7-10 落とし穴
ややあって、芥田が、小刀を拾い上げて立ち上がるのを見て、山部が聞いた。
「目は大丈夫か?」
「はい。目の縁を強く打ったようで…。
でも、見えることは見えていますので、大丈夫です」
暗闇の中、スコープからの光で薄く照らされている山部や長谷の目の縁を見ながら、芥田は答えた。
「そうか…。
しかし、スコープは壊れたようだな…。
安全のため、一応、ゴーグルをつけておけ」
その指令を受け、芥田はポケットからゴーグルを出してつけたが、目の縁と鼻の脇の痛みがひどく、ゴーグルは、かえってつらかった。
芥田がゴーグルをつけ終わるのを待って、山部が言った。
「芥田は、おれのうしろに付け。
長谷、お前が先頭だ。
こういう罠にも…、気をつけろよ」
冷静に、気持ちを落ち着けて行動しているつもりだが、山部に、イライラした気持ちが湧き出てきていた。
『ここのヤツらは、いったい、なんのために、こんなくだらない罠を仕掛けているのだろうか?
悪戯のつもりかもしれないが、自分たちも、危険な目に遭うのではないか?
感覚が…わからん…、馬鹿か?』
この時、山部は、その罠が、自分たちの侵入へ対抗するためのものだとまでは、従って、侵入が予期されていたことまでは、気付かなかったのだ。
そして、その罠は、龍平が想像していた以上の心理的負担を、侵入者たちに引き起こしていた。
先頭になった
その終わりのところ、木の根が出て高くなった所を乗り越え、やっと、普通の土が表面に現れている道に出たのだ。
たった数メートルの距離であったが、緊張で汗ばんでいた。
長谷は、そこで一度止まり、『フゥー』と一息入れ、強い緊張をほどき、また歩き出した。
少し進んで、道が、ぐねぐねと、小刻みに左右に曲がるところに来て、まず、止まって警戒した。
周囲に、特に異常は認められない。
林の中、見える範囲で、監視カメラもない。
ゆっくりと歩き出して、一曲がりごとに注意を払いそこを抜け、張り出した木の根を避け、その向こうに出て、突いた右足に体重をのせたとき、急に体が崩れ、土の縁で顔を強く打ち、一瞬気を失った。
暗視スコープがはじけ飛んだ。
すぐに気が付いたが、真っ暗な中、何が起こったのかわからなかった。
口の中に土が入っている。
両手が自由に動かない。
ようやく、体をねじ込んだような格好で、穴の中に落ちていることが理解できた。
あちらこちらと痛みが走ったが、何とか起き上がり、穴から這い出した。
が、出ると、そのままそこに仰向けで転がった。
体中に痛みがあり、特に胸の痛みが強かった。
落ちたときに、構えていた拳銃で強く打ったようだった。
暗視スコープも穴の縁に当たってはずれ、やはり、目の近くと額に強い痛みが残っていた。
額からは、血が流れていた。
少し離れたところで、薄明るく光る暗視スコープ。
暗視スコープの機械自体は壊れていないようだったが、頭にセットする部分は粉々に砕けてしまっていた。
長谷の後ろを歩いていた山部と芥田は、穴を避けるため、脇の浅い藪をかき分けて、長谷のところに行った。
「大丈夫か?」
寝転がっている長谷に、山部が声をかけた。
「ええ…、痛みは、すぐに引くと思います。
ただ、スコープは壊れたようです」
「動けるのか?」
どこか、骨でも折れていないかと山部は心配した。
「ああ、それは大丈夫だと思います…」
「お前も、ゴーグルをしておけ」
長谷も、ゴーグルをし、痛みをこらえて、芥田に手を借りながら立ち上がった。
山部は、脇に置いてあった拳銃を拾い上げ、長谷に渡した。
それを受け取ると、長谷は拳銃の状態を確認した。
それが終わると、『ここのヤツら、みんな、ぶち殺してやる』と呟き、銃を強く前に突き出した。
「こんなくだらない仕掛けまでしていやがって…」
震える声でそう呟いた山部も、怒りで顔が歪んでいた。
そこからは、唯一、暗視スコープが使える山部が先頭になった。
山部、長谷、芥田の順で歩き出す。
山部は、落とし穴がないか、山道の、小さな異常まで見逃さないように、注意深く歩みを進めた。
