訓練場
「僕達が君達の指導教官だよ」
ヘルトは一列にならんだ五人の男女の前に立ち穏やかに、しかし真剣な眼差しで告げる。
ここはギルドの地下にある訓練場だ。地下深く天井が高く、土が剥き出しで遮蔽物がない空間は実測以上に広く感じる。名前の通りこの場所は修練を行う場所だ。
そして利用する冒険者の多くはギルドに登録したばかりの新米冒険者であり、彼等はギルドから依頼された先輩冒険者に指導を受ける。
「まずは自己紹介からはじめようか。まずは僕から――」
「はいはーい、知ってます。ローランの英雄でこの街唯一のアダマンタイト冒険者ヘルト・ウァーさんと、ミスリルの最短記録を塗り替えた勇者、マサトシ・クボさんですよね」
列の中から男の子が前に飛び出し、俺たちを順に指差す。
そう、俺も教官役としてヘルトの隣にいるんだ。俺もギルドに登録したばかりの新米なのだから立っている位置が違うだろと思わないでもないが、自分より五つ程下の彼等と一緒に訓練を受けるのも憚られる。
そもそも何故、こんなことをやっているのか。それは助手をして欲しいと頼まれたからだ。シルバークラス以上ならそれができるらしく、ロイーヌの魔力がまだ回復してないので街の中で受けられる依頼を探していたからちょうど良かったんだ。
「二人の指導を受けれるなんて、俺たちラッキーだよな」
男の子が仲間の方を振り返り、喜びを共感しようとする。
他の四人もおなじ思いだったようで、純粋で輝いている瞳をしている。
ドラゴンを討伐したことは思っていた以上の功績だったようだ。勇者って呼び方も広がっているみたいだし。
ちょっと気恥ずかしくて、少し誇らしい。これからも勇者に相応しい働きをしないとな。
背筋を正し、彼等の眼差しを受け止める。俺に憧れている子達にみっともない姿を晒すわけにはいかない。
「僕達の自己紹介はいらないみたいだね。じゃあ、君達の名前、使っている武器を教えてくれるかな」
遮られたことに何の憤った様子もなく続ける。実に大人の対応だ。
「俺はミゲル、剣を使って魔物を倒していくつもりです」
列から飛び出した男の子が最初に自己紹介をしてくれる。親指で自分を指しながら胸を張っている。
そして俺たち二人に歯を覗かせる。
「夢はミスリル以上の冒険者になることです」
そう声を張り上げて宣言した。その声の大きさに離れて訓練をしている集団が皆こちらを向くほどだ。
「そうか、早く夢が叶うよう応援するよ」
「まあ、がんばれ」
ヘルトが真摯に、俺はいい加減にその決意にコメントする。夢は人それぞれだし、勝手に頑張ってくれ。
それで満足したのかやりきったと言わんばかりの顔で列に戻る。そんな表情されても訓練はこれからだぞ。
体育会系のノリは苦手なので、こんなのが後四人も続くのかと思いゲンナリするが……
「ストイっす。武器は槍っす」
「ルイス。魔法が得意」
「グムリです。斥候役で短剣です」
「アンセンだよ。弓が使えます」
とても淡白で好ましい自己紹介だった。どうやら熱血なのはミゲルだけのようだ。
この五人は同じ村出身でパーティを組んでいるらしい。細長い体躯の男がストイ、フードを目深くかぶっている女の子がルイス、小柄な男の子がグリム、元気そうな女の子がアンセンか、とりあえず今は覚えておこう。斥候、前衛、後衛が揃ってバランスはいいな。
「まずはみんなの実力を知りたいから、そうだねマサトシと全員で模擬戦をやってみようか」
「えっ……!? 」
その提案にっ素っ頓狂な声を出してしまう。いやいやヘルトさんや、そんな爽やかイケメンスマイルを向けられましても。対人戦なんてギルド登録初日にチンピラをのしただけで経験なんてないのにいきなり五人同時ですか。
「マサトシさん、よろしくお願いします」
ミゲルが大声を出して、頭を下げる。それつられ他の子も頭を下げる。
