チートvs天才

「えへへ、マサトシ喜んでくれるかな」


 今日はマサトシがギルドに行っているので、私はお弁当作ったんだ。この前の報酬でお金がいっぱい貰えたから、高いお肉買って豪華にしちゃった。

 今はそのお弁当をもってギルドに向かっている。そろそろお昼だしお腹空かしているよね。おいしいって言ってもらえるかな。孤児院でも私の作ったご飯を美味しそうに食べてくれたからきっと大丈夫だよね。

 あの顔をもう一回見たいな。なんだかわからないけどマサトシが幸せそうな顔をしてると胸が暖かくなってくるの。今までこんな経験なかったからこの感情をなんて呼ぶかわからないけど、大事にしたいな。理由はわからなけどそう思うの。

 冒険者の生活ってもっと大変だと思っていたけど、今はとても充実している。これもマサトシのおかげかな。


 そんなことを考えてたらギルドに着いちゃった。あれ、あの人は……


「こんにちは、メディさん」


 先輩冒険者のメディさんだ。確か私たちと同じミスリルクラスだったかな。こんな整った顔立ちで、強いなんてすごいと思うの。


「ロイーヌちゃんじゃないか。そっちもギルドに用事かい」


「うん、仕事中のマサトシにお弁当もってきたの」


 持っている包みを持ち上げる。そんな私にメディさんが微笑ましそうにしている。


「羨ましいねえ、あんたみたいな娘に尽くされるなんて男冥利につきるってもんだ」


 メディさんもこう言ってくれるし、やっぱり喜んでくれるよね。


「ヘルトさんに作って上げたりしないんですか? 」


 孤児院での様子からヘルトさんのことが好きなんだと思うの。その証拠にヘルトさんのことを話題にしたらかおが赤くなってる。わかりやすいな。ヘルトさんは気がついてないのかな。だったら鈍感なんだね。


「不器用だからさ、料理もうまくできなくてね。そんな弁当を出されても困るだろうし、って、そもそもアタイとヘルトはそんな関係じゃないし――」


 あわあわと早口でまくしたてる姿は可愛いな。だんだん小声になっていったから後半の方はよく聞こえなかったけどお料理に自信がないんだね。


「今度一緒に料理しませんか。私でよかったら教えますよ」


 私は恋する女の子の味方なのです。男なんて胃袋を掴めばこっちのもんだと誰かが言ってた気がするし。


「本当かい! いや、別にヘルトにアタイの料理を食べて欲しいわけじゃないけど、やっぱり女としてメシのひとつぐらい作れないとさ」


 そういって空いてる時間を確認して予定をたてた。何を教えるか考えないと。


「おい、訓練場で英雄と勇者が対戦するらしいぞ」


「マジかよ。どっちが勝つか賭けるか」


 ギルドの中から大きな声が聞こえてきた。英雄、勇者、それって……

 メディさんと顔を見合わせる。向こうも驚いてるみたいだ。


「お互いの相棒がなんかやってるみたいだね。ロイーヌちゃん、行こう」


「はい、急ぎましょう」





◇◇◇

 中央で互いに向き合う。俺は木剣を正眼に、ヘルトは半身で木槍を構えている。

 笑みを浮かべている相手に対し、こちらの心中は穏やかじゃない。どうしてこうなった。相手はチートなしに若くしてアダマンタイトまで上り詰めた天才だ。ドラゴン以上の怪物と向き合っていると考えるといかに馬鹿なことをしているかわかる。正直言って逃げ出したくてたまらない。逃げ出したいのだが……


「さあ、君の力を見せてくれ」


 笑から覗く歯が今は獰猛な牙に見える。怪物は獲物を逃す気はないようだ。さらに悪いことにどこからか聞きつけたのか、多くの人が俺たちを遠巻きに囲み集まり、逃げ道を塞いでいる。皆口々に囃し立て、賭けをしている奴らまでいるみたいだ。今さら、戦いなんてしませんよとは言える雰囲気ではない。

 やるしかないのか? やるしかないのだろうな。ええい、俺も男だ。やってやろうじゃないか!

