7-18  ハイタッチ

 次の日…、まあ、日曜日なんだけれど、そんなことには関係なく、男連中は、朝からちょっとした肉体労働。


 ここ…、職場と言うには、なんだか組織だっていないようにも思えるし、それに、平日も、人それぞれで、いたりいなかったりと自由度が大きいところだが、一応は、土、日は休みになっているのだそうだ。

 だけど、仕事をする必要があると思えば、みんな、自然と集まってきて、やるべきことをやるようだ。


 侵入者は、唐辛子による顔のやけどのような状態が思いのほか酷くて、二,三日は病院に入っているらしいのだが、一言もしゃべらず、もちろん名前も言わず、おそらく尋問でも黙秘を通すんだろうとの、有田さんの不思議なルートからの情報。


 その上、3人のリュックから爆薬が見つかったので、警察の方も緊張を高め、これからの取り調べは、長くなりそう。


「気の毒にね…、警察としても、対応がむずかしいだろうね…」

 と有田さん、警察に対して同情を交えて。


 でも、こっちはこっちで、おれが引き寄せた拳銃など、『これ、彼らが持っていたものなんですよ』なんて提出する考えはさらさらないので、逆に、銃撃があったことの『証拠隠滅作戦』となった。


 録音を頼りに何発撃ったかまで確認して、男性陣、みんな揃って広場で薬莢拾い。

 有田さんとおれ、最後まで、侵入者がどの辺で撃っていたかを見ていたので、皆にその場所を話すと、そこそこの時間はかかったものの、想像したよりもかなり早く、全部が見つかった。


 続いて、ライトやその割れたガラスの回収と、見える範囲でのBB弾拾い。

 BB弾、地中に潜り込んだのは無視することにした。

 薬莢捜しよりも、こっちのほうが、かなり面倒な作業だった。


 そのあと、弾痕の残った金属板などを撤去。

 これが、かなり重い。

 でも、デンさんの軽トラックが、山道のかなり奥まで、バックで強引に入ってきてくれて、運ぶ距離はかなり縮まった。

 この時、遠くから見ていて、デンさんの運転のうまさがわかった。


 そのあと、落とし穴を埋め戻したり、ロープを回収したり。


 落とし穴のところ、人が落ちた痕跡があって、すごくうれしかった。

 一緒に穴を掘った島山さんや北斗君と小躍りして喜んだ。

 北斗君なんか、乗っちゃって『こう落ちたんですかね』なんて、落ちるまねまでして見せてくれた。


 でも、ひと喜びしたあと、『う~ん…、底に、何かを入れ、細工をしておけばよかったかな…』と島山さん、急にそこに座り込んで、なにやら考え始めた。


 島山さん、『何か』とは言ったが、たぶん、ハバネロ唐辛子のこと。

 まだ、1キロ近くも残っているんだとか。

 しかも、思いのほか値段が高かったのに、『辛すぎて、おれの料理には使えないんだよ』という話。

 特別な、だから値段も特別な、超激辛の唐辛子なんだそうだ。


 島山さんの考えていることは、たぶん、落ちたら、穴を中心に、ハバネロ唐辛子を、周囲にいかに拡散させるかということ、それと同時に、相手に、いかに接着させるか、そんな細工についてだろうと思う。

 あれを吸い込んだら堪らないだろうし、確かに、うまく仕掛けておけば、そこで勝負は付いていたかも。


 でも、暗視装置に銃まで持って侵入し、落とし穴に落ちて、唐辛子まみれになって退却じゃ、敵としても、ちょっとつらすぎるだろう。

 しかも、数日かけて、周囲を下見までしてるんだから…。

 落ちた人を置き去りにしてでも、今回のように突き進んできたのかもしれない。


 いずれにせよ、掘ってるときは、うまく落ちてくれるかどうか、わからなかったので、落ちたときに、さらなる攻撃をする仕掛けを作るなんてことまで、考えられなかったのは仕方のないことだと思うんだけれど…。

 昔の戦のように、斜めに切った竹を何本も刺して置いておくような仕掛けでは、落ちたら刺さって死んじゃって、まあ、今の世では、現実的ではないし…、やっぱり、これは、ちょっと、恐いよな…。


