昇格
時刻は夕方、赤く照らされたギルド前の広場には人々が集まり騒然としていた。
「なんでブラックドラゴンが二体いやがるんだ」
「なんでも番(つが)いらしいぞ」
「ギルドの情報じゃあ、一匹しか確認されてなかったはずだろ」
冒険者の彼ら前には、二頭の巨大生物の死体が横たわっていた。一匹はこの街の英雄であるヘルト・ウァーが討伐を成し遂げ、今朝から置いてあったものだ。
「――で、もう一匹は誰がやったんだ」
「昨日、冒険者登録をしたばっかりのルーキーが倒したって噂だぜ」
「それはウソだろ。ルーキーが戦える相手じゃねーぞ」
彼らは冒険者として経験を積んでおり、己の実力をよくわきまえている。故に、目の前にあるものがどのような存在なのかよく理解していた。
ドラゴン種、それは最上位クラスに位置する魔物である。種の中で最も弱いワイバーンでも金(ゴールド)ランクのパーティでようやく互角の戦いになる。ましてドラゴンを名に冠する存在などを相手にできるのは、それこそ英雄か勇者と呼ばれるような人間だけだ。
「まぁ、何にしても街に被害がなくてよかったな」
「こいつらが街に来てたらただじゃすまなかっただろうな」
もし、英雄ヘルトと名も知らぬ勇者がいなかったらと考えると背筋にいやな汗が流れる。こんな怪物を相手にできる冒険者なんて他にいやしない。そうしたらこのローランの街は壊滅だっただろう。
「幸運に乾杯だ。飲みに行こうぜ」
そんな湿っぽい想像を払拭するために彼らはギルド内の酒場に目的地を決めた。
酒の肴に名も知れぬ勇者のことを他の奴らに聞いてみよう。もし酒場にいたりしたら酒の一杯でも奢ってやらないとな。
そんな考えを巡らしつつギルドに入って行く。
◇◇◇
「――ということなんだよ。君達はローランを救ってくれたんだ」
俺はギルド長室でギルド長からお褒めの言葉をもらっている。ちなみにロイーヌは魔力切れで眠ってしまったのでギルドに着く前に宿を取り、部屋に寝かして来た。
何故ギルド長、直々に会っているのか。それは俺がブラックドラゴンのことを受付のお姉さんに報告したらここに連れてこられたのである。
彼女は当初、報告に対して胡散臭そうな顔で聞いていたが、ブラックドラゴンをアイテムバッグから取り出しギルドの前に置いたら信じてくれた。そしてギルド長室に連行されたのである。
ギルド長室に案内する最中、しきりに俺の匂いを嗅いで首を傾げていたが、ひょっとして臭うのかな。運動して汗かいてるしな。汗臭くてロイーヌに嫌われたりしたら嫌だから気をつけないと。
「それにギルドの信用も守ってくれたんだ」
ギルド長が眼鏡の向こう側にある目尻を下げている。お偉いさんって気難しいイメージだけど、この人は穏やかそうな印象だ。優しい目で俺を見ている、
「ギルドの調査不足のせいで冒険者や街に被害がおよんだら、信用が地に落ちてしまうからね。その前に対処してくれて助かったよ」
どうやら俺とロイーヌは知らない間に街とギルドを救っていたらしい。
「君達がいてくれてよかったよ」
「そんなふうに言われると照れますね」
こうやって人に認められるのは久しぶりな気がするな。最後に誰かに褒められたのなんて思い出せないくらい昔だ。平凡を貫いてきてしまった俺にとって人から抜きん出ることなどなかったからな。
賞賛は異世界に来て欲しかったものの一つだ。でもまだまだ足りない。もっと俺のことを周囲に認めさせたい欲求が湧き上がってくる。
「それで報酬についてなんだが、討伐料、素材の売却代に加えギルド長の権限で特別なものをあげよう」
口をにっこり三日月にしている。これはあのパターンがくるのか。
「特別なものとは……」
生唾を飲む。これまでは完璧なテンプレの流れ出し期待しちゃうぞ。
ギルド長の口がゆっくりと開かれる。
「クボ・マサトシ、ロイーヌ・ロヒイン、貴君らをミスリルランクの資格ありとし、ギルド長リーダン・サーの権限により昇格を認める」
テンプレキターー。ミスリルって確か金(ゴールド)の上だったよな。他のランクを飛ばして一気に昇格。まさに定番ですよ。これでアダマンタイトまであと1つ、オリハルコンまでは二つに近づいた。
「喜んでもらえて嬉しいよ。ちなみに登録二日目でミスリル到達は最短記録だ」
おまけで記録更新もついて来たぜ。緩みきった俺の顔を見てギルド長が目を細める。話のわかる人でよかったよ。
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
