7-12  なるほど…

 有田は、望遠鏡を三脚から外し、もとあったようにタオルで二重にくるんで、三脚と一緒に袋に入れた。

 中には、双眼鏡など、ほかにもいろいろ入っているようだったが、もう、それらは出さなかった。


 有田は、その袋を少し上に上げて、

「これ、とりあえずはここに置いておくけれど、帰ったら渡すよ。

 中のもの、自由に使っていいからね。

 まあ、いろいろ試してみなよ」

 と言って、袋を体育館のロッカーの中に入れた。


「で、ビニールに戻って、もう一度やってみてよ。

 その…、今言っていた、大きさの感覚…それをもとにして引き寄せられるかどうかって、そんな感じをつかむためにさ」


「なるほど…。

 おれ、どうも、しっかりものを把握しないと、イメージ作りにくかったんですけれどね…、なるほど、大雑把につかんだイメージで、引き寄せられないかっていうことなんですね」


「まあ、おれみたいなずぼらな人間だとね、何につけても、いい加減なイメージしか持たないで暮らしているからね…。

 まあ、だから引き寄せられないのかもしれないんだけれどさ。

 でも、リュウ君の場合は、なんか、大雑把なイメージだけでも引き寄せられるような気がするんだよ。

 あの、手の感触で、探って引き寄せる方はさ、全体を感じ取っているわけじゃないものまで、全体を引き寄せることがあるようだからね」


「確かに…、そうですよね」


「それに、今までの話からすると、リュウ君がしっかりともの見るのは、それによって、それを持ったときの感触のイメージを作っているんじゃないかと思うんだよ。

 実際の…、その感触のイメージも必要なのかもしれないけれどね…、でも、それってさ、すでに経験したことから、それに似ているイメージで代用してもかまわないんじゃないかと思うんだけれどな…。

 例えば鉄パイプだけれど…、もう何回も触っているだろう。

 それでイメージを作ってみたらどうかな」


「なるほど…。確かに…、引き寄せる手順からすると、たとえ実物がイメージとまったく違っていたとしても、違ったと気付くのは引き寄せてからの話…。

 そうすると、見ながら引き寄せの対象としている物は、ある程度いい加減で適当なものでも、感覚的にリアルなイメージを作っておきさえすれば、引き寄せられるのかもしれませんね…。

