第2話 情報
「代理人をたてたそうだ」
能力のないものを、と呆れた声に、それは仕方ないと別の声が答えた。
「我々は傍観者でなければならないのだ」
「多少の支援、援護は」
「難しい、それにしても獣人達の従属の、あれはなんと」
呪いだと意識が呟いた、人間が呪いをかけたのだと。
「それは魔法、錬金術とかいうものの類いか」
否、あり得ないと部屋全体が叫ぶように震えた。
一部の肉体を持つ者が意識体に語りかけ、答えを求めた。
ほんの少しの沈黙の後だ。
「接触だ、一部の他界が、こちらに介入してきたのだ」
「それは、よろしくないことだ」
「証拠は、あるのか」
「なれれば、そのときは」
「いつだって間違いを起こすものだ、人は」
世界は無数にある、単純ではない、だから接触謹厳法が定められたのだ、では人間の中に違反者が紛れていたということだろうか。
それが事実だとしたら、まだ生きているのだろうか、呪いをかけた本人は。
獣人たちの隷属の意識は故意に植え付けられたものか。
だとしたら、代理人を立てたの失敗、事態の進行はどうなる。
「代理人だけではない、我々もだ」
それは結論かと誰かが呟いた。
「傍観は難しいかもしれない」
「承認」
「承認、私もだ」
「せざるえない、な」
「活動が開始されました」
「人間側の兵士の腕に取りついたそうです」
「では、そのまま、国に入り情報を集めるという」
「人は排除するかもしれません」
「殺すことはしないだろう、いや、そこまで愚かではないだろう。
だが、絶対にというのはあり得ない、どんな場合にでも絶対ということはあり得ないのだということを彼らは知っていた。
獣たちは女の周りを取り巻いていたがその視線には不安が隠せない、だが、全員ではない、自分たちの子供を差し出す行為を止めたという人間の女性を何故、という目つきで見ていた。
「まず、最初に言っておきます、私は人間ではありません、あなた方、獣人が恐れているのは分かりますが、半分の力、体力もないんです、ところで、外の兵士たちはどうなったでしょう」
「あ、あの兵士を拘束して帰ったようです」
一人の獣人が女に向かって叫ぶように、そして、慌てて周りを見た。
「雨は降っていますか」
「は、はい」
だとしたら、途中、濡れることは避けられない、水は生きものにとって糧ともいえる。
「人間の兵士というのは強いのですか、あれは、まあ」
「聞いてもいいですか、あの兵士は死ぬんですか、病気だといってましたが」
一人の獣人が好奇心を抑えきれずに訪ねると女は首を振った、嘘ですと、はっきりと。
「病気ではなくて、あれは生き物、自分では歩くこと、移動ができないのです、彼が向こうへ行っている間、あなた方の意識改革をしなければ、人に従属すること、奴隷になって働くなどやめなければ駄目です」
その言葉に獣人たちは驚きの表情とため息を漏らした。
「私たちは人が怖い、生まれた時、子供の頃からです、何故なのか、自分でもわかりません」
「あなたがリーダーですか」
女は不思議そうに考え込んだ、生まれたときから人が怖い、そんなことがあり得るのだろうか。
「魔法使い、魔道士と呼ばれる人は人間の中にいますか」
獣人たちは不思議そうな顔をして首を振った、聞いたことがない、それは何ですかと反対に聞かれたので木桜は驚いた。
人の世界の仕組み、基準がどれくらいなのか、わからないことに脱力した。
報告があるまで待つことにして、まずは彼らと信頼関係を結ばなければならない。
自分に対して恐怖、警戒は抱いているが、あの兵士ほどではない。
時間をかけてゆっくりと考えていたが、ほんの少し前、できるなら急げという伝達が来たのだ。
彼は目を覚ました、水、雨だと気づいたが、自分が目覚めたことを知られるのは国に戻ったときでいいだろう。
腕一本では足りない、できるなら、この人間の体を全て強奪してもいいのだが、それは野蛮行為だと、かといって共存というのは難しい。
「獣人を奴隷にするなど野蛮だな、いや、彼らはそれがどういうことかわかっているのかな」
王座に就いたばかりの彼は遠い国で起きた事、その報告を聞いて顔をしかめた。
