幕間

気づき

 翌日の早朝,太陽が昇る前に目が覚めてしまった。昨日の興奮がまだ胸に残り、体を疼いているみたいだ。


「昨日はすごかったな」


 簡素な作りの宿屋の天井を見ながら呟く。

 まさか異世界に来て二日目にしてドラゴンに遭遇するとはな。さらにそれを女の子と一緒に戦って勝利する。

 結果みんなに誉めそやされ、注目される。思い描いた通りの異世界転移じゃないか。

 これからどうしようかな。冒険者としいて功績を残していくのは当然として、異世界物じゃ戦う以外にも活躍する話がたくさんあったはずだ。

 地球の料理を再現して、食文化に改革をなんて定番だな。後は想像で蒸気機関を作って産業革命を起こすのも面白そうだ。いっそ領地を手に入れて内政を行って近代国家を作ってみるか。

 こうやって考えてみるとやりたいことは山ほど出てくるな。想像の汎用性なら、何でもできるからな。


「でも、最優先は戦闘力の強化だよな」


 万能な想像だが、昨日の戦いで俺の能力も無敵でないことがわかった。今の俺ではドラゴンには勝てない。でもこの世界にはヘルトのようにそれに勝てる人間がいる。そのヘルトよりも強い人間はきっといるだろう。

 要するに最強ではないというわけだ。


「まぁ、現状がそうなだけでこの先はわからないぞ」


 この世界にはレベルやステータスの概念はない。鑑定で見えるスキルも、俺が対象の使える技能、体質をスキルとして認識しているにすぎない。

 だからと言ってパワーアップが出来ないなんてルールはないはずだ。最強キャラに成長出来る道だってあるに違いない。


「よし、行くか」


 道があるなら行かないなんて選択肢はない。どこまでも進んでやるぜ。俺は昨日、ロイーヌの手を握りしめどんな相手でも打倒できる力を手に入れると誓ったんだ。その気持ちを裏切らないためにも日々精進しないといけないよな。

 転移する前は勉強にも運動にも湧いてこなかったやる気が、今やあふれんばかりに心から湧き上がってくる。

 ベッドから起き上がり伸びをする。隣の部屋にいるロイーヌはまだ寝ているだろう。起こさない様、静かに身支度を整え、宿屋から出た。


 夜が明けてから間もない、星々を見るには明るく、生物が活動を始めるには早すぎる時間帯。太陽が地平線からその姿を僅かに覗かせ、赤と青の二つの月が沈みゆく。三つの天体が空に同時に観測できる異様な景色だ。


「なんかいいな。この景色」


 語彙貧弱なので月並みな感想しか言うことができない。早起きは三文の得って言うけど、この空が見えるならまた早起きしてもいいかな。

 異世界の風景を見て回る旅をいつかロイーヌと一緒にしてみたいな。

 異世界の天体観測をしながら街を歩く。程よい肌寒さに目を覚ましながら、外に出るための門へやってきた。


「お疲れ様です」


「ふぁー、お前こそ朝早くから御苦労なこった」


 門は夜明けと共に開くので眠そうな顔の門番が欠伸をしながら出迎えてくれた。短く挨拶を交わして外の草原へ出る。


「この辺りでいいかな」


 振り返り、門が遠くにあるのを確認する。周囲には視界を遮るものがなく、足元に草が広がっているだけだ。他に人もいないし、安全確認は完了だ。

 今から行うのは秘密の特訓だ。ロイーヌを守れるほどの力、そして主人公最強になるための道を模索しよう。

 最初は現状確認からだ。深く息を吐き、昨日の戦いで使用した火球を再現しようとする。俺の魔法はドラゴンに傷一つつけることはできなかった。一方ロイーヌの魔法は強靭な鱗を砕き、体を貫いた。分類としては同じ魔法であるはずなのに決定的な威力の差がある。その違いを検証するためにも自分が使用した魔法を再現する。


 腕を伸ばし斜め上方へ向ける。広げた手のひらから赤い球が飛び出し、上空へと射出される。いまだ薄暗い空を照らしながら、その姿は徐々に小さくなり空の彼方へと消え去る。

 昨日撃ったものとなんら違いのない魔法だ。今の光景を目蓋に焼き付け、その場に座り込む。そして脳からロイーヌが撃った魔法の映像引っ張り出し、目蓋に焼き付けた映像と比較をする。

 色、大きさ、形の違いは誤差の程度しかない。見た目での比較では違いを見出すことはできない。

 では次にロイーヌの魔法を見た時に心に抱いた感情を思い出す。外見は同じであるのにも関わらず、ロイーヌの魔法からは俺のにはない凄みを感じた。

 それはまるで太陽だった。眺めるには優しい暖かさを与えてくれるが、触れれば何もかも焼き尽くしてしまう。そして内部では収まり切れないエネルギーが渦巻いている。あのおぞましいドラゴンのブレスにも負けない。そんな印象だ。


