ただひたむきに
「あーー、マサトシさんこんな所にいたんですね! 」
元気な声が響いた。余りにも大きな声にギルド中の人間が声の出した人間を見て、次に呼ばれた俺の方に顔を向ける。
「えっ! 」
大音量攻撃に対し、一瞬脳が混乱し現状が正しく認識できなくなる。
……なんだ、なんでみんなこっちを見るんだ。恥ずかしいじゃないか。この状態からいち早く逃げだそうと席を立ち出口に向かうと、再び声をかけられる。
「どこいくんですかー。待ってくださいよー」
大声の主がこちらに向かってかけてくる。やめてくれよ、みんながこっちを見てるじゃねーか。俺は今から人知れずこの街から出ていく予定だってのに。
「えーーと、何か用かな、君たち? 」
駆け寄ってきたのは一人でなく五人組の男女だった。どこかで見た覚えがあるので記憶を探ってみると一日前の記憶がヒットした。
「たしか、ミゲルだったかな」
今日の経験が濃密過ぎて、忘却の彼方に押し流されたものを拾い上げる。つい先日訓練をしてあげた子達だ。
「そうです。覚えてくれて光栄です」
距離が縮まっているのに音量が変わらない。耳が痛いし、注目が集まるから勘弁してほしんだが。
他の子たちはそれが分かっているようでミゲルたちの後ろで頭を下げている。
「今から時間ありますか? 」
ないよと言いたいところだが、何をするのかと聞かれ、街から出ていくなんて言えない。ミスリルランクが出ていくなんて言ったらそれこそ騒ぎになりかねない。人知れず姿を消さないといけないのに。
困ったぞ、ミゲルがなんだかキラキラと目をしているし、面倒なことになりそうな気がする。
「暇じゃないといえば、暇じゃないかなー」
ちょうどいい言い訳もすぐに思い浮かばず、目を逸らしながら、あいまいな返事をして気分じゃないと相手が察してくれるといいんだが……
「暇なんですね。でしたらお願いがあるんです」
暇なことは察してくれたが、付き合う気がないことは察してくれなかった。
「……なにかな? 」
できれば簡単なことであってほしいと祈りながら聞くことにする。
「また訓練して欲しいんです。あの後みんなで反省会兼特訓をしてダメだったところを直したんです。その成果を見てほしくて」
言うように、あれはは酷かったからな。それを直そうとするのはいいことだ。
「それって俺じゃないとダメなのかな」
でもそれに付き合っている時間はないんだよな。早く出ていかないとロイーヌが探しに来るかもしれないし。
「ヘルトさんは別の人を指導してますから、もう一人の憧れのマサトシさんに見てもらいたくて」
まっすぐ俺を見てくるミゲル。その視線に居心地が悪くなり、明後日の方向を向く。
「お願いします。少しだけでいいから相手してくれませんか」
ミゲルが頭を下げるのにならって後ろの四人も頭を下げる。
――こいつらも孤児院の子供たちと一緒なんだな。俺の本質に気が付かないで上辺だけを見て勘違いをする。信じたいものだけを信じると言ってもいいかもしれない。
今の俺はこいつらが思っているようなカッコイイ存在じゃない。敗北を重ねて心が折れかけている負け犬に過ぎないのに。正直言って重いんだよ、つい最近まで何のとりえもないただの高校生だったんだぞ。それなのに、それなのに皆が身に過ぎた重圧を押し付けてくる。崩れ落ちて倒れそうだ。
「さっすがミスリルランクだな。ずいぶんと慕われてるじゃねーか」
そんな心境を知らずに冷やかしが飛んで来る。
声の大きさのせいでギルド内の全員の注目を集めたために、やり取りは聞かれてしまっている。冒険者がミゲルたちの行為を微笑ましく、かつ眩しそうな目で見ている。
かつて理想を掲げ、情熱に溢れていた若き日を懐かしむように。最初は持っていたが、時間と経験を重ねるにつれ現実と己が力を思い知り捨ててしまったかつての自分を重ねている。口には出さないかもしれないが彼らの多くはミゲルを応援しているのだろう。
そんな優しい雰囲気が充満している中で、俺だけがつれなく頼みを断ることなんてできるだろうか。いや無理だ、そんなことをしたら失望されるのが目に見えている。底の浅さを自覚した今でも、一度得てしまった賛辞と尊敬を手放すことができないでいる。そのせいで苦しんでいるのだと分かっている。だけどこれはずっと望んでいた物なんだ、だから簡単に捨てられる訳がない。
「わかったよ、少しだけだぞ」
そんなジレンマに苛まれた結果、何も決めることができずにこれが最後なんだから、これが終わればもう演技をやめればいい。そうして答えと保留にしたまま頼みを引き受けることにした。