 それにこれはあくまで模擬戦だ。ケガをさせないよう注意してくれるだろう。武器も木製だし、くらっても痛い思いをするだけだ。だったら覚悟を決めようじゃないか。先輩に胸を借りるつもりで思い切って戦おう。


「開始の合図を頼む」


「はーい、俺がやらせてもらいますね」


 皆が遠くから観戦している中、近くにいた新米冒険者達の中でミゲルが手をあげる。その顔はこれから始まることが楽しみで仕方ないと書いてある。

 元を正せばこいつが不用意な発言をしたせいでこんなことになっているのだから、次の訓練があったらしごき抜いてやる。

 俺の中で私刑が確定したとは露も思っていないだろうミゲルは俺とヘルトの間に立ち、右手を振り上げる。

 今のうちに持っているスキルも全開放だ。


「いきますよ。始め! 」


 右手が振り下ろされる瞬間、意識をヘルトに集中する。目の動き、槍先の動き、筋肉の収縮さえも注視し、動きの始動を見逃さない。

 ヘルトの目がが俺の顔から足元、左右に動き、風にそよぐススキのように揺らめく。


 そして次の瞬間、ヘルトの姿は霞とかし霧散する。


「えっ!? 」


 消えた。どこにいった。


 思考が混乱する中、危機感知と気配感知が真横から迫る存在を捉える。ヤバイッ! 確認のために横を向いていたら間に合わない。その直感のみを頼りに体を半回転させながら切り下げる。


 木製の武器がとは思えないような鋭く、甲高い音が響き鼓膜を振るわせる。手に持った剣から伝わる衝撃と、それに伴う骨の痺れに防御が成功したのだと認識する。


 こいつマジかよ。こめかみを狙ってくるとか勘弁しろよ。手に残る痺れから判断して、まともにくらったらただじゃすまないぞ。ケガをさせないよう気を使ってはくれないみたいだ。


「やるね。大抵の相手はこの一撃で終わるんだけどな」


 感心はするがその表情に驚愕の色はない。防御されることを確信していたようだ。ヘルトからしたら、これくらいできて当然と思われているみたいだ。それ過大評価だ、今のだってギリギリだったんだぞ。感知系スキルがなかったら間違いなくやられていた。


「消えたように見えたが、どうやったんだ? 」


 目で負えない程の高速で移動したのか? いや、動体視力だって強化している。それを振り切るなんて、それこそ弾丸を超えるスピードが必要だ。ヘルトなら出来るかもしれないが、今回は違うだろう。証拠に消えてから、攻撃されるまで僅かな間があった。超高速ならそんな間はないはずだ。タネがわからないと対応のしようがない。


「相手の目の動き、意識を誘導して警戒の空白地帯をつくる。そして呼吸、まばたきの間を縫ってそこに入り込めば、相手からは消えたみたいに見えるんだよ。集中して視野が狭くなっている相手には有効なんだ」


 予想外なことに、ヘルトはあっさりとネタばらしをする。

 なるほど、そんな高等テクニックを使っていたのか。動き一つ見逃さないと注意していたのを利用されたのか。でもわかったところでどうしろと、敵を前に注意散漫になるなんてそれこそ自殺行為だろう。


「まっ、こんな技は注意を体だけじゃなく、空間そのものに広げられば簡単に見破れるけどね」


 あっさりと難しそうな解決策を言いながら再び構えをとる。そして今度は目を狩りをする肉食獣に変化させ俺を捉える。


「いくぞ!! 」


 咆哮と共に一直線に突撃をしてくる。極端な前傾姿勢で体制を低くしながら足元に迫る。その姿はさながら地を駆ける獣のごとく、さらに翼を広げるように腕を広げる。


 足払いか! 凶暴な野獣に襲われている感覚に、いち早く危機感知が作動する。狙いが足とわかっているならば躱すのは容易い。動き始めに合わせ、地に蹴りつけ宙に舞う。


「危険に対する対応力は認めるけど、殺気に対して条件反射はいけないよ。恐れは飼い慣らさないと」


 跳んだ俺を見上げるヘルトに先程までの気迫はない。あるのはいつも通りの笑みだった。殺気はブラフだったのかよ。

 足を薙ぐと思われた槍は動きを止め、懐に戻る。両手に握り直された穂先は宙に浮いている俺に向けられている。


「ウォォーー」


 まっすぐ俺の胸に向かってくる稲妻のような突きを空中で体を無理やりひねることで回避し、槍を蹴る。その反動を利用しヘルトから距離をとった位置に着地する。

 通常なら蹴ったところで槍の方が弾き飛ばされ、反動など得られない。しかし、ヘルトの突き出した槍は俺の蹴りにも微動だにしなかった。これだけでヘルトの膂力が十分わかる。