「その獣人の村、なぜ彼らは従属に甘んじているのだろう、彼らの力であれば」
「人間側に協力者がいるのかもしれません」
「あり得るが、それがいつまで続くのか」
「永遠というものはありません、王、いずれ、それは壊れてしまうでしょう、破綻がきます、獣人の村に人間の女性がいたそうです」
「人間、なのか」
若き王の言葉にそばにいた一人の貴族が笑みを浮かべた、彼は王の教育係の一人だった、つい最近まで様々な国を放浪していたのだ。
自由に国外に出ることができない王の代わりに彼は手足、目となり、身分を隠して歩き回っていた。
「その獣人の村ですが、ヴァルナと呼ばれているそうです」
「何っっ、それは」
驚いた声で何か言おうとして口を開きかけた、だが、と考えた。
今、自分が行動を起こしたらどうなるだろうかと。
「ベイリア公、遠い国の出来事だ、だが、もしかしてだ、その人間たちが私たちの国に来ると思うか、つまり我が国には魔法使いと呼ばれる者がいるが」
「それはわかりません、ですが、助けを求めにというのは」
考えなくてはならない、独り言のような呟きを漏らし、窓の外を見る王は顔を歪ませた。
鉄の格子を外されたのは幸いだ、これは自分が大人になったということだが、それを理解しているのは一体どれほどの人間たちだろうと考えながら若き王は目を閉じた。
獣人は知恵がない、自分で考えることをしない、だから知恵ある自分たちが彼らを先導し導いてやるのだ。
ただ、それがいつの頃から奴隷として、そんな形になったのかわからない。
現、国王のダイアランは自分を無能とは思ってはいなかった、民から慕われている慈悲深い王だと、自分はと思っていた、いや、周りの側近たちもだ。
国の領土、農地の拡大には人の手だけでは足りない、その為の労働力、獣人は最適だった、数人の嘆願、市民もだが、殆どが貴族たち嘆願だった。
今回、獣人の村への兵士たちの派遣も将来的なことを見越してのことだった。
ところが、数日前、帰ってきた兵士たちは自分たちだけで帰ってきた、しかも兵士の一人は右腕が獣のように変わっていた、一体何があったのか。
ジャイルズは驚いた、まだ幼い頃から玉になるのだと周りからいわれて、十八という若さで頂点についた、それから二十年あまり、自分の出した命令は、大抵が叶えられてきた、勿論、全てが順風にという訳ではなかったが。
隊長のシュナイダーが連れ帰った一人の兵士、その右腕を見た時、正直なところ、何が起こったのかと理解に苦しんだ。
人が獣人に変貌するという話など聞いたことがなかったからだ。
兵士の腕は完全に獣のものだった、だが、それ以外は人、本人なのだ。
医者に診せても、こんなことは初めてで、どう対処すればいいのかわからないと途方にくれるのだ。
考えた末、どこかに隔離して、こっそりと始末する、これが一番、無難な方法に思えた。
ところが。
活動を開始しなければと考えた、木島はコンピューター会社に勤めていた、ごく普通の会社員だった、といっても、それは生前のことだ。
パソコンの前に座り、ネットで情報を集めて、それを仲間に知らせて情報交換するのが好きだった、外に出るのが好きでなかったのは、怪我、足が悪かったこともある。
「足を用意するので、情報を集めてほしい」
と木桜に言われたとき、おもしろそうだ、退屈を紛らわせることができるかもしれないと木島は考えた。
体は必要ですかと聞かれたとき、どうしようかと迷った、出歩くのは生きていた時から好きではなかったからだ。
だが、彼女の言葉、足というのがどれほど使えるのかわからない。
万が一の場合は乗り換えると木島は答えた、自分の一部を分散させれば少なくとも片手の数以上は使える素材が手にはいる筈だ。
その言葉に木桜は不思議そうな顔をしたが、頼みますと言っただけだ。
まあ、年上だからな、自分が、いや、彼女が死んで、どれくらいの時が経ったのか、木島は思い出そうとしたが、そんなことより情報を探す方が先だと、侵入することにした。
自分の足となっている人間の脳に、だ。
ヴァルナの代理人 今川 巽 @erisa9987
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