人生相談

話し終わって、俺は「話してしまった」という思いで一杯だった。コレを外に出してしまったことに対して猛烈に後悔している。誰かに聞いてもらうなんて微塵にも考えていなかったからだろうか。掌に乗せて広げてみせれば、嘲られ、踏み潰され、ボロボロになった醜態を晒すことになるだけだと、ずっと怯えていたんだ。

けれど、聞いていたのが彼女と黒玉くんだった事に少しホッとしている。今日が初対面で互いを知らないことに安心感があったからだろうか。それに彼女なら、俺のことを悪いようには言わないのではないかという勝手な想いもあった。なんとも厚顔なことだが、話を聞いたからには認めて欲しいのだ...なんか悪役みたいだな。

この感情を押し付けるつもりはないが、彼女はどのように応えてくれるんだろうか。






「とても臆病な方なんですねぇ」

とりあえず、思ったことは言ってしまいましょう。無礼なことを宣うかもしれませんが、気にしてはいけません。私はその道のプロでもないですし、言葉の機微もありません。ズバババっと会心の一撃を喰らわせてやりましょう。耐えてエンドーさん。

そんなキツイこと言うつもりありませんけど...

「臆病が過ぎるといいますか。孤独を好む訳でなく、単純に人と関係を持つことが恐いんでしょうか?コミュニティの中で生きる生物としては、なんとも難儀な性格をしていらっしゃる」

肩の上のカイくんを手前に持ってきて両手でポヨポヨ触りながら話を続けます。こうしてると話しやすいんです。

「だからといっても、待ちすぎですね」

「...?」

「おや、エンドーさんはかくれんぼや鬼ごっこを楽しみたかったのでは?捕まえて欲しかったのでしょう?けれど、一回捕まったのなら貴方も追いかけませんと。ゲームが成り立たなくなっちゃう」

「...確かに、そうだな。ずっと逃げっぱなしで相手を捕まえることを忘れていたのかもしれない。隠れて居る相手を見つけ出すのも、見当違いな場所を探したりとか下手だったんだ...でも、何よりも捕まえた後や見つけた後が怖かったんだ」

こっちに顔を向けつつも、遠いところを視るような目で語りかけてきます。

「彼女に関して何か好みを聞き出したり、逆に嫌気する事を見出したりすることが怖かった。それを意識してしまえば、それを踏まえた上での行動が必要になる。そして踏み外してしまった時の相手の表情や内心が計り知れなくて、想像して、気づけば相手を真っ黒に染めて見ているんだ」

「ふーむ、なるほど」

なんとなくカイくんをエンドーさんの前に置いてみます。意味はないです。

でも、エンドーさんの視線がカイくんへ向きました。どうやら目が合ったようで、二人ともボーっと見つめ合ってます。

「エンドーさん、結構その人に惚れてました?」

「えっ、な、何で?」

「いやぁ、だって悩みの大半がその人に注がれているような気がしまして」

「...まぁ、さっきも言ったように、初めて好意を向けられたから」

素直な方だなぁ。人間関係については捻くれていますけど、元はとても明るい方なんでしょう。どうやら思考の俯き加減が大概で彼女さんについての尾を引きまくってるようです。

異性に対して何もできなかったというのは、やはり致命的なのでしょうか。エンドーさんの人を避ける性格を考えると仕方ないとも思えますが、男性としては傷つかざるを得ないのか。

あとは...

「人を避けて楽しんでいる雰囲気がありますよね」

「はい?」

「さっき言ったじゃないですか。かくれんぼや鬼ごっこを楽しみたかったのでは?って」

「...単純に臆病な部分を指摘されただけだと思ってたんだが。流石にそれは、無い、と思う」

「ほんとうに?」

あ、考え始めちゃいました。勘で言ってみたんですが当たってるのかな?

