第7話 話せない真相

 僕は走ったが、陸上部員である彼女はその足でとっくに校舎を出てしまったようだった。校門で立ち止まり右と左どっちに行ったのか悩んだ。しかし最後は直感で右に向かった。走り続けると彼女の華奢な後姿が見えた。足に乳酸が溜まっている僕とは違って、彼女の足の動きはバッテリー液でも詰まっているんじゃないかと思うくらい激しく動いていた。


「待ってくれ!」僕が目いっぱい叫ぶと、米粒ほど小さく見えるくらい遠くにいる雀ちゃんが立ち止まった。そして僕の目の前まで走って来た。


「大丈夫ですか?」


 膝に手をついて首を垂れ、はあはあとみっともなく呼吸する僕に、雀ちゃんは優しく声をかけた。


「う、うん。大丈夫だよ。君は凄いな、あんなに走ったのに、平気そうだ」


 彼女は軽く息切れを起こしているくらいで、意識朦朧としている僕とは大違いだった。


「凄く、ないよ」


 消え入りそうな声だった。酸素が足りず、窒素で埋め尽くされた空間で燃えている火のような声だった。


「私は、一人じゃ何も決められなくって、気が弱くて、ダメな人間なんだよ」

「でも、立ち止まってくれたじゃないか。そしてとてつもない速さで僕の元に駆けつけてくれた。君は良い人だよ」


 僕は正直な気持ちを言った。実際彼女は自分で思っているほど優柔不断ではない。じゃなきゃ僕の元に駆け寄ったりはしない。


「私はみよちゃんに相談しなきゃ何も決められないの……」


 彼女は顔を真っ赤にして、目には涙を浮かべていた。


「でも今日は、自分で決めて教室に来たんだろ?だから一人だった。違うかな?」


 雀ちゃんは小さく頷いた。


「部活は?」

「今日は休みました……」休んでしまったことに罪悪感を覚えているのか、ばつが悪そうな顔をしている。


「どうして謝らなくていいなんて言ったんだ?」


 呼吸も落ちつき、何とか普通に話せるようになったので気になっていたことを聞いた。


「あれはみよちゃんが言ったことだから、私はあなたが犯人とは思ってない……」


 彼女の口から思いがけない事実を聞いて僕は驚いた。


「あなたも悪い人には見えないから」

「僕は窒素らしいからね。良くも悪くもないのさ」僕の軽口に雀ちゃんは首を傾げたが、説明するのが馬鹿々々しくて話せなかった。


「じゃあ、犯人を追いかけたりしなかったのは美代子ちゃんに相談しようと最初に思ったからなのかな?」

「うん、最初は盗撮されたかもしれないって思っただけで確信はなかったの。でもみよちゃんに相談したら、絶対盗撮だから先生に相談しようって言われて……。どんどん事が大きくなって、あなたが犯人にされちゃった……」


 雀ちゃんはまた罪悪感に押しつぶされそうな顔をする。本当に悲しそうで僕も申し訳ない気持ちになった。


「ごめんなさい」


 謝る雀ちゃんを見て、僕は自分の無力さを知った。苦しむ彼女のことも知らないで、穏便に済ませようなんて考えていた自分が恥ずかしかった。


「謝ることはないよ。だって撮られたかもしれないんだろ?それって女の子にとっては酷い苦痛のはずなんだ。被害者の君がこれ以上苦しむ必要はない」


 雀ちゃんが恥ずかしそうに微笑むのを見て、僕は少し嬉しくなった。


「でもね、みよちゃん悪い子じゃないんだよ。私のたった一人の友達なの。いつも私の力になってくれるの」


 母親に抱かれた赤ん坊のように、安心した顔で笑っていた。


「仲いいんだね」僕がそう称賛すると「うん」と元気よく言った。

「信じてくれてありがとう」僕はお礼を言って「家こっちだから」と背後を指さした。

「うん、じゃあね。みよちゃんには私から話しておくね」


 僕は去って行く雀ちゃんの背中を眺め、仮町の言葉を考えていた。


「仮町の言う通りだな。確かにこれは、謝って終わりにした方がよかった」


 真相を知り、僕は少し後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る