手垢まみれのテンプレート
平凡な主役
「ただいまー」
俺、久保匡俊(くぼまさとし)はいつも通りの、退屈な授業を終え家に帰ってきた。今日は週刊誌の発売日ではないので、コンビニに立ち読みするために寄ることをなくいつもより早い帰宅だ。
「お帰りなさい。ご飯はもうすぐできるわよ」
キッチンから母親が代わり映えしないセリフで出迎えてくれる。よくも飽きもせず毎日、同じ言葉を繰り返せるなと思うが決して口には出さない。そんなことを言って、母親の機嫌を損ねれば晩御飯に苦手なグリーンピースを入れられるかもしれないからだ。
「そういえば、この前の模試の結果、そろそろ返ってきてるんじゃない」
これも模試の一ヶ月後に来るおきまりの質問だ。
「いつも通り、ほぼ偏差値五十だよ」
前回と全く同じ返答をする。別にいい加減な返事をしているわけでない。本当に前回の模試から下がることも上がることもなく平均をキープしているのである。中堅高校で常に平均点近くを取り続けている、それが俺だ。
「そう、でも来年には受験なんだからのんびりしていると抜かされちゃうわよ」
帰りのホームルームで担任が言っていたことと同じ事を言う。大人は受験前の子供にそう言わなければならない法律でもあるのだろうか。
「大丈夫だよ。俺も最近は勉強時間を増やしているから」
周りが勉強に本腰を入れ始めるのに合わせて、俺も勉強に力を入れ始めた。
だからこそ平均をキープできている。逆にいえば周囲以上に勉強をしていないからこその平均である。
「ならいいのだけれど。もし匡俊が行きたいなら予備校にだって通っていいわよ」
母親が恐ろしいことを言い出す。冗談じゃない、予備校に通っているやつなんてまだ少数派だ。そんなガリ勉達になぜ混ざらないといけないんだ。
「まあ、そのうち行くかもしれないね」
とはいえ、純粋な親心なのがわかるので曖昧な返事で誤魔化しておく。親の言うことに何もかも反発する時期はもう終わっている。
そんなふうに親と代わり映えしない会話をした後、変わらない味の料理を食べる。そして風呂に入った後、部屋で勉強する。それが家に帰ってからのルーティーンだ。
それが終わった後の時間を、趣味に費やす。最近はベッドに寝転がりながら、スマホでネット小説を見ることにハマっている。
ネット小説の主人公は、ニートだったり、学校で虐められたり、モテずに生涯童貞だったりしている。そんな主人公が異世界に行き、特別な才能を与えられて活躍する話が多い。そこには当たり前の日常なんてなく、目まぐるしい変化がある。
俺は容姿、頭脳、運動神経、が平凡、平均、人並みだが好んでそうなっているわけじゃない。俺だってイケメンになってモテたいし、天才的な頭脳を発揮してみたい、スポーツで活躍してみたい。でも才能に恵まれているわけでもない。努力したって成功するとは限らない。そんな言い訳を並べて普通で妥協しているのである。
俺も特別な存在になりたい。そんな願望をネット小説は充足させてくれる。元の世界では俺よりも、酷い扱いを受けている主人公に自分を重ねて、異世界で賞賛されるのに快感を得ているのである。
「もし、異世界にいったらどうしようかなー」
無意識呟いてしまった独り言に笑ってしまう。そんなことはあり得ないとわかっているはずなのに、口に出てしまうほどのめり込んでしまっているようだ。
夜も遅い時間だし、偶にはそんな妄想をしながら寝るのも楽しいかもしれないな。
電気を消して布団をかぶる。目蓋を落とし、暗闇に中で異世界に転移した自分を思い浮かべる。
チートな能力は必須だよな。どんなのがいいかな。剣を使ってかっこよく戦ってみたいし、魔法で敵を一掃するのも楽しいだろうな。
後はこの世界にあるものを異世界で作ってみて富を得るのもいいな。そんなこんなで活躍して、領地をもらって、経営なんてのもありだな。
「そして何よりも美少女ハーレムだよな」
また無意識に口に出してしまう。呟きではなくはっきりと大きな声で。言った後に恥ずかしさに襲われるが、やっぱりハーレムは男の夢として作りたい。小説の中の奴らだって元の世界ではモテず、女性に気持ち悪がられる。それなのに異世界に行った途端に女のほうから擦り寄ってくる。
俺は女子に好かれてもいないが、キモがられているわけじゃない。だから俺が異世界に行ったらアイツ等よりもモテるに決まっている。それで美少女たちを侍らせて暮らしたいな。
こんな翌朝になって思い返してみたら、悶絶したくなるような妄想を頭に浮かべながら眠りについた。
「ここは……どこだ? 」
目を覚ますとそこは、森の中だった。生い茂った木々の隙間から、木漏れ日が差している。その光が目に差込み、眩しさから逃げるように体を起こす。
「なんで、こんなところに倒れているんだ」
森の中で気を失っている理由を探すために、思い出せる限りの記憶を脳から引っ張り出す。すると記憶では恥ずかしい空想を思い浮かべながら就寝したところで途絶えていた。
「夢……じゃなさそうだな」
明確に感じる土の匂いと太陽の眩しさ。こんなリアルな夢は見たことがない。こういった状況ではお決まりの、頰をつねってみると、予想通りの痛みが帰ってくる。
「そういうことなんだよな」
自分の格好を確認してみる。寝巻きに使っているジャージではなくなっていることに、今更ながら気がつく。簡素な布の上から、金属製の薄い胸当てを着けたいかにも新米冒険者といった出で立ちだ。
