街の外で

「マサユキにいちゃんばいばい」


「ロイーヌおねえちゃんもまたきてね」


 翌日、子供達に見送られながら孤児院を後にした。

 最初は生意気だった奴らも最後には懐いてくれたし、依頼は完璧にこなせたと言っていいだろう。ちょっとした達成感が湧き上がる。

 依頼遂行の報告と新しい依頼を受けに行くためにギルドに向かう。


「楽しかったね。また依頼が出てたら来ようね」


 俺以上に好かれていたロイーヌは子供達に手を振り返している。


「それもいいけどさ、冒険者らしい仕事もしてみたいぜ」


 やっぱり冒険者の仕事の花形といえば素材採集や魔物の討伐だよ。そっちの依頼の方が能力も生かせるし、目立てる。


「今日には街の外に出られるんだっけ」


「強力な魔物の退治が上手くいってればな」


 活躍するためにも、名前も知らない先輩冒険者には頑張ってもらいたい。

もし討伐が失敗していたなら、こっそり街から抜け出して倒してやる。それだけの力を俺は持っている。

 ギルドの命令を無視することになるが、犠牲も出さずに魔物の駆除ができたのなら文句も言われないだろう。もしかしたら、特例で数段飛ばしのランクアップなんてあるかもしれないな。

 そう考えると、討伐はうまく言ってない方がいいな。頑張るな、先輩冒険者。


「ねえマサユキ、あれどうしたんだろう」


 街の中心にある広場につくと、ギルドの前には人だかりができていた。


「行ってみよう」


 ロイーヌが人ごみに押しつぶされないように半ば抱き着く形で人をかき分けていく。

 顔を赤くしながら見つめてくるが、ここで動揺を見せるのはいけない。努めて冷静を装い、前だけ見て進んでいく。


「なんじゃこりゃ」


 野次馬の先頭に出た俺の目に飛び込んで来たのは黒いトカゲの死体だった。

 いや、全体の形がトカゲに似ているだけでそれ以外は全く違う。トカゲには首と尻尾に棘はついてないし、魚みたいな鱗だってない。爪はあるかもしれないがあんなに鋭くないはすだ。さらに目の前のこいつは体長と同じくらいの翼がついている。そして何より、五十メートル近いトカゲなんて見たことがない。

こいつはまさか••••••


「マジかよ。街の外にいたのって、ブラックドラゴンだったのかよ」


 野次馬の誰かが言ったのが聞こえた。うん、やっぱりドラゴンだったか。ファンタジーの代名詞たるドラゴンさんの死体が目の前にある。

 話から察するにこいつが魔物の活性化の原因の魔物だったようだ。確かにこんなのがいたら外には出られないよな。


「先越されちまったか」


「マサトシならドラゴンも直ぐに倒せるようになるよ」


 ロイーヌが迷いなく断言してくれる。この娘は俺のことを信用しすぎな気もするな。まあ、彼女にとってはピンチに駆けつけてきてくれたヒーローのようなものだからな。補正が掛かりに掛かっているんだろうな。


「こいつが死んでいるってことは、もう依頼は受けられるんだよな。ロイーヌ、ギルドに行こう」


 もっと見学していたい気持ちもあるが、さっさとランクを上げないといけないんだ。こんなところで時間を無駄にしたくない。ドラゴンを回り込みギルドへ入る。

 ギルドの入ると宴会のような騒ぎ声が聞こえてくる。入って左手にある酒場では多くの冒険者が木製ジョッキを片手に酒を仰いでいる。席が足りないみたいで、テーブルが片付けられみんな立っている状態だ。

 その宴会の中心には男女二人が冒険者たちに囲まれて、酒をジョッキに注がれていた。

 男は茶色の短髪で爽やかな笑みを顔に浮かべている優男だ。爽やかなスポーツ選手みたいな印象を受ける。女性の方は赤茶色のショートカットで気の強そうな目つきが特徴的だ。こっちは俺の苦手なタイプだな。

