」
情けないままなのは嫌だから変わるためにここにきたんだ。強くなるためには弱い奴を相手にしても意味がない。想像の力を使っても敵わないような強大な相手が必要だ。だからこそヘルトはちょうどいい。
「……本当に何があったんだい? 」
常に浮かべている笑みが消え去り、真剣な顔つきになる。たったそれだけで凄みがあふれ、爽やかな色男が得体のしれない怪物に変貌する。恐怖で背中に冷や汗が流れ、肌が泡立つ。アダマンタイトランク冒険者の威圧はここまでのものなのか。
「強くなりたい。それだけだ」
それでも化け物の前からは逃げるわけにはいかない。ここで引いたら意味がない。視線をぶつけ押し返そうとする。
「へぇ、本気みたいだね。いいよ、僕も君の限界がどこにあるのか興味があるから」
テーブルから立ち上がる。いつもよりもその姿が大きく、背後の空間が歪んで見える。
「でもここじゃあ狭すぎるから外に出ようか」
歩き出すヘルトに続いて外に出ていった。
「ここら辺でいいかな」
西門を通ってしばらく歩いた後ヘルトは止まり振り返る。奇しくもそこはフレイヤと戦い敗れた場所だった。
「そうだな。ここでいい」
あいつに負けたことから全てが狂いだしたのなら、ここからやり直すのはちょうどいい。
「本気と言うからにはこいつを使わせてもらうよ」
背負っていた物を手に取る。それは真っ赤に染まった一本の槍だった。それがヘルトの愛用の武器なのだろう。
「ある魔物から取り出した骨を削って作ったものだよ。並みの武器じゃ太刀打ちできるものじゃないよ」
大きく一回転させ構えを取る。すでに臨戦態勢の状態だ。
俺も武器を創りだそう。それがヘルトにどこまで通じるのかは試してみよう。
変わりたい、守りたい、その想いを根拠に想像を発動させる。
体の前に出した両手が白く発光し、やがて溢れ出す。勢いが徐々に増していき温かな光が腕全体を包み込む。それが凝縮していき形をつくる。完全に形を作った時、ひと際強く光輝き消えた。
手の中に残っていたのは一本の剣だった。何一つ装飾がないシンプルな物だ。見た目は訓練場にあった木剣そのものだ。
できたものを一瞥し満足する。これでいいし、これがいい。派手な飾り、虚飾はもういらない。木剣も半人前には似合いだ。俺そのものを表しているといってもいいだろう。
「準備できたみたいだね。じゃあいかせてもらうよ」
言うと同時に姿が消える。
前回と同じパターンだ。だったら対応はできる。注意を空間に広げると左方向から迫ってきているのを感知できた。
「ヤッ! 」
迫り来る槍をしっかりと認識し防御する。防ぎ切り結んだことによってかかってくる圧力が前の比ではない。物理的な力、精神的なプレッシャーのどちらも隔絶している。訓練でどれほど手を抜いていたのかがわかってしまった。
「ちゃんと訓練でやったことは学習しているみたいだね」
「今の俺は一昨日とは違うぞ。もっとお前の力を見せてくれ」
手を抜いてもらった所で得られるものなど何もない。これは俺の想いがどこまで通じるるのかの戦いなのだから半端な気持ちを向けられても意味をなさない。本気のヘルトと対峙し、苦しんで、乗り越えようとすることでこそ高みを目指せる。
高まる圧力、両足が土に二つの線を引きながら後退していく。一瞬でも力を抜いたら押し込まれるだろう。歯を食いしばり呼吸を止め全身に力を込める。
「そんなことを言われたのは久しぶりだ。面白い」
後方に跳躍し距離が開く。急に押される力がなくなり前方に転がりそうになるが、何とか持ちこたえる。
「人相手に本気を出すのはお父さん以外に初めてだよ」
いや、ブーゼのおっさんは人間じゃないと思う。というかヘルトの本気を受け止められるってやっぱりあの人も化け物じゃねーか。頭の中でそんな突っ込みが浮かび言葉にしようとするが……
「頼むから簡単に倒れないでくれよ」
叩き付けられる気迫に言葉を飲み込む。無駄口なんて叩けるほど余裕もないし、余計なことを考えていたら瞬殺されてしまう。
「来いよ。全てをぶつけてやる」
全身全霊をかけても敵わないかもしれない相手が目の前にいる。今までの俺なら戦う前からあきらめて逃げ出していただろう。でも無理とか無謀とか自分を守るための言い訳で傷つくのを避ける半端者のままでいるのは嫌なんだよ。そんな奴に守れるものは何一つないって知ったから。
「ハァァーー」
ヘルトが姿勢を落とし溜を作る。実態と化した赤い気が体から溢れ出し視角に知覚される。猛禽類のような目が俺を捉えた瞬間、足元が爆発したのではと思える脚力をもって接近してきた。
辛うじて高速で迫り来る存在を捉え、体を逸らし躱そうとする。しかしあまりにも速度が速すぎた。地面を抉りながら迫る弾丸と化したヘルトを避けきれずに赤槍が服の胸部を裂き、その下にある皮を抉る。
