前虎後狼
女騎士フレイヤがいるであろう西門を避けて、東門から出た俺たち前に二人の人間がいた。
「分が悪いと思ってたが賭けは俺たちの勝ちみたいだな」
「そうね、フレイヤにはどんな罰を受けてもらいましょうか」
仲良さそう会話を交わす男女。男の方は逆立った黒髪に黒目、女の方は幼い体つきにエメラルドの瞳、金髪から飛び出しているのは長くとがった耳だ。
「エルフ……」
地球人、すくなくとも日本人なら共通のイメージとして持っているであろうエルフだ。
「はっは、ほらなやっぱり言っただろ」
「興味深いわね。本当にヨシトの故郷にはフェイル族と似た存在がいるみたいね」
今の呟きのどこが面白いのかわからないが男の方が笑い出した。
「いんや、実際にはいないがなんつーかな、創作上の存在でさ」
「偶然の一致ってやつかしら」
俺のことを置いてきぼりで雑談をしている。こいつらが何者かはわからないがフレイヤのことを知っていることからあいつの仲間だと判断できる。
だったらやることは一つだ。
隣にいるロイーヌに顔をよせ耳打ちする。
「三つ数えたら全速力で走ってくれ」
危険だと分かっているのに突っ込んでいく必要はない。君子危うきに近づかず、三十六計逃げるにしかずだ。腰抜けと馬鹿にするならすればいいさ、ロイーヌを守れるならそれでいい。
「えっ、うん、わかった」
声の大きさを合わせて小声で返事をしてくれる。俺の顔からただ事ではないと察してくれたみたいだ。
「それでエルフは森の中に住んでいて長生きなんだよ」
「うーん、フェイル族で向こう側にいった人でもいたのかしら。でも私たちは若い時期が長いだけで長命ってわけじゃないわよ」
「二十年も見た目が変わらなきゃ不老って思われても仕方ないんじゃね」
雑談のほうに意識がいっているらしく、打ち合わせはばれていないみたいだ。
「一、二、三、今だ! 」
腰まである長い髪を置き去りにして駆け出し、それについていく。
ロイーヌは魔法主体で戦う後衛なので身体能力は高くない。スキルで身体強化をしている俺からしたら遅くてもどかしくなる。それでも置いて行ってしまう可能性があるから前を走るわけにはいかない。
「うおっ、ターゲットが逃げたぞ! 」
「あら、何もしてないのにずいぶん勘が鋭いじゃない」
後ろから声が聞こえてくるが気にしている暇はない。わき目もふらずに逃げるだけだ。
「悪いわね。逃がすわけにはいかないのよ」
地面を蹴った足が前に出なくなる。それどころか後ろに引きずられ、体は前につんのめり不格好に転倒する。
「マサトシ! 」
「いいから逃げろ! 」
倒れたことでロイーヌが足を止め振り返る。俺に構わないで先に行ってほしいが意思は伝わらない。
「なんなんだよこれ」
太い蔓が土からはい出し右足に巻き付きついている。それは獲物を絞め殺す蛇のように足首を締め上げる。どれだけ引っ張っても千切れる様子はない。
「無駄よ。力でどうにかなるものじゃないわ」
蔓を相手に格闘していると二人組が近づいてきていた。先ほどまでの弛緩した空気はなくなり真剣な表情だ。
「ちと厨二臭えが、やりあう前に名乗りを上げるのがうちの決まりでな。
レベリオンズ序列第十位、否定者ムラナカ・ヨシト。この二つ名はオレがつけたわけじゃねーから勘違いすんなよ」
「同じく第九位,大地の使者ネーション・スタッグよ。よろしくね」
やはりこいつらもフレイヤと同じレべリオンズって組織の人間のようだ。ということは俺の能力も知っていることになる。
「ふーん、それでこれが受核者ね。特別な何かは感じないわね」
ネーションは翠玉色の瞳が全身に這いずり回る。頭のてっぺんから足先まで隅々まで余すことなく検分される。
その目に寒気が走り後ろに下がろうとするが蔓に拘束されているためにままならない。
「マサ――」
「来るんじゃねー! 」
後ろから足音とロイーヌの声が聞こえて来たので怒鳴りつける。この状況ではまた彼女は俺を守ろうとして前に立ってしまう。それじゃダメだ。フレイヤのときと同じになってしまう。
「あら、女の子を守ろうとするなんて男らしいじゃ、なっ! 」
視線をロイーヌに移し目を見張る。
「おい、ネーションどうした? 」
いったい何が見えたんだ。後ろ見ると怒鳴られたことでどうしたらよいか困惑しているロイーヌがいた。伸ばそうとした手が行き先を失っている姿に罪悪感を覚えるが、ネーションが驚愕する要素はない。
「ヨシト、あの娘すごいわよ。まるで魔力の塊だわ」
「ほー、ネーションが驚く量か。さすが勇者様のお仲間ってか」
どうやって見破ったか不明だがロイーヌの魔力量に気が付いたようだ。だがロイーヌに目を付けられたのは困った。隙を見て彼女だけでも逃すことが難しくなってしまう。
「相性的にはオレがその嬢ちゃんを相手にした方がいいんだろうが、悪いが任せるぜ」
「ええ、約束だもの。好きにやるといいわ。それに……」
目が三日月に歪み、悪意を隠し切れない表情がにじみ出る。
「あの娘、とーーっても面白そうだわ」
どうするか考えがまとまらないまま話が進んでいく。黒髪のムラナカって男が俺の相手をするようだ。こいつもフレイヤみたいな化け物なのだろう。また一方的な暴力に曝されるのだと思うと奥歯がかみ合わなくなる。
「ロイーヌには手をだすんじゃねー。二人まとめて相手してやる」
それでも彼女の命が失われた喪失感に比べれば恐怖なんてちっぽけなものだ。俺が二人を相手している間に彼女には逃げてもらおう。