 二人は周りにいる奴らと比べハイグレードな装備を身につけいる。冒険者としての格が違うのが見た目からわかる。


「まさかぁドラゴンを討伐しちまうたぁー、さすがはアダマンタイトランクだ。お前はこの街、ローランの英雄だよ」


 中年の冒険者が男の肩を叩きながら言った言葉に他の奴らも賛同の声をあげる。どうやら彼らが表にいたドラゴンを討伐した人たちらしい。二人とも俺より少し年上ぐらいだが、実力はこの中ではトップに位置するんだろうな。もっと筋骨隆々なおっさんをイメージしていだが、全く違ったな。

 それにしても英雄か、いい響きだ。羨ましいな。


「うん? 」


 羨望の眼差しで見ていると男と目が合ってしまった。そしてなんとこっちへ歩いてくるではないか。


「君、見ない顔だね。最近この街にきたのかな」


 微笑みながら話しかけてくる。間近で見るとその整った顔立ちがよくわかるな。


「あっ、はい。昨日きて冒険者になったばかりです。 匡俊って言います。よろしくお願いします。こっちは同じパーティのロイーヌです」


 相手はアダマンタイトランクだ。昨日の雑魚と違って目をつけられたら面倒そうだ。挨拶はちゃんとしておこう。イケメンは敵だと考えているが、長いものには巻かれる主義だ。


「そんな丁寧にしなくていいよ。僕のことはヘルトと呼んでくれ。あっちの女性が相棒のメディだ。よろしくマサトシ」


 ヘルトは気後れなく手を差し出してくる。どうしてイケメンってやつはこうもぐいぐい距離を詰めてくるんだろうな。


「これからは同じローランのギルド仲間として一緒に頑張っていこう」


 俺がおずおずと出した手をガッチリと握り、元に場所へ戻っていく。去り方も爽やかなやつだ。実に憎たらしい。


「今の男のことどう思った」


 なんとなくロイーヌに尋ねる。いや、なんとなくではなく危機感を持ったからだ。女ってイケメンに弱いからな。ひょっとしたらロイーヌも……


「アダマンタイトランクだからすごいなって思ったよ」


「それだけ? 」


「うん」


 質問の意図が掴めてないようでキョトンとしながら答えてくれる。そうかよかった、よかった。


「よし、じゃあアダマンタイトより上を目指すぞ」


「うん、頑張ろうね」


 当面の目標が定まった。顔では完敗かもしれないが、実力なら負けないはずだ。ランクでヘルトよりも上になってロイーヌに俺の方がすごいってところを見せてやる。


「そのためには依頼をバンバンこなさないとな」


 依頼を探すために掲示板の方へ移動する。ここから俺の本当の成り上がりが始まるぜ。




「マサトシー、ヒソップ草あったよー」


 ロイーヌが手を振りながら嬉しそうに報告してくれる。その手の中には葉脈の赤いタンポポのような草が握られている。


「ちょうど昼時だし、休憩にしよう」


 足元を見回して枝をどかしてから、ロイーヌと向かい合って腰を下ろした。

 俺たちは街からほど近い森で薬草採集をしている。アダマンタイトランクを目指すと勢い込んでみたものの、現状は銅(ブロンズ)に過ぎない。受けられる依頼もこの程度のものしかなかった。

 ちなみに今集めている草は傷口につけると痛みが和らぎ、飲み込むと回復力が高まる薬草だ。下級冒険者は常にこの薬草を持ち歩き、上級冒険者が使用する回復薬の材料になる。まあ、俺は回復魔法を使えるし、想像でもっと効能が高い薬を作れるから無縁なものだな。


「この調子なら日が暮れるまでに終わるかな」


 ロイーヌは袋に入れてある薬草の数を数えている。依頼はヒソップ草二十本だ。朝から探して七枚集まったのだから今日中に終わるかは微妙なラインだ。夜になったら暗くて何も見えないだろうし、夕方までにはローランに戻らないといけない。


「生えている場所が分かればいいんだけどね」


「そうだよなー。群生していたらすぐに集まるんだけどな」


 面倒なことにこの草はどこに生えるかは決まっていないらしい。森のいたるところに点在している。生える条件がわからないので栽培も難しく、供給は冒険者便りになり新米冒険者が探すことになる。