少し進むと、また、吹きだまりのように落ち葉の積もったところがあった。
3、4メートルの距離なのだが油断はできない。
すり足で慎重に進む。
と、案の定、ロープが張られていた。
『馬鹿が…。同じ手が二度通じるとでも思っているのか。ククク…』と笑って、何となくうれしくなって、屈んだ。
枯れ葉を軽く掻き出し、ナイフでロープを切った。
しかし、切り終わると、くだらないことで時間を使ったことに気が付き、見つけて喜んだ分、逆に、山部のイライラが増した。
そこからは、また土の道だ。
ロープは2カ所にあった。
落とし穴も、もう一つか二つ、あるかもしれない…、いや、たぶん、あるのだろう。
今度は、特に落とし穴に気をつけて、慎重に歩を進めると、また、道を塞ぐようにロープが張られ、プレートが下げられていた。
山部は、ナイフを出し、怒りにまかせて、そのロープをたたき切った。
こちら側の文面は、『あやかさんに見せて笑いを取ろう』と、龍平と北斗のその時の遊びで、少し変えられていた。
向こう側を向いていたプレートの表が上に向いて落ち、暗視スコープの中に、プレートに書かれた文字が浮き出た。
『この道は、崩れる危険がありますから、ね。
立ち入りはダメ! 禁止なんですよ。
櫻谷あやか ♡ 』
山部は、部下が落とし穴に落ちたことなどをからかわれ、馬鹿にされた気になって、カーッと頭に血が上った。
つい、大声で叫んだ。
「崩れる危険? ハ~ッ? 立ち入りはダメ? ふざけるな!」
続けて、
「クソーッ」と大声で怒鳴りながら、そのプレートを、バシバシと踏み砕いた。
その後で、長谷と芥田が、呆然と山部の動きを眺めていた。
その後も、落とし穴に気をつけながら、細い山道を慎重に進むと、少し、開けた場所に出た。
ここは、左の方からの道が合流する地点で、細長い三角形の形をした広場になっている。
こちら側の木々と、向こう側の木々とに間隔があり、その梢の間の空には、うっすらと街の光を反射する雲が見えている。
また、外の住宅地にも近くなっており、間接的に外の光が入ってきて、わずかだが明るさがあった。
地図で確認していたときにマークしていた第1のポイントだ。
ここまで辿り着くのに、想定した時間の、何倍もの時間がかかっている。
この山道に出てから、わずか200メートルほどを歩くのに、20分近くかかってしまったのだ。
本来なら、もう、とっくに櫻谷家に入り込んでいて、今頃は、金庫室に爆薬を仕掛けている時間だ。
うまく進めば、妖結晶の金庫を探していたかもしれない。
しかも、芥田は暗視スコープを失い、目に傷まで負っている。
長谷の暗視スコープも、もはや使えない状態だ。
その原因となったのは、あんなロープや落とし穴のような、実に子供じみた仕掛けだったのだ。
特に落とし穴は頭にくる。
ほかにもあるのでは、と言う思いになり、それでなくとも暗視スコープでは見にくい足もとに、強い緊張が強いられ、お陰で、一歩一歩確認しながら足を進めたため、速度も極端に遅くなり、今では、目に疲れが感じられるほどだ。
山部のいらだちが募った。
「やっとここに着いたと言うことだ…。
少し時間がかかりすぎたが、これからも油断はできない。
やむを得ないので、このペースのまま進むからな」
かろうじていらだちを抑え、山部が言った。
「このくらいの明るさがあればいいんですけれどね…」
と、周囲を見ながら長谷が言った。
先ほどから、暗視スコープをつけずに暗がりを歩き、目が暗さに慣れている。
普通の感覚では暗いこの場所も、明るく感ずるほどだ。
「山の中の道も、あと7、80メートル…、しかも、住宅地も近いので、スコープがなくとも今までよりは見えるだろう。
そこを過ぎれば、ここよりずっと明るいところに出るさ。
さて、監視カメラもなさそうだし…、行くぞ」
また、山部が先頭になり、その後に芥田と長谷が並んで広場の中に歩き出した。
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