第3話 衝突



 彼女は、僕が元気になるまでずっと、面倒を見てくれたんだ。


 雨が降れば守ってくれたし、お腹が空いたら蜜をくれた。

 とても迷惑をかけていたけれど、嫌な顔一つせず、彼女は優しく接してくれた。


 そんな彼女に、僕は、今まで見てきた世界をたくさん聞かせた。


 彼女は花だから、自由に動くことができない。

 そんな彼女を、少しでも喜ばせたかったんだ。


『クチバシ』の話、初めて空を飛んだ時の話、何かに襲われて捕まった話……。


 彼女はその度に驚いたり、羨ましかったり、怖がったりした。

 そして、そんな彼女の姿を見れているとき、僕はこの上なく幸せだった。



 初めは聞くばかりだった彼女も、つまらない話だけど、と今まであったことを教えてくれるようになっていた。


 ずっと独りぼっちで寂しかったこと。

 そんなときに見上げた空が、とても美しかったこと。

 巨大な足に踏まれそうになってハラハラしたこと。


 どれほどたくさんの言葉を交わしても、交わし足りないぐらいだった。



 だから、もうすっかり元気になってからも、僕は毎日ここへきたんだ。

 ここは、僕の幼馴染が沢山いるあの場所からそんなに遠くないってことがわかった。


「あんな灰色の場所に行って、何があるんだ?」

 ある時、幼馴染にそう問われたことがあった。

「ひみつ」

 僕はそう答えておいた。


 不思議と、自慢したくならなかったんだ。彼女には、なんでも言いたくなるのに。



 僕に会いに行くたびに、彼女も嬉しそうに笑ってくれる。


 だからぼくは、明日も来ようと思いながら、帰るんだ。



 けれどある日、僕は大きな過ちを犯してしまう。


「君はどうしてこんなふうに一箇所にとどまることしかできないんだろう」

 本当ただ、そう思っただけ。

 それだけで、深い意味はなかった。なのに。


 ぼんやり空を眺めながら呟いた僕の隣で、彼女がいつも纏わせていた空気がサッと変わったのを感じる。


 一瞬の沈黙の後、彼女が口を開いた。

「私だって、好きでこうしてここにいるわけじゃない……」

 怒っていた。

 彼女が、始めて怒っていた。

 いつも僕に優しくしてくれる彼女が、僕のせいで怒っている。


 彼女の方を向くと、花びらが怒りに染まっていた。

 僕は呆然としていた。どうして怒らせてしまったのかが、わからなかったんだ。


 そしてだんだん、混乱している自分にイライラしてきた。


「別に、そんな風に怒らなくてもいいだろ! 大したことじゃないんだから」

 言葉は、考える暇もなく口から飛び出す。


 今度は彼女の花びらから、サッと色が抜け落ちた気がした。

「ひどい……。私にとっては、私にとっては……!」

 弱々しく声を震わす彼女の姿が、僕の心をかき乱す。


「じゃあ勝手にしてろよ!」

 気づけば僕はそう言い捨てて、さっさと飛び立っていた。

 乱暴にハネを振ったので、彼女に当たってしまったが、振り返りもしなかった。


 空はこんなに晴れているのに、気分はちっとも愉快じゃない。











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