メリアンさんの恋愛相談教室

 ギルド職員は終業まで一日三回の休憩時間が与えられ、職員専用休憩室で食事や睡眠をとったりする。


「ねーえ、メリアーン。相談があるんだけどいいかしら」


 受付嬢のメリアンは休憩が重なった同僚の職員に間延びした声で話しかけられた。またこの手の話かと相手に気が付かれないように嘆息した。彼女に持ち込まれる、しかも同性からの相談となると内容は決まっている。

 休憩はメリアンにとって疲労をとるための時間であって、他人の悩みを聞いて精神的疲労を負うための時間ではない。だからこそ最近はタイミングを見計らって一人で休んでいたのだが、おそらくビビオは合わせて休憩をとったのであろうと考えた。


「ビビオ、今度は誰にデートに誘われたのですか? 」


 なので先んじて話を進めてやる。面倒くさいのでさっさと聞いて適当にコメントをして終わらせよう。話を聞かないという手もあったが、彼女も一人前の仕事人である。仲間とのコミュニケーションの重要性は理解しているので、大人の対応すべきだと判断した。

 彼女の特技である匂いからその人格、特技、場合によっては性癖、潜在能力まで見抜くことはパートナーを選ぶのには最適な能力である。

 メリアンは今のところ男にうつつを抜かすつもりはない。しかし全員がメリアンのように仕事一筋ではない。むしろ少数派だ。特に女性職員はここに出会いを求めているものが多い。

 冒険者という職は危険がつきものだが、高ランクになればその収入は大店の商人に匹敵する。

 いつの時代もか弱い女にとって生きるための金銭に苦労する必要がない相手は魅力的だ。でも金だけあればいいわけではない。やはり夫婦となる相手は優しくなくてはならないし、包容力がほしいし、さらには個々の好みにあった性格がある。

 そんなわがままに溢れた玉の輿を狙う者にとってメリアンのアドバイスは天啓にも等しい。気になっている相手の隠れた内面まで見抜いてしまうのだから、皆が頼りにしてしまう。


 促されたビビオはおっとりとした顔つきのままメリアンの質問に答える。


「えーとですね、黒鉄の槍のガンキさんでしょ、逆鱗の獣のリオンさん、アルパカの怒りのパッソさん、他にもいるんですけど気になるのはこれくらいですね。どう思う? 」


 パーティ名と名前を指折り数えていく姿に呆れたような視線を送る。ビビオは大人しそうで清楚見えるため、男受けはよいが、結構腹黒かったりする。現にこうして何人もの男に声をかけられていることからも全員にいい顔をして、その気があるように思わせたのだろう。

 いい男を選ぶのならまず数を打たなければならない。偶然出会った人が相性完璧の運命の相手となるのは物語の中だけだ。だからビビオの行いは女として正しいのかもしれない。

 メリアン個人的には好きになれない考えだが、わざわざ波風を立てる必要もないので黙っておく。


「そうね、ガンキさんは見た目に反して優しいけど、冒険者としてはこれ以上の成長は難しい気がするわね。オンさんは情熱家だから愛してくれるだろうけど束縛は激しいし、あの手のタイプは夜が激しいから体力がいるわね。パッソさんは実は人間じゃなくてアルパカだから結婚は難しいわよ」


 受付嬢としての真面目に仕事をこなしているメリアンは言われた人間の匂い、および詳細は完全に覚えている。それぞれに対する所感を述べていく。ここは女性しかいないので卑猥な話も臆面もなく口にしていく。

 もちろんこれはビビオがギルド職員だからであって、個人情報を外部の人間には漏らしたりしない。隠し事をしていたと知られたら後から恨まれるかもしれないし、面倒ごとは避ける主義のメリアンはわかっていることを全て伝える。


「ありがとう。うーん、どうしようかなー」


 口の端に指を当て悩まし気なポーズをとる。艶やかに見えるポーズも作り物だと、嘘の匂いでわかってしまう。わざわざ男のいない場所でやる必要もないと思うが、日ごろから意識して行っていないといざという時ボロが出てしまうのだろう。

 ビビオの隠れた努力に対してはなにもツッコミを入れずにソファーに横になる。自宅のベッドよりも柔らかなこのソファーはメリアンのお気に入りだ。これで休むことができると思ったのだが……


「それじゃあメリアンからみて、このギルドで一番いい男はだれかしら? 」


 まどろみながら意識が落ちていく寸前に意識を引き上げられる。眠りにつく寸前を見計らって声をかけてきたのだと思うぐらいのタイミングだ。

 どうやらこの同僚は休ませてくれる気はないようだ。どうして女というのはこうも異性の話が好きなのだろうと、自分が女性であることを棚に上げてそんな気分になる。

 仕方なくソファーから起き上がる。休憩時間はすでに半分近くが経過してしまっている。この状態でまた眠りについても中途半端な睡眠になり疲れをとるどころか、気怠くなってしまうだろう。


「そうねえ――」


 仕方ない、この休憩はビビオに付き合ってやろう。そうすれば当分はこの手の話を触れられことなく穏やかな休みが得ることができるだろう。


「間違いなくヘルトさんですね」


 この問いの答えは実に簡単だ。この国にも片手で足りるほどしかいないアダマンタイトランクに若くして到達し、人格も孤児院に多額の寄付をするなどいい評判しか聞かない。メリアンも初めて彼の匂いを嗅いだ時には脳髄まで痺れて腰が抜けてしまったほどだ。鼻腔の奥深くまで突き刺さり、かといって攻撃的なものではなく柔らかな香りだ。


