回帰、されど戻らないもの
深い水底から太陽を眺めているみたいな、音が遠くて、光が揺らめいている。肌に感じる温度は冷たくて暖かい。いつまでもここにいたいと思ってしまうほど心地いい。
どうしてこんなところにいるのだろう。そんな当たり前の疑問が出てくるまでにしばらくかかってしまう程に気持ちよかった。
何が起こって揺蕩っているのか、記憶を発掘していく。
確かロイーヌの魔力が回復したからギルドに行って、そこでヘルトとメディさんに会った。その後、依頼を受けた街から出てそこで、そこで……
鈍い痛みが頭に走る。これ以上は思い出すな、防衛本能が警告を出す。一方理性が思い出せと悲鳴を上げる、両者が鬩ぎあい頭痛が激しくなる。
それも僅かな時間だった。理性に耳を貸すと決めると痛みは引き、いっそう思考が明瞭になる。
そうだ! そこでフレイヤとかいう女に会ったんだ。あいつは想像のことを知っていて、他にも訳の分からないことを言っていた。
戦闘で圧倒されて、俺の本気を出すためにロイーヌを……
「ロイーヌ! 」
もがく、意味があるかわからないが動かずにいられない。俺のせいでロイーヌは。
もう一度会いたい。こんな場所で溶けている場合じゃない。
意識を強く持つと、何かに体を引き上げられる。急激に上に加速していくのに慣性を感じない。光だ徐々に近づいてくる。まぶしいはずだが目を閉じたくならない。
紙を突き破った時のような微かな抵抗の後、水面から上がったみたいに全身が軽くなる。眩い光が視界に広がる。
「うん、魔力も全快したしバッチシだよ」
光が消え、視界に移ったのは微笑んでいるロイーヌだった。吸い込まれそうな瞳を俺に向け、桜色の髪を朝焼けに染めている理想の女の子がそこにいた。
「ロイーヌ! 」
衝動的にその体を強く抱きしめる。どうやら死んでしまったようだ。あれだけ血を流していたのだから不思議ではないな。ということはここは天国か、本当にあるんだな。
「ごめん、俺が無力なせいで」
腕の中にいるロイーヌに謝罪をする。恨んでいるかもしれない、でも許してほしい、君に憎まれるなんて死ぬよりもつらい。
「わわっ、マサトシ急にどうしたの。みんな見てるよ。恥ずかしいよ」
バタバタと暴れ出す。思いのたけを込めた謝罪に対してあまりにも軽々しい反応に拍子抜けする。
そもそもみんなって……
「おうおう、勇者様は朝っぱらからお盛んだねー」
「うらやましいぞマサトシ」
「ロイーヌちゃんがとられた。チクショウ」
冷やかしプラス恨みがましい言葉が聞こえてくる。なんだこれは。
首を左右に回すとニヤニヤと笑うおっさん、羨ましそうな中年冒険者とそれに付き従う若手冒険者がいた。
この人たちの名前は知らない。でも顔は知っている。ローランの人たちだ。ここにいるってことはこの人たちも死んだのか。
「もおー、いきなりこんなことされたらびっくりするでしょ」
腕を振りほどき人差し指を突き付ける。膨らました頬はピンクに染まり羞恥を隠すために怒っているのがわかる。いきなりじゃなかったらいいのかよ。
周りの反応の違和感にようやく置かれている状況を確認しようと思いやる。
「ロイーヌ、体は大丈夫なのか」
「うん、問題なし。いくらでも戦えるよ」
細い腕を曲げて力こぶをつくろうとしているが、できていない。
おかしい、心臓を貫かれたはずなのに平然としている。息絶える直前で回復魔法を使って助かったのか。そして俺をローランまで運んできた。
いや、フレイヤとの戦いで魔力を使い果たしたはずだ。魔法を使える状態じゃなかったのは確かだ。
「フレイヤはどうした? あいつはどこにいった」
キョトンと首を傾ける。
「フレイヤ? 誰なの」
質問の意味が分からないみたいだ。さっきまで戦っていた相手だぞ。忘れるわけがないだろ。
「さっきから寝ぼけてるの? しっかりしてよ、今日から依頼受けるんでしょ」