なんだか断ることができない流れだ。よく考えたら魔物との戦闘経験もなかった状態でブラックドラゴンを倒せたわけだから、新米冒険者程度なら問題なく相手できるだろう。
むしろ剣術を教えてくれなんて言われたら、チートでスキルを作っている俺には指導なんて無理だ。実践の方がまだやりやすい。
「こちらこそよろしく頼む」
壁に並んでいる木剣を手とり、中央に移動し構えをとる。ミゲル達は俺を囲む位置を取る。背後にいる人間の動きは視覚では捉えられないが、五感強化のスキルで視覚以外の情報を、さらに空間把握、気配感知でより詳細な動きを把握できる。ドラゴン戦からさらにスキルを増やした俺に死角はない。
「マサトシ、ケガをさせないようにね」
「わかっているよ。開始の合図を頼むよ」
深く深呼吸しスキルを発動する。体が空間いっぱいに広がり、一体となり細部までわかる。ここにいる人数、物の大きさ、さらには砂の動きまで認識できる。
「始め!! 」
ヘルトの声が響く。それに真っ先に反応したのは真後ろにいたミゲルだ。木剣を振りかぶり、猛然と突っ込んでくる。
「うおぉーりゃーー! 」
……おい、お前、せっかく背後を取ったのに、そんな叫んだらスキルを使うまで間も無く攻撃のタイミングが分かっちゃうよ。
後ろから真っ直ぐに頭部に振り下ろされる剣を振り返ることもなく防ぐ。
「ぐぬぬ」
渾身の一撃片手で防がせたことが悔しいのか、そのまま力づくで押し込もうとする。
しかし、筋力強化をしている俺相手じゃ無理だろう。剣を受け止めた状態から全く動かない。
「隙ありっす」
それを抑え込まれているとみたのか、正面にいたストイが木槍を顔面に突き刺そうとする。
……これ訓練だよな。さっきから頭とか顔とか普通の人間なら木製の武器でも致命傷なる場所を狙われているぞ。ミスリルは普通の人間じゃないから大丈夫と思っているのかな。
実際大丈夫なのだろうけど本能的に恐怖を感じる。
顔面を狙ったストイは首を傾けるだけで簡単に回避できた。そして躱された槍は背後いるミゲルの額に直撃する。
「うがっ」
うわぁー、痛そうだ。額から血出ているし。
突かれ、フラつく尻にアンセンが放った矢が突き立つ。
「アンセン、ぶざけんなぁー」
悲鳴は無視して、次に突き出された槍を引っ張り、ストイを引き寄せる。
「うわっ」
前のめりになりながら近づいてくるストイに足を引っ掛けると見事に宙返りをする。前方宙返りをしているストイの踵が体勢を低くして接近してきたグムリの脳天を打つ。
図らずしも回転蹴りが決まってしまった。
前衛三人が折り重なるように倒れる。
ここで俺は横に一歩ずれるとルイスが放ったファイヤーボールが立ち上がろうとしていた三人に直撃する。
「グギャーー」
「アジィーー」
「カギャーー」
なんだかよくわからない断末魔をあげ、燃え上がる。
「ごめんねー」
「……」
誤射した後衛のアンセンは舌を出し、ルイスはフードをいっそう目深くしながら謝罪する。
「そこまで! 」
ヘルトが終了の合図を出したので、燃えている奴らに魔法で水を出し消火してやる。火は消えたが服は布面積の半分が消え去っていた。前衛に女の子がいないのが残念だ。
「ありがとうございました。やっぱりミスリルって強いんですね」
一番最初に立ち上がったミゲルが俺を褒める。その目には尊敬と憧憬があった。
……•いや、今の模擬戦で俺は何一つ攻撃をしてないぞ。お前らの自滅だろうが。こんな戦いを褒められても全く嬉しくない。
「まあ、連携を頑張れ」
長々と指導をする気もないし、教えることもできないので適当にしておく。そういったことはヘルトに丸投げしよう。
「次は僕が相手をしよう」
木槍をもったヘルトが横に立つ。
「はい、お願いします」
ミゲルがそう言うと、他の二人も立ち上がり一礼する。今の模擬戦はあっという間に自爆したから体力はまだありそうだ。服は焼けて半裸だけど。