 

「今のを躱すとはやるねー。二日でミスリルまで上り詰めただけあるよ」


 凄みが嘘みたい消え失せ呑気な声で賞賛をくれる。お前みたいな怪物に言われてもな。


「ヘルトこそ、次はどんな技を披露してくれるんだ」


 意識誘導といい、殺気のブラフといいスキルにできないような戦闘の技術を持っている。スキルに頼りきっている俺にはできない戦い方だ。

 せっかくだし盗めるものは盗んでおかないと怪物に立ち向かっている意義がないってもんだろう。それに俺が目指すのはヘルトのアダマンタイトクラスよりも上のオリハルコンクラスだ。この怪物も超えるべき壁なんだ。今の実力差を知っておく必要もある。


「じゃあこんなのはどうかな」


 流れるような足さばきで接近してくる。それはまるで俺達の間にある地面が消えたように間合いがなくなる。縮地ってやつか。

 勢いそのままに突き出されるのを避けきれず頬に切り裂かれ、血が首筋まで伝ってくる。木製のはずなんだけどなこの武器。

 それからの戦いはヘルトの槍戟をひたすら受け続けることになった。

 互いの武器を合わせるたびに増していくスピードに懸命に食いついていく。今や分身しているのではと見間違う程の速度になった。それを体を振り回し避け、剣で弾く。

 しばらく続くと速度には慣れてきた。しかし、ヘルトはそれで終わりではない。むしろ彼の真骨頂は多彩な技にある。

 一瞬の意識の隙間をついて視界から消える。殺気を囮に本命の攻撃に隠すなんて序の口だった。

 剣がぶつかったはずの槍が通り抜け脇腹を付く。防いだはずなのに真後ろから衝撃が来る。軽く体を押されただけで宙を舞う。間合いの外にいたはずなのに槍が眼前に突き出される。

 意味がわからない。どんな理屈でこんな現象が起こっているのか考える暇もなく次の技が飛んでくる。

 繰り出される技の数々に戦闘中にもかかわらず流麗な舞を鑑賞しているような錯覚に陥り、心奪われる。ああ、これが達人の技ってやつか、かっこいいじゃねーか。


「イィッテッ! 」


 しかし心奪われたと言ったって、ダメージがなくなるわけじゃない。どの技も初見で見切ることなどできず、辛うじて急所への直撃だけを防いでいるだけだ。結果としてなんと立ってはいるものの、全身は傷だらけだ。もう倒れてもいいだろうか。意識が朦朧としてくる。

 諦めかけたその時


「ガンバレー、負けないで! 」


 聴衆から鈴を鳴らしたような激が届く。決して大きな声ではなかったが、騒ぎ立てる野次馬の中からでもはっきりと聞き取れる。なぜなら俺にとって特別な存在の声で、どれだけ埋もれようと目立ってしまうからだ。


「負けてたまるかー! 」


 彼女の声援に答えるべく猛る、残された力を最大限に振り絞る。疲労でふらつく足に喝を入れ、大地を踏みしめる。こんな一方的にやられてたまるか。ダサい姿を見せるわけにはいかないんだよ。

 絞り出したといっても体力は残りわずか。全力の攻撃もできて一回だろう。一撃に全てを込めてやろうじゃねーか。もうこの際、ダメージをくらうのは覚悟で特攻だ。痛みなんて根性で耐えて、一発ぶちかましてやる。