 ……いや、待てよ。わかるぞ。


「ナイスだ。ロイーヌ」


「えっ。どうしたの」


 どこにあるかわかるスキルを創ればいいだけじゃん。視界にマップを表示して、任意の物をマップ中に表示するような能力があればいい。

 具体的な機能を意識しながら想像を行使する。胸に何かが収まる感覚と共に、スキルが出来上がったことが分かる。


「探知発動」


 別に声を出す必要はないノリで声を出してみる。発声すると俺を中心に球状に何かが広がる。そして時間差で跳ね返ってくる感触と共に視界の右上に丸い画面が表示された。

 画面には白い三角にを中心として、その周りに赤い丸がたくさん出ている。

 立ち上がり前方に歩いてみると、白い三角が上に動く。三角が自分の場所を表しているみたいだ。


「とういことは、赤丸が目標物か」


 ニヤリと口をゆがめて笑みを作るが、そこに背中から声をかかる。


「どうしたのマサトシ? 急に声出したり、動きだしたり」


 振り返るとロイーヌが心配そうに見ている。いけないな、今の行動は理解不能だろう。おかしくなったと思われる前に誤解を解かなければ。


「場所が分かったぞ。ついてきてくれ」


「えーー、本当にわかるの? 」


 ロイーヌを引き連れて移動していく。マップ上の白い三角と赤い丸が徐々に近づいていき重なる。そこで視線を下に向けると脚の横に赤い葉脈の草が生えている。


「はらな、あっただろ」


 それを摘み取りロイーヌに見せてやる。彼女は驚きに口と目を少し開く。


「本当だー、すごいマサトシ」


 俺の手をとりぴょんぴょんと跳ねる。実にかわいらしい生物だ。


「この調子でどんどん集めていこう」



 マップを見ながら集めていく。今までの苦労はなんだったのかと思うほどに簡単に集まってしまった。時間にして7本集めるのかかった時間の十分の一ってところだろう。最初からこうしてればよかったな。


「これで依頼数は集まったな。時間もまだあるしどうしようか」


 まだ昼を過ぎた程度だ。街に戻ってもいいが、宿をとるには早すぎる時間帯だ。


「ヒソップ草なら余分にとってもギルドが買い取ってくれるから、もっと採っていこうよ」


 マップにはまだまだ赤い点がある。金があって困ることもないしその提案に乗っておこう。


「よーし、じゃあここら一帯を刈りつくすか」


 マップの上側から左回りに動きながら採集していく。探知のスキルのおかげで、葉っぱの下や木の洞の中にあろうと見つけだすことができる。

 そうやって集めていくとマップの下側に来るころには数が百を超えていた。


「ねえ、あれなんだろう」


 ロイーヌが薬草採集をしていた腰をあげて、森の一点を指さす。指さした先はマップ上ではヒソップ草の反応が全くない空間だ。

 指をさす方向へ視線を向けると、そこには開けた木々のない、いや木々が地面ごと抉られた窪地だった。地面は掘られたように凹みでおり、その穴の周りには無理やり千切られた木が倒れている。

 自然にこんな穴はできるはずはない。気になるな


「見てくるよ」


「マサヨシ。危ないかもしれないよ」


 静止の声が聞こえてくるが好奇心が勝り、開けた空間に向かって走り出す。ドラゴンがいなくなった今、この森には強い魔物は出てこないらしいし問題ないだろう。


「あれは、卵か!? 」


穴の外周部にから中心を見ると、柔らかそうな草の上に白い楕円形の物体が三つ置いてある。


「ということは、ここは巣か」


 確かにそう言われれば巣にも見えなくないな。そうだしたら、こんなでかい巣に見合う生き物がいるってことか。


「あれを鑑定すればわかるか」


 卵を鑑定すれば何か情報がつかめるかもしれない。卵の目を向けて鑑定をする。


【ブラックドラゴンの卵】

 ブラックドラゴンの卵、孵化まで後四百五十日程度


「えっ」


 間の抜けた声が上がってしまう。ブラックドラゴンって朝、ギルドの前で見たあいつのことだよな。こんなところに卵を産んでいたのか。


「マサトシーー、うえぇぇーー」


 悲鳴のような声が響く。言われたとおりに上空を見ると同時に猛烈な風圧に体が飛ばされそうになる。強烈な風の中、目を薄く開けると、そこには翼をはためかせ鋭い眼光で俺を睨み付ける生物がいた。

