ありふれたギルドでの出来事
「へー、じゃあロイーヌは冒険者になるために村から出てきたんだ」
「そうだよ。村じゃ一番の魔法使いだったんだから」
ロイーヌを助けた俺は彼女と一緒に街に向かって歩いていた。女の子の横を歩くなんて元の世界じゃしたことなかった。まして可愛い女の子なんて住む世界が違うと思っていた。
それが今じゃ、超絶美少女が俺の顔を見ながら微笑みかけている。その目が憧れの男と話しているときの女子のようなのは気のせいじゃないと思う。だって俺は彼女を救ったヒーローなのだから。
この調子でたくさんの美女、美少女と仲良くなっていこう。目指せハーレムだ。
「ふっ、ふふっ」
「どうしたの、急に笑い出して」
夢のような未来に思いを馳せ、笑いがこぼれてしまった俺の顔を覗き込むように見る。いかんいかん、ほかの女のことを考えるなんて失礼だよな。今はロイーヌとの時間を楽しもう。
ちなみに出会った当初は丁寧語だったがもっとフランクに話をしたかったのでやめてもらった。
彼女と話しながら不自然にならないようにこの世界のことや、ついでにロイーヌのことを教えてもらった。俺は遠くから旅をしてきて、こっちの国のことは疎い設定だ。だから制度的なことを聞いても多少は誤魔化しが効く。
そしてわかったことは、この世界には冒険者という存在がいるらしい。彼女は十五歳で成人してすぐに冒険者になるために村から単身出てきたらしい。
幼さが残る彼女の顔立ちで十五歳ということは、この世界の一年は三百六十五日よりも短いのかもしれない。はたまたこの世界の人間の成長が遅いのか、それとも彼女がただ童顔なだけか。さすがに一年の日数を聞くのは変だよな。
まあ、そんなことより冒険者のことだ。話によると冒険者とは、考えていたものとほぼ同じものだった。
ギルドと呼ばれる組合に所属し、そこから依頼を受託して、それをこなし報酬をえる。
依頼の内容は多岐に渡り、魔物退治、素材採集などの危険なものから掃除や引越しの手伝い、なんてものまである。
ギルドは国に属さず多くの国に支部を持ち、冒険者達はギルドを通して税金を引いた分の報酬を得る。
要するに業務幅が広い傭兵だ。
冒険者にはランクが存在するらしく下は赤銅から上はオリハルコンランクまであるそうだ。
オリハルコンランクまで行くと、国内外で有名になり吟遊詩人がこぞってその武勇を歌にするらしい。中には貴族としての地位を得て、領地を与えられたりする人もいるらしい。
「へー、俺もオリハルコン目指して冒険者になろうかな」
迷っているかのような口振りだが心はもう決まっている。
そりゃ、異世界来てチートもらったのだから冒険者になるしかないだろ。それであっという間にランクアップしてやるんだ。俺のスキルならそれが可能だ。ならない理由がない。
「マサトシも一緒に冒険者になろうよ。それでさ……」
俺の目を見つめながら言葉をためる。続きを促すように、黙って首を傾げる。
「私と一緒にパーティ組もうよ」
トクン。胸が不意に高鳴る。しばらく感じたことのなかったトキメキだ。
別に告白をされたわけじゃないが、異性に自分が求められていることに心が弾んでしまう。
「ほら、私は魔法使いだからさ。マサトシみたいな強い人に前衛してもらったらうれしいというか、安心というか」
早口でまくし立てる。まるで言い訳をしているようだ。
手を振りながら一生懸命話す姿を見て、頰が緩み切る。なんで彼女はこうもつぼを押さえてくるのだろうか。
「おう、俺もパーティ組むならロイーヌとがいいかな」
俺の言葉にロイーヌの顔に満開の笑みが咲く。眩しいくらい可愛らしい笑顔だ。
「えへへ、ありがとう。これから二人で頑張っていこうね」
嬉しそうに差し出して来た手を握り返す。柔らかいくて、滑らかな手だ。あまりの心地よさにずっと握っていたくなるが、そうもいかないので少し握ってから離すことにする。
