迷子さん、助っ人を呼ぶ

「さて、現状を説明しろ。悪食」

「はい...」

僕は悪食と呼んだ女と黒い球体に説明を求めた。

冬の陽が落ちるのは本当に早い。現時刻は十七時くらいで、そろそろ夕飯の支度をするかといった時間だ。現にこの部屋の隣からはイイ匂いが漂ってきている。鍋でも煮てるんだろう。ここの部屋の主も自炊くらいはするのだろうか。普段なら準備を始めるか、はたまた店屋物で腹を満たすか。何にせよ、今日を締めくくる食事に頭を悩ませていたかもしれない、普段なら。

だが今日は調子が悪いらしく、ゲロを吐いて机に突っ伏していた。

顔色も悪い。青い。髪はというと白く染め上がってしまっていた。成人過ぎただけの男がここまで真っ白だと病気を疑う。

「さてさてさて、一体何があったのかなぁああ?」

威圧感たっぷりに、睨みも効かせてフローリングの床に正座しているソイツに詰め寄る。被っている帽子のつばの下から少しだけ目が合った。たぶん涙目だったがそんなことは関係ない。はやく説明しろと圧を送る。

「え、えっと。ちょっと、良い食事方法を思い付いたので、少し実験した後で、この人に試してみました」

「......はぁ〜」

コイツから呼ばれた時点で嫌な予感はしていた。急に押しかけてきた時点で「あ、人ひとり消えたかな」ってくらいの面倒ごとが予想される具合だ。

コイツの食糧事情は僕も十分に把握している。悪食が「カミ」と呼称する其れは、言うなれば「魂」のこと。生命の大元を貪る、生きる者にとっては害虫というわけだ。喰われても生物としての機能が喪われる事はないが、何の反応も示さないただの肉塊に成り果てる。

しかし、コイツの食事は其れすらも許さない。どういう訳か、肉体を白く染め上げて「カミ」へと変換し、すべてを平らげる。実に御行儀の良いクソったれだ。全く危険極まりない。

そこで突っ伏している男の髪が白くなっているのは、その影響だろう。

「一人で行動するなって言ったよね」

「はい...」

「僕はお前がそれを了承したのを信じたわけだけど、どうやら裏切られてしまったようだね」

「それについては返す言葉もないです...けど!」

顔を上げて、睨んでいる僕の両眼としっかり視線を合わせながら話す。何やら物申したいらしい。

「こっちだって死活問題なんです!対策考えるとか言って貴方なーーーーにもしてくれないじゃないですか」

「お前のような大食漢を養う方法なんて、そうそうある訳ないじゃないか。夢なんて見てないで大人しく棒立ちしてろ」

「のたれ死ねと?」

「そうだよ」とにこやかに言葉をぶつける。

だって早々に居なくなった方が世界の為なのは事実だからね。

しかし、今のところ消滅させる手段さえ確立していない。どうやったら消えてくれるやら。

「おいチビ、おねーちゃんをイジメるとマジで滅ぼすぞ」

この黒いのさえ何とかできればいいんだけどなぁ。

一先ずは呼ばれた理由を、さっさと片すとしよう。悪食の口からは聞いてないけどゲロまみれのこの男を起こせばいいんだろう。...よく見たら白眼も剥いてる。「カミ」がどうというより窒息してないか心配になってくる。

まぁ先に譲渡してしまおうか。不足したものを男に足さなければ。

「こっちに来い。悪食」

「...その呼び方、嫌いです」

プイッとそっぽを向く。

お前が嫌うの知ってるからそう呼んでるんだよ。

「いいから来い」

「...」

納得のいかない表情でこちらへ寄り、僕の真横でしゃがんで手を差し出す。

その手を僕が片方の手で掴み、もう片方をぐったりした男の背中へと当てる。そして目を閉じた後、、精神を集中する。悪食の中の無尽蔵に存在する「カミ」の集合体へと身を投じる。先ずはここから男に充てる「カミ」を選ぶ。

其処はまるで宇宙だった。「カミ」は夜空に浮かぶ星々の様に輝いている。思い思いに動いたり、ピクリとも動かないものもいれば、分裂したり、二つが一つに合わさったり...忙しなく生きている。

