フレイヤ・ヘル

「ロイーヌ、準備はいいか? 」


「うん、魔力も全快したしバッチシだよ」


 ヘルトから訓練という名のシゴキに耐え抜いた次の日、ロイーヌの魔力がようやく回復したようなので今日から冒険者としての活動を再開する。

 俺も昨日出来た傷は回復魔法で完治しているので体調は完璧だ。普通に治すなら全治一週間はかかっただろう傷が一瞬でなくなり、筋肉痛さえ残らないのだから魔法って便利だ。


「じゃあ、ギルドに依頼を探しに行こうか」


 二人横に並んで歩く。ミスリルランクの最短記録を塗り替え、街中に顔が知られてしまったようだ。


「勇者じゃねーか。頑張れよ」


「マサトシー、今度飯おごってくれー」


「ロイーヌちゃーん、こっち向いてー」


 こんな風に一緒にいると声をかけられる。やっぱいいな、こういうの。みんなが俺の実力を知って特別視してくれる。元の世界では異世界モノの小説の主人公に自分を重ねていたけど、実際になってみると思っていた以上に誇らしい。


「ふふっ、この世界では俺が主人公か」


 これからは俺を中心にこの世界を動かしてやるぜ。敵を倒す力を手に入れ、社会的な地位と権力を手にして支配してやる。それが異世界転移の主人公の王道だろう。



 声をかけてくれる人に手を振り返事をしながらギルドにやって来た。中に入ると知り合いがテーブルで食事をしていた。


「おはよう、ヘルト、メディさん。今日は依頼か? 」


 挨拶をすると二人は手を止め、返事をしてくれる。


「おはよう。今日も指導さ。まぁ昨日と違ってメディが一緒だから楽させてもらえるけどね」


「コイツは教えるが下手だからな。アタイがフォローしてやらないと根性のない新入りはついて行けなくなっちまうんだ」


 確かにヘルトのような実戦から学べってスタイルでは才能のない人間にとっては辛いだけだろう。

 メディさんは姉御って雰囲気だし、後輩の面倒見はよさそうだ。断然こっちのほうが教官に向いていると思う。


「うっ、だって教え方がわからないのだから仕方ないじゃないか。ロイーヌさん代わってくれないか? 」


「バカッ! なに依頼をサボろうとしてるんだい。そんなことは認めないよ」


 頭をはたかれるヘルト、よっぽど新人指導が嫌みたいだ。

 怒られたことにより拗ねた表情をする。英雄さんは相棒の前ではいつもの凛々しさがなくなり、女の尻に敷かれる男になってしまうようだ。


「私はマサトシと依頼を受ける予定だから代われないですよ」


 俺の相棒は二人のやりとりに微笑みながら断り、ヘルトが残念そうな表情を浮かべる。


「依頼を受けるのかい。だったらオークの討伐依頼があったはずだよ。アンタ達の実力なら物足りないかもしれないが、狩りの経験を積むにはちょうどいいはずだよ。オーク狩りは冒険者なら誰しも通る道だからね」


 さすがは姉御気質、的確なアドバイスをくれる。

 オークか、これもRPGじゃ定番の魔物だな。きっと豚を人型にしたようなやつだろう。


「ありがとうございます。じゃあ、その依頼受けてみます。ヘルトも教官頑張れよ」


 二人に礼と励ましの言葉を送ってから、受付でオーク討伐の依頼を受注しギルドをあとにした。

 ギルドの情報によると西の森に出現したらしい。一日で往復出来る距離にあるようなので野営の準備はしてない。期日は三日間なので今日中に達成数に届かなくても、街に戻ってまた明日行けば良い。




 森に向かうために西門を出てしばらく歩いたところ、街道の真中に一人の人間が仁王立ちで立っている。


「なんだ、あの人」


「誰か待ってるのかな」


 近いづいていくに従いより詳細な姿がわかってきた。

 それは女性だった。長い赤髪を後ろに流し、目鼻立ち、均整がとれた体つき。これだけなら美人な女性なのだが、身を覆っているものと手に持っているものが彼女がどのような存在なのか知らしめていた。


「騎士だ……」


 彼女の身を包んでいるのは碧い金属の上に緻密な装飾が施されている鎧。腰には大粒の宝石が嵌め込まれた剣、左の腕には紋章が描かれている盾を装備している。

 その姿は物語に出てくる女性の騎士そのまのだった。その佇まいは高貴で見ているこちらの背筋が伸びてしまいそうになる。

 彼女の瞳は揺るぎなくただ一点、俺を射抜いていた。


「貴様がローランの勇者と呼ばれているマサトシとやらか」


 凛とした声がまっすぐ俺に向かって放たれる。

 えっ、なんでこの人俺の名前をしっているんだ!? いや、名前は街中に知られているのだからおかしくはないか。だったら俺の噂を聞いてわざわざ会いに来てくれたファンなのかな? 