 棘の付いた首と尻尾、魚のような鱗を持つ体、長と同じくらいの翼をもつこいつは






ドラゴン戦


「なんでドラゴンがいるんだよ」


 こいつはヘルトが討伐したはずだろ。まさかもう一匹いやがったのか。


「グギャァァァーー」


 ドラゴンが俺を睥睨する。敵意をむき出しの視線にさらされ身がすくむ。全身が鳥肌立ち、心臓が早鐘を打つ。

 ひょっとして俺のことを卵を奪いに来たやつだと思っているのか。だとしたらヤバいぞ。野生動物っていうのは子育中、凶暴度が増してどんな相手にも容赦がなくなるらしいし。


「ギャーーズ」


 叫び声をあげると翼の動きが素早くなり風圧が強くなる。横にある木が斜めになるほどの暴風にさらされながら、腰を下ろして両足で地面をつかみ、吹き飛ばされないように踏ん張る。


「ギュッア」


 耐えるだけで精いっぱいで動けないと見たのか、短く吠えながら牙がぎっしり生えた口をあけながら突っ込んでくる。

 

「うおっと」


 踏ん張るのに使っていた力を横方向に変えて、転がるように噛み付きを回避する。先ほどまでたっていた地面は牙が突き立っていた。


「ふうーー」


 恐怖で浅くなっていた呼吸を深く息を吐くことによって整える

 落ち着け、今も相手の動きに対応できたし勝てない相手じゃない。元々ヘルトが倒していなかったら倒そうと考えていた相手なんだ。むしろこれは幸運といっていいだろう。不安要素があるとしたら――


「マサトシー、逃げてーー」


 泣き声交じりで叫んでいる。彼女をどうしようか。一人なら逃げることもできるだろう。でもロイーヌと一緒ならはっきり言って足手まといになる。さすがの俺でも空を飛べる相手に人を背負いながら逃げ切れる自信がない。

 こんな場面は定番のあのセリフの出番だな。


「ここは俺に任せて、先に行けー」


 これ一度言ってみたかったんだよな。 

 長い尻尾を叩き付けてきたので両腕を交差させ受け止める。その衝撃で足が地面にのめりこむ。


「で、でも……」


 ロイーヌの方をみると不安そうな眼差しでこっちを見ながら逡巡している。俺のことを心配してくれるのはありがたいが、それはダメだよ。そうやって主人公の足を引っ張るヒロインは嫌われるぜ。