 なるほど…、これ、ごまかしのテクニックですね」


 と言って、龍平は、ニッと笑った。


 有田は内心驚いた。

 龍平の返事が、有田の言ったことを理解したうえで、そのさらに先まで、有田の最も言いたかったことに到達し、さらにその先まで行っていたからである。



 龍平は、先ほど同じように、ビニールを、左手の親指と人差し指で顔に押しつけて、目の前に固定し、有田の持つ鉄パイプの先を、右手で引き寄せてみた。

 ぼんやり見える鉄パイ部の先端を、イメージとしては、もう少しクリアーに描き、先ほどまで持った鉄の感触を思い出し…。


 あっという間に、鉄パイプの先は手の中に入っていた。

 切り口は斜めに真っ直ぐ。

 頭の中で勝手に作ったイメージ通りだった。


「ビニール外して、こっちを見てみなよ」

 と有田に言われ、龍平は、ビニールを外す。

 有田までの距離は、明らかに2メートルを超えていた。


「今回できそうな気がしたからね。

 3メートルくらい離れていたんだよ。

 そろそろ、距離の束縛からも逃げ出した方がいいかもしれないぜ…」


「束縛ですか…、なるほど…。

 ヒトナミにこだわりすぎていた、と言うことですかね…。

 10年の思い込みか…。

 やっかいと言えばやっかいだけれど…。

 そうですね…」


 と言って、龍平、有田に向かってニヤッと笑い、拳を天に向け、いきなり叫んだ。


「へんし~ん」


 一瞬驚いた有田だったが、大声で笑い出した。


「それ、いいね。

 そうだよ、変身だよ。

 力は化けるものなのさ」


 そのあと、龍平は、有田に頼んで、もう一度望遠鏡をセットしてもらった。

 なんか、要領がわかった気がした。

 呼び寄せるときに自分に足りなかったもの、それは、いい加減さだった。

 本当に、いい塩梅の加減が必要なのだ。


 それは、イメージを勝手に作ってしまって、自分をごまかしてしまうテクニックでもある。

 そのコツが、少しわかったような気がしたのだ。

 負のものが消えれば、あとは早い。


 望遠鏡を覗く。

 次の瞬間、龍平の手には、石が握られていた。


 周囲は、夕暮れが迫っていた。



 そのあと、有田と龍平は、山道に入り、50メートルほど入ったところで準備を進めている島山たちと合流した。

 光が外に漏れない程度に、やや低い位置に明かりをつけ、作業をしていた。


「いやあ、思ったほど、セッチングはできなかったよ…」

 と、有田と龍平の顔を見て、島山が言った。


「これは、何なんですか?」

 龍平は、近くの金属の板を見て聞いた。


「いや、あいてが機関銃とか拳銃を持っていると危険だからね…。

 こっちはBB弾だけれど、向こうは本物の弾丸、これじゃ勝ち目がないからね」


「確かに、機関銃はむずかしいけれど、拳銃は持っている可能性が高いですね…」

 と、有田は緊張した感じで答えた。


「逆に、BB弾は、機関銃みたいに撃つんですか?」

 と、龍平が聞くと、島山は、ニッと笑って、鉄製の花瓶のような感じの筒と、直径4センチほどの砲弾のようなものを取りだした。


「ここにね、100発近くのBB弾が入っているんだよ」

 砲弾のようなものの先には、放射状に穴が空いていて、中にBB弾が並んで入っている。それを、島山は『カートリッジ』と呼んだ。


「で、これがランチャー、まあ、発射装置なんだけれどね…」

 と、鉄製の筒をだして、カートリッジをそこにセットしてみせた。


「それで、この引き金を引くと、ガスの力で、100発くらいのBB弾が一斉に飛び出す、と言うものなんだ」


「かなりの威力なんですか?」

 と有田が聞いた。


「まあ、ほどほどかな…、距離にもよるけれどね。

 20メートルくらいだと、直に肌に当たると、かなり痛いかもしれないよ。

 でも、厚手の服を着ていると、さほどでもないかな…。

 あっ、それとね、この上の方にあるBB弾には細工がしてあってね…」

 と、島山は、急にうれしそうな顔になって、話し始めた。


 まず、BB弾の中をくりぬき、発射で壊れないように、また、当たったときに中身がうまくはじけるようにと工夫を重ねた話に始まり、最終的には、カートリッジのBB弾列の上にだけ装着可能となった話、また、そのBB弾の中には、ハバネロ唐辛子の中でも、最も辛いと言われる唐辛子粉を手に入れ、それをさらに細かく粉状にして、油で練ったものを入れたのだとか、次から次へと話が出た。

 

「なんせ、お嬢さまから、相手に大きな傷をつけない程度にと言う指示があったからねぇ。まあ、いろいろな可能性から、威力はBB弾程度に押さえて、中に入れるのも、変な薬品は使えないから、食品として売っているものならいいのかなって感じだったんだよね」

 と、やっと話は終わった。


 その他、臭いが強くて、ヌルヌルして嫌な気分かなと言うので、クローブオイルを詰めたものもあるそうだ。

 龍平は、カレーなどを、凝って作るときに、クローブを使ったことがあったが、クローブオイルをべったりとつけたとき、どの程度の香り、というか臭いで、ヌルヌル感がどの程度不快なのか、よくわからなかった。


 ただ、用意していたネットなど、主要なものは、遠隔操作を基本としていたために、今回はうまくセットできず、基本的にはBB弾主体になるそうだ。


「ライトを照らせば、それで逃げる。そうなればいいんだけれど、銃撃戦にでもなると、こっちはBB弾しかないので、ちょっとやばいかもしれないんだよね…」

 と、島山が、最後に心細げに付け足した。


「彼らが侵入したことが確定したら、警備会社、そして警察にも連絡することにしていますのでね。

 ある程度時間が稼げれば、それで良しと言うことで、危険な対応は避けて下さいね」

 と有田が言った。


 そのことに関しての詰めは、永池さゆりと充分にしているようだった。

 ただ、侵入者が、想定している相手かどうかの確認が、意外とむずかしい。

 河原くらいまでだと、時々、山菜やキノコを採るためだとか、犬や猫を探しにと、入ってくるものがいる。


 さすがに夜だとそのような人間はいないが、近所との関係も考え、夜間でもしっかりと確認できるような物々しい監視体制は取らないようにもしている。

 だからこそ、侵入しやすいルートと考えられるわけでもある。


 銃撃になるような場合は、こっそり林の奥に移動して、やり過ごすことになって、それぞれが待機する位置を決めていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る