これが俺のハーレムの第一歩目だせ。そんな考えが頭によぎった。
そんな会話をしながら歩いていると、森の端に到着した。森から抜けた先は草原だった。雲ひとつない空の蒼と草原の緑がお互いを引き立てあいながら、一面に広がっている。柔らかな風と共に何者かが走っているかのように草が波打つ。
なんで森の横にすぐ草原があるんだよとか、そんなことどうでも良くなるくらい壮観だ。これぞファンタジーの景色だ。
草原の奥、地平線の手前に灰色の建造物が見える。目に意識を集中させると視力が強化され、拡大されて行く。そして見えて来たのは城壁だった。草原の只中に円を描くようにたたずんでいる。
「あれが目的地の街、ローランだよ」
俺の視線の先を見ながら教えてくれる。魔物がいるこの世界じゃ、街はどれも城塞都市みたいになるのかな。
「早く、早く」
目的地が見えてテンションが上がったのか、草原を駆けていく。桜色の髪をたなびかせながら走る姿は現実感がなく幻想的だ。
「おい、まてよー。置いてくなー」
そんな彼女を追いかけ走り出した。
俺たちは城壁の前までたどり着いた。ずっと走って来たのに息切れを起こさないのはいいな。
「城門はあっちだね」
ロイーヌが城壁に開いた半楕円の穴がある場所へ向かいながら言う。
城門の前には衛兵と思しき鎧をつけた男が二人並んでいる。
「ん、見ない顔だな。こっちの門から新顔が来るなんて」
衛兵の1人が俺達を見つけ少し驚いている。
「お前ら、身分証は持っているか」
どうやらこの街に入るには身分証を見せる必要があるみたいだ。ロイーヌに目配せすると横に首を振る。彼女も持っていないようだ。
「農村から上がってきたやつらか。よく森を抜けれたな。まあいい、仮の身分所を発行してやるからついてきな」
衛兵が門の横にある詰所に入っていくのに付いていく。そこで名前などを紙に記入したら、それを写した木片を渡された。これが身分証らしい。
ちなみに文字は読むこともできたし、日本語を書こうとすると手がこの世界の文字を書くように動いてくれた。
「十日以内に職業ギルドで正式なものを発行してもらって見せに来い。それを超えると罰金が生じるから注意しろよ」
簡単に身分証について説明された後、ギルドの位置を教えてもらってから城門を通った。
城門を抜けた先は異国情緒あふれる街並みが広がっていた。石で舗装された道に赤茶色の壁の建物。目の前の大通りには商店が立ち並び、見たこともない物が売られている。
「冒険者ギルドは大通りをまっすぐ行って出る円形の広場にある一番大きな建物だったな」
衛兵に教えられたことを復唱しながら、冒険者ギルドを目指した。
「うわー、私こんなにたくさんの人初めて見た」
ロイーヌと一緒にキョロキョロとあたりを眺めながら歩く。まるでお上りさんだが、見るものすべてが見新しいのだから無理もないだろう。このローランの街は首都に次ぐ人口を誇る街だと、仮の身分証をもらう時に教えてもらった。村育ちのロイーヌにとっても目新しいものが多いようだ
異世界の街並みを楽しんでいるとあっという間に広場についてしまった。ここは街の中心みたいで、大小さまざまな道が放射状に広がっている。
「あれがギルドじゃない」
指さした先には周囲の建物の倍はあるだろう立派な建物だ。大きなスイングドアの上の壁には剣と槍が交わった紋章が貼り付けてある。いかにもって感じだな。
ドアをくぐるとまず紙が多く貼ってある掲示板が目に入った。視線を移すと右手にはカウンターがあり、左手には十卓程度の丸テーブルとそれを囲むように椅子がおいてある。そこでは鎧を着た男や、横に杖を立てかけた女性などが料理を食べ、木製のコップで飲み物を飲んでいる。どうやら酒場のようだ。
カウンターに行き、向かい側にいる女性に話しかける。やや年上のお姉さんだ。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、二名の登録ですね。でしたらこの用紙に必要事項を記入していただけますか」
