3話目

轢かれた猫の話

閑静な住宅街のとある場所。

空は真っ青で気持ちの良い午前10時。

川の両側に出来た道沿いに家屋が並んでいる。道は狭く、車が一台と人が一人すれ違える程度の幅しかない。そのため両方の道は互いに一方通行で、道の両端である川を渡る二つの橋には赤を背景にした白い横線と青を背景にした白い矢印の標識が交互に存在している。

けれど、車の交通量はそれなりにあるようだ。橋の間を抜けるには川沿いを通る方が便利だからだ。道沿いの住人にとっては不便なうえに危ない。

そこに居を構える以上仕方がないことだが...幸いにも、人身事故があったという風聞はなかった。

だが最近になって、その道に一つの命が転がり落ちた。

川への転落防止のために設置されたブロック屏。その上に佇んでいるのは猫だ。

彼は雄猫で、白い毛並みに黒い線が入っていて、近所の人からは「サバ」と呼ばれていた。この辺りを縄張りとする野良猫の一匹だった。他にも野良猫は居たが、彼らとは相容れないように振舞う、一匹猫として気侭な生を過ごしていた。

彼の最期は突然だった。

いま腰を落ち着けている場所から道路を渡ろうとしたとき、橋から川沿いの道へと曲がってきた車に吹き飛ばされた。曲がり角付近で、それなりの速度でカーブを切った車輌は彼を認識できなかったのだろう。そして轢いたことに気づいていたのか、分からなかったのか。車はそのまま走り去り、しばらくして彼は息を引き取った。

その時からサバはブロック塀のうえで、誰にも気付かれずに佇んでいた。自分が死んだのはなんとなく理解したが、何故その場所に留まるのかは解らず、動けない。

死後はどうなってしまうのか。考えたこともないし、そもそも猫である彼は人間的な死生観など気にするべくもなく生活していた。その日の寝る場所、食べる物、縄張りの維持など極めて動物的な、己が本能に従い生きてきた。

けれど、その付き従っていたものはどうやら肉体に置き忘れてきたらしく、当の肉体といえば彼の目の前で道路保全のため回収されて何処かへと持ち出されてしまっている。例え死体があっても、それを取り戻すことは出来ないけれど。

「こんにちは」

明るい時間帯に交わす一般的な挨拶。音のした方へサバは視線を移した。

視線の先に居たのは女性で、カッターシャツに青いロングスカートという実にシンプルな服装...けれど、頭には青色をした魔女御用達の帽子が激しく主張していた。澄みきった青空とお揃いの服装。ただ一つ違うのは帽子に巻かれたリボンが真っ赤に主張しているということぐらい。

その人間の女は、ニコニコ笑顔でサバの居る場所を見ていた。

そして更に奇妙なことに、今のところ彼女が挨拶を投げかけるべき対象はどこにも居ないのである。

「おねーちゃん。猫に挨拶してどうするの」

「...ああ!それもそうですね」

奇怪なことに虚空からも声がした。しかも何やら会話を行ったようである。

猫なりに人間のことは理解していたが、死後にもなって改める必要が出てきたのかもしれない。困惑気味なサバは、しかめっ面でそう考えた。

「えーでは...コホン」

咳払いをした彼女は、ハッキリとサバを視界に捉えて近寄り彼の隣に座った。

もしかして自分が見えているのだろうか。というか、こいつ猫に挨拶したのかと驚きを隠せなかった。

そして次の瞬間、再び女の口から言葉が発せられた。

「にゃあー」

やっぱりただの変人だとサバは固く認識した。

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