7-8  来るの?

 イッコウさん、さゆりさんと仲良く並んで座っている。

 目を合わせたりするいろいろな二人の小さな動き、雰囲気として、もう完全に夫婦のものだ。

 あやかさんに言われていなくても、二人の関係、そういうことに鈍いおれでも、さすがにこれでは、わかったんだと思う。


「来るの?」

 椅子に座ったあやかさん、出されたコーヒーを一口飲んで、有田さんに聞いた。


「ええ…、たぶん」

 と、有田さん、ニコッと笑いながら答えた。


「どこから?」


「かなりの確率で、裏の川のところから」


 ここの敷地、大雑把には、小さな山と、その東側の平らなところからなっている。

 東側の平坦地には、南から、別邸や作業場、そして、今、おれも住んでいるあやかさんの家があり、さらに、その北、ちょっと離れたところに、ご両親の家があり、そこから北西の、山の近くに体育館が建っている。


 敷地の東と西は、ほぼ平行に、片側2車線の比較的大きな道路で区切られている。

 南と北も道路で区切られてはいるが、いろいろと入り組んでいて、道幅は広くても片側1車線と、どちらかというと、細い道が境になっている。


 家からは山のほぼ裏側になるが、北西の隅には川が流れ込んでいる。

 川幅は、7から8メートル。

 でも、流れの幅は、普段はせいぜい3メートルほどのものだ。


 その川は、この敷地に入る前は、敷地の西側を通る広い道路の下を流れている。

 見た感じではよくわからないが、道路の向こう側にあった川が、数十メートルの間、大きな暗渠のような感じで道路の下を流れて来て、この敷地に入ってから、また、昔ながらの小さな川に復活するのだ。


