早く起きてくれ
今は冬だ。
故に、俺の部屋には炬燵を配置している。友人を部屋に招くことは少ないため、この炬燵はほぼ自分専用である。面積も小さく、一人で足を突っ込む分には十分なスペースがある。だが、複数人入るとなると何処に足を伸ばすか、居心地の良い行き場所を探るための争いが起こる。
争いは醜い。場所を占領するため、互いの足をくすぐり合い、暴れたところで机の脚に脛をぶつけ、争いは激化し、親に怒られる...
懐かしいなぁ。
しかし、俺は今、自分の部屋を持っている!そして一人ゆえに争いのない冬のオアシスを満喫できている。こんなに素晴らしい冬はない...ない...のだが。
現在、俺の部屋にはもう一人居る。
いや、なんか気絶して私めのオアシスを占領していた。まぁそこに押し込んだのは自身なんだけどね。
寝直すために布団へ入ったものの、なんかモヤモヤした気持ちを抑え切れずにいた。その気持ちのまま多分1時間くらい経ち、扉を閉めてから物音一つしないことに疑問3割困惑3割恐怖4割。え?夢だったの?ともう一度、思い切って玄関の扉を開けたその先に、コイツは倒れていた。よく見たら鼻血も流れてて...
「えっ!?その状態でずっと倒れてたの!?」
ここは学生もそこそこ住んでいる筈の安いアパート。時間帯は午後3時回ったくらいで...人通りなんてわかんないわ!セルフツッコミの後、誰か通らなかったのかとか、いや、むしろ誰かに見られていたらヤバイのでは…とにかくいろいろと逡巡した挙句、先ずは家に入れることにした。
冬の寒空に、雪は降ってないとはいえ1時間も放置されていたためか、彼女の体は冷え切っていた。
「いや、冷たすぎでは...!?」
し、死んだ!?と一瞬思ったが、息はしている様子。よく見ると胸は微かに上下していた。とにかく中に入って暖めないと...
「おい、お前」
「ひえっ!?」
小さい子供の声が聞こえたような気がした。周囲を見回すが誰もいない。
「な、何なんだよお!?」と軽くパニックになり情けない声を出しながら、彼女を担ぎ急いで扉を閉めた。
そして、今に至る。
「こいつを部屋の中に入れるだけだったのにすっごい疲れた気がする」
鼻血はとりあえず拭いといて、血は止まっていたようだが、念の為ティッシュを詰めといた。カーペットを汚されても困るし。
あと、早く起きてこの状況を説明して欲しい。
こいつを炬燵に入れた後、もう一度さっきの動画を見返す。どう見ても我が部屋で図々しく暖房器具を占領して居る奴と同一人物だ。忌々しい。俺は布団に包まっているだけなんだぞ。早く起きろ。ハリー!harry!
因みになんでこんなネチネチして居るのかというと炬燵が唯一の暖房器具だから。この部屋には空調など無い。伊達に安い物件ではないという訳でして。それでいて俺は極度の寒がりなのだ。布団はあれども、やはり炬燵が恋しい。
とにかく早く起きろと願いを込めた眼光で彼女を見続ける...
あ、そういえば。
「あれって、やっぱりカツラじゃないのか?」
現実離れしている彼女の髪。わざわざいうまでも無いが日本では黒い髪が一般的だ。染めれば何色でもなるが、一見しても彼女のものは...
「地毛...だよなぁ?そういう風にしか見えないだけか?」
青いような白いようなその色合いは、凄く神秘的だった。白髪というのは昔話でも神格化された人物に当てはめられているのを思い出した。仙人や神さまは白い髪である事が多かった。死生観としても、子供が産まれる時や葬式などでは「白」が強調されていることがあった気がする...
...触ってみてもいいかな。
さっき部屋に入れるときにも触れたかもしれない。しかし、意識してみると何だか触れてみたい欲求が出てきた。
「まぁ少しくらいいいだろ。炬燵占領してるし」
布団から出て、彼女に近づく。
手を伸ばし、指先が髪に触れる。なんかドキドキする。
「へあ?」
間抜けな声がした。
俺ではなく、目の前の寝ていた奴の声だ。
「...おはよう」
「はい?おはようございます?」
戸惑いながらも、俺の言葉に返事をした。
やっと起きたか。
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