孤児院での出会い

「ねー、ねー、チャンバラしようよー」


「それよりも、冒険者ごっこしたいから魔物役やってよー」


「くらえー、ウルトラパーンチ」


 どうしてこうなった。子供たちに体中を引っ張られ、肩と背中には三人ほど張り付いている。子供相手なので振り落とすこともできず、されるがままになっている。

 おかしい。ギルド登録の後は依頼で魔物を倒していくのが王道のはずなのに。俺は街外れに孤児院で元気が有り余っている男の子たち相手におもちゃにされている。何人かは木の棒で叩き出す始末だ。




 ロイーヌがギルドの全員を沈黙させた後、赤茶色のプレートをもらった。銅(ブロンズ) ランクの冒険者プレートだ。細長いプレートには俺の名前とその隣には【紫】と書いてあった。ちなみにロイーヌのものには何も書かれていなかった。オーバーフローだとそうなるらしい。

 それで冒険者になれた。さっそくランクアップを目指し、意気揚々と依頼を受けようとしたところ


「街の外での依頼は現在、銀(シルバー)ランク以上しか受けることはできません」


 と受付嬢のお姉さんに冷たく言われてしまった。なんでも、街の近くに強力な魔物が現れたらしい。強力な魔物はいるだけで周囲の魔物を活性化させ凶暴度が増すそうだ。

 そんな状況で未熟な冒険者が外へ出るのは危険だと、ギルド長が発令を出した。銀(シルバー)未満を含め街の住人は外に出ることができないらしい。

 どおりで昼間から飲んだくれている奴が多かったわけだ。

 件の魔物は街一番の冒険者が討伐しに行ったようで明日の昼には返ってくる予定だそうだ。


「俺、宿代ないんですけど」


「でしたら、街の中での仕事を紹介しますね。これなんてどうですか。ランクフリーの依頼で泊まり込みの仕事ですから宿の心配もいりませんよ」


 そういって紹介された仕事を受けた結果が……




「いまだー、かかれー」


 集団リンチである。おのおの自分の得物を手に魔物役に攻撃をぶつけてくる。なんでこの子達こんなに好戦的なの。これ俺だから無事で済んでいるけど普通の人間だったら怪我しているよな。


「お前ら、いいかげんにしろー」


「わー、おこったー。てったいだー」


 蜘蛛の子を散らすがごとく逃げていくガキども。まったく困った奴らだ。


「マサトシは男の子に好かれているんだね」


 女の子たちと人形遊びをしているロイーヌに話しかけられる。こっちは至って平和だ。バイオレンスとは無縁だ。


「いや、あれは好かれているのとは違うだろ」


「でもみんな楽しそうだよ」


 純粋な笑みを浮かべるロイーヌ。この笑顔が見られるんだったら子供の相手ぐらいしてやろうじゃないか。我ながら現金な奴だ。

 ここはずっと働いていた職員が退職してしまい人手不足に陥っている。新しい働き手がみつかるまで冒険者ギルドに依頼を出してしのいでいる状態だ。

 孤児院の手伝いまでするとは、もはや冒険とは関係ないだろと思わないでもない。


「おっ、お前さん随分チビどもに好かれているじゃないか」


 子供たちと戯れていると、遥か頭上から声が落ちてくる。首の仰角を直角近くまで上げると視界いっぱいに毛が薄いグリズリーが入ってきた。


「お前さん、何か失礼なことを考えてないか」


 グリズリーが俺を見下ろし、訝しげな視線を送ってくる。このグリ、大きめな体格のおっさんこそがここの院長であるブーゼ•シンだ。

 孤児院と言ったら優しいシスターと相場が決まっているのに。清楚でなシスターに会えると思っていた期待を返して欲しい。

 ギルドから依頼を受けて来た時、建物からおっさんが出て来たときは魔物が現れたと本気で勘違いしてしまった。それくらいこのおっさんの大きさは人間離れしている。縦は俺の二倍、横は三倍近くはありそうだ。

