7-14 こわい
あやかさんの機嫌が悪い。
などというレベルではない。
完全に怒っている。
超こわい感じだ。
今は、みんな、無事帰還して…、それで、後片付けは明日にしようね、となって、解散したあと。
でも…、こわい…。
だから、そっちはちょっと棚上げしておいて、まずは、夕方からこれまでの話をしておこう。
夕方までの有田さんの指導で、おれの力は、飛躍的に伸びた、のだと思う。
それも、おれにとっては、あっという間の出来事、といった感じだった。
今までのいろいろな流れから考えると、不思議なくらいだ。
その、新しい技。
引き寄せようとするものを、まず、大雑把な形でもいいから、それを認識する。
この認識というものを突き詰めて考えたときに浮かび上がって見えたこと、それは、気持ちの中で、その対象となっているものを固定する、だから、レーダーなどでロックオンするというような、そんな感覚を持つことだったのだ。
つぎに、その、大雑把に見ている対象物の姿や形を、おれの頭の中で、勝手に、具体的なものに作り上げればいいということにも気が付いた。
持ったときの質感や重さも、その時の自分を納得させることができれば、それでいい、もう、それだけで充分なのだ。
こういうことは、妄想の得意なおれには、わけないことだった。
なにげに、学生時代から、長いことやっていたいろいろな…、実にいろいろな方面での妄想は、この練習をしていたんだと言っても過言ではない。
それほど、役に立った。
なんせ、すぐにできたのだから。
まあ、それで、ロックオンした対象物を、おれの手でしっかりと持っているイメージを作ると、思いのほか簡単に引き寄せることができたのだ。
そして、気付いたこともあった。
おれの勝手に作るイメージって、案外、本当の感触に近かった。
ほとんど、違和感はなかった。
そんな自分への褒め言葉を探したけれど、まあ、近いのは、いい勘してるね、とか、感性豊かなんだね、なのかな?
それと、有田さんに言われた『距離の束縛』からも、ある程度だけれど、解き放たれた感じがあった。
これは、迎撃の準備が終わり、夜、体育館の中にある部屋で、皆と待機しているときに、達成した。
まあ、ある意味、土壇場になってからなんだけれどね。
トイレに行ったとき、廊下などは暗くしてあったが、廊下から窓の外を見ると、体育館脇の外灯が一つ点いていた。
その下の明るくなったところに石があった。
さっき、使ったあと、ポンと投げて置いた石だった。
10メートルほどの距離なんだけれど、まあ、ダメ元で、その石を心の中でロックオンして、石の感触を思い出し、引き寄せてみた。
すると、なんと…、その石、手の中にあるではないですか…。
躍り上がって喜びたかったのは山々だけれど、我慢も限界に近かったので、石を持ったまま、すぐにトイレに行った。
石を持ったままする小便は、なんとも心地よいものだった。
で、美枝ちゃんから、侵入したもしれないという連絡があり、島山さんとデンさん、北斗君、それに、有田さんとおれは、待ち伏せ地点に移動した。
侵入したかもしれないというのは、橋の近くで車が止まり、リュックを背負った大柄な3人が降り、堤防に走って行ったと言うこと、それに、河原に3人の人間がいるらしい、あいまいな映像からの判断だった。
敷地内にあるちょっと広い河原、その対岸の堤防の向こう側は、10軒ほどの家が建つ住宅地と公園になっているが、その住宅地や公園と、堤防との間に、さほど広くはないが、あやかさんのうちの土地がある。
そこには無償で外灯の設置を認めていたが、同時に、カバーをつけて目立たないようにした監視カメラを設置させてもらっている。
夜間で、映像は悪いが、3人の人間が侵入したと判断できたようだ。
体育館の奥から山道に入り、しばらく進むと、やや広くなったところに出る。
ここだと、目が慣れると薄明かりで、何とか見える。
左側の林は、やや右に張り出しながら、そのまま正面右側にある山道に続いているが、そこを底辺に、右側が細長い三角形に開け、右から来る道に続いている。
河原からの侵入となれば、敵は、正面の道から来るはずだ。
昨日、落とし穴を作った道だ。
なんとなく、うれしくなった。
島山さんたちは、敵が出てくるであろう山道を正面から迎え撃つことができる右側の林に入っていく。金属板やライトなどもそちらにセットされていた。
特に武器を持たないおれは、左の林に入った。
仮に、ライトやBB弾で驚かしても逃げ出さず、こちらの道に進んでくるのなら、うまくすれば、敵の武器を引き寄せて無力化することができるかもしれない。
武器を持っていなくとも、リュックを引き寄せてしまうだけでも、驚いて混乱することだろう。
そんなことを考えて、体育館に通じる山道に入るところ、だから三角形の広場の角になるようなところ、そこから林の中に少し入ったところで待機することにした。
