また今度
奇妙な夢を見ていた。
確実に、それは自分の記憶ではないと感じられる夢、または自分の記憶由来ではないと感じられる夢だ。それはもう夢じゃなくて、他人の映ってる動画とか写真を見せられてるだけなんじゃないか?ってなるんだろうけど、俺の目の前に映像の流れる画面はない。
俺は見知らぬ女の子の近くに突っ立っていた。後ろ姿を少し離れたところからボーっと見ている。
真っ白な髪、小柄な女の子が被るには不釣り合いな大きな帽子が特徴的だった。膝をついて目の前のものに向かってずっと「ごめんなさい」を繰り返し、泣きじゃくっている。
一体、何があったんだろう。歩み寄って、謝罪の対象へと目を向ける。
女の子の落とす涙の先には黒い何かが居た。ベチャっとした黒いスライムの様だった。両目と口を表しているつもりの黄色と赤色の球体が浮かび上がっていて、不思議なことにそこから表情が読み取れる。どうやら、少女が泣いているのを疑問に思っているようだった。
「どー...した.....の?」
ブクブクと口に水を含んで喋っているみたいにソイツは彼女に語りかける。
ひっ...と、驚愕と怯えが混じった声。眼を大きく見開いて思わず両耳を手で覆ったが、すぐに手を離すと改めて謝罪が始まった。
「ごめんね...ごめんね...でも」
女の子は最後に少し微笑んで何かを言った。
...そう「最後」。俺はその先を見ることはなかった。
「みちゃだめ」
その声とともに、黒い塊に飲み込まれたからだ。
「説明します」
「はい」
起きたらゲロまみれで白髪になっていた。
いや、文字にするとさ。「へーそうフーン」って軽く思うかもしれないけどね?身に起きた側からすると、こんな不安なことってないぞ。
具体的に言うと、まず気絶だ。自分の意思以外で眠ったのなんて人生で初めてだし、そのせいで時間が勝手に飛んだ事にスゲェビビってる。
次にゲロ。俺は辛くても吐かない主義だ。故に漂う異臭に混乱している。あ、健康上あまりよろしくないと思うので真似はしちゃダメだぞ。気持ち悪くなったらトイレでちゃんと吐くんだぞ。ちなみに倒れている間に迷子さんが少し掃除をしてくれたみたいだ。
トドメは髪だ。言わずもがなってところだけど。洗面所で口をゆすいだあと思わず鏡を二度見して変な声が出た。気絶してたのもあって浦島太郎になったんだって頭が理解しかけた。正気度チェック入ってた。
ご理解いただけたでしょうか。いま指差されて「お前の命は後三秒だ」なんぞ言われたら絶対信じるしいやむしろ現状歯をガタガタしてるどころか全身でマグニチュード12を体現してるからそのまま裂けるチーズよろしく真っ二つになって死んじゃいそうなんだけど死ぬのって怖いなーなんだろうなー数時間前まで死にてーとか言ってた自分がホント愚かっていうか早く説明くださいお願いぷりーず。
「おねがいぷりーず」
「しっかりしてエンドーさん!」
「いやー無理だよ迷子さん。これはもう死相が出てるっていうか死そのものだろ?そうなんだろ?あ、それだと今のおれゾンビじゃん。ハハハハハ」
「ち、違う違う!生きてるから!わ、わぁすごいなぁ!髪は真っ白だけど血色は真っ赤っかだよぉ!!!」
「ハハハハハハハ」
もうわけわかんねぇ。
「おねーちゃんまで混乱してどーすんのさ。にーちゃんもさ、大丈夫だから。健康そのものだから」
狂気に支配されつつある俺たちとは打って変わって明瞭な声が、彼女の帽子から顔を出して諌めた。声質が小さい男の子なのもあって小学生に叱られているみたいだった。
「むしろ前より健康だと思うよ。主に精神的に」
「まったく実感がないんだけど」
「...普通に生活を送っていればわかるんじゃないかな?」
普通に生活を送るって言ってもなぁ。不安しかない。
まず外見の変化について周りにどう説明したらいいんだろう...
「とりあえず、ですね」
ごめんなさい。と彼女が言った。
「気絶させちゃったのも、髪を白くしちゃったのも、全部わたしのせいです。ほんとうにごめんなさい...」
「おねーちゃんじゃないよ。僕が加減を間違えたのが悪いんだ。ごめんなさい、にーちゃん」
帽子を脱いで机越しに彼女は深々と頭を下げ、カイくんは帽子から出てきて机の上でベタッと半平みたいに平たくなって謝罪した。
俺に彼女らに対する憤りは一つもない。そもそも自分が望んだことの結果だし、失敗したのは確かに彼女たちの落ち度なんだろうけど、その辺も気にしちゃいない。気になっている事は...
