7-11  見えた通り

 侵入者が来るかなり前…。

 曇り空でも、まだまだ明るい4時半頃のことだ。


 龍平は、ヒトナミ系の力を、有田に簡単に紹介した。

 その中で、有田が特に興味を持ったのは、龍平がものを見て、その見たものをしっかりとイメージすることができれば、それを引き寄せることができるということ。

 しかも、手の感触に頼らないこの方法では、2メートル近くの距離を移動させることができるということだ。


 そして、有田の関心が特に強かったのは、見える部分だけを引き寄せること。

 実は、このことは、龍平にとっては、そうなっては困ると考えていたことなのだ。

 それは、鞘に入っている刀、そのつかだけを見て、鞘に収まっている刀全体を引き寄せようとしてうまくできなかった、その原因となることだった。


 見えるつかだけを引き寄せてしまうと、名刀がどうなってしまうのかわからなかった。

 つかと一緒に、その中にあるなかごと呼ばれる刀のの部分が、刀から切り取られて、呼び寄せられてしまっては困る。

 それで、あの時は、どうしたらそうならないで、鞘から抜いた刀全体をイメージできるのか、それを悩んでいたのだった。


 ところが、有田は、その破壊力に目をつけた。

 しかも、これは、龍平にとっては、比較的簡単にできることでもあった。


 体育館の倉庫にあった鉄パイプを使って、実際にいろいろと試してみた。

 有田は、パイプを布で巻き、その先端を10センチほど出し、あとは布で隠したまま、龍平に鉄パイプを引き寄せてもらった。

 パイプ全体のイメージを作り上げることができれば、布は残して、鉄パイプだけ、まるごと引き寄せることができた。

 これはこれで、有田にとっては、ものすごい能力にうつった。


 しかし、たかが鉄パイプなのだが、部分を見て、その全体のイメージを作るのは、龍平にとって、なかなかむずかしいことだった。

 長さはどうなのかな、隠れているところは出ているところと同じなのかな、等々、余計な考えが入ってきてしまい、その都度、イメージへの集中が薄れてしまうのだ。


 しかし、布から出ていて、実際に見えるところ、そこだけを引き寄せるのは、龍平にとっては、さほど苦労なことではなかった。

 それは、龍平が、今、見ているところを、ただ、そのままの姿で、手に持つイメージを作ればいいだけだったからだ。


 引き寄せて、龍平が持つパイプの端、布の中に残った鉄パイプ、どちらも信じられないような切り口で、スパッと切断されていた。

 それも、布で隠したとおりの位置で、だから、龍平が見て認識した通りに切れているのだ。


 それが、あまりにも凄まじい切り口であるところから、有田は、本来なら、全体を引き寄せるよりも、こちらの方がはるかにむずかしく、また、相当のエネルギーが必要なのではないかと考えたほどだ。


 有田は、布の状態を変えて、何度か龍平に、布から出ている部分だけを引き寄せてもらった。

 布の縁を波形にすれば、その通りの波形に、折ってギザギザを作れば、これまたその通りのギザギザで切れていた。


「なまじの工業用のカッターよりもすごいね…」

 と言って、有田は笑った。



 その実験の時、有田はこっそりと距離を伸ばしてみた。

 龍平が、何度も繰り返して、形を見ることに集中している間に、こっそりと、少しずつ龍平から離していたのだ。

 龍平が、その距離に気付かないと、2メートルを少し越えても引き寄せられることを、有田は見いだしていた。


 龍平は、近視というほどではないが、特に目が良いわけでもない。

「ひょっとすると、はっきり見えるかどうかが大事なのかもしれないな…」

 となって、さっそく、それに関しての実験をすることとなった。


 しかし、有田は、同時に、全く異なる方向から、龍平の能力の限界となる要因を探していた。

 そうして、『はっきり見えることが大事』ということと表裏の関係になるのだが、どうも、龍平は、行動をなす底辺に、非常に几帳面で慎重な性格を持っているのではないか、と、有田は考えるに至った。


 有田は、まず永池さゆりに電話を入れて何かを頼み、『それまでは、とりあえず』ということで、龍平には、違う方向での確認を頼んだ。

 それは、今まではクッキリと見えていることが前提だったが、ある程度見えていれば、何とか引き寄せることができないか、というものであった。


 有田は、体育館の自分用のロッカーの中をごそごそやって、何かに使ったあとの、細かなしわが寄って、曇ったようになったビニール袋を持ってきた。

 龍平に、そのビニール袋を目の前にあてさせ、それを透かして、布から出したパイプの先を見るように言った。


「ある程度見えるんだろう。それで引き寄せてみてよ…」


「ええ…、まあ、見えますけれどね…、でも、どうも、イメージがつかめないな…」


「イメージを持つのも、そんな正確なものじゃなくていいからさ、それに、切り口なんてのもどうでもいいんだよ。

 とにかく、まず、リュウ君が確認できるものだけをイメージして、引き寄せてみたらどうかな…」


「う~ん…。おれが確認できる…、ねぇ…。

 う~ん…、確認できる…もの…。

 あれ? 確認って…、おれは、今…、何を、どう確認してるんだろう?

