天文台の客人
天文台は地階を含めて11階まである。
けれど、3階より上は最上階までカラッポだ。
空洞の部分は真ん中に一本の透明な筒が最上階まで伸びていて、周囲は金属の枠組みで囲まれている。金属の枠は、大きくは正立方体の形をとっている。底面には枠で作られた四角が均等に網目のように広がっている。そして各々の四角の角に金属の柱が立てられ、上面は底面と同じく金属の網目を成している。それが最上階付近まで積まれており、おそらく10階部分である所は底面にだけ網目が敷かれて、あとは柱が上まで伸びるだけ。最上階といえば、何故か其処だけ平べったい三角錐を逆さまにしたものが乗っている。
可笑しな建物である。外観は細長い四角の先っぽに逆さまのヒエログラフが突き刺さってるようにしか見えない。砂時計みたいな形だ。入口の周囲に階段を360度敷き詰めたのはバランスを取るためだろうか。入口は一つしかないのに。
ちゃんと足を踏み入れられるフロアも5つしかない。実質5階建てである。一応エレベーター内の電光案内では11階まで表示されるので、そこまで作るつもりだったのだろう...
推測するに、この天文台は完成していないのである。
「ずっと放置したのも謎だわ...」
そう呟いている私は、ただいま3階の廊下を歩いている。ここの内部も無機質なものだ。壁も天井も真っ白。彩るものは何もなし。この廊下に少しでも面白味を見出したいなら、各部屋の扉と壁の境界があることに笑い転げるか、壁の染みを見つけたことにガッツポーズを決めていれば気持ちが少しくらいは上向くだろうか。
...ああ、でもいま私が歩くことで響いてる音は好きかもしれない。脚が床に付くとカシャン、少し身体を揺すればカシャカシャ、関節を動かせばウィーンと小さく響く。少し強めに踏み込んでみたりグルグル肩を回したりしていたけれど、なんだか物悲しい。
「こう、纏まりがない感じが...納得いかない」
ただ音を鳴らすだけでは面白くない。音は好きなんだけどな。何が悪いんだろう?
...と、しばらくその場に留まって音の研究に勤しむ。
『どこで道草を食っているかと思えば、廊下でガチャガチャと何をしておる』
突如、どこからともなく年老いた声がこだまする。
「あ、先生」
廊下に設置されているスピーカーから聞こえた声は今から会いにいくはずの先生のものだった。
「こんばんは、先生。今からお部屋へお邪魔しようかと思ってたの」
『知っている。スワンから聞いたのだろう?ならば早く来い』
「相変わらずせっかちね」
『お前はもうちょっと落ち着けないのかね。彼方此方へふらふらしおって。好奇心が旺盛なのは良いことだが、先ずは人の言うことにケリをつけてだな...』
「説教もいつも通りねお爺さん」
『年老いたジジイってのは気が早くて、若い者への説教が大好きなのさ。...それはともかく大事な用事なんだ。今日は最上階へ来ておくれ』
「エレベーター使っていいの?」
この島はただいま絶賛節電中である。それも最近始まったものではなく、私がここで暮らす前からずっと続いているらしい。特に不便を強いられているわけでもないので気にしてはいない。バッテリーへの充電さえできれば、暮らしに困ることはないからだ。
たくさん電気を使っていた頃は、島はもっと賑やかで空が明るい時間もあったのだとか。
一度は見たいと思うこともあるけれど、強く願っているわけでもない。
『そうだ。寄り道せずに来なさい。お前にもてなして欲しい客人がいるのでね。外から来た人だよ』
「外からのお客さん!?」
なんてことだろう。スワンはこれを知っていたんだろうか?
「そ、外って島の外って意味だよね?やっぱり私たちみたいな機械人形じゃないの?どんな姿をしてるの?喋れるの?言葉通じるの?どんな人!?」
『はっはっは。来てからのお楽しみじゃな。ここで言ってしまうと、また寄り道されるかもしれんし』
「行く!行きます!ぜーったい待っててよね!...あ、あと流れ星のことも聞きたいから!それも忘れないでね!?」
『もう待ちぼうけてるよ』と若干あきれた調子を醸し出しながらプツッとマイクを切る音が聞こえた。
しかし、大変なことになった。
この島は周囲を見渡しても、どこまでも続く地平線しか望めない。...なのに時々、どこからともなく人が島にやって来るのだという。
他の島民は実際に会ったことがあるというが、私は一度もその人に会ったことがない。
曰く、その来訪者は島外へ私たち機械人形を連れ出し「本当の身体」を与えるのだとか。「本当の身体」とはブヨブヨしたボディパーツで、頭には導線が幾本も植えられるとか。更には顔面辺りにいくつもの穴が強制的に空けられるらしい。などなど。
「....なんか不安になってきたな」
これらは先輩方からの伝聞であるゆえ、おそらく悪戯の混じった話ではあるんだろう。けれど私の「島外の人」の情報はその伝聞に拠るものしかないため、それでしか判断できない。独自の想像しようにも、やはり彼らの話が邪魔をする...
いや、惑わされてはいけない。というか実際に来ているのだ。そこで全部、確かめてみればいいだけのことだ。
そう、百聞は一見に如かず。
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