えっ!? 今日から依頼だと。どういうことだ? 俺たちは依頼を受けて街から出たところでフレイヤに出会ったはずだ。
夢でも見ていたのか。ないな、夢の記憶ならばおぼろげで細部まで覚えていないはずだ。はっきりと思い出せる。フレイヤの顔も、切られた痛みと熱も、ロイーヌを傷つけられた時の怒りも明確に思い返せる。
現実が分からなくなってきた所で一つのセリフを思い出した。
『それの真の力は想いの力だけで森羅万象を塗り替えあらゆる理不尽、不条理を体現することだ。世界を変える力といってもいいな』
あいつの言葉だ。ロイーヌが殺されたとき俺は何を思った。現実が認められなく拒絶した。とてつもなく強い意志をもって。
やり直したいと願ったのではないか
その願いを想像が叶えたのか。この世界に転移してきてスキルを多数作ったとき時間を操作するスキルは作れなかったはずだ。それは願いが足りなかったからか。
不条理であればあるほど強い想いが必要ならば理屈は通る。
さて、ここからの行動を考えよう。時間遡行をしたのだとしたら、同じ行動をしたら行き着く結果は同じになってしまう。
それはダメだ!
一度起きた奇跡が二度目も起きる保証はないし、何よりもロイーヌを死ぬのを二度と見たくない。無力感に苛まれながら大事な存在が奪われるのを経験するのはもうごめんだ。
手首をつかみ急ぎ足で歩きだす。
「ロイーヌ、ごめん予定変更だ」
手に確かな暖かさを感じ安堵する。この温もりをもう離したくない。
「ちょ、ちょっと引っ張らないで」
本来向かうはずだった方向とは逆、街の東門へ向かう。フレイヤは西門の外で待ち構えていたが、時間が経てば街の中に来るかもしれない。この街には俺を知っている人間が多すぎる。居場所なんて聞けばすぐにわかってしまう。
その前に逃げよう。ここから出て別の場所に行こう。
「そんなにしたら痛いよ」
手を振り払われる。振り向けばロイーヌが赤くうっ血した腕をさすっている。強く握りすぎてしまったようだ。
「急にどうしたの? 顔色悪いし宿で休む? 」
覗き込んでくる。表情には不安の色が見て取れる。ロイーヌにこんな顔をさせているのが自分だと思うと情けなくなってくる。
「ごめん、でも早くここから出ていかないといけないんだ。理由は言えないが信じてくれ」
未来から戻ってきた。死んでしまうから逃げないといけない。
そんな荒唐無稽なことを言ったらもっと心配させてしまうかもしれない。有無を言わさず強引に連れていくことも可能だが、そんなことはしたくない。
「頼む」
まっすぐに見つめる。それしかできない。
ロイーヌは目を逸らさず受け止めてくれる。
「……いつかは話してくれるんだよね? 」
「機会がきたら必ず話す。今は何も言わずついてきてくれ」
相棒には誠実でいたい。想像の能力のことも全部話して信じてもらいたい。でも今は時間がないんだ。
「しかたないなあ。ついて行ってあげるよ。私たちはパーティだもんね」
しょうがないんだからと、そんな子供に向けるような顔を向けてくれる。
俺のことを信じてくれたみたいだ。
「ありがとう、じゃあ行こうか」
腕を掴んだりせず、二人で並んで歩き出す。
これであいつと出会う未来はなくなったはずだ。まだ完全に安心はできないが当面は大丈夫だろう。次に行く街では有名にならないように気を付けて依頼を受けていこう。名前や冒険者クラスを変える必要もあるこましれないな。
現在のわずかな安堵と未来への不安を抱えながら東門から出ていく。
ヘルトやおっさん、孤児院のガキどもに別れの挨拶ができなかったのが心残りだ。いつかまた会いえると思いたい。
異世界に来て初めて来た街に後ろ髪ひかれつつ、新たな旅立ちを迎えるはずだったのだが……
「あら、こっちに来たのね」
「フレイヤの姉御がこの手の勘を外すなんて珍しいな」
地獄は俺たちを逃してはくれないようだ。
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