まさか、あの呟きが現実になってしまうとは、言霊ってやつかな。
「ヨッシャアーー、異世界キターー」
柄にもなく叫び声を上げて、感情を前面に出す。この興奮は抑えようとしても、制御できるものじゃない。
憧れの異世界だ。凡人が主人公になれる異世界だぜ、テンションが上がらない方がおかしい。
「さて、異世界に来て最初にやることといえばこれだよな」
これから見えるものの結果次第で、異世界ライフの難易度が決まってしまう。少しの緊張と大きな期待をこめてある言葉を発する。
「ステータス・オープン」
自分の能力の確認は異世界では当然のようにできるはずだ。そんな予想通り、網膜に直接投影したように長方形のウィンドウが浮かび上がる。
【名前】久保 匡俊(クボマサトシ)
【種族】人族
【年齢】十七
【スキル】想像
「やっぱり見えた。レベルとかはない世界なのかな」
そこまでゲームチックではないようだ。考えていたよりシンプルなステータスを確認する。身体能力の数値化などもないようだが、スキルは存在するようだ。
俺が持っているのは『想像』というスキルらしい。詳細な情報が知りたいので、ステータス画面の想像の文字を注視する。すると、小さなウィンドウが文字から出てくる。お決まりのパターンだな。そこにはスキルの詳細が表示されていた。
【想像】
願ったものを形にすることができる。その有効範囲は物質、非物質問わずあらゆる物に適応される。
「おっ、おー、おーー」
変な声を上げてしまうが、しかたないことだ。これは思っていた以上のチート能力じゃないか。要するになんでもできるってことだろ。
試しに今の質素な胸当てに変わる、新たな装備を作ってみよう。思い描くのはどんな攻撃も通さない強固な防具だ。でもゴツいのは嫌だから鎧ではなく、そんな魔術がかかったローブなんていいかもしれない。あと、着ることで能力が上がる効果なんかもあるといいな。
イメージが固まったところで、どうやってスキルを使えばいいのかわからないことに気がついた。
「こんなときは、呪文を唱えるのがセオリーだよな。――"想像"」
呪文を唱えると、様々な色の光がどこからか現れ絡まり合う。混じり合い白い輝きの球になった後、光は八方に拡散する。
そして球のあった場所には黒色のローブが残されていた。
「何これ、スゲー」
幻想的な光景にしばし言葉を失っていたが、目の前に起きたことを思い返し陳腐な感想を述べる。これが想像か、格好いいな。
いつまでも呆然としているわけにもいかないので、想像で作成したローブを手にとって眺めてみる。
持ち上げた瞬間、あまりの軽さに腕が上がりすぎてしまった。重さなど存在しない、逆に重力に反する方向に力が働いているみたいだ。
ローブは表が黒で裏地が紫、赤いラインで縁に模様が入っている。そして金色の留め金がベルトもセットで付いていた。こんな細かくイメージしたわけじゃないが、スキルの補正が働いたのだろう。デザインが中二過ぎるが、ここは異世界だ。このローブを着ていても笑われるどころか、羨望の眼差しを受けるかもしれない。
ローブを羽織り、ベルトで固定する。これで装備はオーケーだ。
「スキルも作れるんだよな」
これから活躍するために必要だと思うものは作っておこう。
まず異世界必須スキルその一"鑑定"を作成してみよう。あらゆる物のステータス画面が見えるようなスキルを思い浮かべ呪文を唱える。
胸の中に何かが絡みつく感覚を覚え、それが体と一体化していく。
これで鑑定が手に入ったのだろうか。ステータスを確認してみよう。ステータス・オープンと唱え、出てきた画面を眺める。
【名前】久保 匡俊(クボ マサトシ)
【種族】人族
【年齢】十七
【スキル】想像、鑑定
うん、スキルもちゃんと作れるようだ。この調子で作っていこう。
次に作るのは異世界必須スキルその二"アイテムボックス"だ。無限に物を詰められる空間とそこに穴を繋げる能力みたいなのでいいかな。
そうして次々と想像していく。思い描いた異世界ライフを送るのに必要だと思うものは片っ端から作成していった。
その結果
【名前】久保 匡俊(クボマサトシ)
【種族】人族
【年齢】十七
【スキル】想像、鑑定、アイテムボックス、偽装、身体強化、剣術、雷魔法、火魔法、回復魔法、鍛治、錬金術、魔道具作成、etc
「……なんというか、やりすぎたかな? 」
この世界の人間にあったことはないのでわからないが、俺以上のスキルを持っている人間なんているのだろうか。どこに出しても恥ずかしくないチートキャラの出来上がりだ。想像様、万歳だ。
一方で様々なスキルを作ってみて、想像も万能ではないことがわかった。最強になれる、時間を操作する、スキルを奪うなどのスキルを作ろうとしても作成できなかった。流石にそこまで出来たら小説以上のチート主人公になってしまうような気がする。これくらいでちょうどいいのかもしれない。
下準備は整ったし、そろそろ街に行きたいな。そういえば、街がどこかわからないな。でもそんな時は想像でスキルを作ればいい。
人が集まっている場所がわかるスキルを生み出そうとする。イメージが固まりかけた時
「キャアアァァーー」
背後から女の人の悲鳴が森を突き抜けて響いてきた。
まさか……この展開は……
不謹慎なことに悲鳴に対して笑みを浮かべてしまう。
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