 騎士みたいだしひょっとしたら仲間にして欲しいとかかな。ロイーヌとは別タイプの綺麗どころが加わるのか。苦労してドラゴンを倒した甲斐があったぜ。


「突然で悪いが武器を手にとってもらおうか少年。実力を見せてもらおう」


 鞘から剣を抜き、俺に向かって突き出す。

 なるほど、仲間になる前にまずは実力が知りたいってことか。いいだろう、お望み通り見せてやろうじゃないか。


「マサトシ」


「大丈夫だよ。ちょっと下がっていてくれるか」


 心配そうに顔のロイーヌに笑いかける。少し躊躇した後、後ろに下がってくれる。

 腰にさしてあった刀を掴み鞘から抜く。これは前回の戦いでドラゴンに歯が立たなかった刀を改良したものだ。より切れ味が増し、強度も大幅に上昇させるために半日かけてイメージを硬め作り上げたものだ。さらには常時魔力を纏い、使用者の意思に従い斬撃を飛ばすことができるようになった。

 切れ味が良すぎて人間相手だと力を入れなくても真っ二つにできてしまうだろうから、その点は気を付けないと。

 ステータスで相手の技能を確認しておこう。鑑定を使おうと意識すると騎士の前に画面が浮かび上がる。



【名前】フレイヤ・ヘル

【種族】人族

【スキル】守護、剣術、……


 いろいろとスキルを持っているようだが気になるのは剣術が守護だな。剣術は俺も持っているからわかるが、守護ってなんだ?


「ほぉ、神眼か。それくらいはできてもらわんと困るがな」


 っ!! 今、神眼って言ったか。それって鑑定のことだよな。俺がステータスを見ていたことに気が付いたのか。どうやってだ? 

 この騎士、結構な実力者なのかもしれない。油断していたらやられるかもしれない。ヘルトレベルの者を相手しているつもりでいこう。

 脇を締め直し、それと共に気を引き締める。


「お互い名前はわかっているが作法に則って名乗らせてもらおう。レベリオンズ序列第八位、守護騎士フレイヤ・ヘル! 我は主の剣であり、盾とである。名誉ある戦いの先陣を切れることを誇りに思うぞ」


 朗々と口上を述べるフレイヤ。一部理解できない部分もあるが、その姿は男の俺から見てもかっこいいものであった。

 これはこっちも返事を返した方がいいのだろうな。


「ミスリル冒険者、久保 匡俊」



 フレイヤは盾を前面に出し、逆の手には剣が握られている。煌々と輝く両眼には俺の姿が映り出されている。まばたきすらしないその姿勢は一部の隙もない。

 彼女が構えた途端に全身を刺されているような錯覚に陥り鳥肌が立つ。


……なんだこの人は!? ただ者じゃない。侮っているのならすぐに終わらせてしまうぞ、と殺気が物語っている。それに当てられ背筋に汗が伝い、悪寒が走る。嫌な予感がする。

 そんな気配を振り払うために頭を二度横にふり、緩んでいた気を引き締めなおす。鞘に納まっている刀に手をかけ腰を落とす。居合の構えだ。油断は一切しない、全力の抜刀術で盾を両断するつもりでいこう。

 鑑定を見破ったこともそうだが、この女は底がしれない。殺さないようにだとかを気にして戦える相手じゃない。


 予言じみた直感に従い全身に力を込める。

 最初から全力でいく。腰を低くした構えたまま一直線にかける。わずか数歩で最高速度に達し、この世界に来てから一番のスピードが出る。

 フレイヤはこの速度を追い切れていないのか構えたまま微動だにしていない。              このまま断ち切ってやる。間合いまで後一歩に達したとこで刀を抜き放つ。移動速度にさらに鞘走りの速度が加わり、切先の速度は音速の壁をすら裂くほどだ。