「俺なら大丈夫だ。本気を出すために避難していてくれ」


 ロイーヌがいたままじゃ全力の魔法も使えない。彼女を気にしながら戦える相手でもないだろう。

 それを伝えても迷うような仕草を見せるが、決心がついたようで走り出してくれた。振り返りながら走るのは危ないぞ。


「さてと、これでお膳立ては整ったな」


 打ちつけられた尻尾を両手で掴み力の限り引っ張るがびくともしない。強化された筋力でもこれだけ体格差があれば勝てないか。

 掴んでいた尻尾を離し全力で殴りつける。殴り飛ばされ尻尾は付け根を中心に弧を描きながら動き胴体を叩く。

 自由になった手で腰に佩いていた刀の柄を握り鞘から抜く。冷たい輝きを放ち、刀と腕の神経が繋がっていくような感触が広がる。


 ドラゴンも雰囲気の変化を感じ取ったのか、より低いうめき声をあげる。伏せるように体制を低くし、いつでも飛びかかれる姿勢をとる。


 俺も刀を正眼に構え、どんな攻撃にも反応できるように集中力を高める。黄色い双眸を睨み付け、睨み返される。まるで果し合いを行っているような張りつめた空気が広がる。


 先に動いたのはドラゴンの方だ。低い体勢から飛びつき襲い掛かってくる。鋭い爪が生えた右前足を振り下ろし、体を切り裂こうとする。


「オリャッ」


 その爪に合わせて刀をぶつける。不愉快な甲高い音が鳴り、刀と爪甲が拮抗する。

 受け止めることはできた。そのまま刀を滑らし前足を切ってやる。

 しかしドラゴンはもう一方の前足を動かし、俺の無防備にさらされている背中に爪を突き立てようとしてくる。

 地面に体を伏せることによって回避を行う。頭のすぐ上を両腕が通りすぎ、ハラリと切断された髪が視界へ落ちてくる。


 その低い姿勢のまま、這うように動きドラゴンの股下を抜ける。

抜けた先には尻尾がある。素早く立ち上がり、刀を肩の上まで掲げてから全身の筋肉を使い斬り下げる。

 剣術スキルにより最速で腕を振り下ろすための動きが自然に行える。体が完全な連動を起こし、全身の力が腕に集中する。渾身の斬撃だ。

 その結果、コンクリートをバットで殴りつけたかのような痺れが手に伝わる。それはつまり、今の一撃が尾を切断するにはいたらなかったことを意味していた。刀は峰まで食い込んだところで止まっており、尻尾の太さからいってかすり傷程度のものだ。骨にまで届くようなものではない。