「まあそうでしょうね。でもヘルトさんは競争率が高すぎて分が悪いわね。あれだけモテてれば私なんて軽くあしらわれちゃうわよ」


 ビビオは腹黒く、狡猾だが身の程をわきまえている。身の丈に合わない望みは破滅につながることを知っている。手に届く範囲で一番高いところを目指して努力するのが彼女の生き方だ


「ヘルトさんはまだ女を知らないわよ」


「えっ! それ本当かしら」


 メリアンが机の上に置いてあった飴玉を口に入れながらうなずく。ヘルトからは女を知っている男の匂いはしない。

 証拠にヘルトに抱かれたと言っている女は聞いたことがない。もし抱かれたのであれば周りへの牽制、自らのステータスを高めるためにも触れまわるはずだ。


「じゃあ、私にもまだチャンスが……、大人の魅力を見せつけて誘惑すればあるいは」


 メリアンの発言を受け、急にヘルトが手の届く場所まで降りてきたと勘違いしたビビオが何やら怪しげなことを言っている。どうやら彼女忘れていることいるようだ。


「あら、あなたにはメディさんを相手に戦う気があるのかしら」


 そう、ヘルト・ウォーを狙う女性にとって最大の障害となるのが同じパーティメンバーであり、ミスリルランク冒険者のメディ・エフォートだ。ヘルトとパーティを組めることからわかるように彼女の実力はそこいらの冒険者を歯牙にもかけないほどだ。

 そのメディがヘルトに惚れていることは彼女のことを知っている人間なら皆知っている。本人は隠しているつもりだろうが、まるで隠れていない。彼女のヘルトを見るまなざしは恋する女そのものだ。そのことに気が付いていないのはヘルト本人だけというのが多くの者の認識だ。

 しかしメリアンだけはわかっている。ヘルトも実のところメディを意識していることを。さすがにこれはプライベートに踏み込み過ぎた情報なので教えるつもりはないが。


「それはごめんだわ。それにしてもメディさんも片思いを続けているのは見ていてかわいそうね」


「ええ、そうね……」


 メリアンから見たらかわいそうというよりもどかしいと表現した方がいいだろう。柄にもなく二人が結ばれることを願ったりもしている。


「それじゃあ、あの人はどうかしら。ほら、ミスリルの最短記録を塗り替えた人」


 その言葉にすぐにメリアンは一人の男が思い浮かんだ。彼女が冒険者登録したので記録には新しい。たとえ時がたったとしても忘れるとは思えないほど印象的な経験だった。


「マサトシさんですか」


「そう、その人! 中には勇者なんて言う人もいるぐらいすごいらしいじゃない。ヘルトさんに次ぐアダマンタイトランク到達もあり得るって」


 口の中で飴を転がしながら考える。マサトシ、そしてロイーヌは理解不能だ。受付嬢として数百人近くの冒険者に出会ったが、彼らのような存在には出会ったことがない。


「うーん、難しいわね」


「メリアンが悩むなんて珍しいわね」


 ブラックドラゴンを討伐したことから冒険者としての能力は間違いないのだろうが納得できない。

 傑出した力を持っている者はそれに見合った生き方、つまり血の滲むような壮絶な努力や生まれつき他者とは違うことを自覚しながら人生を歩んできている。そうやって生きてきた経験がその人の中で熟成して薫りとなる。


 そのことからいってマサトシは意味が分からない。

 甘やかされて苦労など知らずに育ってきた人間特有の香り。かといって溢れる才能のあまりに苦労をする必要がなかった訳ではないだろう。そんな勝者の匂いは混じっていなかった。

 能力と内面がちぐはぐすぎる。そんなことはあり得るのだろうか。まるでつい最近、突然に努力もせずに力を身につけたみたいだ。


 ありえない、そんな事は頑張っている人間すべてに対する冒涜である。

 常に生と死の狭間で命を懸けて努力している冒険者を見ているメリアンからはそんなものは認められるわけがない。


「強いて言うならガキかしらね」


 能力的な部分を置いておくとそれが残る。口の中の飴をかみ砕きながら、ビビオにマサトシに対する評価を伝える。


「そっかー、メリアンがそういうならなしね」


 あっさりと見切りをつけるのは信用されているからなのか、それとも最初から興味がなかったのかメリアンは判断に困る。


「ちなみに一番ありえない男は」

「ギルド長ですね」


 即答する。メリアンの嗅覚が信用してはいけないと警告を発している。そんな相手を伴侶にするわけがない。


「ほほう、そうかい、そうかい。別にこの年でモテたいとは思わんが、ありえないと言われるのは傷つくな」


 不意の後ろからの声に飛び上がる。やってしまったと思いながらゆっくりと後ろを振り返ると知性と胡散臭さをたたえた丸メガネの男が立っていた。

 ギルド長が突然現れることにはなれているが、まさか悪く言っている時に来るとは思ってなかった。


「いやはや、まさか休憩時間を超えて何していると思えば全く。そんなに暇なら私の仕事を手伝ってもらおうか」


 メガネのブリッジを人差し指で上げながら笑う。光ったメガネの奥の目は笑っていないことには簡単に気が付けてしまった。


 その後、いつもよりも帰宅時間が大幅に遅れるほどの仕事量を押し付けられたメリアンはもう相談など乗ってやらないと誓うのであった。

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