7-7 イッコウさん
あやかさんのご両親の家を出たのは2時半頃だった。
思った以上に楽しく親しみある雰囲気だった。
ご両親やおじいさんたちと、いろいろな話ができて、おれとしてはホッとした気持ちだ。
まあ、あやかさんがうまくリードしてくれたのもあるんだけれど…。
そして、会席料理のような形で出された料理も、とてもおいしかったので、その余韻も幸せ気分を大きくしてくれる。
また、お祝いと言うことで、お父さんが秘蔵の日本酒を開けてくれて、これもおいしいお酒で、そんなには飲まなかったけれど、ちょっと、いい気持ちにもなった。
お義兄さんが心配した、櫻谷泰蔵氏、まあ、あやかさんのおじいさんなんだけれど、ご本人も、あやかさんとおれとが結婚することを前提としたうえでの会話に始終してくれた。
だから、結婚を許すだとか許さないだとかの話しは、ひとつもなかった。
これは、ひょっとすると、あやかさんの『神宿る目』がよほど恐かったのかもしれないが、まあ、とりあえずは無事に済んだと言うことだ。
でも、確かに、お義兄さんのような感覚で、資産家でもある旧家の跡取りの結婚と言うことを考えると、世間一般的には、逆に、ちょっと奇妙なのかもしれないが、これは、あやかさんの決意によるものだと思う。
昨夜、寝る前に、あやかさん、ちょっと真剣な顔でおれに言った
「私、我慢できないことがあったら、この家出ちゃうつもりなんだけれど…。
そのときは、この家も財産も、全部捨てる覚悟をしてるんだ。
あなた、それでもいいかしら?」
もちろん、おれなんか、いまだに財産というものはどういうものを指しているのかすらわからないし、そんなの全くなくて、ここをでて狭いアパートでも、あやかさんと暮らせば何とかなるだろう。
ここに来る前の、仙台のおれのアパートに、あやかさんが転がり込んでくる。
それと同じで、それはそれで、ひとつのすてきなお話だ。
で、答えはひとつだった。
「もちろん、それでいいと思うよ。二人でやれば何とかなるし、それはそれで楽しめると思うよ」
「フフフ…、楽しめる、か…。やっぱりあなたと一緒になってよかったよ」
ちょっと最後は、
おじいさんはおじいさんで、あやかさんのことを、大好きだったおばあさん、アヤさんと重ねて、とても尊重しているようにも感じた。
それで、ある意味で、櫻谷家において絶対的な存在であるアヤさんと、同じような位置付けで、あやかさんの動きを見ているような気もする。
しかも、おれは、目の色が変わると言う特質のお陰で、アヤさんのご主人、由之助さんの置かれる位置付けに、知らない間に便乗できたのかもしれない。
そう言えば、食事のとき、その由之助さんと同じように、おれも目の色が変わったときには妖結晶を見定めることができるということを、おじいさんが得意そうにご両親に話していた。
わしが見つけたんだぞ、という感じで。
お陰で、お父さんからは、正式に在庫品の再鑑定を頼まれた。
これも、うれしかったことのひとつ。
そして、あやかさんも、このことに関してはかなり喜んでいた。
あやかさんとしては、商品の有耶無耶をなくしたいと言うことなんだろう。
「まったく、妖結晶の鑑定、今まであんなにいい加減だったなんて、思いもしなかったわよ。これは、ある意味、櫻谷家最大の秘密事項だったのかもしれないね…」
車に乗って、走り出してすぐに、あやかさんが小さい声でおれに言った。
おじいさんの車、運転席と客席との間に、透明だが、防音効果のある境がある。
おじいさんが仕事に使うので、いくら信頼している安田さんでも、まあ、電話など、一応は聞こえないようにしてあるのだろう。
安田さんに話すときには、あやかさん、手元のボタンを押しながら話しているし、安田さんからの話は、スピーカーを通して聞こえる。
だから、小さい声で話す必要はないのかもしれないけれど、あやかさん、気分的に、小さな声になってしまったようだった。
「頼まれたこと…、再鑑定って言うのかな?