「グォーーギャッ」


 その程度の傷でもドラゴンには気に障ったようだ。怒りの咆哮を上げ、勢いよく尾を振り回す。


「グッ」


 尾に生えた棘が腕に刺さり、そのまま跳ね飛ばされる。


「ガハッ」


 宙を舞った後、木に叩きつけられ肺から空気が絞り出る。

 痛い、苦しい、今ので骨が折れたかもしれない。回復をしないと。

体の内外の傷が全て消える回復魔法をイメージすると全身を青白い光が包み、苦痛がなくなっていく。


「ヤバかった」


 もし今の攻撃で意識が飛んでいたら敗北決定だった。その後はきっとドラゴンに殺されるハメになっていただろうな。

 コイツ、思っていたより強いな。

 刀は尻尾に刺さったままだし、あの硬さからして近接戦じゃ勝ち目はなさそうだ。全力の一太刀でも鱗が切れる程度だったし。

 となると、魔法で遠距離攻撃に切り替えた方が良さそうだ。


 手を突き出し、意識を集中させる。頭の中で行使したい魔法を描く。

 何もかもを燃やし尽くす火球だ。直径は俺の背丈と同じくらい。それを高速で打ち出す。


「食らいやがれ! 」


 体の中心から離れ何かが吸い取られるような感じと共に、真っ赤な火の玉が放たれだ。焼け焦げた黒い道を作りながら進んでいく。

 森の中で火炎魔法は不味かったかもしれないな。そんな感想を持ちながらドラゴンへ衝突するのを見守る。


 ヤツは前脚を地面に叩きつける。

 すると叩かれた地面から三つの斬撃がこちらに向かってくる。

 こいつ、爪撃をとばしやがったぞ。

 火球と正面からぶつかり、分断する。

 切り裂かれた火球は方向性を失い、散り散りとなる。別れた1つが胸へ直撃するが黒い鱗によごり一つもつけることはかなわなかった。

 一方、爪撃は勢いそのままに俺へと迫ってくる。

 横っ跳びで地面へダイブしながらなんとか回避をする。爪撃は背後にあった木々を切り倒し、森の奥へと消えていった。


「ヘンッ! 」


 立ち上がりドラゴンへ視線を移すと、どうだと言わんばかりに短い鼻息を出した。


 不味いぞ、マズイぞ。こいつひょっとしてかなり強いんじゃない。いや、剣も魔法も致命的な損傷を与えられていないから間違いなく強いだろう。

 なんでこんなラスボス級の魔物に冒険開始早々出会っているんだ。こういうのはもっとさ、経験を積んでから出会うべき敵だろ。

 確かに戦う前までは倒せると思っていたよ。こいつが出てきた時なんて、名前を上げるチャンスを神から与えられたと思ったね。

 でもまさかこんな強いなんて、さっきまでの自分を殴り飛ばしたくなるな。

 俺にはまだドラゴンは早かったです。異世界なめていました。出直してきます。

 こんな時は逃げるに如かずだ。時間も稼いだし、ロイーヌはもう十分な距離逃げられているだろう。勝てないとわかったなら、これ以上の戦いは無意味だ。


「お、覚えていやがれ」


 三下じみたセリフを残してから、逃走する。ドラゴンに背を向け全速力で走る。


「うわっ! 」


 走り出して数秒もしないうちに俺は足を取られて転んでしまう。

 見ると先程の爪撃で抉れた地面に俺の足が入り込んでいた。なんでこんな場面でドシってるんだよ。俺の馬鹿。


 そんな大きな隙を見逃してくれるほどブラックドラゴンは甘くない。一足の跳躍で俺の真上まで来て、落ちてくる。前脚は振り上げられ俺を切り裂こうとする意志がひしひしと感じる。


 そういえばロイーヌに言ったあれ、フラグじゃん。やっぱりお約束って守られるものなんだな。

 前脚が徐々に下がってきている。もう爪は目の前だ。これで終わりかよ。もっと異世界ライフを満喫したかったな。

 死を覚悟した直前のスローモーションの世界でそんなことを考える。


 殺される恐怖に目蓋を閉じてこらえる。やっぱり痛いのかな。



 しかし、次に五感がとらえたのは爪で引き裂かれる痛みでなく、轟音と体が吹き飛びそうな衝撃だ。


「グギャーー」

「うわっ! 」


 衝撃に目を開けると俺の真上にいたはずのドラゴンが消え、横で苦悶の唸りを上げて倒れていた。


「よかった。間に合ったぁ」


 首を反対に向けると、そこには安堵の表情を浮かべながら近づいてくるロイーヌの姿があった。


「ロイーヌがやったのか? 」


「うん、隠れて魔法の構築をしてたの。マサトシがやられそうになったのから途中で放出しちゃったけど」


 ウソだろ。俺では全く損傷を与えられなかった相手にロイーヌが有効打を与えている。しかも、完璧じゃない不完全な魔法でだと。

 いや、ロイーヌの魔力は俺よりも上で測定不能なほどだ。魔法の威力も桁違いに高いかもしれない。


「ありがとう助かったよ。でもどうして、逃げろって言ったのに」


 てっきり今頃は森を抜けて、街まで走っていると思っていたのに。


「ねぇ、私達ってパーティだよね」


 すぐ側まできて、手を差し出し起きるのを手伝ってくれる。


「おう、そうだな」


 手を握り立ち上がる。ロイーヌの相方は俺だけだ。


「だったらさ、助けあわないと。仲間を置き去りにして逃げるなんてできないよ。守られてるだけなんてパーティじゃないよ」


 はにかみながら笑う姿に胸が高まる。その表情を見ていると抱きしめたくなるじゃないか。つい腕を体にまわそうとしたところで――


「ゴグギャーーーー」


 咆哮が木霊する。チッ、空気の読めないやつめ。

 ドラゴンも立ち上がり、こちらを睨んでいる。横腹は抉られ肉がむき出しなり、血が流れている。痛みもあるはずだがそれを表情からは感じさせてない。


「ロイーヌ、完璧な魔法を食らわせることはできるか」


 俺じゃドラゴンを倒すことはできない。だがロイーヌの全力ならできるはずだ。


「できるけど、構築に時間がかかるよ」


「大丈夫だ、時間は俺が稼ぐ。一緒にあいつを倒そう! 」


 ドジを踏まなければ、攻撃をかわし続けて時間を稼ぐぐらいはできるはずだ。


「うん、わかった。二人で倒すんだよ。頼りにしてるから」


 嬉しそうに二人を強調しながら返事をする。そして目を瞑り祈るように両手を胸の前で繋いぐ。どうやら構築に入ったようだ。


 頼りにしてるか。そうだよな、仲間ってのは背中を預けてお互いに補いあうものだよな。俺に足りないのは攻撃力、ロイーヌに足りないのは時間、二つを補いあえばラスボス、ブラックドラゴンだって倒せるはずだ。

