天文台にて

砂浜から木々と草花が生い茂る道を抜け、四角い建物の間の石造りの道をひたすら真っ直ぐに走り抜けて、建物が途切れた先の広い円の真ん中に天文台はある。

すでに流れた星は天文台へ到達したのだろう。常闇の空が光で白く照らされていたのも束の間だった。到達した後の天文台の様子も見たかったけれど、植物が邪魔で向こうまで見通せなかった。何かが崩れる音とか地響きもなかったし、やっぱり建物は無事なのだろう。

天文台は円状の広場の中央を大きくぶんどっているにも関わらず、何故か入口が一つしかない。ここに繋がる道も4つあるのに入口はどの道の正面にもなく、これが不便で仕方がない。現に私は入口の斜め後ろにある道から広場に入り、そこまで足を運ばねばならないのだ。

天文台が賑わっているところなんて一度も見たことはないけれど、利用する側としては面倒な設計をしてくれたものだと思ってしまう。

「...ツィー?やっと帰って来たのね。心配してたのよ」

入口まで行くと呼び止める声が聞こえた。ちょうど自動扉から出てきたところのようだった。

「やぁスワン。心配してたなら探しに来てくれてもよかったのに」

扉から現れたのはスラッと胴体の長い女性型の体を持つスワンだった。私とは違って二足歩行ではなく傘を広げたような下半身でホバー移動をしている。

すぃーっと目の前まで来ると、すかさず私の額にデコピンを入れてきた。金属どうしが軽く打つかる音が響く。

「やあ。じゃないでしょう?メンテナンスもサボって何処を冒険してきたのかしら。...ああ、ずいぶん砂だらけじゃない。外周に居たのね。もう!」

小言を言いながら、関節の隙間に入り込んでいた砂粒を丁寧に取り除いていく。スワンの指先は送風できる仕組みになっていて、こうして埃を取ってもらうこともしばしば。元は掃除用の機械人形だったらしくその辺はお手の物である。

「ごめんね。ずーっと空を見上げてただけなんだけど...結構、時間経っちゃったみたい」

「...あきれた」

「ハァ」という音声とともに目の部分がピピっと明滅する。

表情や目付きなんて彼女の顔をいくら観察したってわからないけど、きっと怖い顔で私を睨んでいるんだと思う。

私とスワンのこのやり取りは日常茶飯事といっても良いくらいに行われている(毎日砂だらけというわけではない)。これ以上は不毛な口論となることを互いに知っているため、すぐに取り直してスワンは私に用件を告げた。

「ついさっき、ルナ博士から貴女を連れてこいとの通達があったわ」

「先生が?なら丁度良かった!私も聞きたいことがあったんだ」

というかスワンも知らない?と流れ星について質問をしてみる。いや、天文台に居た時点で彼女も事の次第は知っているはずだ。むしろ、ここで聞いておいた方が手間が省けて良いというものだ。先生と会うと説教がめんどくさいし。

「残念でした。私からは何も話せないわ...直接、博士に聞いてごらんなさい。貴女を呼び出しているのも、きっとその事に関係があるから」

「私に?」

自分と星に一体何の関係があるというのだろうか。

唯一の繋がりといえば、私も同じ空から降ってきて此処に生を受けたということか。新しい子の世話係とか任せられるのかな。いや、確か使えるボディが無くて星を受け入れられないみたいな話を以前聞いたことがあったっけ...つまるところ...

「私に使えそうなボディを見つけてこいってことね!おそらくきっと。そうすればいよいよ私にも子分ができるのね...!」

此処の生活で一番日が浅いのは私だと言われている。おそらく生を受けることの出来る最後の星だと聞かされたときは大いに失望したものだ。最年少だからって理由でおちょくられている身としては堪ったものではない。生まれた順番がなんだというのだ!

「私の姉としての能力を見せつけて見返してやるー!」

「...妄想を膨らませるのもいいけど、ガッカリする前に話を聞いてきた方がいいんじゃないかしら」

「そうね!ごめんねスワン。また後でお話しましょう」

そう言い残してそそくさと天文台の扉をくぐり抜けていく。

ワクワクしていた心にひとしお加え入れて高揚感が増していった。

どんな子が仲間になるのかなぁ。





「まったく、騒々しいったらないわね」

ツィーが扉の向こうへ消えて、辺りが無音であることを思い出す。あの子が居ると場が明るくなって、いろんな音が流れているように錯覚する。安心もするけど、太陽が楽器でも背負ってるみたいな、眩しい上に騒がしい時もある。

それにしても随分なはしゃぎ様だった。なんとなく、あの子が自分の立場に鬱憤を抱えていたのは解っていたけれど想像以上だったらしい。あんまり意地悪しないように他の者たちにも言い含めておかなければ。あの子が可愛くて仕方ないのは解るけれど。

「とりあえず、みんなを一度集めないと」

集会を開くから全員に声を掛けてきてほしい。

博士が私に伝えた命令だ。全体集会の信号を出せば済むことなのだけれど、少しでも電力を節約したいそうだ。

それに今、博士のもとには客人が招かれている。客人は「外」から来たと言っていた。なんとも信じがたい話だ。「外」は既に死んでいる。どう考えたってアレは危険人物だ...

しかしどうやら博士はツィーと会わせたいようだ。あの人は何を考えているのか。ツィーの身に何かあっては遅いと私は伝えたが、

「暗闇の底で途方に暮れている我々が、彼女に与えられるものなんて一塵もないよ」

そう言って、彼女は私を退けた。

わかっていた。私たちがあの子にしてやれることなんて、もう無いのだ。

出来るのは願うことのみか。

「どうか私たちの選択が幸福へと導きますように...」

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