「君達の今後の活躍に期待しているよ。これからもできればローランで活動をしてくれると嬉しいよ」
そんなこと言われると、俺頑張っちゃうぞー。ギルド長もいい人そうだしこの街に腰を落ち着けるのもありかな。
「私からの要件は以上だ。早く君の相方にもこのことを伝えてあげるといい」
「はい、ありがとうございます」
深々と頭を下げてからギルド長室を出る。部屋の外には受付のお姉さんが立っていた。
「昇格おめでとうございます。明日にはミスリルの冒険者プレートが出来ますので取りに来てください」
どうやら部屋でのやりとりが聞こえていたらしい。お姉さんにも一礼してから階段を下る。
「やっぱり凡人の匂いしかしない。それにしてもギルドマスターも何を考えているんだか……」
降りていく途中、お姉さんが何かを言っていたがよく聞こえなかった。
ギルド一階に降りた俺を出迎えたのは冒険者達の喝采だった。皆が俺を見て拍手や指笛を吹いている。
「勇者だー。勇者が来たぞー」
誰かがはやし立てるように叫ぶ。勇者ってなんだよ。もしかして俺のことか。勇者なんて呼ばれるのはさすがに恥ずかしいぞ。そもそもドラゴンを倒したのはロイーヌなのにここまで言われると申し訳なってくるな。俺がやったのはただの時間稼ぎなんだよな。
「まさかブラックドラゴンを討伐するなんて、あんた達やるじゃないか」
「僕ものんびりしてられないな」
人垣から朝ここであいさつをしたヘルトさんとそのパーティのメディさんが出てきた。ヘルトは自然に距離を詰めて話かけてくる。
「いやいや、俺なんてまだまだヘルトさんの足元にも及びませんよ」
謙遜でなく本当にそう思う。チート能力があるからドラゴンなんて余裕と考えていたが、実際はロイーヌがいなかったら死んでいた。そんな相手にたいしてヘルトさんは俺のようなチートなしで戦って勝っているのだから、素直にすごいと思う。こういう人のことを天才とか化物っていうのだろう。
「だから、そんな丁寧じゃなくていいよ。これからは良きライバルとして競い合おう」
爽やかに言い放つ。ライバルですか、イケメン力では完敗ですけどね。
「あんたもアタイと同じミスリルになったんだろ。どっちが先にヘルトに追いつくか勝負しようじゃないか」
メディさんが俺の背中をバシバシたたく。骨まで響くような力強さだ。痛い、痛いって、この人力半端ないな。
「今回は相方のロイーヌの貢献が大きかったですから、一人でも戦えるように努力します」
ヒロインの陰に隠れている主役なんていやしないだろう。ロイーヌと並べる、守れるようになるにはもっと強くならないとな。
そのためには能力をもっと使いこなさないと。今までは想像で作った物をぶつけるだけだったが戦い方を工夫したり、作ったものを組み合わせたりすればあるいは。いろいろ検証してみよう。
その後、冒険者からの酒の誘いを固辞し、ロイーヌが休んでいる宿に向かった。
「ロイーヌ、入るよ」
ノックをしてから声をかけ、部屋に入る。ロイーヌは目が覚めたようでベッドのなかで体を起こしていた。俺をみて薄いピンクの唇を広げ、微笑んでくれる。
「ここまで運んでくれてありがと。重かった? 」
恥ずかしそうに布団で顔を半分隠しながら聞いてくる。行動がいちいち可愛い。
「むちゃむちゃ軽かったよ。ところで体調はどう? 」
この世界で魔力切れが体にどんな影響を与えるか知らない。もしかして重大な損傷が体に残るかもしれない。
「大丈夫だよ。魔力の回復には三日くらいかかると思うけど」
よかった、心配しているようなことはないみたいだ。それにしても測定器を壊すほどの魔力が枯渇するってどれだけの量を注ぎ込んだのだろう。改めてドラゴンを貫いたあの魔法の威力に戦慄する。
俺もあれくらいの威力の攻撃ができないと彼女の横に立つことできないだろう。
ベッドの近くにあった椅子に腰かけ、話しかける。
「今日はありがとうな。ロイーヌのおかげでミスリルランクになれたよ」
彼女はその言葉に首を横に振る。
「違うよ、私たちだからなれたんだよ。一人じゃなくて二人だからドラゴンをやっつけられたんだから」
そういって俺の手を取ってくれる。
「これからも一緒に頑張っていこうね」
吸い込まれそうな瞳で見つめてくれる。引力に従いロイーヌの顔に近づいていくのを意志の力で止める。
「そうだな。二人で頑張っていこう」
どんな相手でも打倒できる力を手に入れよう。手を強く握り返しそう決意を固めた。
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