二枚の紙を渡される。そこには名前、年齢のほかに特技や使える魔法を記入する欄がある。
なんでも使えるからな、どう書いたものか。紙と向かい合いながら悩んでいると隣から粘つくような不快な声が聞こえてきた。
「えへへ、嬢ちゃん新米か。俺のパーティに入れてやろうか」
下卑た笑顔を浮かべた男がロイーヌに話しかけてくる。視線がなめるように上下する。
「キャッ」
あまりの気持ち悪さにロイーヌが俺の背後に隠れる。その時、男は初めて存在に気が付いたかのように俺を見た。
「なんだーお前。そんなかわいい子連れやがって。俺が面倒みてやるからよこしな」
押しのけようと俺の肩をつかむ。だが強化された体は微動だにしない。男も違和感に気が付いたようだ。
「ぬっ、なんだこいつ」
「おい、酒臭い口を閉じろ。そしてロイーヌが穢れるから見るんじゃねえよ」
男の腕をつかみ、懐に潜りこむ。そのまま背負い投げの要領で男を投げる。素早い動きに全くついてこられず、男は受け身をとれないまま地面に叩きつけられた。
大きな音を立て背中から落ちた男は気を失ってしまった。少しやりすぎたかな。その光景から一拍遅れ、酒場にいた奴らが騒ぎ出す。
「おいおい、何もんだよあいつ。ザイコを一発でのしちまったぞ」
「素行がよけりゃもう金(ゴールド)でもおかしくない奴だぞ」
なかなかの実力者だったようだが、赤子の手をひねるがごとく倒せてしまった。
「少し騒ぎになったが、大丈夫か」
呆然としている受付嬢に声をかける。もめ事を起こした罰則があったら困るぞ。
「はい、見ていましたが悪いのはあなたじゃないですから。罰せられるとしてもザイコさんですね」
受付嬢は努めて冷静に言い放った。無罪放免のようだ。よかった、よかった。
安心したので紙に必要事項を記入する作業に戻った。ちょうどいいから特技は体術にしておこう。
紙に記入が終わり、渡すと受付嬢は透明な水晶をカウンターに置いた。
「魔力を測定いたしますので、これに手を置いてください」
魔力の測定か。これもよくあるパターンだな。
右手を水晶の上に乗せる。すると水晶の中心に小さな光がともり、白、黄、赤、青と変化していく。光は紫になったところで変化がやみ、水晶全体に広がっていく。
「これでいいのか」
受付嬢に声をかけるが、彼女は口を半開きのまま呆然としている。ザイコを倒したことで騒いでいた奴らがさらに騒ぎ出す。
「マジかよ。あいつ魔法も使えるのか。しかも紫(パープル)かよ」
「絡まなくてよかったぜ」
隣にいるロイーヌも無邪気に喜んでいる。
「すごい、すごい、マサユキ、みんな驚いているよ」
騒ぎに放心状態だった受付嬢は我に返ったようだ。彼女は職務を全うしようとロイーヌへ顔を向ける。
「えーと、ありがとうございました。じゃあ次はあなたお願いします」
ロイーヌは見てわかるほどワクワクしながら水晶をつかむ。
「えいっ」
かわいらしい掛け声とともに水晶が光りだす。俺のときと同様に光が変化してく。ただ俺の時とは違い、変化が止まらない。目まぐるしく色が変わり、濃くそして眩い輝きを放つ。
そして、ガラスが割れる音を立てて水晶が砕けた。
その光景に、騒いでいた奴らも黙りあたりを静寂が包む。俺も黙り込んでしまう。
これって、あれだよな。魔力が多すぎて測定不能で割れたんだよな。マジかよ、つまり俺よりもロイーヌのほうが魔力は上ってことか。魔法は得意って言っていたけどここまでとは……
全員が沈黙している中彼女だけが周囲を見渡し、声を出す。
「ねえ、なんでみんな黙ってるの。私なんか悪いことしちゃった? 」
そんな可愛らしい声に反応したのは受付嬢だった。
「なっ、なんなんですかあなたたちは」
あきれたように彼女がつぶやいた。ギルド登録で目立つのもテンプレなんだが、今回はロイーヌに持っていかれた気がするな。周囲の反応を見ながらそんなことを考えた。
