7-15  どうしよう

 有田さんと二人で、やったね、というような感じで引き上げてきたんだけれど、体育館の前に集まっていたみんなの雰囲気が、何となくよくない感じだった。

 どうしたんだろう、と思ったけれど、それすら聞ける雰囲気ではなかった。

 おれの引き寄せについて、おもしろおかしく話そうとしていたらしい有田さんも、ちょっと気まずそうに、黙ったままだ。


 すると、有田さんとおれが戻ったことを確認した美枝ちゃんが、話し始めた。


「それじゃあ、これで、全員、無事に揃いました。

 今日は、こんな時間でもあり、皆さんお疲れでしょうから、これで解散します。

 これからの警察等への対応は、私とホクとでやりますので、ご心配には及びません。

 警察の方には、話がある場合には別邸の事務室で、と伝えておりますので、別邸に人の出入りがあるかもしれません。

 では、これで解散です。

 今日は、ご苦労様でした」


 美枝ちゃんの話は、重い雰囲気を払拭するための口火となる話だと思ったんだけれど、全く関係なく、すべてを通り越しての解散の挨拶だった。


 なんか、まだ侵入してきた連中がどうなっているのかわからないので、はっきりするまで、ここか、家の作業場辺りで待機すると思ったんだけれど、どうやら、それは警察任せのようだ。


 おれと有田さんが戻ってきたとき、入れ違いに、島山さんの案内で、5、6人の警官が、強力なライトを持って、山道に入っていった。

 だから、もう、ほかの人の出番がないといえば、そうなのかもしれないんだけれど。


 それに、全部の区切りが付いたら、『こんな時間』や『お疲れ』なんてことはあっちに置いといて、みんなで祝勝会、まあ、ビールでも飲むのかと思ったんだけれど…。

 とにかく、意外に簡単な進行に、ちょっと驚いた。


 美枝ちゃんの挨拶が終わり、デンさんと浪江君が動き出すと、美枝ちゃんは、有田さんのことを端の方に引っ張っていって、何かこそこそ話し始めた。


 おれは、向こうにいたあやかさんの方に行こうとしたが、あやかさん、おれには視線を向けず、さっさと家に向かって歩き出した。

 わたし、あなたを無視しているのよ、といった感じが露骨だ。


 驚いたことに、あやかさん、左手に、小刀を持っている。

 刀を持って歩くあやかさんの後ろ姿、なんか、すごく様になっている。

 すぐにそのあとをさゆりさんが追いかけている。


 でも、あやかさんに、何かある。

 そのくらいは、いくら勘の鈍いおれでもわかる。

 おれが、追いかけて話しかける気にならないほど、あやかさんはおれに対しての拒絶の鎧をまとっている。

 どうしたんだろう?


 そう思って、一人ぽつんと、あやかさんが家の方に向かうのを見ていると、有田さんがやってきた。


「ちょっとしくじっちゃったみたいだね…」と、有田さん。


「しくじったって?」

 うまくいったと思っていたのに、しくじったって…、どういうことだろう?


「第一波の迎撃をしたあと、すぐに撤退、というヤツさ。

 われわれ二人、守らなかったからね…」


 体育館の前、もう誰もいなくなったので、有田さんとおれ、家に向かって歩きながらの話となった。


「ああ、でも、おれたちのいた場所だと、それ、できなかったですよね…」


「まあ、そうなんだけれどね…。美枝ちゃんの話じゃ、そもそも、何でそんなところにいたのかってことまで言われてね…」


 ひょっとして、さっきの美枝ちゃんとの話って、有田さん、なにげに、美枝ちゃんに怒られていたのかも…。

 でも、迎撃する場所については決まっていなかったし、あそこに陣取ることを話したときに、島山さんたちからは、何も言われなかった。

 やっぱり、よくわからない。


「どういうことですか?」


「まあね…。あやかさん、リュウ君のこと、ものすごく心配したらしいよ…。

 島山さんたちが戻って来たとき、おれとリュウ君、一緒に戻らなかったからね…。

 銃声は続いていたし…」


「ああ…、そういうこと…なんですか…」


「あやかさん、近くに用意していた小刀を持って、駆けつけようとして、さゆりさんや美枝ちゃんに止められたらしいよ」


「あやかさんがですか?」


「うん、そうこうしているときに、おれからの連絡が入って、一安心したらしいんだけれど、そのあと、あやかさん、急にムッとした感じになったらしいんだね…」


「じゃあ、今、あやかさん、怒っている、ということなんでしょうかね…」


「ああ、おれの連絡で、リュウ君が無事だとわかったら…、まあ、心配が転じて…怒りになった…と言うことなんだろうね…」


「そうなんですか…」


「それで…、それがね…、美枝ちゃんが、今までに見たことがないくらいに、ものすごいムッとした感じだったんで、さすがの美枝ちゃんも、これはやばい、と思って、すぐに解散を決めたみたいだね…」


「美枝ちゃんが…、見たことがないくらいの…ものすごい『ムッ』なんですか…」


「ああ、本当に、超ものすごい『ムッ』のようだよ…」


「うん? 有田さん、面白がっていませんか?

