本当の始まり

動き始める物語

「みんなやっつけろー」


 俺の名前は久保匡俊、十七歳。平々凡々などこにでもいる高校生だった。


「スネをねらえー」


 代わり映えしない毎日を過ごしていた俺はある日、異世界に転移する妄想をしながら眠りについた。


「砂をかけて、目をつぶせー」


 そして気がついたら異世界に転移していた。

 頭のおかしい奴の妄言だと思うだろ?


「ツメと指の間にハリをさしこめー」


 でも事実としてもう五日たっている。もしこれが夢だとしても、これほど五感がリアルで覚めない夢なら現実と変わらないと思う。


「クギとトンカチをもってこいー」


 そしてチート能力を知らぬ間に与えられていたので、冒険者として活動することにした。


「さすがそれはまずいよ」


「マシトシにいちゃんなら大丈夫だって」


 登録二日目にして災害級の魔物ブラックドラゴンを倒した俺は街中の人達に勇者と呼ばれるようになった。


「くらえー」


 その勇者が今何をしているかって?

 勇者なのだから魔王を退治しに向かったり、困っている人達を助けて回っていると思うだろ。

 ……でも、実際はな


「ごらぁー、何人の股間に釘打ち付けようとしてんるじゃーー! 」


「おこったぞ、撤退だー!」


 蜘蛛の子を散らすごとく、魔物役の俺から逃げて行く。

 そうなんだ。また孤児院で子供の面倒をみているんだ。まだこの孤児院の人手不足は解消されてないようだ


「相変わらずマサトシは子供に好かれているね」


 女の子と人形遊びをしていたロイーヌが微笑ましそうに慈母の笑みを浮かべている。前回の焼き直しだ。

 ロイーヌは子供が好きなようで、この依頼を受けたのも彼女の希望からだ。ドラゴン戦で使い切った魔力が回復するまで魔法を使わない依頼を探していたのでちょうどいいと言えばいいんだが。