 最後の一歩で地面を渾身の力で踏み抜き、腕を振り切る。



 ――パリンッ――



 ガラスが砕けるような音が耳に入ると共に、鋭利な破片がいくつか宙に舞っているのが視界に入る。

 その銀に輝く破片は紛れもなく刀だったものだった。高速で振り抜いた得物は盾を断つわけでもなく、そして折れるわけでもなく砕け散った。

 その光景に愕然とする。なんだこれは、意味が分からない。岩も豆腐みたいに切り裂くんだぞ。それに壊れ方もおかしいだろ、砕けるなんて刀の壊れ方じゃない。


「なにを呆けている。隙だらけだぞ」


 起きたことが理解できずに混乱している頭に外部から衝撃が加わる。フレイヤが左手に持った盾を叩き付けてのだと理解した時にはすでに吹き飛ばされた後だった。


「アグッ」


 女とは思えないような力で打ち付けられ脳震盪を起こしたのか、起き上がろうとして体が傾き転倒する。


「どうした、本気でこい。待ってやる、再び武器を作り出せ」


 ……こいつ、刀を想像で創ったものだってことも知っていやがるのか。いったい何者だ。

 フレイヤは言葉通り向ってくるまで何もする気はないようだ。チクショウ、余裕ってやつか。

 歯を食いしばり、両手を地面につけながらも立ち上がる。上等だ、目に物見せてやる。刀がだめならこいつはどうだ。

 片手をフレイヤに伸ばし、脳内では太陽のイメージを思い浮かべる。

 言われた通り馬鹿正直に武器を作って戦ってやる必要もない。俺の戦い方は何も近接戦だけじゃないのだから。秘密の特訓で身に着けた強力な魔法だってあるんだぜ。


「くらいやがれ! 」


 突き出した腕から魔力が引きずり出される感触と共に手から太陽が放たれる。

 火球は周囲の温度を上昇させながら、フレイヤを飲み込もうと迫る。ドラゴンを貫いたロイーヌの火球よりも威力のある魔法だ。くらえばただじゃ済まないはずだ。それなのに……

「フン、剣では勝てぬと見切りをつけて魔法に頼るか。半端者め」


 なんら慌てた様子もなく、迫り来る火の塊をつまらなそうに眺める。表情から読み取れるのは恐慌でも焦燥でもなく、ただの失望の色だけだった。


「ハアァァァアーー」


 火球がフレイヤを飲み込む直前に一喝、たったそれだけで俺の魔法は霧散し、消え去った。


「本気でこいと言ったはずだ。これがそうだというのか」


 お前の力はその程度じゃないだろ、そう目で語る。


 その眼差しに思わず下を向いてしまう。戦闘中に敵から目を離すなどあってはならないことだが、もう無理だ。今の一撃は体内にある魔力を全て込めて放った。魔力切れで倒れそうになるのを必死にこらえている状態なんだぞ。これ以上何を出せっていうんだ。


「まさかこれほどまでに劣化しているとは……、こんな奴に我らが悲願を奪われたと思うと」


 フレイヤは俺の様子から悟ったのか、歯ぎしりが聞こえてきそうな悔恨の声を上げる。そして戦闘が始まってから一歩も動かさなかった足を動かし、俺に向かって歩を進める。


「どうやら貴様はその力の本質に気が付いていないようだな」


 口調を少し荒げながら吐き捨てる。


「本質だと……」

 一歩、一歩近づいてくるにつれ、フレイヤが発する怒りが質量をもって突き刺さり身がすくむ。

 その力だと、やっぱりこいつ想像のことがばれている。いやこの言い方だと俺よりも詳しく知っている。


「それは願いに形をあたえるものだ」


 それは知っている。だからこそ武器やスキルを創りだしてきたんだ。


「だが、それの真の力は想いの力だけで森羅万象を塗り替えあらゆる理不尽、不条理を体現することだ。世界を変える力といってもいいな

 わかるか、たかがドラゴンを殺した程度で悦に浸るなど宝の持ち腐れも甚だしい。貴様が持つには過ぎたものだ」


 吐き捨てるフレイヤに俺は何も言えなくなる。世界を変える力だと……、そんなものがなんで俺に、こいつもなぜそんなことを知っている。これは俺が異世界転移で手に入れたチート能力だ。誰にも言ったこともないのに。

 次から次へと疑問が湧き出てくる。しかし頭が追い付いてこないのを無視してさらに話を続ける。


「だからこそ想いの強さが重要となってくる。曖昧で漠然とした気持ちなどより強い願いを持った者の前には砕け、霞とかす。わかるか? 貴様には熱がないんだよ」


 何か決定的な宣告を受けたみたいに胸にその言葉がささる。


「血がにじむ努力をしたのか、命を賭してでも叶えたい夢があるか? 行動を伴わない、根拠のない想像力など妄想に過ぎないのだよ」


「てめぇ」


 この女、俺の想いを妄想だと言いやがった。余りにも上からの目線にフレイヤをにらみ返す。……いや、にらみ返すことしかできなかった。事実、刀は砕け、魔法は消えさった。フレイヤの言っていることが本当なら、それは想いがこいつに及ばなかったからだ。それ対して言い返すことはできない。


