敗北の後に
「どこだ、ここ? 」
意識が覚醒して最初に視界に入ってきたのは掃除されているが、シミがこびりつき黒ずんでいる天井だった。
なんでこんな所で寝てるたんだっけ。記憶が曖昧だ。ここで眠るまでのことを思い出そうとした時、横から元気な声が聞こえてきた。
「あーー、マシトシにいちゃんが起きたー」
寝たまま顔を横に向けてみれば、子供たちがこっちを見ていた。遊んでいた途中だったらしく、木刀を手に持っている。
この子たちは孤児院で俺が遊んであげた子たちだ。
「ここは孤児院か」
少し落ち着いて周囲を見回すと、ここは先日まで依頼で世話になっていた場所だ。
でもどうしてここに? 再び天井と向き合い考える。俺は確か今日依頼を受けにギルドに行ったはずで、それから……
今日起きた時を起点に記憶を辿っていく。すると、凶悪な顔のクマが突如顔を覗き込んできた。
「うぉ! 」
食べられると思い、飛び起き身構える。するとその獣は髭に隠された口を動かし唸りを上げた。
「なんでそんな驚くんじゃ」
子供なら聞くだけで泣き出してしまうような声が人語として意味を発していることに気が付いた。というか、この声を俺は知っている。
「なんだ、おっさんか。驚かさないでくれよ」
いきなりそんな顔を出して来たら誰だって恐怖を覚えるに決まってるだろ、と思うがそれは言わないでおこう。本当に食われねん。
「全く、せっかく気を失ったお前さんをここまで運んでやったというのに失礼な奴だ」
髭をしごきながら憮然とした表情をするが、そんなことに気を使っている場合ではなかった。気を失っていただと、それで記憶が曖昧なのか。気絶してから起きた直後はそうなるらしいからな。
「どうして俺はそんなことに」
そうなると新たな疑問が出てくる。何があってそんな状況になったんだ。
「さあな、わしはただお前さんを背負って歩いているロイーヌちゃんを買い出し中に見つけたから、代わってここまで運んできてやっただけじゃ」
ロイーヌ、その名前を聞いた直後途中で切れていた糸が一気に結びつき記憶が繋がった。
朝街から出たらフレイヤとかいう女騎士にロイーヌが殺されたことも、そこから時間遡行をして、逆方向に逃げようとしたら同じ日本人のムラナカに出会い見っとも無く敗北したことも。
「ロイーヌは無事なんですか」
背負っていたってことから重症ではないだろうが、軽いケガならしてる可能性もある。
――そう考えると胸に鈍い痛みが走る。
「一切傷はないぞ。今はお前さんに食わす料理を台所でつくっちょる。ちゃんと礼は言っておくんだぞ」
それを聞き安堵した俺を見て、おっさんは部屋から出ていく。そういえばおっさんに礼を言うの忘れたな。次に顔を見たらしておかないとな。
おっさんが出ていくのを見計らうように子供たちが俺の寝ている布団に群がってきた。
「ねえー、今日はどんな魔物と戦ってきたんだー? 」
「ゴブリン、オーク、フォレストウルフ? 」
「バッカ、マサトシにいちゃんはミスリルランクなんだぜ、そんな雑魚相手にしないぞ」
「そーだよ、ギガースとかベオウルフみたいなやつだよ」
子供たちが思い思いに質問を口にする。どの子も瞳を輝かせ俺が語るだろう冒険話を心待ちにする。
――まただ、こいつらの顔を見るとまた胸に痛みが広がる。
身を捩るほどの激痛ではないし、病気の時のような体の内部から苦しめるような痛みでもない。ただ喉に刺さった小骨みたいに気になりだすとそればかりに意識がいく不快なものだ。
これが精神的な苦痛からくる心因性なものだってことはわかる。つまり罪悪感、ばつが悪いんだ。
こいつらは俺がすごい人間だと思って、憧れ、羨望している。
なのに事実は敵対してきた相手に為す術なくやられ、自分の想いがどれほど矮小で空虚なものかを思い知らされ、結果ここで転がっているに過ぎない。
子供たちの前で無様な姿を晒すわけにはいかないので堪えるが、余りにも情けない現状に泣きたくなってくる。
「僕も大きくなったらヘルト兄ちゃんやマサトシ兄ちゃんみたいになるんだ」
「僕も、僕もー」
「ねえー、ねえー、早く聞かせてよー」
そんな心情を知りもせずに誉めそやす。全員が尊敬のまなざしで見て、憧れる。
――これは欲していたモノに間違いない。だけどどうしようもなく居心地が悪い。こいつらが求めていたモノを寄越せば寄越すほど惨めになっていく。
子供たちが思う理想像と現実のギャップが今はあまりにも大きく感じてしまう。
違うんだ、そうじゃないと叫びたい衝動に駆らるのをどうにかして抑え込み、自分でもぎこちないと分かる笑顔を浮かべる。
「仕方いないなあ、ちょっとだけ話してやろうじゃないか」
だけどクズな俺は手に入れたものを手放すことができずに、嘘を塗り重ねる。皆に失望されるのが怖い。本当はたいした奴じゃないって侮蔑の眼差しを受けるのが耐えられない。せっかくチートを手に入れたのに、どうしようもない本来の姿を晒したくない。
「今日は森の奥でな――」
