7-13  えっ?

 山部を先頭に、3人が、小さな広場の中ほどまで来たとき、いきなり前方3カ所からライトが照らされた。

 3人は、反射的にかがみ込んだが、暗さになれてきていた芥田と長谷は、目が眩んで、次の動きができなかった。

 暗視装置では自動的に調整されるものの、それでも山部の視野も一瞬塞がれた。


 ライトが点いたすぐあとに、バフッ、バヒュッという音が、2、3カ所でした。

 かがみ込んだ、3人とも無数の小石の飛礫つぶてを受けたような強烈な衝撃を受けた。

 むき出しになっている顔には激痛が走り、芥田と長谷は圧力で後に転がった。


 山部は、痛みを我慢し、そのまま前に伏せて、暗視スコープを跳ね上げ、拳銃で、まず、中央のライトを破壊し、次に右のライトを狙った。

 その時、また、バヒュッという音がして、山部の回りにザザッという音がし、鼻より下の顔面に強い痛み受けた。


 右のライトを破壊した山部は、頬に食い込んだ石のようなものを取ってみると、小さな球状のプラスチック、BB弾だった。

 目の上にかかる、はねのけたスコープや戦闘帽がなければ、失明していたかもしれない。


 山部はカ~ッと頭に血が上り、前の藪に向けて、拳銃を乱射した。

 弾が、何か、金属質のものに当たった音がした。

 すぐに弾をきらし、弾倉を替えた。

 その時には、体勢を立て直した長谷が、左のライトに向けて銃を撃ち始めた。


 ただ、芥田は、顔と目に激痛が走り、顔を押さえてもだえていた。

 何か、強い、いやな臭いもするが、それより、傷と目が焼けるように傷み、目も開けられず、身動きができないほどだった。


 ゴーグルに沿って、ハバネロ唐辛子の油が傷にしみ込み、その傷みで、ゴーグルを外して顔をこすったため、顔全体に唐辛子をすり込んだようになってしまったのだ。

 唇は腫れ上がった感覚で、口の中も痛いくらいに辛い。


 激しい傷みの中で思いついたことは、このまま、広場の中央付近にいたのでは、危険だということだけ。

 今までの記憶を頼りに、横に転がるようにして、広場の隅に退避した。


 長谷が左側のライトを撃ち砕き暗くなった中、山部は起き上がって正面に集中した。

 藪に向かって拳銃を乱射しはじめた長谷にストップをかけた。

 急に敵の動きがなくなり、また、正面右端にある山道の奥に、人影のようなものが見えた気がしたのだ。

 すでに退却したのかもしれない。

 山部が、暗視スコープを降ろしで目に装着すると、林の奥で、ライトに照らされている場所があった。


 赤外線だ。

 おそらく、あそこに、赤外線を出すものが落ちているはず。

 暗視スコープかもしれない。

 ひょっとすると、人が、倒れている可能性もある。

 

 山部は、銃を構え、慎重に近づく。

 広場の先に続く細い山道に近づき、赤外線の明かりのもとへと進む。

 獲物は近い。

 