「おりゃあぁぁーー!」


 愚直なただの突進。ヘルトにとっては横にずれるだけで回避できるような単調な動きだが構えたまま動かない。真正面から受けてたってくれるみたいだ。


 ヘルトが動き出す。


 それはシンプルゆえに美しい、教科書があるのならば載せるべきだろう型だった。その穂先が狙うのは体の中心、鳩尾だ。

 体を僅かに傾け、急所から避ける。肩や腕に当たるかもしれないが歯を食いしばり痛みに耐える準備をする。同時に大きく足を踏み出し、振りかぶる。

 間合いに入ったぞ。このまま突きを受けると共に一太刀かましてやる。


「くらえっ! 」


 今までで最速の切り下げがヘルトの額に下ろされるハズだった……


「あまいっ! 」


「何っ!? 」


 その時、直線の軌跡を描いていたはずの槍が曲線を描く。剛体であることを忘れ、蛇になったかのように剣に巻きつく。

 こいつ、こんな技までもっていやがったのか。ちくしょう、これじゃあ届かねえ。ごめんロイーヌ、負けちまった。


 渾身の一撃は無情にもはじかれる……と思われた


 二つの武器が激突し、ガラスが砕けた音が反響する。次に視界に入ってきた光景は木片が四方に散らばった景色だった。


「硬化の魔法がかかっているはずなんだけどな」


 そう言うヘルトの右手には上半分が消失し、ただの棒切れとなった槍が握られている。そしてこちらの手には刀身がなくなり柄だけが握られていた。

 どうやら武器の方が一歩だけ先に限界を迎えてしまったようだ。


「えーと、この場合どうすれば」


 審判役をしていたミゲルきて俺達の顔を交互に見る。


「どうしよっか? 今から拳でやりあおうか? 」


 ヘルトが明らかに冗談だとわかる笑顔を浮かべながらそんなことをのたまう。


「勘弁しろよ。もう俺の実力はわかっただろ」


「そうだね。じゃあ、今回の勝負は引き分けだね」


 ヘルトの言葉に場にいる全員が湧き上がる。


「すげーーぞ、あいつ。ヘルトと互角ってことかよ」


「この街から二人目のアダマンタイトが出るのも近いな」


 万雷の拍手、口々の賞賛が俺とヘルトを包む。なんだかこそばゆくて少し誇らしい。

 そんな中ヘルトが俺に手を伸ばしてきた。どうやら握手を求めてきているようだ。この世界にも試合の後は手を握り合う文化はあるようだ。


「君は強くなるよ。僕も追い抜かれないように精進するよ」


「俺こそ、今度は訓練じゃなくて真剣に相手してもらえるために頑張るよ」


 一瞬、呆けた顔をした後いたずらがバレた子供のような表情に変わる。


「あれ、もしかしてわかってた? 」


 むしろあれで隠しているつもりだったのか。相手を限界で追い込んで最後の一滴まで絞り出させる。ミゲル達にやっていたことと同じことをやっているんだからそりゃわかるだろう。技のタネをあっさりばらしたりもしてたしな。

 むしろ助手を頼んだのも、試合をする展開に持ち込んで実力を図るのが目的だったんじゃないかと思っている。


「じゃあ次は本気でやろうか」


 それは勘弁して欲しい。まだ実力じゃヘルトに及ばないことがわかったから当分は再戦をする気はない。


 俺達の握手にさらに盛り上がる観客の中から二人の女性が駆け寄ってくる。


「マサトシー、大丈夫? 肩貸そうか」

「新人相手に何やってるんだい、あんたは」


 俺達それぞれの相棒のロイーヌとメディさんだ。

 ロイーヌが体中にできた傷に返事を待たずに俺の腕を肩に回す。立っているのもしんどかったので素直に甘えさせてもらおう。


「ロイーヌの応援があったからなんとか引き分けにできたよ。ありがとう」


 事実、あの声がなかったら無様に倒れてしまっていただろう。ロイーヌが応援してくれているとわかったら不思議と気力が湧いてくるんだよな。


「僕もメディに応援されたら勝ててかかな」


 俺達のやりとりにヘルトが相方のメディさんに見る。


「バカッ、そんなもんなくても勝つのが一流ってやつだよ。アタイがいない場合の戦闘だってあるんだから」


 少し照れた様子でヘルトの頭を叩く。……メディさんそれは暗に俺のことを二流って言っているのかな。そう言われても否定できないけど。強くなりたいな。

 そんなことを考えながらロイーヌに支えられて訓練場をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る