「実はあなたの命は残り一週間です。...とか言わない?」
「言わない言わない」
その言葉を聞いてホッとした。死にたい死にたいと言っていた先刻までの自分は何だったのか。いや、これも彼女が俺の魂をつまみ食いした結果こんな思考になったんだろうか?正直なところ内面について何か変わったのかと問われても全くもって実感がない。
果たして、俺はあの感情に二度と囚われないで済むのだろうか。
「えーそれでその髪色なんですけれども...たぶん元に戻らないと...思います...」
とても言い辛そうにごにょごにょと彼女は言う。
炬燵から足を出して座ったまま後ろを向き、机の横に立て掛けてある姿見で自分の容姿を確認してみる。正真正銘、これが今の自分の姿であると再認識する。年老いてもいないし、鏡の住人が俺を真似ているわけでもない。
これが、今の自分か。
「気にしちゃいないよ」
「え?」
彼女の方へ向き直って笑顔で答える。
「外見に関してはまーったく気にしてないから。むしろ、スッキリしたかも知れない。ありがとうな、迷子さん」
「えっ、へ?は、はい。どういたしまして?」
なんかすごい戸惑ってる。怒鳴り散らされると思ってたんだろうなー。
「俺の気持ちがどうなったか、まだ全然わからないけどさ。この髪は変われた事の証明みたいなもんだと思っておくよ。イメチェンだ。イメチェン」
「...エンドーさんがそれでいいなら、良いですけど」
一応納得はしたみたいだが、物憂げな雰囲気は抜けない様だ。
今日知り合ったばかりだけど、他人に迷惑をかけた事に対して負い目を感じやすいのかもなぁと推察してみる。部屋で最初に話したときも「迷惑だった」とハッキリ言ったら大声で謝られたし。
ここはひとつ元気付けて恩返しといくか。
「...ところで俺って本当に死なないよな?」
天丼作戦。
...いや、自分で言っといてなんだけど傷抉ってない?
「だ、大丈夫ですってば。放置してたら不味かったですけど」
えっ、死にかけてはいたの?
その事実に少しだけ心内が冷えたが気にしない、気にしない。
「ちょっと助けを借りまして。その...クロバ...って子なんですが」
窓の外に視線を向けながら、助力を得た人物の名前を言う。ずいぶんと詰まらせた感じで言うのが気になる。仲が悪いんだろうか。
「姿が見えないってことは帰ったのか?」
「ええ。急に連れてきちゃったしあんまり外にも出ないので、たぶん疲れちゃったんだと思います」
「ふーん...お礼とか言いたかったんだけどな」
「ふむ、今度来たときにでも連れて行ってあげますよ」
「あぁそうしてくれると嬉しいな...ってまた来る気満々なのか」
「予後経過を見ておきたいんです。何か起きたら嫌ですし...お邪魔でしたら、こっそりと観察させてもらいますので」
それだとこっちは迷子さんの目を意識しながら生活する羽目になって気が気でないんだけどなぁ。
...でも「今度」か。
その言葉はあまり好きではなかった。漠然とした約束だが、その限りなく薄い縁も嫌っていたからだ。薄い縁というのは不意打ちのように訪れることがある。俺にとって心臓に悪いことこの上なかった。
しかし降って湧いたような彼女との縁は、今のところ何だか悪い気はしない。それは何故なんだろうか?
魂を食べられたことで自身が人との出逢いを嬉しく思っているから?
彼女に惚れてしまったとか?
まぁ理由はなんでもいいけど。
「そうだな。また今度、遊びに来てくれ。迷子さんと居ると退屈しなさそうだし」
そう言うと少し暗かった彼女の顔に赤みがさして、にっかりと笑ってくれた。
この子は笑っていてくれた方が安心する。
「それならば是非もありません。またお邪魔させてもらいますね」
「あいよ。びっくりする登場だけはやめてくれよな」
「あはは...あっ、あとですね。私のことはどうか『ストレイ』とお呼びしていただけませんか?」
突然の申し出だな。そういえば、動画の中でも呼び名を気にしていたような。
「はぁ、別にいいけど...」
なんか呼びにくいから『迷子さん』の方がいいんだけどな。
ストレイさんは了承を得た途端、狂喜しだしたので心の中にしまっておくことにした。
ー ー ー ー ー
エンドーさんにお別れを言って帰路を辿ります。
太陽は地球の裏側を暖めるべくこの地を去ったため既に真っ暗です。
居候先にはカイくんに頼めば一瞬ですが、今日は散歩して帰りたい気分でした。いろいろ反省をしなければならないのですが、こちらで新しい友人を作れたことが嬉しくて仕方ありませんでした。フッフフーンと鼻歌交じりに歩を進めます。
「今日はごめんね、おねーちゃん」
「はぇ?」
ご機嫌な私を他所に、カイくんが落ち込んだ声色で謝りました。
「にーちゃんの食べ過ぎちゃったの。ぼくのせいだから...」
どうやらずっと気に病んでいたみたい。
「カイくんにお願いしてるのは私なの。君はそれに従っただけだし、というか私の意思に従うようになっているわけだからなーんにも気にすることなんてないんだよ」
この子は基本的に私の出した指示の範疇でしか行動をしません。かなり曖昧な指示でも私の意図を汲み取って忠実な仕事をしてくれます。
「カミ」の収穫...「食べる」ことは最優先事項なので積極的に行いますけど、私の意に反していたなら勝手に止まりますし言葉で止めるのも簡単です。...今回は勝手に止まらなかったわけですけど。
まぁカイくんにも自我はありますからね。
とにかくエンドーさんの魂を食べ過ぎてしまったのは、私めの完全な監督不行き届きに他ならないのであります。
「それに、カイくんが悪いことするわけがないからね」
「にーちゃんに悪いことしちゃってるけど」
「それは止めなかった私の責任なの」
自分で言っててちょっと強引かなとも思いますが、カイくんには責任を感じて欲しくないのです。
「そんなのわかんないよ」と言ったきりカイくんは黙ってしまいました。
不貞腐れちゃったかなぁ。上手く言いくるめると良いのですが、あいにく口には自信がないのです。不甲斐ないお姉さんを許しておくれ。
「クロバくんやエンドーさん含め、何か埋め合わせ考えなきゃ」
一人ぶつぶつ言いながら、お天道さまの代わりに電灯や家々の明かりが照らす道を歩いていくのでした。
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