 その時、いきなり視野が塞がれた。

 と言うよりも、暗視スコープが消えた。

 画面が消えたのではなく、スコープそのものが消えたのだ。

 それは、装着具が壊れて、下に落ちた、というわけでもなかった。

 ただ、忽然と消え去ったのだ。


 危険を感じ、腰を落とし、いつでも撃てるように銃を両手で持って前に突き出した。

 そのとき、また、信じられないことが起こった。

「えっ?」

 急に、銃が軽くなったのだ。


 暗がりの中、両手を顔に近づけて、拳銃を見ると、握っているのは拳銃のグリップだけ。

 グリップより先の銃身が、スパッと切断されており、ついていない。

 反射的に、危険なものを身から離すように、投げ捨てた。


『なっ、なんなんだ、これは!』

 山部に訳のわからない恐怖が襲った。

 ナイフを抜き、にじるように、後退を始めた。


 興奮が冷め、ス~ッと血の気が引いてきた。

 と同時に、なにか、妙な臭いを強く感じた。

 顔もヒリヒリと痛み、唇も腫れぼったく熱を持ったような感じだ。

 そう言えば、先ほどから、目にヒリヒリとした痛みを感じていたが、それが強く意識されるようになってきた。


『いったい、何が起こったのだ』

 思いのほか早く、妖結晶の効果が薄れてきたようにも感じた。

 過度の緊張のあとの強い興奮、これにより、消耗が激しかったのかもしれない。


 無言のまま、ナイフを構えてじりじりと後退する山部の脇に長谷が出てきた。

 長谷は、暗がりの中、かろうじて山部がナイフを構えているのを見て、拳銃の弾を撃ちつくしたものと考えた。


 長谷は、山部の脇をすり抜けるように、さっと前に出た。

 山部は、押さえようとしたが、怒りに燃える長谷の動きの方が早かった。

 長谷は、数歩前に進んで、両手を使って、前に拳銃を構えた。

 動くものがあったら、何であれ、すぐさま連射だ。


 ところが、長谷の拳銃にも、同じようなことが起こった。

 長谷は、急に銃が軽くなったような感覚に気が付いた。

 かろうじて見える暗さの中、痛みのひどい目を凝らしてみると、グリップの上が斜めに滑らかに切れていて、肝心の銃身の先がない。

 訳がわからず、恐怖が湧き出て、グリップを投げ捨てた。


 その時、道の奥の方、遠く木の合間から、赤く点滅するひかりが見え始めた。

 恐怖も手伝って、山部はすぐに撤退を決意した。

 呆然として動きを止めた長谷を引き戻し、芥田の転がっているところに走った。


 2人で芥田を抱えるようにして、今来た道を、走るように引き返す。

 気をつければいいのは、落とし穴のところだけだ。


 あの待ち伏せだ…。

 侵入することを知られていたのだろうか?

 そうとしか考えられない。

 とは言え、どうして、こちらの動きを読まれていたのだろうか?


 それにしても、このざまだ。

 いったい、何をしにここに来たのか?

 妖結晶を奪うどころか、基本的な目的である金庫室の爆破もできなかった。

 いや、櫻谷の家に辿り着くことさえできなかった。


 そのような考えも、実は、なかなか進まなかった。

 目の痛みがひどく、また顔中、腫れぼったく痛む。

 いやな強い臭いもある。

 手でこすっても臭いは落ちず、それどころか、こすれば顔の痛みがひどくなる。


 とにかく、ここの外に出なくてはならない。

 何とか、逃げ切らなくては。


 ふと、不安が生まれた。

 ここまで完全に読まれて、待ち伏せされていた。

 帰り道も塞がれているのではないか。

 

 とは言え、ここからは一本道だ。

 林の中の藪に入っても、なかなか外に出ることはできない。

 しかも、この、顔や目の痛さ。

 顔全体に、やけどをしたみたいな感じだ。

 芥田はさらにひどそうだ。

 これでは、藪に隠れて、しばらく様子を見ているなんてこともできやしない。

 どうすればいいのだ…。


 そう考えている間に、落とし穴のところを通り過ぎ、立ち入り禁止のロープのかかっていた近くまで来た。

 右に急斜面、だがその下には道があったはずだ。

 河原に行くのは、強引にここを降りてしまう方が近い。

 下の道には待ち伏せもないだろう。


「おい、長谷、この斜面を降りるぞ」


「あっ、そうですね…。たしか…、こっちの方が…近かったですね」

 長谷は息が切れて、ゼーゼーとしながら、やっと答えた。


 長谷も、顔面が、とくに額の傷が、焼けるように痛んでいた。

 止まったのを幸いに、リュックから水を出し、左手に受けながら、顔に流しかけた。

 それを見た山部も、ボトルを出し、同じように水で流した。

 下にしゃがみ込んでいた芥田まで、同じようにし始めた。


 しかし、顔に突いているのは油のようで、なかなか落ちない。

 水で、落ち着くところもあるが、かえって傷むように感じるところもあった。

 特に、目に入ると、猛烈な傷みだ。直接、目に水を当てて流す。


 あっという間に、1リットルの水がなくなった。

 山部は忌々しげに、ボトルを地面に叩き付けた。


 ただ、芥田は、これで、少しは落ち着いたようだった。

 どうにか一人で立ち上がることができた。

 ただ、目は、傷みでずっとは開けていられない状態だった。


「おれが先頭だ。芥田、おれの肩につかまれ。長谷は、後で、芥田の肩を抱えろ」

 3人が横に並び、横向きのまま、急な斜面を滑るように降りるのだ。


「行くぞ。速度は出るかもしれないが、何とか下まで踏ん張れ。たかが、6、7メートルほどだ」

 そう言うと山部は、ゆっくりと坂を下り始めた。

 足の滑りに任せ、下草を削りながらズズズズっと滑り降りていく。

 山部に引かれるように芥田が続く。

 芥田も、ほとんど足を動かさず、滑るようにして降りると、長谷も斜面に入る。


 山部は、小さく足を動かすだけで、自然と下に滑り降りていく。

 芥田もうまく続いているようだ。

 あと半分程度か。


 と、思ったとき、山部の足に何かがかかった。

「あっ」と思ったが、もう立て直せない。


「あっ、あ~っ」

「えっ? あっ、ああ~」

「うっ? あっ、あっ、あああ~っ」


 3人固まって、急な坂を転がるように、下に落ちていった。

 数度回転し、下の細い道に、重なり合うように転がった3人。

 山部の足には、杭の突いたロープが絡みついていた。


 しばらくして、気が付いた3人は、それでも必死に歩き、ようやく河原に着いた。

 ホッとして、大きく息をつき、山部はスマホを出し、車を呼んだ。

 橋の下に向かおうと河原を歩き始めたとき、3人は周囲からライトに照らされた。

 3人は、駆けつけた警察により、完全に、包囲されていた。

 これも、前々から、有田が警察に依頼していたことだったのだ。

 

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