◇◇◇
その夜、受付嬢のメリアンは呼びだされギルド長室にいた。彼女はなぜ呼ばれたのかわからず疑問を抱いていた。
呼び出されるようなミスをした記憶もない。メリアンは今日の業務を振り返り一つだけいつもとは異なる出来事があったなと思い返す。
中堅クラスの冒険者を一撃で戦闘不能にし、紫(パープル)級の魔力を持つ少年と、あどけない顔立ちだが魔力晶が砕けるほどの力を秘めた少女の二人組のことだ。
今まで数多くの冒険者を見て来た彼女にとっても彼らの存在は理解し難かった。
山奥で魔物相手に修行してきた人間や宮廷魔道士の弟子だった者が冒険者登録に訪れて、規格外な力を示すことは稀にある。しかし、そういった人たちは得てして強者のみが身につける匂いを身にまとっている。
メリアンは生まれつきその匂いを感じ取る特技を持っていた。そんな彼女からして彼らは、凡俗以下の香りしか漂わせていなかった。貴族の子弟のような戦いを知る必要のない環境で育った人間特有の甘ったるい匂いだ。
故に二人がやったことに驚愕のあまり茫然自失の醜態を晒してしまったのだ。
「やあ、私から呼び出したのに遅れて悪いね」
二人組のことの考えていると声が後ろから聞こえてくる。
先程までメリアン一人だけだったはずの部屋、扉は閉じられていたはずなのに音もなく現れた上司に向かいメリアンは慣れた様子で言葉を返す。
「ギルド長、いつも言っていますが気配を消して現れるのはやめて下さい」
メリアンの言葉に悪びれた様子もなく、男は執務机に着く。
この眼鏡をかけた細身の男こそが、この街のギルド長であるリーダン・サーだ。元々は銀(シルバー) ランクの冒険者で斥候として細々と活躍していた。
中年を迎えた頃に己の才能に限界を感じ、ギルド職員に転職したところ、瞬く間に才覚を発揮しギルドの長の地位についた切れ者である。
それがメリアンの知る彼の経歴だ。冒険者達から慕われ、その手腕でこの街のギルドを王国トップクラスの大きさまで発展させた。それだけ見れば有能な人物だ。
だけどメリアンはこの上司のことが好きになれなかった。冒険者出身の癖に知的で仕事を完璧にこなしていることは評価できるが、どこか胡散臭さが拭いきれないのである。人を見抜くことに自信を持っているメリアンの勘が、この人は信用できないと言っている。
「面白い新人が来そうじゃないか。なんでもザイコを倒して、魔力晶を破壊したとか」
リーダンが話題に上げたのは予想通りの人物だ。
「ええ、二人組でやったのはそれぞれ別ですが」
「そうか、とりあえずザイコには罰を与えとくとしよう。それで君はその二人をどう見る」
リーダンはメリアンを試すように漠然とした質問を投げる。メリアンは上司のそんな質問には慣れている。先ほど考えていたことをそのまま報告するとこにした。
その報告にリーダンは興味深かそうに目を光らせる。
「それでその二人は何か依頼を受けたのかな」
「はい、なんでも宿代がないとかで、簡単な仕事を紹介しておきましたが――」
メリアンが紹介した仕事を告げるとリーダンは一瞬顔をしかめた。滅多に感情を見せない上司にしては珍しいなとメリアンは思う。
「至急、口が固くて信頼できる冒険者に監視をさせてくれるか」
瞬時に元の顔に戻ったリーダンから出たのはそんな言葉だった。
なぜそんなことをするのか、理解できない指示にメリアンは口を挟もうとするが――
「この件に関して、一切の質問は受け付けない。君は速やかに業務を遂行したまえ」
口を開く前に遮られる。リーダンはこれ以上言うことはないと机の書類に目を向け始めた。
必要のないことを無理に知る必要はないか。そんなふうに諦めメリアンはギルド長室を後にした。思考を素早く切り替え、上司の指名に合致する冒険者を頭の中でピックアップしていく。
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