ヴァルナの代理人

今川 巽

第1話 世界の粛正前に

なんてことだ、男は苦悩の表情で映し出された光景を見た、それは自分の知る昔のものとはあまりにも違う光景だ。

 人は獣人を、異種族を奴隷として隷属しているのか、何故だ、どうして彼らは従っている、自分の知っている、生きていた頃とは違うのか。

 「増長しすぎだ」

 男の隣にいた、一人の神と呼ばれる意識が呟きを漏らした。

 一人が呟いた、彼は生き物ではなく、一つの意識だ、部屋にいた生き物たちが、迷いながらも頷いた、いや、同意したといってもいい。

 ただ、どうすればいいのかわからないのだ、自分たちは国と世界の住民から神、創造者、と呼ばれる存在に近い物、者だ。

 「君は獣人に救われた過去がある人だ」

 「はい」

 自分が死んでから一体どれくらいの時間が過ぎたのか、男の記憶はない、だが、亡くなる寸前の記憶だけは残っていた、人間の自分を助けてくれたのは獣人だった。

 病気だったが、見捨てることなくそばにいてくれたのだ、あの村には獣人だけでなく、妖精、トロールなどもいた、死ぬ、亡くなる寸前、思ったのは何も返せていない、後悔だけだった。

 今の自分は、ただ、こうして世界を見守ることしかできない。

 

 「我々は傍観者、手を出すことはできない、だから、代弁者を立てようと思う」


 「賛成です」

 「この世界と関係ない者を、公平で慈悲を」

 「矛盾だ、全てにおいて、それはあり得ない、我々は」

 我々はと意識と肉体を持つ、この時、男が初めて声を皆に。

 

 我々は神ではないのです、と声をあげた。


 

 それで、選ばれたという訳ですと管理者に告知されたと、木桜は納得がいかないのか、不満なのか、はあと頷いた。

 こういう場合、男性が適任と思ったのだが、時と場合によるらしい。

 女で決して若いとはいえない、三十路半ばの自分は五年前、現代社会の日本から不慮の事故という名目で死んだ、だが、このとき地獄に天国にも行かなかったのは、色々な部署で人員が不足していたことが原因だった。

 自分に代弁者と代理人の役が務まるのだろうかと木桜は考えたが、選択権はないの断ることなどできない、だが不安があった。

 体力があるわけでもない、ゲームや映画の中の世界のように不思議な力、魔法が使える訳でもないのだ、そんな自分にできるだろうかとて思ったのだ。


 「当たり前の記憶、知識、人としての感情が必要だと我々は思っている、死んで、まだ五年あまり、人としての感情と記憶が残っている者の中で若い者は少ないのだ」

 確かにと木桜は頷いた、ここ百年近く、亡くなった人間はスムーズに天国と地獄、それ以外は適材の配所へと配置されている。

 

 「粛清される前に我々が何ができるか、これは我々、監視者にとってもテストだ」

 「テスト、ですか」

 「そうだ、試されている、予測しない出来事は聖者にも死者にも、いつだって等しく、不測の事態を巻き起こすものだと」

 正直、理解できないわからない部分あるが、それを聞いたところで答えなどあってないようなものだと思い、木桜は尋ねることはしなかった。



 「奴隷を、獣人の村で子供たちを」

 「ああ、そうだ、成人した獣人は使いづらい、以前、逆らう者がいて怪我をした」

 「まさか、死んだのですが、治癒の薬でなんとか取りとめたらしいが」

 歯切れの悪い言い方だ、それで自分たちが非番なのをいいことに回ってきたというわけだ、正直いい気がしないと思いながら、その感情を顔には出さず、警備隊長は頷いた。

 命令には従わねばならない、二十人ほど部下を連れ、国境を越えて獣人の住む村へついたのは二日後のことだ。


 獣人は人並みに知能はある、言葉も理解する、だが、人間と敵対することがないのは彼らが自分達、人間を恐れているからだ、その理由は詳しくはわかってはない、人並みの知能というのは突出した、利口な者がいないということなのか。

 警備隊が村に着くと、数人の獣人たちが姿を現した、奴隷として連れて行くために従属の腕輪を出し、隊長のシュナイダーは子供をいるだけ連れて来てほしいとリーダーと見られる獣人に言葉をかけた。

 すると獣人は首を振った、子供はいないというのだ。

 もしかして、奴隷にされるのを恐れて隠したということだろうか、もし逃がしたとしてもだ、獣人の住む場所、かなりの範囲で草地、草原で頼れる同族はいない。

 奴隷にする子供たちを連れていかないと自分が上役に怒られるどころではない、国の労働の殆どは異種族である獣人だ。

 「隠しても無駄だ」

 正直、こんなことはやりたくはないと思っても仕事だ、部下に命じて村の中を探せと命令する。


 一時間ほどして村の入り口に集められたのは十人の子供達だ、皆、おびえた目つきをしている、腕を出すように声をかけると一人がおずおずと差し出した。

 死ぬまで人間のために働くという運命が待っている、鉛色の腕輪を兵の一人が子供にはめようとしたときだ。


 「待ってください」

 その声に皆が驚いた、獣人たちもだ。

 「誰だ、おまえは」

 村の奥から現れたのは人間の女だった、何故、シュナイダーが不可解な表情になったのは無理もない。

 「今、村を出ると大変です、雨が降りそうですから」

 その言葉にシュナイダーは空を見上げた、確かに雲行きは怪しい、だが。

 「それに病気の子もいます、もし、あなた方に感染、伝染したら」

 聞き慣れない言葉に兵士たちは顔を見合わせた。

 「どんな病気なんだ」

 獣人は子供といえど体力はある、多少なら無理をしてでも連れて行くというつもりだったシュナイダーに女は困ったと言いたげな顔で腕輪をつけられた灰色の毛並み、狼人の子供を見た。

 「その子です、ああ、あなた」

 腕輪をつけた兵士を見ながら女は彼に触れてしまいましたねと、気の毒そうな顔をした。

 「気をつけてください、その病気の源は強いので薬などは効きません」

 兵士の顔色が変わったが、それは一瞬だった、女が嘘を言っていると思ったのだろう。

 そのとき、雨が降り始めた、ぽつぽつと。


 激しい雨ではなかった、シュナイダーは迷った、獣人の村に一晩泊まるか、そんなことを考えていると、呻き声が聞こえてきた。

 何だ、どうした、見ると、一人の兵士が頭を抱えてうずくまるように苦しんでいた。

 「どうした」

 周りの兵士も異変に気づいて近寄ろうとした瞬間、兵士は立ち上がり、近寄ろうとした仲間の兵士に自分の腕を振り上げた、それは人間の腕ではなかった。

 獣のように毛の生えた腕だ。


 「ああ、病気が、感染したようです」


 その声にシュナイダーは女を見た、説明を求めたのは当然だろう。


 

  

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