「他の人のときはもっと大人しいって、ブーゼさんが言ってたよ。元気なのは心を開いている証拠だよ」


 ほんとかよ。あの悪ガキどもの大人しい姿なんて想像出来ない。


「マサトシはいいお父さんになると思うよ」


 ――ドクンッ――


 ……ヤバい。今は、心臓がとんでもない音を立てて脈打った。ロイーヌに他意はないのだろうが、可愛い女の子にこんなこと言われるとときめいてしまうな。


「ま、まぁ、俺も子供は嫌いじゃないかな」


 ちょろいぞ、俺。せいぜいロイーヌに失望されないように頑張って面倒をみてやるか。

 逃げていった子供達を追いかけようとしたところで、孤児院の扉が開いた。


「こんにちは、院長いますか」


「よぉー、ガキども遊びに来てやったぞ」


 自然な動作で入ってきたのは高身長の爽やかイケメンと、気が強そうな赤茶色の短髪の女性だ。


「あれ、ヘルトにメディさん? 」


 やってきたのはこの街一番のパーティの二人組だった。ミスリルクラスである俺よりも上なのはこの人だけである。


「えっ、マサトシとロイーヌさん。この孤児院の依頼受けていたのは君達だったんだ」


「ミスリルが孤児院の仕事とは変わりもんだな」


 二人も俺達がここにいるが意外だったようで驚いた様子だ。


「それはこっちのセリフですよ。孤児院に何かようですか? 」


 アダマンタイトクラスの冒険者が何故孤児院に来るんだろう。


「少し寄付をしにきたんだ。後、敬語はいらないかな」


「アタイはその付き合いだな」


 そう言って右手に持っている大小二つの袋を持ち上げる。

 ……この人どこまで完璧な人間なんだよ。社会福祉の精神が発達してないだろう異世界で、恵まれない孤児院の子供に寄付ってなかなかできることじゃないだろ。


「おう、ヘルトじゃねーか。また来たのか」


 尊敬のまなざしをおくっていると扉から今度は大男が入って来た。この孤児院の主、ブーゼのおっさんだ。


「お父さん、ご無沙汰しています」


「ジャマしてるぜー」


 ……えっ、今、お父さんって言ったよな。確認のためにロイーヌの方を向くと彼女も愕然とした表情で俺を見返す。

 なんでクマと人間のクォーターなようなクマから、こんな爽やかイケメンが生まれるんだ。というかおっさんと子供を作った女性がいるってことだよな。


「だから何度も言っとるだろーが。ワシはお前のオヤジじゃねー」


 ブーゼのおっさんが低く唸るように叫ぶ。威嚇しているように聞こえるがこれがおっさんのデフォルトの声なので別に怒っている訳ではない。


「何言っているんですか。この孤児院で育った子はみんなお父さんの子供ですよ」


 なんだ、そういうことか。つまりこの孤児院で育って、おっさんを父親のように慕っているってことか。

 異世界には遺伝の法則が適応されないかと思ったぜ。


「これドラゴンを売却したお金です」


 そう言って小さい方の袋をおっさんに渡す。

 俺もドラゴンを倒して同じ額だけもらっているからわかるけど、かなりの量の金貨があったはずだ。まさか、それを全部渡すのか。


「いらねぇってもお前は引かないんだろうな。仕方ねぇから預かっといてやるよ」


 渋々といった感じでおっさんが袋を受け取る。そういえば前にここから育ったヤツで、アホみたいに寄付をする人がいるって言っていたな。あれはヘルトのことだったのか。


「ったく、こんなに貰っても使い道なんてねーだけどな。メディちゃんとの結婚資金にもしやがれってんだ」


 おっさんはぼやきながら、ヘルトの横をみる。

 それにつられてメディさんの方に顔をむけると、顔を紅潮させて慌てふためく。


「えっと、いやー、アタイとヘルトは今はそんな関係じゃなくて、将来的にもどうなるかなんてわかんないし、べ、別にヘルトのことが嫌いなわけじゃ無いけど、結婚なんて、結婚なんて……」


 両手を振りながら、早口でまくしたてる。きっと自分でも何を言っているか分かってないのだろう。ギャップ萌えって奴かな。不良女子の様な見た目の人が照れている姿は、普通の女の子のそれよりも可愛らしい気がする。

 おっさんはそれを見ながら口の端を吊り上げ、獣の様な笑みを浮かべている。


「お父さん、メディはその手の冗談に弱いんだかからかわないであげてください。その気がなくても反応に困っているじゃないですか」


 それをみかねたヘルトが助け舟だす。メディさんはそれを聴き俯いてしまった。


「別にその気がないわけじゃ――」


 下を向き何かを呟いている様だがあいにく聞き取ることができなかった。


「で、そっちはいつものか」


 メディさんの反応に満足したのかおっさんはヘルトが持っている大きい方の袋を目をやる。


「はい、みんなにお菓子持って来ました」


  袋を開くと、焼き菓子や香ばしいパンの匂いが部屋中に広がる。


「チビども、お菓子が来たぞ。はようしないとワシが全部食っちまうぞ」


 おっさんの叫びに子供達は素早く反応し、砂糖に群がるアリのごとく集結する。

その様子を優しげに眺める姿に俺は思った。


「格好いいな」


 腕っ節が強く、イケメンなのに威張らず、慈愛の精神に溢れている。非の打ち所がない完璧な人間だ。

 どれでけ強くなってもあんな人間にはなれないだろうな。


「そうかな、私はマサトシの方がカッコいいと思うよ」


 ロイーヌが無垢で無邪気な笑みで俺の呟きに答える。なんだろうな、この娘は俺を悶え死にされる気なのだろうか。

 深い意味はないのだろうけど、俺は馬鹿な男だから勘違いしちゃいそうだ。



 その後二人はギルドに報告があるらしく帰っていった。

 夜、子供達を寝かせつけて外で星を眺めていると後ろから声がかけられた。

「お前さんは星が好きなんか? 」


 おっさんだ、そのまま俺の横に座り同じ様に星を眺める。


「最近はまってるんだ」


 ここでは日本の都会ではありえない明るい星空が広がっている。星の数を全部数えたら一万個ぐらいあるに違いない。それくらい一面に散りばめられている。


「ワシは好きになれんな。延々と同じところを回り続ける。成長しない人間のようだ」


 寂しそうにおっさんが言う。大きいはずの体が俺よりも小さく見えてしまう。


「どうかしたんすか」


 豪快を絵に描いたようなおっさんの影がかかった表情に思いつめたものを感じる。


「ワシが今やっていることはただの偽善にすぎないんじゃないかと、ずっと同じことを延々と考えちょるんだ」


 こちらを向かず、空を見上げたまま語り出す。


「偽善? おっさんの行為のどこに偽物の善があるんだ」


 自費で孤児院を運営して、ヘルトのような立派な人間を育てている。おっさんの行いは善そのものだと思う。


「昔、傭兵をしていたと言ったじゃろう」


 黙って首を縦にふる。相変わらずこちらを向かないが頷いたのはわかったようだ。


「その時にな殺したんじゃよ」


 自然と息のはくように口にする。

 つまり人を殺したってことだろう。現代日本人の俺にとって殺人は忌避すべきことだ。だけど言い方は悪いが傭兵は殺すのが仕事なのだから仕方ないだろう。


「兵士も村人も、男も女も……子供もだ。たくさん殺したさ」


「えっ! 」


 淡々とだが憎悪を込めておっさんは続ける。それは誰に向けられているのだろう。

 言葉をかけようとした俺の口が動きを止める。



「ある時な戦場で死にかけた時に子供に助けたれたんじゃ。この殺人鬼のワシを心配して、命が助かったことを本気で喜んでくれた」


 おっさんの目は星ではなく、どこか遠くを眺めている。まるでその先に過去の光景があるかのように。


「その時になって馬鹿なワシはようやく気づいたんじゃ。奪い取ったものの価値に」


 そして今度は下を向く。その表情をうかがうことは出来ない。


「ワシはヘルト達に父親なんて呼ばれるような人間じゃない。罰せられるべき人間をなんじゃ」


 違う、そう言ってやりたい。でも俺のようなちっぽけで平坦な人生経験しかない人間が否定できるものなのだろうか。おっさんの苦悩を理解できないであろう人間が軽々しく決めつけていいような話でもないだろう。


「すまんな、つまらん話を聞かせて。ちと、感傷的になりすぎた」


 自嘲する様に寂しげな笑みを浮かべている。


「どうしてそんなことを俺に? 」


 思わず聞いてしまう。こんな身の上話、会って二回目の人間にする様なことでもないだろう。


「相手がお前さんだからだよ。お前さんには知っといて欲しいんだ。屑な男の後悔を」


 おっさんがそう言って立ち上がり去っていくのを俺は黙って送ることしかできなかった。

 結局、真意は分からなかったが俺に何かを伝えようとしたのだろう。


「チートがあっても救えないものもあるんだな」


 そのまま大の字に倒れ、星空に向かって吐いた言葉は空に消えて言った。





◇◇◇

 ここはローランから遠く離れたヴィスブルク城。

 三百年前に大陸の覇権を握った帝国の宮殿である。かつては栄華を極めたはずの城は、盛者必衰の理を表すように荒れ果てていた。城壁は蔓が這い、苔が生え、外壁は剥がれ落ち、周囲には凶悪な魔物が徘徊する廃墟とかしていた。


 しかし外見は紛うことなき廃墟が、城内では魔術によりかつての輝きを取り戻している。

 この城は現在ある集団の根城となっていた。

 その一室、円形の机が配置された議事室ではその集団のメンバーが集まっていた。置かれている椅子は十、それに対して六つの席が埋まっている。


「神の核が見つかったとは本当か? 」


 鎧を纏った赤髪の女性が凛とした声で正面にいる男に問いかける。嘘偽りなど断じて許さぬと鋭い眼光で睨みつける。

 その清涼な佇まいは多くの人間がイメージする騎士そのものであった。


「ええ、偶然だがね」


 女騎士に対し、男は口を軽く歪め薄ら笑いを浮かべ返答をする。

 同じ部屋にいるはずなのにこの男の周りだけは光が当たっていないかのごとく薄暗く影ができている。そしてそのまま闇に溶けていくのではないか、そんな曖昧で実態の掴めない男だった。


「よーし、じゃあ早く奪いにいこうぜ」


 黒髪の若い男が待ちわびとばかりに席を立とうとする。

ある意味、彼は議事室にいる人間の中で一番浮いた存在かもしれない。各々、異様な雰囲気を纏うメンバーの中で彼だけは容貌、醸し出す空気が常人と変わらない。普通の人間だ。

 だが、その瞳からは誰にも劣らない燃えたつ決意と揺るぎない確固たる意志が伺える。


「落ち着きたまえ。報告によると核の能力は著しく衰弱しているそうだ」


 影の中にいる男が嗜めるため手を突き出すと、若い男の動きが止まる。そうまさに映像を停止させたかのごとく、中途半端に立ち上がった状態で固まっている。


「衰弱? それはどれほどのものなのだ」


 男の動きが完全に止まっているのを気にせず、隣にいる漆黒のローブを纏った者が尋ねる。

 その者の袖からは白骨と化した手が覗き、ローブの奥にある髑髏から人間の喉では出せないような深みのある声が発生している。


「なんでも受核者はドラゴンを相手に苦戦を強いられたそうだ」


 薄ら笑いを嘲笑に変えた男が報告されたことを伝える。

 事実、この中でドラゴンを相手に手こずる輩はいない。彼らなら腕の一振り、さらには一睨みで命を奪うことさえ可能なのだ。


「ありゃりゃ、そりゃひどい」


 耳の長い少女が停止した男の額に手をかざしながら、その事実に可愛らしく驚きの声を上げる。

 子供のような体型、顔つきも幼い、一方でその顔に浮かんでいる表情はどこか蠱惑的で怪しげだ。


「ックハ、いきなり止めんなよ。それじゃあ、奪ったとしても神の力は使えねーってことかよ」


 少女に束縛を解放してもらった男が苦々しく吐き捨てる。


「――それについて、フレイヤ、ネーション、ヨシト貴兄らに任務を任そう」


 その時、沈黙していた男が声をあげた。たったそれだけで全員の背筋が伸び、張り詰めた空気が広がる。

 あの者は恐怖、ある者は憧憬、またある者は忠誠の眼差しを彼に送る。


「なに、神を殺すことに比較すれば簡単なことだ。ただ――」


 彼はこの場にいる部下に命令を下す。

 それがこの世界を巻き込む戦いの始まりになることを予想している人間が果たしてどれだけいるのだろうか。

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