それ、向こうの準備が整ったら、すぐにでもやってみるつもりなんだけれどね…。
でも、おれとしては、役に立つことがあってよかったな…」
「そうだね…。あなたに、そんな力があるなんてね…。
思いもしなかったことなんで、なんか、余計に、うれしいよね」
と、あやかさん言って、ニコッと微笑んでくれた。
「そうなんだよね…。でも、『今までの分類を気にせず、完全に最初からのつもりで…』って言われたんで、ちょっと緊張するけれど…。
まあ、信頼されたようで、うれしくもあるんだけれどね。
基本的には、新たにすべてをランクわけする、と言うことになるんだろうね…」
「そうなんだろうね…。どうしてだかは、はっきり伝わっていなかったようだけれど、第2次大戦のとき、よっぽど混乱したみたいだね…。
フフフ、ちょっと大変かもね」
「うん、でも、楽しみでもあるな…」
というような話のあとにも、雑談を少ししたところで、あやかさん、ふと思い出したことがあるようで、急にあわてて言った。
「あっ、サーちゃんに電話するの、忘れてた。
今までだと、車に乗ったらすぐ電話、と言うのがパターンだったんだけれどね。
フフフ、あなたと一緒で、すっかり忘れていたよ」
また、ニコッと微笑んでくれた。
おれの奥さんなんだけれどね、この時、そんなことすべてに関係なく、ただ純粋に、すてきな人だな、と思ったんだな…。
さゆりさんの返事は、『至急、お話したいことがありますので、食堂でお待ちしています』とのことだった。
「イッコウさんも一緒だってさ」
と、あやかさん、付け足して。
「イッコウさん?」
「ああ、有田さんのことよ、有田
「それが、どうしてイッコウさんなの?」
「かずみつは一の光と書くの。それでイッコウさん」
「ああ、そういうことか。おれ、まだ会ったことがないんだけれど…」
「49歳の独身男、なんだけれどね…、ウフフフフ…、いい男なんだ、渋くてね…」
あやかさんが、『独身男』と呼び、『いい男』だとか『渋くて』だなんて表現するの、初めて聞いたかもしれない。
そう、ちょっと、あやかさんらしからぬ言い方だ。
途中の笑い方も、何か含みがありそうな感じ。
これは、有田さんに関して、あやかさん、何か、『話したいな~』と思っていることがありそうな感じだ。
しかも、そんなに我慢する感じでもなさそうなんで…、と思ったら、その話の続き、すぐに来た。
「じつはね、イッコウさんって、サーちゃんの恋人なんだよ」
と、衝撃の情報提供。
おれは、つい、『えっ?』と短い驚きの声。
まあ、さゆりさん、あの美貌で、雰囲気もすごく魅力的な人だから、彼氏がいても何ら不思議ではないんだけれど、と言うよりも、多くの人が寄ってきそうなくらいなんだけれど、今まで、そんな気配が全くなかったので、この情報にはビックリした。
あやかさん、その、おれの驚きを狙っての話だったようだ。
ちょっと満足げにニッと笑い、付け足す。
「美枝ちゃんが来るまではね、二人とも知らんぷりしてたんだよ。
座る席も、かなり離れたりしてね。
でも、まあ、わたしからすると、見え見えだったんだけれどねぇ…。
それでも気付かないふり、してあげてたんだよ。
それが、来たばかりの美枝ちゃん…、まだ15歳だったのかな…、その美枝ちゃんにすぐに見抜かれてね、しかも美枝ちゃん、遠慮なく、二人に向かって、『お二人って、すてきなカップルですね』なんて言って、うっとりしちゃってね…、ククク」
何か、その時、さゆりさんやイッコウさんの反応、よっぽどおもしろかったんだろう、あやかさん、思い出し笑いをしながら楽しそうに話す。
「それからは、仲がいいの、隠すことがなくなったんでね、二人並んで座るようになったし、敷地内では、腕を組んで歩くようになったんだよ。
それも、いつも。こっちが照れちゃうくらいにね。
それで、わたしも、うち、今住んでる家ね、そこに、イッコウさんも自由に入っていいことにしたんだ…。
こっそりと来て、いろいろとすることあるだろうと思ったからね…ククク」
この笑い、あやかさん、ちょっと、いやらしいことを考えているのかも。
「それもあって、二人で食堂で待っている、と言うことなの?」
「今回は二人じゃないんだよ、これから連絡をして、美枝ちゃんも来るってさ」
ちょっと、あやかさんの雰囲気が変わった。
そうか、あっちの関係なのか…。
「不審者についてなの?」
「たぶん…」
そのまま、あやかさん、窓の外を見て、何か考え出した。
3時をしばらく過ぎた頃に家に着いた。
食堂には、さゆりさんと美枝ちゃんのほか、初めて見る、男の人が待っていた。
あやかさん、挨拶のあとすぐに、
「あっ、イッコウさん、こっちがわたしの旦那になった龍平です」
と、有田さんにおれを紹介してくれた。
「よろしく、有田です」
イッコウさん、テーブルの向かい、ちょっと離れたところに座っていたんだけれど、立ち上がって、ぐっと手を伸ばして、握手してくれた。
49歳と聞いていたけれど、聞かなければ、歳はよくわからない感じ。
肉体的には40前後にも見えるし、落ち着きからは50を超した歳にも見える。
確かに、渋い感じの、なかなかいい男。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます