no.9 赤い傘の女

親戚から聞いた話。

親戚は幼少の頃、親が共働きで忙しく、友達と呼べる同級生もいなかったため、学校への登下校は常に1人きりだった。

彼女の住んでいた場所は以前は栄えた観光地だったのだが、それももう昔の話。今となっては古い雑居ビルの並ぶ、寂れた町となっていた。

ある日の夕方、いつものように1人で家路を辿っていると、急に空が雲に覆われた。気がついた頃には、大粒の雨がザアザアと音を立てて降っていたそうだ。

すぐ近くの商店街に駆け込むと、サビの浮いたシャッターを下ろした、古ぼけたタバコ屋が目に入った。

ここで少し雨宿りをしよう。

彼女はそう思い、重たいランドセルを背中から下ろして座り込んだ。

どれだけ時間が経っただろう。雨は一向に止む気配がない。人気のない静かなシャッター街で、彼女はだんだんと心細くなってきた。

そんな時だった。ふと気がつくと、目の前にとても背の高い女が立っていた。女は真っ赤な傘に、同じような色の真っ赤なワンピース、首元で揃えた黒いおかっぱ頭という出で立ちで、少し異様な雰囲気を醸し出していた。

目の下まである長い前髪の隙間から、時々、蛇のような鋭い目が覗く。

最初はびっくりしたものの、なんとなく彼女は、『この人は良い人なのだ』と思ったそうだ。


「雨のせいで、お家に帰れない」


そう伝えると女はなにも言わずに彼女を傘の中にいれ、家まで送ってくれたそうだ。

それから何度か、彼女は赤い傘の女に出会うことがあった。それは決まって雨の日で、どんな場所にいても同じように赤いワンピースと赤い傘を持ち、必ず彼女を迎えに来てくれたそうだ。家へと向かう途中、女はなにも話さなかった。でも、いつも1人で歩いていた道を一緒に歩いてくれる人がいる。それだけで彼女は嬉しかったそうだ。

そんな関係が2年ほど続いたある日のこと。いつものように家路を辿っていると、突然空が暗くなり始めた。

これはきっと、雨が降る。

彼女はすぐに雨宿りできそうな場所を探し(その時はトタン屋根のついたバス停だったそうだ)いつものようにランドセルを下ろすと、その場に座り込んだ。

間もなく、雨が降り始めた。

初めはポツポツと。だんだん音は激しくなっていき、ついには雷まで鳴り始めた。

そんな時だった。いつものように、あの赤い傘の女が目の前に現れたのだ。

彼女は待ってましたと言わんばかりに女の傘の中に飛び込むと、ゆっくりと家への道を歩んだ。

あの角を曲がれば、家に着く。

そんな所まで来た時だった。いつも無口な女が、ボソボソとなにか呟いた。しかしその声は雷と激しい雨の音に掻き消されて聞きとれない。

なにを言っているのか気になった彼女は、女の体に身を寄せた。その瞬間、女はものすごい力で、彼女の腕を掴んだそうだ。

あまりの痛みと驚きに女の顔を見上げると、いつも蛇のように細かった目が大きく見開かれ、その瞳は焦点が定まっていなかったそうだ。口から大量の唾液を飛ばし、相変わらず聞きとることのできない言葉を吐き出し続けている。

恐ろしくなった彼女は、咄嗟に手に持っていた手提げ袋で女の横腹を叩いた。

瞬間、女が腕を掴んでいた力が弱まり、その隙に彼女は全速力で逃げ出したそうだ。家の中に入るまでは、気が気でなかったらしい。家の中に入ってからも、女が追いかけてくるのではないかと考え、震えながら両親の帰宅を待ったそうだ。

翌日、家を出る前に恐る恐る2階の窓から外の様子を伺ってみた。そこに女はおらず、空は雲ひとつない快晴だった。

安堵しながら靴を履き、玄関の扉を開けた瞬間。

目の前にはズタズタに切り裂かれ、真っ二つに折られた真っ赤な傘が落ちていたそうだ。

その日から彼女は、晴れの日も傘を持ち歩くようになった。以来、あの赤い傘の女には会ってないという。

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