 そして、敷地を出ると、今度は北側の道路に架かる橋の下を流れて、北東に向かって行く。

 この、橋の向こう側で、堤防を少し歩いて川に降り、戻るように橋の下の川縁を歩いてくると、敷地内に入ってしまう。

 前に、あやかさんが想定した進入路の1つだ。


 そこから侵入してくるのだろうとの有田さんの話。

 実は、あやかさんの指示で、今ではその辺を捉えているカメラがある。

 もちろん、隠しカメラで、普通には気付かれないようになっている。

 そこに、不審者が下調べする姿が映っていた。


「で、いつ?」


「これも、高い確率で、今晩…。まあ、予報では明日から天気が崩れ、かなりの雨が降りそうですからね…」


「川の水が増えると、あそこ、歩けないからね…」

 あやかさんがよく知っている抜け道のひとつだ。

 様々な天候下での状況もすぐにわかる。


「それに、ここに入ってからの山沿いの道もぬかるみますからね…」


「なるほど…。そうね…、今晩の可能性が高いのね…」


 あやかさんが、何か、考え始めようとしたとき、さっと割り込んで、美枝ちゃんが、現状を報告した。


「ええ、それで、今、島山さんたちがいろいろとセットしに行ってますが、時間が足りないので、遠隔操作にはできないそうです。

 ですから、夜には、実際にその場に行って、待機し、来たら一つ一つ操作しないといけないとのことです」


「その場で操作って、危険じゃないかしら?」

 あやかさんが聞いた。


「ええ、それで、その場には、私も行くつもりなんですが…」と有田さん。


「そうなの…。私とサーちゃんも行こうか?」

 と、あやかさん、さゆりさんに聞いた。


 でも、美枝ちゃんが言った。

「いえ、お嬢さまは、できればここの作業室にいて下さい」


「作業室か…」


 この家の奥の方に、『作業室』と呼ばれ、何かのときに司令室みたいになる部屋があるそうなのだが、おれはまだ見ていない。

 この家の中での北西の部分、入り口は、秘密の部屋に入るための小部屋の裏の方になる。


「今、浪江君が、カメラ画像をすべて出せるように準備しています」


「浪江君も来ているの?」


「ええ、少し前に、私と来ました。

 それで、作業室で全体の動きを把握していただき、指示をお願いします。

 もちろん、私も浪江君も一緒におります」

 美枝ちゃんの的確な指示。


「わかったわ…、そうする」


 今までの話に、おれ、どこにも出てきていない。

 それで、確認の意味で、美枝ちゃんに聞いてみた。


「おれは、島山さんたちと一緒でいいのかな?」


「あら、リュウさんは、こう言うときには、いつもお嬢さまと一緒ですよ。

 相棒ですからね」

 と、美枝ちゃんの答え。

 あやかさんも、ニコッと微笑んだ。


 でも、おれとしては、島山さんの作った、いろいろな仕掛けが見てみたい。

 それよりも、皆が危険な目に遭うかもしれないので、足手まといにはなりたくないけれど、手伝えることがあったら、何とかしたい。


 今回は、すぐに、その思いを口にすることができた。


「おれとしては、島山さんや北斗君と一緒に、迎撃にまわりたいんだけれど…」

 続けて、今、思ったことを説明した。

 足手まといにならないようにもすることを、しっかりと付け加えて。


「えっ?でも…」

 と、美枝ちゃん、あやかさんの方を見ながら、どうしたらよいかと言ったような感じで動きを止めた。

 あやかさんも、すぐには答えられない。


 その時、有田さんが、助け船を出してくれた。

「なるほどね…、お嬢さんが選んだだけのことはあるんだね…。

 じゃあ、リュウ君、私と一緒に動きましょう」


 どういう意味合いか、実ははっきりしなかったんだけれど、ちょっと褒められたのかもしれない。

 いずれにせよ、こういうときは、そのような動きの方がいいと、有田さん、言ってくれたようなものかもしれないな。


 それを聞いて、あやかさんも納得したようで、有田さんに向かって。

「よろしくお願いします」

 と頭を下げた。


 そしておれに向かって、

「有田さんには、あなたの力、詳しく話しておいた方がいいと思うわ。

 このあと、すぐにでも、始めたら?」


 おれの能力って…、こう言うときの話だから、妖結晶を見極められる方じゃなくって、例のヒトナミ系列の力だよな…。

 そうか、迎撃のとき、何か、役に立つのかもしれないな。


 ヒトナミ系の力、あやかさん、ご両親の家ではおくびにも出さなかったんだけれど、有田さんには、話した方がいいというあやかさんの判断だ。

 危険のある中、ともに動くからには、と言うことなんだろうな。


 もう、4時近く。

 時間はあまりない。

 すぐに、あやかさんとおれ、一度、部屋に向かう。


 着替えてから、あやかさんはさゆりさんや美枝ちゃんと作業室へ、おれは、有田さんと体育館の方へ向かった。


「さゆりさんでも話してくれていないことだから、力のこと、無理に話さなくてもいいからね」

 少し歩いたところで、有田さんが言った。


「ああ、私としては、今では、あまり隠す必要性は感じてないんですが…」


「いや、力というのは、どのように化けるかわからないところがあるからね…。少なくとも、ここ以外では、隠しておいた方がいいかもしれないよ」


「そうですか…、じゃ、そうします。あっ、そこに、石が落ちてますよね」

 足もと近くに、握りこぶしくらいの石があった。


「ああ…」


「ちょっと見ていて下さいね」

 と言って、引き寄せてみた。

 あやかさんに言われ、あとから気が付いた方の、しっかり見て引き寄せるヤツ。

 足もと近く、でも、ちょっと離れたその石までの距離は、ほぼ限度に近い。

 でも、頭の中で描いたイメージ通りに、その石は左手に移っていた。


 左手を上に向け、有田さんに見せる。

「今のところ、このくらいの距離までなんですけれど…。これが基本となる力です」


 有田さん、じっと石を見詰めて、その石が前あった足もとを見て、小さく、何度か頷いた。


「すごい力なんだね…」

 とても、驚いた様子。

 その驚きに、おれの方が驚く。


 そのあと、おれのヒトナミ系の力について、実演しつつ、詳しく話す。

 有田さんからも、いくつか聞いてきて、しばらく二人で話し込んだ。


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