俺もアダマンタイトの実力をじっくりと見せてもらおう。
「じゃあ、いくぞ。始め! 」
――ヘルトは教官に慣れているようだ。隙があると逃さずそこを突き、かつ寸止めで肉体的なダメージを与えず、精神的な恐怖心のみを与える。
精神的な負担は体力の消費を加速させるようだ。数合打ち合わせた程度でミゲル達に疲労の色が出てくる。
そんなことは御構い無しにペースを落とさず寸止めを繰り返し休ませない。少しでも動きが鈍った奴にはかすらせ、次は当てられるのではないかと思わせる。
結果、皆は体力の限界まで振り絞りついていくことになる。
なるほど! こうやって相手を追い詰めていくのか。さっきみたいにあっという間に終わらせたら何も鍛えられない。さすが先輩は参考になる。
「うがぁぁーー」
ミゲルはもう限界に近いみたいだ。気力だけで腕を上げ必死な形相で防ぐ。だが、もう受けきる力は残っていなかったようだ。木剣ははじかれ中に舞う。
「よし、休憩にしよう」
カランと軽い音を立てて落ち、ヘルトが休憩を告げる。すると全員、糸が切れた人形のごとく倒れた。
「ずいぶんスパルタだな」
五人を相手に一撃もくらわず、一方的にいじめ続けたヘルトの方が運動した量は圧倒的に上なのに息一つ乱していない。これがアダマンタイトクラスの実力か。
「僕にはこんな教え方しかできないからね」
地面に倒れ、胸を大きく上下させ呼吸をしているミゲル達を眺め虚しそうに言った。
「嫌味に聞こえるかもしれないけど、自分にはできることが、なぜ他人はできないのか理解できないからやり方を教えることができないんだ」
なるほど、できる人間にはできないやつの気持ちはわからないってやつか。
ミスリルの冒険者プレートをもらいに行った時に聞いたが、ほとんどの冒険者は生涯のキャリアで銀(シルバー)、もしくは金(ゴールド)クラスまで行くのかやっとらしい。それが俺と同じくらいの歳でアダマンタイトまで上り詰めている。間違いなく何十万に一人の天才なのだろ。
今言ったことは嫌味でもなんでもなく、今まで経験していた純然たる事実なのだろう。きっとヘルトには武器の扱いも、魔物との戦い方もできるのが当たり前でできないことが不思議なんだ。
「マサトシならこの気持ち理解できるかな? 」
何かを期待をしているようだ。俺も同類だと思われているのだろう。
俺もスキルを作って使用しているからなぜ使えるかわからないし、天賦の才もチート(インチキ)も似ているといえば似ている。どちらも持っていない人間からしたら羨んだり、妬ましく思う隔絶した力だ。
「わからなくもないかな」
「やっぱりそうだよね」
曖昧な返事にどこか嬉しそうな声が返ってくる。
「ところでヘルトさんとマサトシさんってどっちが強いんですか」
俺たちが会話している間に無駄口を叩く程度に回復したミゲルが馬鹿な質問をしてくる。そんなの決まっているだろ。
「ヘルトだよ」
俺はロイーヌがいなきゃブラックドラゴンに殺されていたかもしれない人間だ。ヘルトもメディさんとパーティを組んでいるとは言え、ドラゴンと主に戦っていたのはヘルトだろう。
人に頼って勝ったやつと、自分で勝利を掴んだやつでは実力差は明らかなはずだが――
「いや、やってみないとわからないよ」
そんな言葉がヘルトから出た。その表情は何かを企んでいる顔だ。これはひょっとして……
「マサトシ、僕と模擬戦してみようか」
予想通りのセリフが続く。さらに最悪なことに
「うぉー、マジかよ。ヘルトさんとマサトシさんの一騎打ちが見られるなんて」
ミゲル(アホ)が訓練場の端まで届く大声を出したせいで、ほかの奴の注目もこっちに集まる。うわっ、この流れはマズイぞ。
「君がどれほどのものか楽しみだよ」
ヘルトが薄く笑みを浮かべ槍を構えた。
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