有田さんもついてきてくれた。
比較的大きな樹の陰、いくつかの藪でうまく包み込まれるようになっている小さな草地、子どものときなら秘密基地にしたいような場所だ。
夕方に来たとき、みんなと一緒じゃなくて、もし、道のこちら側ならどこに隠れるのかな?と、林の中を歩き回って探しておいたところだ。
「さっき、外に出ていろいろとやっていたみたいだけれど…、このくらいの距離があっても、引き寄せられるようになったの?」
と、木の陰から外を覗き、有田さんが聞いてきた。
「ええ、たぶん…。
そこの、道の入り口近くにまで来れば、大丈夫だと思います」
「ふ~ん…。フフフ…、ずいぶん、化けたもんだね、ギリギリのタイミングで…」
「ええ、おかげさまで」と、ニコッとして、おれは答えた。
20分近くたって、正面の道から3人組が出てきた。
体格から、例の人たちなんだろうと、すぐにわかった。
ただ、3人のうち、前の2人が、拳銃を持っているようだった。
北斗君が、そのことを、あやかさんたちが詰めている作業室に、すぐに連絡した。
皆が、イヤホーンで聴き取る小型の無線機を持っている。
その無線機で、美枝ちゃんから、方針が伝えられた。
もうじき警察が到着する頃なので、無理をせず、ライトとBB弾の威嚇射撃で動きを止めたら、すぐに撤退、とのことだった。
今のところ、侵入は、ここだけのようなので、作業室に置いている本部も、体育館の中の部屋に移動するとのこと。
敵が進んできたので、島山さんたちが、ライトをつけ、BB弾を発射したのだけれど、敵は逃げずに、拳銃を撃って反撃し始めた。
ライトが打ち砕かれて、再び暗くなった中、さてどうなるのか、敵はどう動くのか、などと考えながら見ていたおれは、ふと気が付いてみると、完全に逃げる機会を失っていた。
それと、正直なところ、恐いことは恐いんだけれど、敵が、こっちの道の入り口近くに来るまでは、じっと待ち伏せしていたかった。
まあ、心の奥では、新しく目覚めた力を試したかったんだろうと、思う。
で、敵は、思った通りの動きでやってきた。
広場にいる3人の姿は、暗がりに慣れた目だと、かなりよくわかる。
遅ればせながら、ライトをつけたときには、借りたサングラスをつけていた。
隣にいる有田さんのことは、暗すぎて見ることはできないが、でも、おれと同じように、じっと相手を見ていることはわかる。
しかも、何となく、楽しそうな雰囲気。
相手は、本物の拳銃を持っているんだけれどね。
で、このくらいなら引き寄せられると考えていた場所、まあ、射程距離とでも言うんだろうか、そこに、先頭の男が入ってきた。
たぶん、いろいろな条件から、男だと思うけれど…、まあ、いいか。
拳銃を、前に構えているんだけれど、右左と振って、集中しにくい。
試してみてもいいんだけれど、それより目の前に着けているのは、たぶん暗視装置で、そっちを取っちゃったらどうするんだろうと思った。
で、すぐに、やってみた。
うまくいって、引き寄せるように気持ちを動かした途端に、おれは、スコープを握っていた。
ただし、これ、想像したよりも重かった。
でも、このことから、いい加減なイメージでも、ちゃんと引き寄せるられることがはっきりとした。
すぐに、そのスコープ、有田さんがおれの手から、ゆっくりと引き抜き、音を立てないように、静かに下に置いてくれた。
相手は、かなり驚いているようなので、笑いたいほどうれしくなったが、すぐに、今にも撃つぞといった感じで銃を構えたので、おれもかなり緊張した。
ただ、それだけ、拳銃の動きがなくなり、こちらとしても引き寄せやすくなった。
で、すぐに引き寄せる。
手から出ている銃身を大雑把に…。
銃身、ヒヤッとした感覚を想定していたが、まあ、熱くて持てないというほどではなかったが、かなりの温度。
さっき何発も撃っていたからかもしれない。
それも、ゆっくりと、有田さんが、おれの手から抜き取ってくれた。
次に出てきた男の銃身も引き寄せた。
ちょうどその時、その後ろにいた男が、先頭になった男を引き戻すようにして『退却だ!』と声を上げ、広場の縁に向かって駆けだした。
走ってはいるが、何となく、二人とも、フラフラした足取りだった。
転がっていた男を抱き起こし、元来た道へと戻っていった。
それを見届け、有田さんが、敵が逃走したことを無線で連絡した。
そのあと、有田さんは、ポケットから買い物バッグのような袋を出して、おれの引き寄せた暗視スコープや銃身を入れた。
また、ポケットからライトを出して、敵が投げ捨てた、銃のグリップ、2個を回収した。
「引き寄せは極秘。証拠は消しておかないとね」 と、ニッと笑った。
そのあと、意気揚々と、有田さんと二人で引き上げたんだけれど…。
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