自分で「人は避けるが一人で居てもつまらない」みたいなこと言ってましたし。孤独で居たい訳でもないなら、きっとその状況を望んでいたんでしょう。まさしく面倒な性格。

しかし、彼女さんの件以来、遊び相手さえも避けるようになってしまった。他人が自分をどのように見ているのか恐ろしくなって。気付いたら、周りには親しかった人がいなくなって居た...とか。

本人が何も言ってないので私の出鱈目です。

ですが、どうも先程からエンドーさんの周囲が暗く見えます。

...まあ、実際暗くなっているんだと思います。

今日はそれなりに晴れていて、冬ですが陽射しの暖かさを少しだけ感じることができます。陽も傾いてはいますが、ここの部屋は西陽が良く当たるようになっているみたいで今の時間帯なら照明など不要です。この時間帯にしては明るい。

けれど暗い!エンドーさんの周りだけセピア色です。いや、暗いというより色落ちしてるという。コントラストが著しく失われています。おそらく、私の言葉でエンドーさんの思考がマイナス方向へとぶっ飛んでいるのでしょう。恐ろしく唐突でネガティブな思考です。

因みにこの色落ちは他の人には見えません。あれはエンドーさんのカミさまが落ち込んでいる様を映していて、普通の人には固まったエンドーさんが見えるだけです。

そして、この状態こそエンドーさんを食すタイミング。すかさずカイくんを頭に乗っけていただきます。

「急にカイくんを乗っけられても困るんだが」

「大丈夫です。事はすぐ済みますから」

「いまの俺には不安しか感じられないんだけど」

「いいからいいから。私を信じて〜」

あからさまに顔をしかめられました。我慢してくださいね。

「そうそう、言い忘れていました。今から貴方のカミさま...心ですね。その暗い部分を食べさせていただきます」

「いただきまーす」

「うん。そんな気はしてたけど、この気持ちを忘れられるなら何でもいい...」

「忘れません」

「へ?」

「一時的に和らぐとは思います。でも、忘れることはありません。そこまですると廃人になっちゃうかもしれませんから」

「...じゃあ、意味ないんじゃ」

「いいえ。むしろ、忘れてしまっては意味ないですよ」

「どうしてだ。下らないことでも俺はしっかり苦しんでいる」

「忘れてしまっても、いずれ同じ体験をして苦しむだけです」

エンドーさんの表情が少しだけグシャッとなって「じゃあ俺はこのままか」と言い、今にも泣きそうになります。

「悲しい顔しないでくださいよ。それこそ私が食べる意味ないじゃないですかー...」

んーどうしたものでしょう。

「兄ちゃん」とカイくんが喋り出しました。身体を頭の上からみょーんと伸ばし、エンドーさんの顔の前で目と目を合わせます。

「僕はね、兄ちゃんが好きだよ」

あらあらうふふ。

「...なんで?」

「カッコイイって言ってくれたから!初めて言われたもん」

「クフッ」

お、悲しい表情だったけど笑ってくれた。ナイス不意打ち。

「だからさ、きっと兄ちゃんを好きになってくれる人が他にも居ると思うんだよね」

「なんだそりゃ」

子ども特有の謎理論です。

「簡単ですよ、もっとポジティブに生きていこうってことです」

「月並みなアドバイスだな」

「おや、月並みだからこそ大事なのですよ。ありきたりな事って立ち上がるのに丁度良い杖になってくれます」

「そっかー」

ちょっとスッキリしたかな?

...会話が必要だったとはいえ普通に人生相談してたなー。キリもいいし、そろそろ食べちゃいましょう。

「さて、そろそろ景気良くガブリといっちゃいますよー」

「お、お手柔らかに」

カイくんに目配せすると、エンドーさんをその身で覆い始めました。

バーバパパみたいな感じです。

一応、人間相手に気を配りながら食べるのは初めてなので緊張します。練習もしたしなんとかなると思いますが...

「気を抜かずにやればなんとかなるよね!」

頑張れ私。

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