 うん? そもそも、確認とは…、どういうことなんだろう…?」

 ビニールを顔に当てたまま試行錯誤する龍平に、とんでもない哲学的な疑問まで出てきてしまった。


 そうこうしていると、遠くからバイクの音が聞こえてきた。

 細く曲がった道なのに、かなりのスピードだ。

 運転しているのは、佐藤美枝だった。

 大きな袋を背負っている。


「はい、これ、さゆりさんからですよ」

 と、美枝は、その袋を有田に渡した。


「あれ?さゆりさんは?」と、有田。


「残念でしょうが、こういう状況ですから、お嬢さまの隣にいていただきました」


「なるほど…。まあ、確かに、ちょっと残念だけれど、しょうがないよね。

 美枝ちゃん、重いのに悪かったね」


「いえ、さほどではありませんよ。とりあえず、中を確認して下さいね」


 有田は、袋の中を調べ、

「うん、これで大丈夫。ありがとう」

 と、礼を言った。


「それじゃ、くれぐれもお気をつけて」

 と言うなり、美枝はバイクを急発進させ、かなりのスピードで戻っていった。

 狭い道なのに、美枝は、体をぐっと倒してカーブを曲がる。


「美枝ちゃんの、バイク姿…、格好いいですね…」

 と、龍平が言うと、有田も大きく頷いて、


「ああ、なんか、不思議と似合ってるよね…」

 と、美しい新妻がいる男、魅力的な妻らしき人がいる男、二人は疾走する美枝の後ろ姿に見とれていた。


「で、今度は、もとに戻って、こっちを始めようか」

 と、有田は、袋の中から、三脚や望遠鏡を取りだした。


 望遠鏡を三脚にセットし、やや下に向けた位置で有田が言った。

「この望遠鏡で見えるあの石、引き寄せられるかなぁ?」


 龍平が覗き込むと、20メートルほど先にある石が視野の中心に、くっきりとみることができた。


「ピント、ここで、完全にあわせてから、試してみてよ」


「ピントは、完全にあってますけれど…、う~ん…どうすればいいんだろう…」

 どうも、望遠鏡を覗き込みながらだと、イメージを作りにくい。

 どうして、イメージが作りにくいんだろうと、龍平は、いろいろと試しながらも考え込む。

 そして、おそらく、望遠鏡による視界の狭さと、石までの距離によって、大きさの判断がむずかしくなっているのだろうと、龍平は思った。


 ただ、同時に、こうすれば、引き寄せられるほどに、ものを、はっきりと見ることができるということも認識できた。

 しばらく覗き込んでいたが、どうも、うまくできなかった。

 大きさの把握なのかもしれないが、今ひとつ、何か足りない感じがした。


「ねえ、有田さん。なんかできそうでいて、どうも、うまくできないんですよね…。

 ただ、この感覚だと、練習すると、ひょっとするとできるようになるのかもしれませんねぇ。

 今、思うのは、イメージとして、手に持ったときの大きさの感覚…、そんなもんが重要なのかなって感じなんですよ…」


「そうか…。じゃあ、この望遠鏡貸しておくから、今度、時間のあるときに、これで練習してみなよ」


「ええ、ありがとうございます。ちょっとやってみますよ。なんか、できそうな感じもありますから」


「ああ、うまくいくと、かなり遠くのものを引き寄せられるかもしれないね…」


「そうですね…。もっと高倍率の望遠鏡を使えばいいわけですからね…」

 と、龍平は答えたた

 が、すぐにそのあとに、麗しの新妻、あやかにかかったら、『それだと、向かいのビルのショーウィンドーから、高級バッグ、引き寄せられるかもしれないね』と言われそうな気がした。


 それと同時に、学生のとき、友人に誘われて宮城県北部にある伊豆沼に野鳥を見に行ったときのことを思い出した。

 この友人、『うちのデパートに、メチャきれいな人が来てるんだぜ』と、龍平に、あやかの存在を教えた藤山なのだが、藤山が野鳥の写真を撮っているあいだ中、龍平は藤山の望遠鏡を借りて覗いていた。

 高倍率の望遠鏡で鳥を見ていて、小さなブレが気になりながらも、羽の模様までしっかりと見ようとして集中していて、気分が悪くなったことを思い出した。

 あれは、かなりひどかった。


「でも、とりあえずは、低倍率の、これで練習しますよ」

 と、龍平は付け足した。


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