 でも、島山さんとしては、何か、ここで、引っかかってしまったらしい。

 おれとホク君で、穴を埋め戻している間も、ずっと考え込んでいた。

 おれと北斗君、そんな島山さんをそっとそのまま置いて、ロープに向かった。


 坂にセットしたロープ、引っかかったあとがあったので、これもうれしく、北斗君と、つい、ハイタッチまでして喜びを表現。

 でも、なんか、斜面と下の道がかなり荒れていて、落ちた人、相当痛かったんじゃないかと、ちょっと気の毒にもなった。


 そんなことしているところに島山さんがやってきて、

「仕事、やらせちゃって、ごめんな」


「それはかまわないんですけれど、いいアイデア、浮かびましたか?」

 と、おれが聞くと、島山さん、急に、ニヤッと笑って、


「落とし穴から発展して…、まあ、いろいろとね。

 いや~、本当に、おもしろいことがいっぱい出てきたよ。

 落とし穴…、普段、自分では考えもしないことなんだけれど、リュウ君たちにつきあって、でも真剣に作ったんだけれどね…、楽しかったし…。

 そういうことって、やってみてから、心残りに思うこと、今みたいに、じっくりと考えてみると、今までにないようなことが思い浮かぶもんなんだね…。

 思いもよらぬ収穫だったよ、ハハハ…」


 けっこう、島山さん、上機嫌。

 よっぽどいいアイデアが浮かんだんだろう。

 そう言えば、昨日、おれの力が急に伸びたのも、自分では普段やらないようなこと、有田さんの言うがままに、でも緊張して真剣にやったためかもしれない。

 じっくりと考えながら。

 なるほど…、違った視点というのが、知らない間に入ってきたんだろうな…。



 12時半頃になって、大きな作業、やっと区切りが付いたので、『どれ、昼にでもしようかねぇ』と有田さんが言って、さゆりさんに電話をかけた。

 昼はお弁当なんだそうで、体育館の部屋に用意してあるとのこと。


 静川さんと沢村さんが、お茶なども用意してくれていた。

 朝の作業途中で家に呼ばれた浪江君も、弁当持ちの手伝いで体育館に来て、デンさんと少し話していたが、静川さんたちと一緒に、家に戻っていった。

 美枝ちゃんと、向こうでやることがあるらしい。


 ここに来て始めて、外から取り寄せた弁当が出た。

 弁当を久々に食べる感じで、それがとてもうれしかった。

 しかも、普段、おれが買っていた弁当よりは、2倍近くの大きさがあり、中身もはるかにいいおかずで、おれにとってはかなり豪勢な弁当だ。


 食べ始めたとき、静川さんから『お知らせ』があった。

 昨夜、やるつもりだったご苦労さん会、というか祝勝会、せっかくだからと、規模を拡大して、今晩、うちの食堂で盛大にやるので、皆さん、お楽しみにと言うことだった。


 やはり、昨夜、終わったあとに、軽くやる予定があったようだ。

 でも…、まあ、そうだろうな…。

 あやかさんがあんな状態では、できなかったんだろうな。


 やったとしても、仲直りする前の、あの超スゴ『ムッ』のあやかさんだと、おれ、飲んでなんかいられなかったと思うし…。

 みんなも、『お嬢さま』が、あの状態じゃ、落ち着いて飲めないんだろうな。


 今朝のあやかさんのご機嫌係数を知っているみんなは、今晩のご苦労さん会を楽しみにして、ワイワイと話しながら、弁当を食べた。

 近くに住んでいるデンさんは、家に電話をして、車を置きに戻る算段を開始。

 すぐに島山さんが横から声をかけ、作業が終わったら、2台の車で行って、デンさんを乗せてくるよ、と言うことで話が終わった。


 よくあるパターンらしい。

 デンさんのうち、車で10分くらいのところなんだそうだ。

 デンさん、飲んだあとの帰りは、作業場や別邸に泊まり込んだり、タクシーを頼んだりといろいろなパターンがあるらしい。


 話しながら、ゆっくり食べて、そのあと少し休んだら、作業再開。

 そう言えば、あやかさんとは、朝以来、会っていない。

 さゆりさんや美枝ちゃんと、なんかやっているようだ。



 午後はさほど仕事がなく、三時近くには、予定していたこと、一通り終わった。

 結局、男5人で、今日一日かけて、何をしたかというと、侵入者との戦闘の痕跡を、完全に消してしまったということ。

 おれの引き寄せ攻撃の証拠品はもちろん秘匿する。


 有田さんの話では、たぶん連中は、今後も、何もしゃべらないだろうとのこと。

 で、残る話は、こっちとしては、どう対応するか。


 銃撃戦が有耶無耶となれば、直接関係するのは、無断侵入されたと言うことだけ。

 ただ、侵入者の顔に、唐辛子による、やけどのような症状が残った。

 そんなに酷いとは思っていなかったが、落とし穴に嵌まったり、坂から転がり落ちたりで、すりむいたりした上での激辛唐辛子の効き目ということなんだろう。


 取ろうとして、こすったりしたんだろうな…。

 練ったの、油だからな…、ベタベタで…、薄く延ばされて…、すごく痛そうだ。


 それで、どうしようかとなった。

 BB弾の話を出すのも、銃撃戦に関係するのでまずそうだ。

 そのとき、島山さん、警察から何か質問があった場合、

「どうせ相手がしゃべらないんならさ、こっちも、みんなで、どうしてそうなったのかはわからない、と言えば、それでいいんじゃないの?」


 確かに、皆が知らないとなると…、訳がわからないことになるな…。

 うん?その場合、どうなるんだろう?

 それで済んじゃうんだろうか?


 そんなことみんなで話していたら、島山さん、


「でもね…、万一、お嬢さんに迷惑がいくような状況にでもなったらね、おれが名乗り出て…」

 島山さん、武装して侵入してきた人に気が付いたので、ほかの住人の危険を回避するために、やむを得ず、持っていた小さな袋、中には唐辛子を油で溶いたものが入っている、を、ぶつけて追い払った、ということにするとのこと。


 これ、全部、島山さんによるアイデアで、決して、おれたちが、唐辛子使用の責任を押しつけたわけではない。

 実際に、投げてぶつければ、ハバネロ唐辛子が飛び散ってへばり付く、ボール状のもの、いろいろな大きさの試作品がいくつもあるとのことだった。

 皆が興味を示し、話がそっちに飛んで、今度、見せてもらうことになった。


 不思議なことに、ここの人たちだと、みんなでワイワイとやっていると、思いのほかうまく話ができていく。


 あとは、夜のご苦労さん会までは自由。


 ちょっと疲れたし、服の汚れも酷い。

 おれは、シャワーでも浴びようと、部屋に戻ることにした。

 有田さんも、同じ感覚のようで、昨夜と同じように、二人でしゃべりながら、ブラブラと家に帰った。

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