 いいぜ、やってやる。ヒロインを守りながら戦うなんて最高に燃えるシチュエーションじゃないか。


 ドラゴンは自分にとって脅威になるのはロイーヌの方だと判断したようだ。彼女の方へ体を向け、跳躍の姿勢をとる。


「お前の相手は俺だー」


 横に回り込み、ロイーヌがつくった傷に水を魔法で叩き込む。

 傷口をしみさせるとか我ながらせこいことをしている。でもこれでいいんだ。俺の役割は時間を稼ぐことだ。それならヤツにとって鬱陶しいことを行なって、ヘイトを集めることこそが最優先だ。カッコよさなんて知ったことか。


「グギャ」


 効果はあったようでギロリの眼球がこちらを向く。

 よし、まずは俺に敵意を向けることに成功した。

 次にドラゴンの顔の下にある土を魔法で巻き上げる。砂かけで目潰し攻撃だ。一度で終わらず、二度三度と土を顔にかける。

ドラゴンが顔を振り土を払うがそしたらまた土がかかる。


「ギャーース」


 その繰り返しにイラついたようで突進をかましてくる。もうロイーヌのことは頭にないようだ。

 怒りで単調になった攻撃をかわすのは簡単だ。突進は横にズレてかわし、その後も大振りの爪や予備動作の大きい攻撃をドラゴンの周囲をちょろちょろと動き避ける。死角に入り込んでは効かないとわかっている拳や蹴りを叩き込む。

 大きさの比からしてハエにチラつかれているようなものだ。害はないけど腹がたつ。


「グワギャギャーーーー」

「できた」


 聞いた中で一番の絶叫とロイーヌの構築完了の声が同時に聞こえてくる。


 ロイーヌの桜色の髪が僅かに逆立ち、体からは深紅の光が溢れている。彼女を中心として空気の流れがおこり、葉が散る。

 一方ドラゴンは後ろ足だけで立つ。口から黒紫色の息が漏れ、胸を大きく膨らませている。これはドラゴンお決まり必殺技ブレスが来るのか。

 互いの立ち位置は俺を真ん中に直線上になっている。


「グギャーー」

「マサトシ、避けてー」


 同時に攻撃を繰り出し、俺は慌てて両者を結ぶ直線から離れる。


 ドラゴンの吐いたのは黒紫のブレス。禍々しく触れる物を破壊し尽くしてしまいそうな光線だ。

 ロイーヌの繰り出したのは火球。大きさも色も俺が放ったのと見た目は同じだ。しかし、見た目しか同じではない。魔法の原理を知らない俺でも直感で分かる。あれは俺のとは魔力の密度も質がまるで違う。


 二つの攻撃は俺の目の前でぶつかり合い、ブレスが火球を侵食しようと、火球はブレスを貫こうとする。


「いけーー! 」


 意味はないかもしれないが叫ばずにはいられない。俺の相棒の全力を見せてやれ。

 願いが通じたのか火球はブレスを破り、霧散させる。そしてそのまま真っ直ぐにドラゴンを貫いた。

 胸を貫かれ、大地に地響きを起こして倒れる。あれじゃもう生きてはいないだろう。


「ロイーヌ、やったなー」


 倒れたのを確認してから、相棒の元へと駆け出す。


「えへへ、やったよ」


「イェーイ」


 俺を見て笑うロイーヌの手をとりハイタッチをする。

 彼女はそのまま俺の胸に倒れこんできた。


「おい、どうした。大丈夫か? 」


 まさか知らない間に攻撃を受けていたとか。ロイーヌを腕で支え顔色を見る。


「魔力使い過ぎちゃった。眠くなってきたよ」


 どうやら魔力が切れると意識が保てなくなるようだ。なら仕方ない。


「街までは俺が運んでやるからゆっくり休むといいよ」


「ありがとう、マサトシ」


 そう言って、ロイーヌは穏やかな寝息をたてはじめた。実に愛おしい寝顔だ。


「俺こそありがとう。君がいなかったら死んでいたよ。君は最高のヒロインだ」


 面と向かっては言えないだろう恥ずかしいセリフを寝ている相手に言ってか、背中に背負い歩き出す。

 ブラックドラゴンの死体はアイテムボックスに入れて持って帰ろう。ギルドの人達驚くだろうな。

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