情けない男の話

俺は他人が苦手だ。

喋るのは下手だし、会話が始まっても短めに話を切りたがる。

遊びに誘われても一人を好むから断ることが多い。行ったとしても居心地が悪くなって、ある程度遊んだら一抜けしてくる。...徹夜で遊んだことないかもな。

人と騒ぐことが嫌いなわけではない。しかし、大勢の人がいる空間は落ち着かない。

常に一人が良い...かと思いきやずっと一人で居るのもなんだか詰まらない。

面倒だろう?自分でも嫌な性格してるなーって思うよ。人間じゃなくて猫とか犬とかだったら、こんなでも可愛げがあっただろうにな。付き合いが悪いだの鬱陶しいだの言われてから、人の輪には極力入らないように避けて過ごしてきた。

だけど、こんな俺にも少なからず友人が居た。これが今でも不思議でならない。授業で二人以上の組を作れと言われた時は空気になりすまして忍び、部活は入るも幽霊部員を突き通し、卒業アルバムの写真では右上に丸い写真で映ることを善とした。これ以上ないくらい他人を避けていたにも拘らず、何故か俺に突っかかってきた奴らが居た。

或る日、その内の一人に俺に声を掛けてきた理由を聞いてみたことがある。返ってきた答はいたって単純で「遊び相手が欲しかったから」と一言だけだった。それなら他にも選択肢はあったはずなのに...理解できなかった。

でも、その一言が、確かに俺の心を躍らせたのも事実だった。俺の性格を知ったうえで、それでも「ただの遊び相手」として受け入れてくれたことが嬉しかった。

それからも相変わらず他人は避けていたが、やはり避けがたい縁というものは生きているうえで必ず出てきた。まぁ人間社会で暮らしてるんだから当たり前なんだけど、「友人」と呼べるものが出来るまで、その必然を受け止められていなかったんだな。でも躱せないなら受け止めるしかない。俺はなるべく仲良くすることにした。

或る時、またしても不思議な縁があった。俺を好きだって言う異性が出てきたんだ。その子とは受ける講義が一緒で、いつも座る場所の近くにいるグループの中の一人だった。教授の言ったことを聞きそびれたとか、黒板に何が書いてあったのか教えてくれとか、他愛のないことを時々質問されていた。こっちは単純にノートを見せるだけ、講義が終わったらそそくさと退散していたのだが、そのうち彼女の周りにいた奴らも俺のところに流れ込んできて、ノートを見せろと迫ってきた。しかもノートだけでは飽き足らず、遂には俺の身柄も確保された。講義内容以外で声を掛けてもほとんど反応しなかったためか、一人を教室の外に配置して待ち伏せされていたのだ。どうして世の中は変人だらけなんだろう。かくして俺はそのグループに組み込まれた。

...で、そのグループ内で連んでいるうちにその子から告白されたんだ。最初に言ったようにな、喋るのは本当に下手だし好きでもない。その子と会話を挟むこともあったけれど、正直、親しいと思ったことはなかった。

それでもその言葉を聞いた時、顔の紅潮は抑えられなかったし、心臓はバクバクしっぱなしだった。人生で初めて他人からもらった言葉だったのもあって...頭がパンクしそうだった。向こうもそわそわしていたが、俺はそれ以上だったと思う。「どうしよう」で埋め尽くされて、好意を無下にするのも良くないと考えた俺は「じゃあ、付き合うか」と言ってしまった。彼女はボロボロ泣いてたっけな。

本当に、その時の俺は莫迦だった。

他人を避けて回っていた俺にとって、他者へ向ける好意というものは未知の意識だった。どのように接すれば良いんだろう?頻繁にメールを送ればいいのか?どんな言葉を掛ければいい?一緒に何処へ出掛ければいい?何をすれば喜ぶ?何を嫌う?何を望んでいる?何を話せばいい?何を、何を、何を....どの行動が相手に好かれて、何が相手を傷つける?

疑問ばかりが浮かぶ。彼女が疑問符の塊に見えてきて、何一つ行動ができないでいる。嫌われることが恐ろしくなってくる。それを見ている周囲も、俺の正体を彼女から伝わっている周囲のことも、何もかもが恐ろしい!!

人を知らず、しれっと生きてきた自分を恨んだ。きっと少しずつ培ってくるべきだったものを、一気に葛藤したんだ。でも、それにさえ俺は蓋をすることにして避けた。

或る日、いつも通り講義を受けに教室へ行った。いつもより遅く、始まるギリギリに、人混みに紛れてこっそり入る。彼女と友人たちに会うのが怖かった。

でもその必要はなかった。

俺と連んでいた奴らは誰も居なかった。

真面目とは言い難い奴らだったから、単純にサボっただけかもしれない。

それでも言いしれない悪寒が俺を襲って...気が付けば、逃げていた。


それから、人と接することが怖くて仕方がないんだ。

元々、一人で居ることを好んではいたけど、一人で居るべきなんだって思うようになった。周囲の俺に対する感情が、俺を見る眼が何よりも恐ろしくなって...どうしようもなく消えたくて。

幽霊みたいに、誰の目に付かずに居られればいいのに。

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