7-17  言われたとおり

 あやかさん、敵が使った拳銃を、どうして、今、有田さんが持っているのかと言うことを聞いてきた。

 それは、おれの話からすると、もう少し先のことになるんだけれど、そんなことも言ってられないくらいに、目の前で、あやかさんの、すご~く興味を持った目が爛々と輝いている。


「ああ、これから、今の引き寄せを使って、どのように敵を迎え撃ったのかっていう話をしようと思ったんだけれどね。

 でも、まあ、その拳銃のことを先に話すとね、侵入者が近くを通ったときに、拳銃をこんな風に構えていたんで、こうやってグリップを持った手から出ている、その拳銃の先の、ここんところね、そこだけ引き寄せちゃったってことなんだよね…」


 と、手で拳銃を持つ格好をしながら説明。


「拳銃の先だけって…、それ、今、有田さんが持ってるの?」


「うん、さっき、さゆりさんと部屋に上がるときも持っていったから、今もそうだと思うよ」


「それ、いま、すぐに見たいわね。

 でも…。

 いや、この時間、サーちゃん、まだ寝てはいないだろうし…。

 あの状況で、こっちもいろいろあってのこの時間だから…、うん、大丈夫だね。

 ちょっと待ってね、サーちゃんに電話してみる」

 と言って、あやかさん、スマホをとって、さゆりさんに電話をかけた。


 あやかさん、この時刻なもんで、電話をかけるタイミングとして、相手のことで、少しは気になることがあるんだろうな。


 でも、『あの状況』で始まり、『こっちもいろいろあってのこの時間だから』というのは…。

 さゆりさんたち、さゆりさんの部屋に入れば、まず、有田さん、さゆりさんから何か言われるか怒られるかして、そして有田さんが謝って、仲直り。

 その後、けっこう時間が経っているので、こっちと同じような、仲直りしたあとの大事なことは済んでいるだろうと考えて、いろいろなことを配慮に入れても『大丈夫』、と、いうような意味なんだろう。


 でも、何よりも、あやかさんが、途中で切れた拳銃を、すぐに見てみたいという欲望にはかなわないってような話にも感じるんだけれどな…。


 電話で、さゆりさんと少し話したあと、あやかさん、電話を切らずに、スマホを押さえて、おれに、

「今、有田さんが届けてくれるって。

 悪いけれど、あなた、もらってきてくれる?」


「ああ、いいよ」

 と、おれ立ちあがって玄関…おれとあやかさんが住む部屋の玄関へ。


 あやかさん、楽しそうにさゆりさんとの話の続き。


 玄関に行くと、少しして、ドアーがノックされた。

 ゆっくりと開けると、有田さんが袋をおれに渡しながら、ニッと笑って、

「うまくいったみたいだね」


「ええ、お陰様で。言われた通りに、すぐに、ごめんなさい、で、何とか乗り切ることができましたよ」


「言われた通りって?」


「ほら、さっき、うちに帰る途中で、有田さん、『ただただ、ごめんなさい。これしかないね…』って言ってたじゃないですか…」


「えっ? そうだっけ? あっ、ああ…、あれね…。

 あれは、おれの、今晩の方針を言っただけなんだけれどな…」


「まあ、そうかもしれないんですけれどね。そのままいただきました。

 そちらは大丈夫だったんですか?」


「まあね、付き合いが長いからね…。

 あれっ?今のさゆりさん、ちょっとやばいな、って前もって危険を感じてね。

 で、さゆりさんが言い出す前に、こっちから、先に謝っておいたんだ。

 そうしたら、落ち着いて、うまく流れを話すことができて、『それじゃあ、しょうがない…、と言うことにしておきますね』って、許しが出たってわけさ。

 そうそう、拳銃の…、あの銃身の切り口を見せたらね、さゆりさん、すごく驚いていたよ」


「それは、有田さんの指導のお陰ですよね」


「うん?リュウ君、わかってるじゃないの。今度、さゆりさんに何か聞かれたとき、その辺をうまく、強調しておいてよ。

 少し、居心地がよくなるかもしれないからさ」


「あれっ、居心地、悪いんですか?」


「まあ、悪いというほどではないんだけれど…、でも、今回のは、まだ、どっか、引っかかってるみたいでね…。まあ、そういうことで、じゃあ、おやすみ」


「あっ、おやすみなさい。今日はいろいろとありがとうございました」


 ドアーのところで見送っていると、有田さん、振り向いて、ちょっと右手を挙げて、ニコッとしてから、向かいのドアーを開けて、入っていった。

 なるほど、ちょっと渋くていい男、か…、納得だな。


 袋を持って、あやかさんのところに戻ったが、あやかさん、まだ、楽しそうに笑いながら、さゆりさんと話していた。

 片手を顔の前に上げて、ごめんねの合図。

 おれ、ニッコリ笑って頷く。


 さっきまでの、超強烈な『ムッ』のときの姿が頭に残っているので、それに比べれば、たとえ、電話で放って置かれても、いつものあやかさんであれば、もう、天国と地獄ほどの差があるというもの。