 なんでも半分は巨人の血を引いているらしく、父親はさらにでかいそうだ。どんだけだよ、巨人族。

 そんなサイズの相手におっさんの母親どうやって子供を……,いや考えるのはやめておこう。


「あっ、ブーゼだ。みんなやっつけろー」


 おっさんを見つけた子供達がおっさんに群がり、木の棒で殴りつける。


「ハッハッハッー、そんな攻撃じゃワシを倒すことなんてできんぞー」


 おっさんはアリの攻撃をものともしないクマのように仁王立ちをしている。

 うん、おっさんのせいでここの男の子達は大人をどれだけ攻撃しても怪我をしないものだと思っているんだな。この子達の将来が心配になる。誰か注意してやれよ。




 そうやって子供達と遊び、夕方になるとみんなで夕飯を食べる。今日のご飯はなんとロイーヌの手作りだ。


「ロイーヌねえちゃんの作ったご飯おいしー。おかわりー」


「おれもー」


「ブーゼのご飯よりもぜんぜんうめー」


 ロイーヌお手製のシチューは子供達に大好評だ。かく言う俺も


「おかわりー」


 感動のあまり、子供達と同じテンションになってしまった。だって女の子の手料理ですよ、しかも美少女。これで心動かないやつは男じゃないね。


「うふふ、マサヨシも子供みたい。いまよそうからね」


 そんな俺を慈母の眼差しで見つめてくれるロイーヌさん、マジ天使です。



 夕飯の後はお風呂の時間だ。この国は水が潤沢で入浴の習慣もあるらしい。

元日本人からしたら嬉しい限りだ。やっぱり一日の疲れは風呂で取らないとな。

 この孤児院では当番制で井戸から水を汲んで桶に水をためる、蒔きを割る、火の面倒を見るのを子供達で行なっている。そこに混ざり作業をした。

ガスも水道もない暮らしの苦労がよくわかったぜ。



「よーし、お前ら風呂にいくぞー」


 沸いたので入ることにする。子供達の面倒を見に来ているのだから、当然子供達と一緒にだ。

 おっさんは入るとそれ以上人が入らなくなるのでいつも最後に入っているそうだ。

 男の子達を連れて風呂に向かう。何人かロイーヌと入りたいとぬかすガキもいたが、そいつらは脇に抱えて連行中だ。

 別に子供相手に嫉妬しているわけじゃない、男は男同士で入るべきなんだ。教育のためだ。


 ……ほんとは、ちょっと嫉妬しました。


 子供達の背中を洗ってやり、お返しに背中も洗ってもらった。その後、お湯に浸かって疲れを取るはずが――


「くらえー」


 顔にお湯をかけられる。こいつら風呂ぐらい静かには入れないのか。


「お前ら、ちょ、はなしを、プハッ、聞け、うわっと」


注意しようとしてもみんなが顔にお湯をかけてくるので喋ることもままならない。仕方ない、目には目をだ。

 想像で拳銃型の水鉄砲を二挺創る。それをお湯に沈め、充填完了だ。覚悟しろ。

 引き金を引く。放たれたお湯は一番激しく暴れている子の顔にまっすぐ吸い込まれる。


「すげー、なにそれ」


「かしてー」


「おれにもー」


 反撃にお湯かけ攻撃は止まったが、今度は水鉄砲に興味を持たれてしまった。キラキラした目で見てくる。


「仕方ないな。特別だぞ」


 この際だ。遊び足りないそうだから相手をしてやろう。人数分の水鉄砲を創ってやり、みんなでガンマンごっこをして遊んだ。

途中、後がつかえている女の子達がやって来て注意されるまで遊びは続いた。



「ふいー、これで業務終了だな」


 風呂から上がったら直ぐに就寝の時間だ。あんなに元気だった子供たちは毛布にくるまるなり、糸が切れたように眠りについた。

 眠っている男の子たちの手にはあげた水鉄砲が握られている。生意気な奴らだがこういう所はかわいいじゃないか。

 現代人の俺は日が落ちて直ぐに寝るなんてできない。やることもないので庭に出て異世界の星空を眺めることにした。

 こちらの世界では夜に明かりがついているところなんてほとんど無い。元の世界よりもずっと暗い夜の帳は見たこともないくらい明るい星空を映し出していた。


「これは、すごいな」


プラネタリウムの偽物の光でした見たことのない天体ショーが上空に広がっている。空には天の川のような星の帯がある。ここもどこかの銀河の一部なのかな。まあ、そんなことどうでもいいか。わかったところでどうしようもない。そんなことよりも


「月が二つもありやがる」


 視界の両端には三日月の赤い月の上弦の青い月がある。地球では絶対にあり得ない光景だ。

 それを見ていると自分が異世界にいるのだと実感できる。


「月が二つあるんが珍しいんか? 」


 気がつくと横にはおっさんが座っていた。星空に夢中になりすぎて気がつかなかったようだ。


「いや、いつにも増して綺麗に見えると思っただけだよ」


「そうかい」


 適当な言い訳におっさんが短い相槌をうつ。


「今日は助かったぜ。また依頼受けてくれや。報酬は弾むからよ」


「そんなこと言って、孤児院って金に困ってるもんなんだろ」


 偏見かもしれないがこの世界じゃ社会保障もないだろうし、間違いでもないだろう。


「そりゃ他はじゃそうかもしれんが、ここはワシが傭兵時代に稼いだ金で運営してるからな。金に困ったことはないな」


 おっさんは予想を裏切る答えを返してくる。

 このおっさん傭兵だったのかよ。何で孤児院の院長なんかと思うが、人にはいろいろあるのだろう。詳しく聞きたいが、今日初めて会った人間が聞くことでもないだろう。

 それにしても、戦場でおっさんにあったやつはかわいそうだな。グリズリーに勝てる人間なんていないだろ。


「それにここから育ったヤツで、アホみたいに寄付をよこしやがる野郎がいるんだよ。こりゃ、この孤児院は一生安泰かもな」


 そう言って、豪快に笑うおっさん。

 育ててもらった恩を返そうと思えるぐらい慕われているんだな。見た目はあれだが気が優しいグリ、大男なんだな。

 そんなほのぼのとした空気のなか、明日こそは冒険者らしく魔物の討伐をしたいなと思った。

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