「アッグッ」
切れた皮膚の下からは血が噴き出し、さらに傷口から血液とは別物の赤色がまとわりついている。
それは燃え盛る炎だった。
おそらくあの槍の能力なのだろう。傷つけた相手を燃やしダメージを与える。ヘルトのやつ爽やかな顔して戦い方はえげつないじゃないか。
高熱が肌を焼き広がっていく。
「グッ、ッ」
地面を転がるが火は一向に弱まる気配を見せず纏わりついてくる。回復魔法をかけることにより傷を癒し、一時的に痛みが引くがすぐに熱による苦痛がくる。炎が消えることがないので常時魔法で痛みを誤魔化す。
「まだだよ」
ヘルトが苦悶に呻く相手にさらに追い打ちをかける。この槍をまともにくらったら命の危険もある。しかし簡単に躱させるほどやさしい相手ではなかった。今度は足を突かれ、傷口から火が噴き出す。
さらに止まることのない連続攻撃に襲われ全身に切り傷、刺し傷ができ炎に包まれる。今の俺は火達磨になっているだろう。回復魔法が切れた瞬間に全身が焼かれ死んでしまうかもしれない。
――なあ、もうやめよう。十分頑張っただろ。
追い詰められ、封をしていたはずの情けない自分が顔をのぞかせる。
うるせえ、引っ込んでろ。
――そんな頑張ってなんになるんだよ。俺が努力したところでたかが知れてるだろ。
「黙れよ! 」
頭の中に響く声に叫びで応じる。
――相手は怪物だぞ。かたやこっちはただの凡人。結果なんてもう明らかだ。
「だから黙れって言ってるだろ! 」
自分の顔を殴り、弱い自分を押し殺す。
そんなもん最初から知ってるんだよ。ヘルトが天才で俺はどこにでもいるような凡人、戦うなんて馬鹿馬鹿しい。
できない理由も、やらない言い訳も頑張る理由に比べたらいくらでもあるさ。でもさ、違うだろ。その数少ない理由にどれだけ懸けられるかだろ、人間の価値ってのは。
だからあきらめない。力を出せよ想像! 想いの強さが形になるんだろ。だったら答えろよ。それとも何か、想いが弱いのか。あの娘を守りたいと強く願うこともできないほど腐っているのか。
時間を巻き戻すなんて奇跡を起こしたのだから、この状況を覆す力くらいだせるはずだ。逃げたい、戻りたいそんな後ろ向きの感情でしか俺は本気になれないのかよ。
変わりたい、変わるんだよ。泣かせてしまった女の子のために、馬鹿な男のせいで辛い運命を押し付けてしまった女の子のために、負の感情でなく前に進もうとする意思で生まれ変わるんだ。
◇◇◇
ヘルト・ウァーは目の前で起きている現象に瞠目した。
アダマンタイトランクへ昇格するきっかけとなった火山の主、魔獣王ゲベノム。その骨を削りだして作られた槍に傷つけられたものは火を噴き、やがて炎に包まれながら悶死する。
決して人相手に使っていい武器ではないことはわかっている。だから自ら禁を課していた。だがそれを押してまでマサトシを相手にしているのは、彼が自分と同類だと感じていたからだ。
冒険者登録してすぐにミスリルランクに特例として昇格。ブラックドラゴンは彼も討伐しているのでその強さは知っている。決して普通の人間が倒せるものではない。それこそ選ばれた一握りの者でなければ無理だ。
二日前、訓練場で相手した時にそうだと確信した。相手の経験不足ゆえに翻弄することはできた。逆に言えばそれでも勝負が成立したのは彼の並外れた才能があったからだ。
マサトシが剣術やその他の身体器官の強化を想像でスキル化していると知らないヘルトはそう考察していた。
彼は幼い頃から天才と呼ばれ、普通の人間とは隔絶した能力を持っていた。隔絶、それは隔たり、壁、断絶を意味している。つまり彼はある種の孤独感に苛まれていたのだ。
胸を張って生きたい。その信念のもと弱きを助け願いを聞いてきた。多くの人々が彼に感謝し、尊敬し、親しみを抱いた。だがそれは与える者と施しを受ける者の上下関係を前提とした繋がりであり、その人々が横に並ぶことはありはしない。
それが初めて出会った同種、近しい存在に興味をもつことは当然だっただろう。期待せずにはいられなかった。もしかしたら理解してくれるのかも、そんな希望を抱いていたのだ。
その男が何かのために必死になっている。それが不思議でたまらなかった。
行き過ぎた才があれば望まずとも多くの物が手に入る。故にヘルトは熱をもって何かに取り組んだことはなかった。努力すればするほど孤立していくからだ。そんな傲慢ともいえる人生観が形成されていた。
ここまでボロボロになってまで得たいものがあるのが羨ましい。マサトシは何を求めているのだろうか? この想いが向いている先は何なのだろうか?