「こんなに在るのに、どうして奪いたがるんだか」

「...私にだって解んないよ」

非難のこもった声に対して、か細い声で申し訳なさそうに言う。

チラリと見た表情は、ほとんど無表情に近かった。コイツも自分の中の宇宙を見ている。その無数の輝きを眺めながら解らないと言う。

「居た。エンドーさんからもらった子」

悪食は輝きの一つを僕の前に呼び寄せた。

「なんだこいつ...消えかけじゃないか」

呼び寄せた「カミ」は妙に暗かった。一応、輝いてはいるのだが、灰色に光っていると言えばいいのだろうか。今にも消滅しそうだった。

「こんなの食っても腹が膨れるのか?」

「たぶん」

「相変わらず曖昧なやつだな...。兎にも角にも、こんな状態だと何の足しにもならない。別のやつを入れちゃおう」

もとの性格が変わったりするかもしれないけど。

既に髪色が変わってるから他が多少変わっても誤差だよきっと。

「うぅ...ごめんなさいエンドーさん」

そう言って手元のそいつを輝きの向こうへ放してやる。

それは無数の光に吸い込まれる様に次第に見えなくなっていった。

「謝るくらいなら食うなっての。...なんであんなの食べたんだ?」

その問いにおずおずとしながら「人助けのつもりだったから...」と答えた。

認めたくないが悪気のある行動ではなかったらしい。「弱みにつけこんで食べた」とかだったら四の五の言う前に封印してやったのに。若干の善意が見えてるから腹が立つ。

「フン。さっさと適当なやつ捕まえて渡しにいくぞ」

「ハーイ...」と元気のない声で他の「カミ」を呼び寄せる。

それを両手で包むようにこちらへ仕向けて「優しく持ってってね?」と手渡された。

「はいはい」と片手で受け取って、もう一度目を閉じた。

今度は一つの気配を探りながら、悪食から男へと伝うようなイメージで移動する。特に問題もなく男の「カミ」を探し当てた。

先程、悪食の中で見た星々のような光景はない。

あるのは暗い空間にただ一つ、白い火の玉が、音も立てずに燃えていた。

これが「魂」と呼ばれるもの、その一形態。

多分、別の人間を覗いても同じ形をしているかもしれない。...かもしれない、というのは、ここの人間の魂を覗く機会が滅多にないから自信がないのだ。場所によってスタンダートな型があるけど、それとは異なる形をしていることもある。

まぁ、つまりはよく分からない。何に因って決まっているのかもわからないし。

ただ、常軌を逸した個体(変人)には違った形がよく見られる。そして大体が奇抜なヤツで面倒くさい。攻撃されたこともあったし、迷路に挑戦させられたこともあったっけ...

「こいつのはシンプルでよかった」

思わず独り言を口走るくらいには安心だった。

さて、後は手元の「カミ」をこいつに押し込むだけだ。近付いて、魂に手を伸ばす。

ひょい。

...

もう一度、手を伸ばす。

ひょい。

「おい」

ひょい。

「避けんな!」

ひょい。

嗚呼、こいつは...

ひょい。

面倒なやつだ...

ガシィ!

「ふんっ!」

空いていた手で思いっきり掴んで殴るようにぶち込んでやった。

「優しくしてって...言ったのに...」

いつの間にか背後に居た悪食が呟いた。

「知るか。普通は喜んで寄ってくるものなのに避けまくるアイツが悪い」

「だからってぇ」

「カミ」は生きているものを好む。だから普通は寄ってくる。元が「カミ」である魂も、その性質は変わらないのだが。

「チッ。こいつも変人の一人か」

言い捨てて、さっさと現実へと戻る。

戻り方は簡単。そのまま目を開ければ部屋の中だ。

「大丈夫かなぁ」

「大丈夫だから。僕はもう帰るよ」

乱暴だったが、もぎ取らない限りは身体へのダメージは無い。心配無用。

悪食は納得していない顔をしているけど。

「うぅん...それならいいけど...あ、送ろうか?」

「要らないよ。どうせ黒玉を使うんだろ?あんな気味の悪い移動方法、使いたくない。ここら辺なら通ったことあるし、徒歩で帰るよ」

「補導されるぞチビ」

「この黒玉は悪態しかつけないの?」

「カイくん、あまり拗らせないでおくれ...」

僕に対しては、何時もあんな感じだ。慣れてるけど、いい加減躾けておいてほしい。

「今日はありがとね。えぇっと...」

「お前の管理は仕事の内だ。...でもね、面倒事はうんざりするから何もするなよ?いいか?な に も す る な よ ?」

「は、はいぃ...」

よし。

さて、帰って本でも読むとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る