 フレイヤは眼前に迫ったところで足をとめ、今にも倒れそうな俺の首をつかむ。片手で掴まれているのにかかわらず、足が地面から離れ息が詰まる。


「うぐ」


「だから本気になれと言ったのだ。今の貴様では何も響いてこないぞ。」


 魔力不足と酸素の供給が断たれことにより意識が消え去りそうになる。ただこの状況から逃れたい一心で拳をこめかみの叩き付けようとする。


「ぬるい」


 その打撃もあっさりと空いている手で受け止められ、そのまま地面に叩き付けられる。


「ぐはっ」


 背中から落とされ、肺の中にある空気が最後まで絞りでる。急いで酸素を取り込もうとするが、胸を踏みつけられ魚みたいに口を無意味に開閉させることしかできない。


「どうしたこれで終わりか。ならばこのまま死ぬか」


 それを行うのに虫を踏みつぶす程度の感慨しか抱いていない。そんな冷酷な眼差しに見下ろされながら意識がかすんでいく。――やばい、もうダメだ。


「離れてぇぇえーー」


 視界がブラックアウトする寸前、悲鳴にも似た叫び声が鼓膜を叩き意識が一気に覚醒する。

 同時に胸を踏みつけていたフレイヤが横にずれ、瞬前までいた場所を光線が通過する。


「これは、なかなかどうして面白いじゃないか。この私に回避行動をとらせるとは」


 口端をわずかにつりあげ、興味深そうに今の魔法を放った人間をみやる。

 その人物は俺に背を向けフレイヤに相対する。両腕を広げ俺を守ろうと小さな体で精いっぱいの意思表示をする。


「どうしてマサトシにひどいことをするの? これ以上やるなら許さないんだから」


 ロイーヌが一瞬後ろを向き目が合き、笑いかけてくれる。その顔も瞬時に険しいものに変化する。初めて見る怒りの表情だ。


「ほお、許さないか。ならばどうする」


 俺と戦っている時よりも戦意を前面に出し、威圧するように口をゆがめる。


「私があなたをやっつける」


 ロイーヌの両手の指十本から光る糸があふれ出す。

 桜色の髪をなびかせながら舞を踊る。それに合わせ光糸が流れ、敵を拘束すべく伸びる。


「こんなもので、っつ!! 」


 フレイヤが糸を断とうと一文字に振るう。しかしそれは意思を持っているかのごとく剣に対してたわみ数本が巻き付く。それ以外の糸は本体に向かって伸びる。


 縛りつけられた剣を離せば逃げ切れたのかもしれない。だが騎士としての矜持がそれを許さなかったのか、引き抜こうとしている間に全身を絡めとられてしまう。


「チィッ」


「さっきから訳のわからないことばっか言ってマサトシを虐めて、絶対に許さないんだから」


  両手の光がより強烈になり、バリバリと破裂音が響きオゾン臭が立ち込める。

 ……まさか、これって。


「あなたなんていなくなっちゃえぇーー」


 雷鳴が轟き、糸により指向性を与えられた超高電圧が糸の先端にいるフレイヤに流れこむ。

 それは数秒間にわたって続き、フレイヤは悲鳴を上げることもできないのか棒立ちのまま動くこともせずにいる。

 こんな技をくらって生きるなんて不可能だ。ロイーヌのやつなんてえげつない技を使うんだ。助けられたにもかかわらず、相棒を怖いと思てしまった。だがその感情もロイーヌが倒れたことによりすぐに消え去る。


「どうした!? 大丈夫か? 」


 急いで駆け寄ると、ロイーヌは弱々しい笑いを俺に向ける。


「魔力が切れちゃった。……ごめんね、回復したばっかなのに」


 今ので全快した魔力を全て使い切ってしまったようだ。あれだけの大技なら消費する魔力も膨大だろうな。


「謝らないでくれよ。また助けられちゃったな」


 ドラゴンの時もそうだし、ヘルトと戦った時もロイーヌの応援がなかったら負けていた。それに続いて今回もだ。考えてみれば助けられてばっかだな。少し情けなくなってきたぞ。

 毎回こんなテンプレどころかコピペみたいな同じ展開じゃつまらないし、異世界転移の主役としてはどうなんだろうか。悔しいがフレイヤ言われたことは的を射ている。本気にならないと。


「帰ろうか。また回復するまで休憩だ。ほら背中につかまって」


「ありがと、マサトシ」


 前回と違って意識はまだ辛うじて残っているようだが、倒れたことから歩くのは無理だろう。

 フレイヤがなぜ俺の能力のことを知っていたのか、それに奴が最初に言ったレべリオンズとはなんなのだろうか。考えなきゃいけないことはたくさんあるがそれは街に戻ってからにしよう。

 ロイーヌを背負い、来た道を引き返すために後ろを向く。








「どこに行くつもりだ。敵前逃亡なぞ認めんぞ」


 そんな俺たちにありえな声がかけられる。

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