そうしてを引き連れられて訓練場に降りてきた。
「よーし、お前ら今度は無様な姿を晒すわけにはいかないからな。打ち合わせ通りいくぞー」
ミゲルたちは円陣を組み気合を入れている。見るからに体育会系のノリだ。肌に合わないがこれが最後なんだから付き合ってやる。
「やあマサトシ、君も新人の面倒かい」
複雑な心境を飲み下せないまま円陣を眺めていると不意に肩を叩かれた。気配もなく背後に回り込まれたことに驚き見っとも無く飛び上がる。
「なんだ、ヘルトか。びっくりさせないでくれよ」
振り向くとそこには茶色の短髪の青年がアイドル顔負けの笑みを浮かべていた。
「戦闘以外も気配に敏感じゃないと不意打ちは防げないよ」
俺とは異なる純正の天才が善意のドバイスをくれる。
「お、おう、ありがとう」
今は彼が遠くに感じてしまう。昨日までは差はあれ手が届く場所にいて目指すべき相手だったのに。
「ヘルトはもう指導は終わったのか」
「まさか休憩中だよ。今日もミゲル君達なんだね。」
ヘルトが円陣を見やる。その表情は他の冒険者とは異なり羨むようだった。
「いいよね、ああやってみんなで何かを頑張るって」
どうやら俺とは真逆の感想を抱いているようだ。彼の場合は才能が突出しすぎていて努力を必要としてこなかったからこそのだろう。
「わかんねえな、その気持ちは……」
俺も人生で本気で何かを頑張ったことなんてなかった。それは当然する必要がなかったからじゃない。必要性はいくらでもあったさ、でもしてこなかったのはただの怠惰からだ。だからこそ本音を言えば何かを頑張るなんて反吐が出るほど嫌いなんだ。お前とは努力しない理由が正反対なんだよ。
「おい、ヘルト! そろそろ休憩終わるぞ」
訓練場の端からミゲルにも劣らない声が響く。大声ながら女性らしさを失わない心地よさを含んでいる。
「おっと、メディが呼んでるや。じゃあね、頑張って」
俺の心をささくれ立たせてヘルトは去っていく。衝動的に地面の石を小突く。しっかりと肉体強化された足で蹴り飛ばされた石は勢いよく飛び、壁にぶつかり砕けた。それでも一向に心は晴れない。
「マサトシさん準備できました。ご指導よろしくお願いします」
打ち合わせが終わったようで一列なり一礼する。
「どこからでもかかってこい」
大人げないかもしれないがこいつら相手に無双して憂さ晴らししてやる。そうれば無くした自信を取り戻せるかもしれない。まだまだやれる、負けたのは相手が悪かったんだ、そう認識して再スタートしよう。
前回と同様に空間把握、気配感知を発動させ全員の動きを髪の毛一本に至るまで読み取る。
「いくぞ、みんなまずは作戦その一だ」
ミゲルの掛け声で他の四人が散らばり俺を等間隔で取り囲む。
位置取りを済ませ一呼吸置くと前衛の三人が突撃してきた。正面、右後方、左後方からの同時に襲い掛かってくる。それぞれが顔に、胴に、足に狙いを定めて手の持った武器を突き出してくる。
これまでの動きに無駄なものはなく、攻撃してくるときに声を出したり、味方の射線に入り邪魔をすることもない。反省をしたってのは本当らしいな。
三人の襲撃にある僅かな隙間を見抜き、滑らかな足さばきで回避行動をとろうとする。
「今だ、ルイス、アンセン」
動くために重心を傾けた瞬間にミゲルが合図を出し、後衛二人が矢と魔法を放つ。
「チッ! 」
放たれた先は俺が移動しようとしていた地点だ。このままでは到着と同時に撃たれてしまう。こいつらの攻撃を受けたところでダメージを受けたりはしないだろうが、ガキに動きを誘導されて当てられたなんて格好がつかない。なんとしても躱してやる。
体が傾き、方向転換が不可能な状態から足に魔力をため放出する。
別方向の力が加わったことにより移動方向がずれる。そして半歩分ずれた地点に足をつき、すぐ横を矢が通過した。
「ああー、おしい」
外したアンセンが無念の声を上げる。
結構ぎりぎりで危なかったな。油断していたわけじいが、相手をなめていたことは確かだ。気を引き締めていこう。
「さっすが、マサトシさん。この作戦は自信があったですけどね」
ミゲルからは悔しさは微塵も見えず、嬉しくてたまらないといった表情だ。目が眩むような無邪気な表所が目に映る。
それを見るとなんだかイライラしてくる。
こいつははっきり言って凡人だと思う。なにか特出すべき点はないどこにでもいる平凡な存在、まさにこの世界に来る前の俺と同じような。それなのにどうしてこんな顔をできるんだろう。
