轢かれた猫の話 2

「昨日、川沿いの通りで轢き逃げがあったんですって。...猫の、だけどね。まだその辺にいるかもしれないし、暇だったら様子を見に行ってみたらいいんじゃない?」

橋渡 環奈は友人である青い服装の女性...ストレイに言葉を投げた。

目線はパソコンへと向いたまま、高速でキーボードを打ち込む環奈の表情は無であった。その隣でストレイは上下に画面がある携帯ゲーム機でパズルゲームに熱心だった。

どうやらパズルが難しいのか、同じステージを繰り返しプレイ中の模様。

「猫さんですか」

この手合いの話題は「あら怖いわ。早く捕まっちゃわないかしら」などのような事故・事件に対して終結を願うとか何かしらの見解を述べるといった膨らみ方をするものだろう。

しかしストレイに関していえば、

「じゃあちょっと慰めついでに行ってみましょうか」

... という具合で、被害者に対するアクションが優先されるらしい。動物保護団体の一員という訳でもなく、特別、猫科に思い入れがあるわけでもない。

けれど彼女には行かねばならぬ理由があるので、とりあえず、当の憐れな猫を弔うついでに向かうことにしたのだ。

「おぉっ、見てっカンナちゃん!5連鎖できましたよ!」

「...チュートリアル卒業おめでとう」


そんな訳でストレイは現場に赴き、今は被害猫であるサバの隣にいる。

因みに友人の環奈は「まだ仕事が終わってないから」という理由で(別に連れてくる必要もないが)自宅に残っている。今もパソコンに向かってキーボードを元気よく打ち続けているだろう。納期が近いから。

まあ、人が居ようが居なかろうが死んだサバにとってそんな事はどうでもいいことだ。それよりも、

「にゃー」

尚も猫語にて意思疎通を完了せしめんと試みている目の前の変人をどうにかすべきだ。

いや、別に対処する必要はないが、見遣っただけとはいえ若干の反応を見せてしまった以上、サバなりの礼儀として少し付き合うべきなのでは?という気持ちがあった。一応、友好的でもあるみたいだし。

それにサバは身動きが取れないのだ。どのみち逃げ場はないと言えよう。

とりあえずこの猫語をやめさせなければとサバは思った。今のところ通りには誰も居ないが、人や他の動物が一見してからでは遅い。猫社会にも世間体というものがあるのだ。変なところを見られたくない。

さてどうしたものかと逡巡していると、向こうが急に猫語をやめた。

「やはり人語は猫語になりえないのでしょうか...」

と意味不明なことを一人で納得したようだった。

一体何なのだこの人間は...

「貴方に会いにきたんですよ。猫さん」

俺にこんな変人の知り合いは居ない、と即座に反応する。

「いやー変人ってよく言われますけど、そんな怪しいですかね...?」

...んん?

「あ、私ですね。猫さんの考えてる事、少し解りますゆえ」

「...実は危ない人間なんじゃないか、こいつ」

「危なくないですよー」

「心を読めるなんていう奴が危なくないわけないだろ」

「一般的な見解ではそうでしょうが、まぁ安心してください」

とりあえず警戒を解こうとするあたり手口が明らかに詐欺師のそれなのだが、ストレイは世間に疎いので改める様子はない。

「言ってること解るならなんで猫語とか言ってたんだ...?」

「それは、まぁ、礼儀というやつでして」

ストレイなりの「初対面で考えを読むのは失礼」というポリシーがあったため、猫語などという存在するかもわからない言語に頼ったのだという。

Q.もっと他にアプローチの仕方があったのでは?

A.これが彼女です。

「...おまえ、俺になんか用事あるのか?初対面だけど?」

サバにしてみれば当然の疑問だ。

そもそも死んでいるのに話し掛けられたという事実は異常である。思考を読めるのも、人語を話せないサバの表現が伝わっている事から本物であるのだろう。やはり、異常である。死後の世界についての眉唾を知っているならば、死神や天使が迎えにきたという発想も出来たかもしれないが、サバは猫ゆえに、そんなことは一塵とも知り得るはずもない。

サバにとってみればストレイは全くの正体不明。

一つも動けない彼だが、一匹猫の性分らしく、警戒だけは決して怠らなかった。

「もちろん!用事がなければ話し掛けませんよ」

私は...と続けながら少しサバへと寄り——

この時、黒いモヤがストレイの帽子の辺りから少しずつ漏れている事が、サバには見てとれた。ゆっくりと、漏れてくるそれは彼女の顔の横で球体を象りつつあるようだ。モヤは丁度、ストレイの赤い瞳の色だけを残し、魔法帽のツバから少し下を覆っていた。

——それを言うと同時に完全な球体となった靄からも彼女と同じ言葉が発せられた。

二つの重なった声。

黒い球体には黄色の二つの楕円と赤の円が浮かんでいて、目と口のように配置されていた。赤色の円は猫を飲み込めそうなくらい大きい。

《貴方を食べにきました》

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