「真似してみるか」


 進歩は模倣から始まると言うし、太陽のイメージで構築してみよう。立ち上がり、再び空へ腕を伸ばす。


 太陽、太陽……、プロミネンス、フレア、コロナ、核融合……

 太陽から連想できるものを思い浮かべ心象を高めていく。頭の中で煌々と輝く天体が出来上がった。爆発的なエネルギーを蓄え、強力な重力で周囲の星を回らせる。


「これで、どうだ! 」


 体内の魔力が腕に集中する。その魔力が今までにない量、引きずりだされ腕までもぎ取られるような痛みが生じる。


「うぐっ」


 大量に魔力を奪われたせいなのか、目まいがして意識が飛びそうになる。それ根性でこらえ、意思を明確にした瞬間それは発動した。


 ドラゴンの体を呑み込めそうなほどの巨大な天体。それが俺の右手から飛び出し、天へ昇っていく。

 太陽が一瞬にして上ったかの如く周囲が明るくなり、瞬時に気温が上昇する。


 これだ! 見た瞬間ロイーヌの火球よりも威力のあるものができたとわかる。それほどまでに激烈な凄まじさを感じた。


 俺の放った太陽が天へ消え去ったのを見届けると、全身の力が抜け仰向けに倒れる。倦怠感が全身を包み、力が全く入らない。なるほど、これが魔力切れか。

 気を抜くと意識が落ちそうになるのをこらえ考察を開始する。今の結果についてだ。よりイメージが強力にしたところ魔法が強烈になった。はたしてこれは魔法の原則なのだろうか。

 いやそうじゃないだろう。もしこれが原則として成立しているなら、魔法は万能なものになる。人間の想像力は無限大だ。魔法でそれが実現できるなら、この世界は魔法によって支配され、より高度に発達するにはずだ。

 俺が見たところ、魔法は街灯や治療、戦闘さまざまな面で使われてはいるが支配しているほどではない。どれも魔法以外のもので代用できる。


 では、なぜ俺にはそのルールが適応されているのか。それは俺の魔法のスキルが『想像』によってつくられたからだろう。


 ステータスを開き、想像の説明文を見る。



【想像】

願ったものを形にすることができる。その有効範囲は物質、非物質問わずあらゆる物に適応される。



 俺に与えられたチートは『創造』ではなく『想像』だ。これは何かを創り出す能力ではなく、想いに形をあたえる能力だ。

 説明文にあるように、願ったものを形にしているので思い描いた以上のものを生み出すことはできないはずだ。だがらこそ、あいまいな想いの形は弱々しくなるのではないか。俺の攻撃がドラゴンに通じなかったのもそれが原因だろう。


「だから無敵にもなれる」


 人間に想像力は無限大だ。それを形にできる俺は強力なものをいくらでも形にできる。魔法も武器も防具もだ。

 最強への道筋が見えてきた。これから何かを作るときはよりイメージを明確にして、強い想いを与えよう。

 早起きしたかいがあった。これは三文以上の収穫だ。


 考察が終わったので帰ろう。そろそろロイーヌが起きるかもしれない。そう考えると倦怠感がなくなっていく。そういえば魔力回復速度上昇のスキルも持っていたな。ロイーヌのために早く帰ろうとしたから、強化されたのかな?



 立ち上がり来た道を帰る。門に戻ると門番が慌てた様子で訪ねてくる。


「お前が来た方からさっきでっかい火の玉があがったんだが、何かしらねーか? 」


 ギクリ、どう考えてもそれは俺だ。あんだけ派手な魔法を使えば目立つよな。


「いや、しらないっすね」


 思わず体育会系みたいな口調になってしまう。バレたら叱られるかもしれないので誤魔化す。


「またドラゴンみてーな魔物が来てたらていへんだ。ギルドに調査に依頼をださねーと」

 

 ヤバい。俺のせいで冒険者たちが無駄な依頼を受けることになる。でも今更俺が原因だって言い出せない。


「そっすか。おすかれっす」


 そそくさと門番から逃げるように街に入る。




 宿に戻ると俺の部屋のロイーヌがいた。


「マサトシ、どこ行ってたの? 」


 年頃の女の子が男の部屋に入り込むのはどうなのだろうか。注意しようとするが、俺を見て表情が哀から喜へ表情が変化したロイーヌに何も言えなくなる。


「ちょっと、秘密の特訓にな」


 かっこよく言ったつもりだが、ロイーヌは気に入らなかったようだ。頬を膨らましてすねた顔をする。この娘は感情表現がとても豊かだ。


「なんで私に黙ってそんなことしてるのよー」


 ポカポカと胸をたたかれる。まるで浮気が見つかった旦那になったみたいだ。旦那か、悪くないな。


「なんで笑ってるのよ。私、怒ってるんだからねー。パーティの相方に黙って特訓なんて,いけないんだからね」


 怒られても、かわいさに笑みが止められない。今度からはロイーヌも一緒に連れて行ってあげよう。

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