「でもまだまだ作戦はありますよ」
才能という生まれ持った格差があるにもかかわらず、そんなものを気にせずにひたむきに進み続ける。
「かかってこい」
それに腹が立つ。どんなに頑張っても超えることができない存在があって、自身に見合った生き方をしないといけない。その領分を犯して分を超えた世界で生きていこうとすれば違いに絶望して惨めになる。それを教えてやりたくてたまらない。
「お前ら、今日はマサトシさんに一撃くらわせることを目標にするぞー」
だからこそ本気で相手してやる。お前らがどれだけ頑張っても無駄だってことを教えてやる。住んでいる場所が、見えているものが、格が違うって心に刻み込んでやる。手加減は一切しない、重症にならない程度に痛めつけてやる。
そこからは一方的な暴力にすぎなかった。一切の隙を見せず高速で動く。常人では目で追うことのできないスピードに対しては動きを読むことも、誘導することも無意味だった。
ミゲルたちが練った作戦、戦闘の工夫をことごとく力尽くで蹂躙していく。力を見せつけるようにわざと策にかかり強引に避ける。
武器が当たる瞬間に背後に移動し小突く、魔法と矢は視界に入れることなく認識し最小
で躱す。そんなことを幾度となく繰り返す。
「まだまだー、もう一回お願いします」
それでもこいつのやる気は一向に萎える気配を見せない。骨折などはしてはいないが、小さな擦り傷、切り傷は体中を覆い、服は出血で滲んで赤く染まっている。時折痛みを思い出したように顔をしかめるが、すぐに明るい表情に戻る。
俺との力の差が理解できないわけではないのだろう。むしろ長引くにつれはっきりとわかってくるはずだ。
それなのに顔の明るさはいっそう強くなる。まるで挑むべき相手が大きければ大きいほど燃えるとでも言うように。だからこそ俺の怒りも大きくなる。木剣を握る手に力が入り、攻めが苛烈になる。
「まだだ。もう一回」
吹っ飛ばされてもすぐに立ち上がり駆けてくる。すでに仲間は疲労で息切れをしながら倒れている。そんな状況では策は練ることなどできず、今では愚直な突撃を繰り返すだけになった。それをいなすことなんてチート能力を使うまでもなく容易かった。
「もう、……一回」
そのまま前のめりの倒れたミゲルが口に入った土を吐く出しながら立ち上がる。
「まだ……、です」
しかしミゲルは止まらない。疲れでまともに上げることができない腕を無理に振るってまた転ぶ。
「ま、だ、……でき、ます」
剣を支えにして起き上がる。
なんなんだよ。こいつは。もういいじゃねーか。十分頑張っただろ。もうわかったはずだろ、俺とお前の間にある差の大きさを、溝の深さをだからさもういい加減……
「もう……、いっかい……」
折れてくれよ、頼むからさ。倒れといてくれよ。もうあきらめてくれよ。お前じゃ俺にはなれやしないんだから。
――折れろ、折れろ、あきらめろ。
「ッ、いい加減に、しろやーー」
切実で真摯な祈りを込めながら攻勢にでた。迫り来る敵を忌避し、遠ざけるための薙ぎ払いは的確に胴を捉え吹き飛ばした。
「……あっ」
まずい、振り抜いた瞬間に力を入れ過ぎていたことに気が付いた。
飛ばされて地面に二回弾んだ後に止まったミゲルに駆け寄る。
「回復魔法をかけてやるからな」
寝ているように目を閉じているミゲルに魔法をかけてやるとすぐに目を覚ました。
「大丈夫か」
「やっぱり、スゲーや」
目が合った瞬間にミゲルは呟く。
「幸せだな。こんなすごい人が身近にいて本気で相手してくれるなんて」
嬉しそうに、誇りだかく。仰向けに倒れたまま自身の幸運を噛みしめる。
「俺の目標はやっぱり間違ってない。今は無理でもいつか追い付いてみせます」
目を逸らさずにされた宣言を聞き、心の中にあった黒い靄が晴れ、羞恥の呵責が満ちていく。
ミゲルの目を見ていられなく、顔をそむける。
俺は……何をやっているのだろう。自分があきらめたからといって他人にもそれを強要しようとする。自分勝手な劣等感を他人に押し付けているだけじゃないのか。
だけどこいつはあきらめなかった。自分ができないことをやってのけるのが悔しくて駄々をこねるみたいに足を引っ張ろうとした。いったいガキなのはどっちなんだ。
「また指導してくれますか、ってマサトシさんどこ行くんですか? 」
余りにも恥ずかしくて、こんな自分を見せていたくない一心に駆けだす。わき目も振らず逃げ出した。
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