 ゆっくりと腰をかけ、グラスに残っているビールを飲み干した。


 するとあやかさんは、スマホで話しながら缶を持ち、おれのグラスにビールを注いでくれた。

 電話で話しながらも、あやかさん、おれの動きを気にしてくれていることがわかり、ちょっとうれしかった。


「ごめんね、話がおもしろくって、電話、切れなくなっちゃったんだよ。

 それで、結局は、あなたが敵を追い払ったんだってねぇ」


 と、今までにないような、うれしそうな顔で、そう、輝くようなすてきな顔で、あやかさん、おれに言った。

 食堂のときの顔とは…比喩が見つからないくらいの…大違い。

 どうして、こう、極端に変わることができるのだろう…、と、思うほど。

 しかも、こんな短時間で…。

 でも、そんなことどうでもいいほど、まぶしく、すてきな笑顔。


 ただ、おれがこれから話そうと思っていたクライマックス、もう、さゆりさんから聞いてしまったようだ。

 さゆりさんの話、だから、有田さんが話してくれたんだろうけれど、おれのこと、ちょっと、かっこよすく言い過ぎているのかもしれない。


 そんな感じで、おれからも、もう一度、あの時のことを丁寧に話しながら、袋から出した、戦利品のようなもの?を、あやかさんに見せていった。


 あやかさん、ちょっとハイテンションで、

「これ、スコープ自体は、傷んでないんだねぇ。

 うん、暗視装置は、ちゃんと動くね。

 装着具さえ付ければ、また、使えるよね。

 これ、確か、けっこういい奴で、高いんだよ」


 とか、

「確かに、すごい切り口だね…。

 でも、ここから先がない拳銃ってさ、けっこう無様ぶざまなもんなんだねぇ。

 なんかさ、ライターを連想しちゃうよね」


 とか、

「このグリップのところを持ってさ、銃身の先を引き寄せたら、うまくくっついて、もとの拳銃に戻すなんてこと、できないかしらねぇ?

 ほら、完全な拳銃をイメージして引き寄せればさ。

 だめそうなの? そうか…」


 などなど、けっこう、いろいろと話が弾んだ。


 で、しばらくして、あやかさん、少し落ち着いてきて、おもしろい?話になった。

「でもさ、急に、すごく力が伸びたんだね…」


「うん、自分でも驚いちゃったんだ」


「わかっていたら、あそこまで、心配しなかったかもね…」


「ああ、心配かけて、悪かったよね」

 おれ、この時は、本心から、素直に謝ることができるようになっていた。


「本当はね、1年くらい、あなたの力を伸ばすために、別荘に籠もろうかとも思っていたんだよ…。なんか、気合いを入れれば、まだ伸びそうな感じだったからね…」


「えっ?そう見てたの?」


「そりゃぁそうだよ。仙台で、あなたの力ってどのようなものなのか、いろいろと見せてもらったじゃない?あのとき、ああいうことやっていただけなのに、けっこう、力、伸びたじゃないの…」


 と、どうも、おれは、普段の気合いが足りなくて、力が伸びていなかった、という感じで言われてしまった。

 別荘は、長野県にあるらしいんだけれど、そこで、さゆりさんと、美枝ちゃん、北斗君、吉野さんとの6人で、こっそりと1年間、過ごすつもりだったようだ。


 美枝ちゃんと北斗君が一緒なのは、あやかさんの仕事の関係。

 北斗君を仕事面で鍛えながら、そこから指令を出すつもりだったようだ。

 それで、あやかさんは、どっかに行っちゃって行方不明らしい、となって、あやかさんに直接来る仕事はなくなる、という算段だったとか。

 そんなこと、できるんだろうか? と、おれは思ったんだけれど、『できるんだよ』と軽く言われてしまった。


 それと、吉野さんもいっしょだが、この人は別格。

 なんだかんだ言っても、あやかさんの日常生活を維持するには、どうしても頼らざるを得ない、すごい存在らしい。


 でも、さっきの、さゆりさんとの電話で、その予定を中止したそうだ。

 その話を聞いていて、尻がムズムズした。

 有田さん、さゆりさんに、おれの力、実際よりも大きく伝えすぎたんじゃないかと思うほど、おれ、活躍したことになっていた。


 まあ、おれの力が伸びたの、どう見ても、有田さんの指導の成果だから、おれとしては何にも文句は言えないけれど、あやかさん、うれしそうに話すのを聞いていて、ちょっと照れくさい感じだ。


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