 なんか、口元が緩んでますよ」


「いやいや、とんでもない。そんなことはありませんよ…。

 あやかさんの『ムッ』を直せるのは、リュウ君だけだと思うけれど…、

 で、どうやるんだろうなんて思ったけれど、別に面白がってはいませんよ。

 まあ、ちょっと…、いや…、かなり大変そうだけれどね…。フフフ」


「やっぱり、面白がっているじゃないですか…。

 で…、大切なお嬢さま、あやかさんをそんな状態にした共犯者の有田さんのこと、さゆりさんは、ぜんぜん怒っていないんですかねぇ?」


「えっ? さゆりさんが? う~ん…」


 少し黙ったあと、有田さんはポツリと言った。

「リュウ君、今、おれに、お返しをしたんだろう?

 やれやれ…、さゆりさんね…。

 いつも、人がいるところでは何もないように振る舞うんだけれど、あとがな…。

 う~ん…、今晩、二人になったときかな…。

 う~ん…、確かに、何か言われそうだよな…」


 少しそのまま歩きながら考え、有田さんは結論を口にした。

「うん、とにかく、言い訳無用、すぐに謝る、だな…。

 ただ、ただ、ごめんなさい。これしかないね…」



 そうこうしているうちに、家に着いた。

 なんだか、家に入るのがこわい。

 そっとドアーを開けると、中から、あやかさんとさゆりさんの、明るい、普段通りの話し声が聞こえた。


 それで、ちょっとホッとして、有田さんと声を合わせて、

「ただいま~」と言った。

 すると、ピタッと話し声がやんで、急に、し~んとした感じになった。

 なんか、無言の圧力を、ヒシヒシと感じる。

 緊張して、有田さんと食堂へ。



 今、食堂には、あやかさんのほか、さゆりさんと有田さんがいる。

 でも、さっきから、あやかさんは、おれには一言も口をきかない。

 あらぬ方を見ている。

 斜め前からの顔、恐いんだけれど、きれいだ。

 で、とてもきれいなんだけれど、もすごく恐い感じ。

 実は、おれの中で、さっきから、ずっと、こんな印象の繰り返しなのだ。


 さゆりさん、何か言ってくれないかなと思ったとき、話し始めた。

 でも、有田さんに、優しく、そして命令口調で。

「疲れたでしょう? そろそろ上に上がりましょうか?」


 すると、有田さん、見事におれを裏切って、

「ああ、そうだな、そうしよう。

 それじゃあ、お嬢さん、龍平君、お休み」


「あっ、ああ、おやすみなさい」

 と、おれ、ちょっと困った顔をしながら言ったけれど、有田さんは、ニコッと笑って、そのままおれを見捨てて出口の方へ。


 でも、あやかさんは、知らんぷりをしたまま。

 ということは、有田さんのことも無視しているということ。

 やっぱり、原因は、みんなと一緒に引き上げなかったことなんだろうな…。


 続いて立ち上がったさゆりさん、ニッよりも、さらに小さく笑って、

「では、お嬢さま、おやすみなさい」

 と、おれの方は見ないで、あやかさんに挨拶した。

 そう、わざわざ『お嬢さま』をつけて、おれのことは無視。


 それにはあやかさん、さゆりさんの方を振り向いて、ニコッと笑って、

「おやすみなさい、今日はありがとうございました」と頭を下げて返事を返した。


 その時、あやかさんがニコッと笑ったのは、おれ、横顔で確認したんだけれど、普段と同じ、全くこわくない、すてきな笑顔。

 でも、前を向いたときには、もう、笑いは消えていた。


 そして、広い食堂に、二人っきりになった。


 あやかさん、ムッとした鎧を着て、冷たい能面のような顔のまま。

 こっちも動きようがない感じ。


 なんだか、ものすごく、恐い…。

 どうしよう…。

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