だからこの子供たちが思い描いている理想像をでっちあげ語る。いや、それを求めているのは俺だ。ずっと希求し、考えていた物だからその理想像がするであろう行動と結果を口に乗せる。
気持ち悪い。口から言葉を吐くたびに腹の底に黒いものが堆積していき、渦巻き暴れる。吐き気高まり何もかもぶちまけたくなってくる。
「すげー」
「さすがマサトシ兄ちゃん」
「カッコイイ」
だけど望まれている姿を演じ続ける。一度嘘をついたら途中で投げ出すことなど許されない。嘘を覆い隠すために嘘を重ね、自分を虚飾し覆い隠す
「じゃあ今日はここまでな。用事があるから出てくるよ」
そんな状況に耐えられなくなり逃げるように部屋から出ていく。
「ふぅーー、何やってるんだ俺」
ドアを閉めたところで大きく息を吐く。それで腹の中でうごめいている感覚は多少は緩和される。
「これからどうしようかな」
おっさんの話ではロイーヌが台所で料理を作っているらしい。顔を出して無事を知らせるべきなんだろうが……
「どのツラさげて会いに行けってんだよ」
時間を巻き戻してまで、もう傷ついてほしくないと願っていた相手なのにやり直しても結局なすすべなくやられてしまった。こんなザマで何が守るだ。
ロイーヌは時間が戻る前の殺されたことは覚えていないだろうが、だからってなかったことにしていいはずはないだろう。そんなこと俺自身が許せない。
「外に行くか」
気まずさと、申し訳なさと、こんな自分を見せたくない自分勝手な気持ちから見つからないように隠れながら孤児院から出ていくことにした。
「まっ、知ってる場所なんてここしかないんだよな」
孤児院を後にして来ていたのはギルドだった。この世界に来て間もないから知り合いなんて少ないし、選択肢はここしかないんだよな。
ギルド内にあるテーブルに着き、何をするまでもなく椅子に座って茫然とする。
「これからどうしようかな」
フレイヤが街の中にやってくる可能性も考えたがあいつの仲間であるムラナカとネーションに負けた以上それはないと考えている。
あいつらの目的が俺の命だったのなら生きているはずはないし、その他のことが目的でも拘束なり拉致なりするはずだ。
ムラナカは元の世界に帰るために想像の力がいると言っていたがあくまでそれはあいつ個人の目的であってレべリオンズという組織の目的ではないと言っていた。
「力を試したってことかな」
フレイヤと戦っていてたびたび感じたこちらを観察するような視線。想像をどこまで使いこなしているか測っている印象。どれもそれで納得がいく。それ以外に気絶した相手を放置して去っていく理由なんてないだろう。
「とはいっても、いつまでもここにいるって訳にもいかないよな」
今回は引いてくれたがこれで終わりではないはずだ。あいつらはまたやってくるだろう。その時にロイーヌを巻き込むわけにはいかない。
奴らは俺を殺すつもりはなかったようだが、フレイヤがロイーヌを手にかけたことからわかるように、俺の力を引き出すためなら手段を問わないはずだ。むしろ積極的に狙いにくるかもしれない。
「一人で出ていくか」
近くにいたら危険に巻き込んでしまうだけだ。あいつらからロイーヌを守るには力がたりないと今回の件で痛感してしまった。
彼女をゴブリンから助けたことがずいぶん前に感じる。異世界に来て初めてあった現地人が超絶美少女だったのは運命だと思ったんだが離れるしかないな。
胸に寂しさと、悔しさと、自己嫌悪が去来し腹の底に堆積していく。
「そういえば……」
どうしてそんな美少女に対しての俺の気持ちがはっきりしないんだろう。フレイヤに問われた質問、ロイーヌは俺にとっては何のか。なぜそれに対して答えることができなかったんだろう。第六感で考えることを拒否してしまったがなぜそんなことになったんだ。
ロイーヌは間違いなく出会った女の人の中でダントツ一位に顔も性格もよく、仲間としての能力も申し分ない。これ以上求めるものはないはずなのに、問答無用で好きだと答えられるはずなのにそれができなかった。
それはなんでなろう。完璧過ぎて俺じゃ釣り合わないとかどこかで考えているからかな。
「まあ、もう考えても遅いか……」
一人で街から去ると決めたんだし、今更ロイーヌへの思いをはっきりさせても意味はないよな。
「礼儀に世話になった人へ別れ手紙でも残しておくか」
ロイーヌにブーゼおっさん、ヘルト当たりには書いておく必要があるよな。手紙なんてレトロな物を現代人である俺は書いた経験はないが、ありのまま思っている謝罪と感謝を書けばいいだろう。
そのためには紙と書くもの、それと届けてくれる人を確保しとかないとな。紙とペンは確かそこらへんで売っていたはずだ。配達人もブロンズランクの依頼であったからギルドに頼めばいいだろう。
そう考え席を立ったところで
「あーー、マサトシさんこんな所にいたんですね! 」
元気な声がギルド中に響いた。
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