マサトシは業火に包まれても倒れず立ち続ける。苦しくないわけがない、呼吸すらままならないはずなのにそれでもあきらめようとしない。
さらにあろうことか炎が少しずつ弱くなってきている。捉えた相手を殺すまで燃え続ける煉獄の火であるはずなのに、それを乗り越え凌駕してくる。
ヘルトの胸に経験したことがないものが去来する。どうしてか落ち着かない、興奮や喜びに似た感情が渦巻きいている。言葉でしか知らなかった感情を理解した。
これが胸躍るってやつなのだと。
槍を握る手に力がこもる。戦いでは手を抜くことしかなかったが、小細工抜きで全力をだしてみたい。そう思えてしまった。
◇◇◇
「君にあえて本当によかった」
ヘルトが俯きながら呟いたことが耳に届く。儚げな声とは裏腹に手に持つ武器が焔を纏い、地面が割れ溶岩が溢れる。大気の焦げた匂いが当たり一面に広がっていく。
そんな変化の中でもより顕著なものはヘルトそのものだ。外見の変貌があるわけではなく、内包されている感情の激しい励起が対面していて伝わってくる。殺意とさえ呼べる闘気を昂らせている。その事実に炎に囲まれた状況の最中寒気を覚える。
いいぞ、こいつと真剣なやりあいができる。ようやく勝負の土俵に立てた。乗り越えるべき相手の姿を見ることができたと言ってもいいだろう。
全力で来ると感じとれる。震える歯を噛みしめ剣を構える。
「いくぞ! 」
「いくよ! 」
同時に飛び出し互いの得物を衝突させる。耳を劈(つんざ)くような軋みを上げながら切り結ぶ。
この槍に対しても俺の木剣は壊れずにいる。女騎士のフレイヤにあっさりと砕かれた前の刀とは違うことに自信を持つ。俺の想いは間違ってなんかいない。軽くなんてない。
「ウオォォー」
立て続けにくる連撃を防御し、時には反撃を繰り出す。一瞬でも気をついたら途端に貫かれてしまうだろう。命がけの綱渡りながらも渡り合う。
「楽しいね、マサトシ」
ヘルトが瞳に炎を宿らせながらも、口には笑みを浮かべている。こっちは笑うどころか息をつく暇もないんだよ。
「どこがだよ、この野郎! 」
その爽やかなイケメン面を崩してやる。全速力で動いているのをさらに加速させる。限界なんて気力で超えてやる。
振るう腕の速度をさらに上げる。それに呼応しヘルトのギアも上がる。高速で動く中で視界から余計なものが削ぎ落とされていき、ヘルトと迫り来る槍しか見えなくなる。
どれをとっても必殺の威力をもつヘルトの技を見切り受け流す。そして手加減を考えない切り返しが防がれる。そんなやり取りがいつもまでも続いていく。
どこまでも登りっていける、そんな高揚感に酔いそうなる。
だけどその攻防にも終わりがやってきた。気力も武器もまだ戦える。だけど耐えきれなくなったのは肉体の方だった。握力がなくなり、剣が吹き飛ばされる。
それはヘルトも同様だったみいだ。
両者とも素手となった。だがそれでも止まるわけにはいかない。なぜならヘルトの目の闘志が消えていないことが見えてしまったから。
「ウオォォーー」
「ハアァァーー」
武器の間合いから殴り合いの間合いに詰め、拳で決着を付けようとしたとき――
「何やってんだ、この馬鹿ども!! 」
第三者が間に割って入ってきて大地を殴りつけた。その衝撃は地面にクレーターを生み出し、疲弊した俺たちを吹き飛ばした。
「メディさん!? 」
相当な距離を飛ばされ、冷静になった視界に入ってきたのは一人の女性だった。
「あんたらはここを焦土に変えたいのか」
その言葉に辺りを見渡してみればひどい惨状だった。野原だったはずの場所には草一本生えておらず、切り裂かれた地面とそこに流れる赤いマグマが広がっていた。地獄のような様相を呈していた。
「ったく、アタイが近くで訓練していて気付けたからよかったものを」
熱中していて気が付かなかったが確かにこれはやりすぎだな。
メディさんは逆方向に飛ばされたヘルトの方に行くと頭にゲンコツを落とした。
大砲が放たれたような轟音が響く。俺は悶絶するヘルトとメディさんが作ったクレーターを交互に見やりその威力を察する。
「この馬鹿っ、なに新人相手にムキになってんだい」
「だって、マサトシが――」
「だってもあるかい! 」
再びゲンコツを落とされ苦悶する。ヘルトのやつメディさんの前だとキャラが変わるな。というかちょっとかわいそうになってきた。
「あの、これは俺が頼んだから悪いんです」
助けを求めるヘルトの顔に恐る恐る声をかける。もちろんゲンコツを喰らわないように目は拳にロックオンしている。
「ハァァーー」
これ見よがしに溜息をつかれる。
「街の近くでここまでやったらギルドに報告しないといけないよ。強い魔物が出たと思われちまうからね。アンタもついてきてもらうからね」
「はい」
頷くしかなかった。
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