「わーお、カッコいい。でも安心しなさい。手を出したりしないわ。暇つぶしに女同士でお話するだけよ」
スキップしながら動けない俺の横を抜け、ロイーヌの腕をとる。
「ま、待て! 」
こいつの言っていることが嘘か本当か判断が付かない以上二人でいるなんて危険すぎる。
ロイーヌも俺のことが心配なようで離れようとしないがネーションがロイーヌの耳元で何かを囁く。
「ねえ、あなた――」
聴覚は増しているはずなのに何を言っているか聞き取ることができない、が衝撃的なことだったようだ。
囁きを聞いたロイーヌは息をのみ、ネーションを見つめる。
「じゃあ、ここは危ないから離れましょうか」
腕を引かれて離れていく。あの様子からただ事じゃない、行くなと引き留めてやりたい。だけど俺の前にはもう一人の敵がいる。
「おいおい嬢ちゃんのことばっかじゃなくて、自分のことも心配した方がいいじゃねーか。それとも勇者様にとってはオレなんて取るに足らないか? 」
ムラナカは挑発的な笑みを浮かべ一歩近づく。すると足首に巻き付いていた蔓が解け、隠れるように地面に戻っていく。
「立てよ。いつまでも地面にケツくっつけてんじゃねー」
こいつの言う通りにするのは癪だが、倒れたままでは戦うこともできない。
クソッ、拘束を解いたってことは余裕で俺を倒せるって思っていやがるな。見下されている腹立たしさとロイーヌへの心配がないまぜになる。形容しがたい感情が心の中で渦巻く。
ロイーヌの安全を確保するためにできることは何か。俺がしなければならないことは第一にこの男を撃破することだ。だったら覚悟を決めるしかない。
腰に佩いた刀に手をかける。フレイヤのときのように一撃で折れないように
想いを強く持つ。失いたくない、気持ちの根となるものを再確認し折れないようにする。
「おいおい、いきなりおっぱじめる気かよ。お互い聞きたいことがあるんじゃないのか? 」
ムラナカが柄を握った俺に向かって話しかけてくる。武器を持った人間と相対しているのにどこも気負った様子はない。
「馴れ馴れしくするな。お前なんかと話すことなんてあるかよ」
こっちはお前らが敵だってわかってるんだよ。どう繕っても無駄だ。
「つれないな、この世界で唯一の同郷じゃねーか」
「な、なんだと!? 」
同郷といったか。そういえばこっちの世界に黒髪黒目の人間はあまりいない。それに彫の浅い日本人的な顔なんて見たこともなかった。こいつはどっちにも当てはまる。それに名前もムラナカ・ヨシトって……、ムラナカ、村中か!
だったらこいつは……
「日本から転移してきたのか! 」
「やっと気が付いたか。勘がいいと思ったがそうでもないんだな。ちなみにヨシトは善人って書くんだぜ。いい名前だろ」
口角をあげ犬歯をのぞかせる。
俺がいる以上可能性はあったのに他にも転移者がいるなんて考えもしなかった。そして新たな疑問も浮かんでくる。
「どうして日本人のお前がこいつらと一緒にいる? レべリオンズってのはなんだ? 」
全く狙われる心当たりがない。俺がいったい何をしたっていうんだ。そう続く言葉を飲み込み重要な部分だけを問う。
運が良ければ話し合いの末に同郷のよしみで見逃してもらえるかもしれない。そんな淡い希望が出てくる。
「目的ねえ、ボスが最終的に何を目指してんのかわかんねえんだよな」
息をつきながら空を見上げる。嘘をついている様子はなく、わからないにこと対するあきらめがうかがえる。
「だったらなんでお前は訳も分からない組織に属している? 何か弱みでも握られているのか」
だったら状況次第で仲間に引き込まれるかもしれない。弱みが何かわからないが俺が解決できる可能性があるからな。
「早とちりすんなよ。組織の狙いは知りやしねえが、オレ個人の目的はあるんだよ」
犬歯を下唇に乗せ、眼光を鋭くする。
牙を向けられている気分になる。
「オレはなあ、帰りてえんだよ。元の世界に、日常にな」
ぶつけるように声を放つ。心の底からの願いであることが伝わってくる。
そして俺を指さす。
「意図的に次元を穿ち、任意の場所に繋げる。そんなことができるのはお前の持っている力だけだ。だから奪う」
「なん、だと……」
想像を奪うだと。
「ふざけんな! そんなの認められるか! これは俺の力だ。どうしてお前なんかに渡さないといけないんだ」
想像はこの世界で俺が俺であるための力だぞ。弱点があることはわかったがそれでも並みの相手だったら簡単に捻れる。なくなるなんて考えただけで戦慄
が走る。
「なあ、この世界は楽しいか? 」
憤る俺に向かって唐突な質問が飛んでくる。それだけの行為で二人の間にある温度差を感じてしまう。
脈絡のない問いに一瞬意味を考えるが答えなんて決まっている。
「決まってるだろ。元の世界にいたんじゃ得られないものが手に入るんだ。最高だよ」
日本にいたままじゃ一生平凡なままで終わると確信できるモノクロな人生が色鮮やかに変化したんだ。幸せの絶頂と言ってもいいさ。
「あーー、やっぱりお前はそっち側の人間か」
呆れたように頭の後ろをかく。だけれども眼光はより険しく、鋭利になっていく。
「だったらよ」
ムラナカの背後が一瞬揺らぐ。気のせいと片付けてもいいほどのわずかな時間だが何かが起こると確信できる。
「遠慮する必要は一切ねーな! 」
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